アーシュライトの独白
この話はアーシュライトの一人称となります。
衣擦れの音で目が覚めた。
薄目で確認すると、望が着替えている。
格好から推測するに、どうやら何か運動をしにいくようだ。
ふむ。望はこちらを見てはいないね。
「上着・風・無形・0m・3時間・探知・位置を示せ。トレース」
気付かれないように小声で服に魔法をかける。
これで位置は把握出来るようになった。
着替え終わった望は静かにドアを開けて部屋から出て行った。
既に起きてはいるけど、気遣ってくれたことは嬉しいな。
「んっ!」
体を起こし、息を吐きながら全身を伸ばす。
しかし昨日は悪いことをしてしまったよ。
あの姿になると、ついSっ気が出てしまう。やりすぎないように注意しないと。
でも緊張している望は可愛かったなぁ。
可愛い望が見たくなったらあの姿になろう。
慣れちゃわないように調整するのが大変だ。
あ、望は走ってるな。散歩のスピードじゃない。
んー、周辺の地理把握かな?
あんまり用がないような道も通ってるし。
でもそれだけなら走る必要はないか。
もしかして、ただのトレーニング?
でも望ってトレーニングとかしても意味ないんだよねぇ。
ある意味望の体って固定化されているから、普通のやり方では筋肉とかがつかないはずだし。
あるいは疲れない方法でも探しているのかな。
それならまだ意味はあるけど……あ、止まった。
疲れちゃったのかな。
で、しばらくしてまた走り出した。
うん、何となく疲れない方法を探してそうだね。
確かに望の体力が無制限になった方が楽なんだよねぇ。
自主的にこういうことやってくれるのは助かるな。
あ、また止まった。
うーん、何となく特効薬みたいなのは思いつくんだよね。騙すみたいな形になるから、やってなかったけど。
思い出すのはヒーリングとスリープの効果。
ヒーリングは傷を癒すけれど痛みは少し残るし、スリープは眠たくするけれどそれは徐々に眠たくなるといった程度で、即座に眠る効果はない。
でも、望はヒーリングを受けたら痛みがなくなったと言っていたし、スリープを受けたらすぐに眠ってしまった。
恐らく望は魔法言語の意味が理解出来ているから、意味から大よその効果を察したのだろうね。
そして細かい部分、例えば痛みや即効性については自分の想像で補った。
「ヒーリングで傷が癒えたら痛みもなくなる」という思い込みで痛みを感じず、「スリープは即座に眠る効果」という思い込みですぐに眠る。
望の内側に関しては、本当に望の認識だけがルールになっちゃっているんだろうね。
召喚した僕が言うのもなんだけど、規格外みたいな存在だなぁ。
まぁ夢って存在だからこそ僕が召喚出来たわけだし、相性もいいから規格外大歓迎ってところだけどね。
あ、走ったと思ったらすぐ止まった。
苦戦してそうだなぁ。
うん、やってみようかな。
やることは単純。
前もって望に効果を説明した上で、それっぽい詠唱を唱えて魔法をかけたと勘違いさせるだけ。
嘘だって知られてしまうと意味がないから、騙しきらないとね。
望は割と思い込みが激しい部分があるから、うまくいけばこれだけで望は疲れ知らずの存在になるんじゃないかな。
もう一度短距離を走った後で、望は帰ってきた。
ただ、ここの一階で止まっているのは何でだろう。
もしかして、もうイリスが来たのかな?
「一人・闇・無形・半径1m・5分・補助・不可視化。インビジブル」
自分の体を透明にし、音を立てないように部屋から出る。
階段の上から一階を覗き見ると、望と――漏れているマナから判断するに――アリスが話をしていた。
透明とはいえ勘のいいやつは気付くので、話が聞こえる程度の距離をとって聞き耳を立てる。
「悪いけど、断らせて貰う。昨日みたいなことばっかり起こってたら、命がいくつあっても足りないからな」
「えー。ノゾムに受けて貰わないと困るんだよね。だってさ――」
アリスが望に顔を近づけて、何かを囁いた。
直後に望の顔色があからさまに変わったのが見て取れる。
「お、その表情は当たりっぽい! ねえねえ、教えてよ」
多分魔法言語のことかな。でもそっかぁ、怪しまれちゃったか。
介入した方がいいのかな。
あー、でも望がどういう対応するんだろう。
もうちょっと待ってみようかな。
「多分アリスの知らないことは知ってる。でも、それについては悪いけど言えない」
「対価は払うよ? そうだね、内容にもよるけど……200万ヘルトくらいまでなら出せるよ」
おー、なかなか思い切った値段だなぁ。
望は――驚いて声が出ないって感じだね。
「まだ足りない? じゃあ……ノゾムが興味あるなら、だけど、あたしの体を好きにしてもいいよ。さすがにイリスはダメだけど」
まだ条件上乗せするのかぁ。
あー、でもこの条件はやばそうだ。
昨日からかっちゃったからなぁ。タイミングが悪い。
もしかしたら乗っちゃうかもしれない。
まぁ人間だし、そうなっても仕方がないか。
そうだな、取引が成立しちゃったら……アリスを消すしかないかなぁ。イリスは様子見で。
望は僕に必要だから仕方がない。
魔法言語を陽族が全て取り戻すとか、そんな事態になったら詰むからねぇ。
ここは譲れない。パワーバランスは維持させて貰う。
望はもう流されそうになっちゃってるね。
ちょっとエッチな感じの目だし。
アリスには自分の勘の良さを呪ってもらおう。
「い――」
でも、望との関係もちょっと考えた方がいいのかも――
「――や、ごめん。それでも、言えない」
――。
いや、まさか乗らないとは。
僕のことに気付いている感じは全くしない。
ということは、完全に自分だけでそうしようとしたってことか。
うん。ごめんね望。君のことをちょっと見くびっていたみたいだ。
あれだけの条件を提示されても、約束を優先させるなんてね。
望個人として考えるなら、今回は乗ってしまった方が明らかに益があったのに。
まだちょっとだけ話は続いているけれど、これ以上聞くのはやめておこう。
あんな選択をするんだ、信じてみてもいい。
裏切られたなら僕がバカだったってことだね。
音を立てないように部屋に戻ると、ベッドに潜り込む。
何か望にご褒美でもあげようかなぁ。
次回はまた望の一人称に戻ります。




