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新たな依頼

 翌朝。

 俺はアッシュちゃんが寝ている横で、気付かれないように服を脱いでいた。

 別にいかがわしいことをしようとは思っていない。

 今はアッシュではなくアッシュちゃんなのだから、当然だ。

 あの後、すぐにアッシュちゃんに戻って、やりすぎたと俺に謝ってきたからな。

 性格が多少変わるというのは分かっていても、アッシュちゃんに謝られるのは何となく違和感があった。

 ちなみに、昨日は精神的に疲弊していたために速攻で寝た。晩飯すら食べてない。

 で、早朝というべき時間に起きたのでお湯をもらい、アッシュちゃんが起きる前に体を拭いているのである。

 ほら、超健全。

 おかみさんは俺が起きていることにちょっと驚いていた。

 俺もおかみさんが起きていることに驚いたけどな。だって空が白み始めてるくらい時間だし。

 お客よりも早く起きておかないとまずいから、とのことで宿屋の大変さを思い知った。

 俺にはやれそうにないよ。今日起きたのは特別だしな。

 体がさっぱりしたところで、どうしようかと思い悩む。

 イリスさんが来るのはまだしばらく後だろう。

 二度寝する気分ではないな。

 アッシュちゃんを起こすというのもさすがに悪い。

 世界最大規模という図書館などは行ってみたいが、この時間はさすがに早すぎるから開いてないだろう。

 ランニングでもするか?

 現実で早朝ランニングなんてやったことはないが、チートの練習にはなりそうだ。

 うん、悪くはない。既に体を拭いてしまったことはちょっと気がかりだが。

 まぁそこは諦めよう。順番をミスっただけで大したことじゃない。

 俺は動き易そうな服に着替えて、出来るだけ音を立てないように部屋から出た。

 再度出会ったおかみさんにランニングに行く旨を伝え、出発。


 微チートの訓練その一。

 他の作業をやりながら走ってみよう。

 ということで、魔狼の牙亭周辺の地図を頭の中に作りながら走っていく。

 都市の雰囲気は昨日と大分違うが、まぁそれは早朝だから仕方がない。

 屋台がないから、適当なお店の位置が基準になるな。

 昨日は気付かなかったが、結構本屋が多い。こういうところでもトラモントらしさが感じ取れる。

 わざと細い道を通ったりしたためペースはぐちゃぐちゃだったが、大体の地図が脳内に出来た時点で終了。

 体力的には割と疲れている気がするが、多分現実で同じことをしたらもっと早くダウンしている気がするので、多少は効果があったのだと思いたい。


 体力が回復するまで休憩を挟み、微チートの訓練その二。

 脳内で音楽を流しながら走ってみよう。

 思い出すのは適当なJ-POP。走るということもあってアップテンポな曲を脳内再生していく。

 明らかにリズムに釣られてペースが上がったが、気にしないようにする。

 テンションが上がって数回口ずさみそうになったが、聞かれたら恥ずかしいので我慢した。

 三曲終わった時点で終了。

 下手に走った距離とかを考えないように、ルートとかペース変えてるから比較はしづらいが、効果としてはその一よりもあったように思える。


 また休憩を挟み、微チートの訓練その三。

 ただ全力で走ってみよう。

 追われることはないが、盗賊から逃げていたときの再現狙いだ。

 クラウチングスタートっぽい体勢から、一気に走り出す。

 で、すぐに体力がなくなった。多分10秒も経ってない。

 必死さが足りないからかな?


 再度休憩を挟んで、微チートの訓練その四。

「俺は疲れない」と思いながら走る。これにはあんまり期待してないが、一応やってみる。

 俺は疲れない俺は疲れない俺は疲れない。

 あ、疲れた。やっぱダメだな。

 今までで一番疲れるのが早かった気がする。

 時間的にはその三よりマシだったけど、走った距離的にはその三のが長いな。


 検証結果を効果が良かった順に並べると、その二、その一、その三、その四ということになった。

 その四から察するに、多分疲れに関して考えること自体があんまりよくないんだろうな。

 その一とその二の差は……どれだけのめり込めたか、だろうか。

 疲れについては考えず、何かに出来る限り集中する。単純だけどこれが答えなのかな。

 さて、そろそろ良い時間だし戻るか。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「あ、おはようございます」


 魔狼の牙亭に戻ると、イリスさん? が一階にいた。


「おはよう! 外に出てたんだね」


 アリスさんだったらしい。

 昨日の今日でさすがに何かが起こるとかはないと思いたいが、警戒だけはしておく。

 この人は間違いなくトラブルメーカーだ。


「ええ、アリスさん。ちょっとランニングをしていました」

「冒険者は体力がいるもんねー」

「ええ、まぁ」


 本当は目的がちょっと違うけど、そういうことにしておこう。


「今日は今後の依頼について話に来たんだよねー。あ、その前に出来れば敬語はやめてもらっていいかな? ついでに名前も『さん』はつけないで。あたしも二人のことは呼び捨てにさせて貰うから。今はいないけど、イリス相手にもため口でいいよ」

「あー、うん。分かった」


 依頼人だからって理由で敬語使ってただけだし、別にそこに拘りはないからな。


「単刀直入に言うと、ノゾムには依頼を継続して受けて欲しい。いやー、あたしたちって何かしらやらかしちゃうことが多いせいで、依頼受けてくれる人少なくてさ」


 自覚はしていたのか。でも直す気はなさそうだな。


「あ、勿論昨日の分はギルドに預けてるから、報酬カウンターから受け取ってね? ちゃんと色つけておいたよ」


 あぁ、そういえば昨日は受け取ってなかったな。今日受け取りにいかないと。


「で、どう? 受けてくれない?」

「うーん、一つ確認させてくれ」

「何?」

「昨日みたいなトラブル、どれくらいの頻度で発生するんだ?」

「えーと、昨日くらい大きいのはさすがにあんまりないね。5日に一回くらいかな? あれよりちょっと軽いのは3日に一回くらいで、更に軽いのは2日に一回くらいだと思うよ」


 それ、何かしらのトラブルが起きる確率ほぼ1日に一回じゃん。

 というかむしろ、1日に二回トラブル起きてる日があるよな。

 うん、命は大事だよな。


「えーと、すまんが……」

「あ、条件は更新するよ。こんな感じ!」


 目の前に差し出されたのは、ギルドの依頼書だった。

 えーと、何々。


 ランク:F

 依頼:魔法研究の助手

 内容:魔法研究の助手をやってもらいます。魔法が使用できなくても問題ありません。難しいことは要求しません。アクシデントに対応して貰った場合、ボーナス支給。

 期間:要相談

 報酬:1日につき600ヘルト。アクシデントに対応して貰った場合、1件につき+1000ヘルト。内容次第では更に増額あり。

 募集人数:2人

 依頼人:イリス・メイフライ

 補足:Fランク冒険者のノゾムとアッシュに依頼します。


 む、かなり美味しくなってる。

 少なくとも報酬面だけ見たら、Fランクレベルの報酬ではない。

 い、いや。釣られん、釣られんぞ。命は大事なんだ!


「悪いけど、断らせて貰う。昨日みたいなことばっかり起こってたら、命がいくつあっても足りないからな」

「えー。ノゾムに受けて貰わないと困るんだよね。だってさ――」


 アリスが声を潜めて俺に顔を近づける。

 何となく昨日のアッシュを思い出してしまった俺は、距離をとりたくなるのをぐっとこらえた。


「ノゾム、魔法言語マジックワードに詳しいでしょ」


 な!?

 まさか昨日ので理解していると気付かれたのか。


「お、その表情は当たりっぽい! ねえねえ、教えてよ」


 うわ、カマかけられた!

 やばい、確実にばれた。

 こういうときどうすりゃいいんだ。

 逃げるか? いや、状況悪化しそうだよな。

 くっそ、分からん。もういい、開き直ってしまえ!


「多分アリスの知らないことは知ってる。でも、それについては悪いけど言えない」

「対価は払うよ? そうだね、内容にもよるけど……200万ヘルトくらいまでなら出せるよ」


 にひゃくまん!?

 そんだけあれば奴隷が……っていや、待て、落ち着け。

 アッシュちゃんと約束したばかりじゃないか。


「まだ足りない? じゃあ……ノゾムが興味あるなら、だけど、あたしの体を好きにしてもいいよ。さすがにイリスはダメだけど」


 はい?

 なんだこの展開!

 なんだこの展開!?

 アリスは白衣を着ているから体形がそれほど目立たないが、結構細身だと思う。

 胸はあまりないが、それはそれでありだな。

 顔も可愛いし、美人系じゃない分手を出しやすい。

 思わず喉が鳴ってしまう。

 いや、昨日の展開を思い出せ。またからかわれている可能性はないのだろうか。

 ジッとアリスの顔を見つめる。

 アリスもこちらの反応を窺うかのように、ジッとこちらを見ていた。

 かなり真剣な表情。うん、多分これはマジだ。演技だったらお手上げだが、さすがにそこまで考えたらきりがない。

 本気の提案として受け取ろう。

 これはいいんじゃないか?

 俺の欲望が殆ど満たせるし、大金も手に入る。

 仮に奴隷を買ったとしても半額以上は残るわけで、それだけあれば旅の資金にも困らないんじゃないのか?

 お金のことを考えずにゆっくりアッシュちゃんの求める情報が集められる。

 ありな気がしてきた。


「い――」


 いいよ、と答える直前。

 なんとなく、アッシュちゃんの顔を頭に思い浮かべた。

 その想像上の顔は、見たこともないくらい哀しそうな顔をしていた。


「――や、ごめん。それでも、言えない」


 だから、約束を守ることにした。

 惜しいけど。超惜しいけど。

 あんな顔はさせたくないと思ってしまったのだから、仕方がない。

 だけど、かなりの対価を提示してまで求めた情報が出てこないと知ったとき、アリスはどう反応するんだろう。


「そっか。じゃ、それはいいや」


 軽っ!?


「え、俺が言うのもなんだけど諦め早くない?」

「んー、知られたら困る知識って、あると思うんだよね。だから、真正面から聞くのはやめて、そっちがこぼしたのを拾おうかな、と。そういうわけで、依頼を受けて欲しいなー。断られたら人を雇って調べることになるし」


 あぁ、完全に諦めたわけじゃないのか。

 つまりはこっちのミス待ちと。それはそれで困るが、正面からがつがつ来られるよりはマシか。

 こっちが気を付ければ問題ないし。

 で、近くで観察されるか隠れて観察されるかのどっちかになる、と。

 うわぁ、面倒だ。


「こぼすのを狙うことすら諦める気は?」

「んー、今のところはないかなぁ。あたしの知的好奇心ってやつにビンビンに引っかかっちゃってるからね。ごめんね」


 これ、さっさとトラモントから出た方がいいんじゃないか?

 そんな気がひしひしとしてくる。

 とはいえ、アッシュちゃんに相談が必要か。


「ちょっと相談させてくれ」

「オッケーオッケー。今日は仕事ないから、ゆっくり相談して。出来れば依頼を受けてくれると嬉しいかな。受けてくれるなら、ギルドで直接受けてくれればいいからね。じゃ、またねー」


 言って、アリスは軽快な足取りで魔狼の牙亭から出て行った。

 アッシュちゃんを起こして相談するか。

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