8話 最後の対話者と古の聖女の祈り
前回でてきたジェームス君視点です
前回に外伝的なものと言ってましたが、あくまで「的な」であって外伝ではない!
「君がジェームス君だな」
僕に声をかけた人物は意外な方だった。3年前に英雄の霊堂に住む古の聖女エリス様と対話したカルージュ様だった。
「は、はい」
カルージュ様は他の対話者と同様、対話後から頭角を現し、中でも魔獣型の魔物の討伐を得意とし、『魔獣ハンター』の異名を得ていた。おそらく、変位も果たしているだろう。
「まいったな…。本当に…」
カルージュ様は僕を下から上まで眺めて呆然としている。
「申し訳ございません。何か御用ですか?」
「ああ、すまない。次は君だという事を告げにきた」
僕の頭は真っ白になった。次というのはまず間違いなく『次の対話者』という事だろう。
僕は家柄はともかく特に成果を上げてたわけではない。そもそも家柄もこの件については無関係だ。
「あの…なぜ僕なんでしょうか?」
「まずは依頼達成率が100%という事だな」
それに関しては僕が失敗しないように気をつけているだけだし、それに100%なのは僕だけじゃない。
「あとは無茶な依頼でも断っていないだろ」
それも誤解だ。依頼主が依頼の出し方をわかっていなかったというものはいくつか受けたが、無茶苦茶な物を受けたことは無い。
「何より俺がそれを評価し、宝珠も肯定している」
カルージュ様の評価はうれしいが、宝珠とは何の事だろう。などと考えているとキラリと光る物を胸元に放られたので、思わず掴んだ。
「わっ!え…ええ!!」
その光る玉は物質ではなく、明らかに魔法的な何かだった。しかし、物質のように扱える魔法など聞いた事もない。
「これが、代々の対話者だけが知る秘密だよ。しかも、これは対話者に選ばれた者以外、見ることも触ることができない」
その嘘みたいな話も本能的に真実だと分かった。いや、宝珠からそれが正しいという情報が流れ込んできているようだ。
その後、僕らはギルドに赴き次の対話者として僕の登録がされた。
数日後、僕はお爺様から呼び出しを受けた。
実家に行くこと自体が久々であったし、お爺様から呼び出しを受けるのは初めての事だ。
僕の実家は正教会の名家とされるディーン家だ。しかし、主に文官を輩出する名門として知られており、戦闘バカの僕ははみ出し者なのだ。だから、家でも肩身が狭い。
家に帰ると司祭になった兄が迎えてくれた。
「帰ったかジェームス。お爺様がお待ちかねだぞ。にしても…お前は…喜んでいいのか呆れていいのかわからん事したな」
「只今帰りました兄様。面目ない…」
「立場としては素晴らしい事なんだから『面目ない』はないだろう。何を言われるかわからんが、覚悟しておくことだな」
そういうと兄は去っていった。
僕は重い足取りでお爺様の部屋までやってきた。
コンコン「お爺様。ジェームスです」
ノックをしてお爺様に呼びかける。
「入りなさい」
返答をいただきドアをあける。
「失礼します」
お爺様は安楽椅子に座り本を読んでいらっしゃったようだ。
「ジェームスよ次の対話者に選ばれたそうだな」
「はいお爺様、光栄な事に私みたいな家のはみ出し者でもディーン家の名を汚さずに済みそうです」
「実際に魔物と戦える者をはみ出し者とする者がいるのなら、その方がディーン家の名を汚す行為だ。お、前は気にしすぎだよ」
「そうですか気を付けます」
「そう固くならなくて良い。まあそこに座りなさい」
お爺様に促され近くにあった椅子に座った。
「この時期に我が家より対話者が選ばれるとは運命なのだろうな」
お爺様は何を言いたいのだろうか?
「私の父より我が家の家督を継ぐ者に言い渡している事がある。お前はそうではない為、それを伝える事はできない。だが、エリス様にその件で伝言を頼みたいのだ。エリス様がお前に内容を伝えるのであればそれはそれは仕方がない事だと思う。だが、他の者に言いふらすような事はやめてほしい」
曾爺様の遺言に関する事か…確かエリス様の直属の上司だったと聞いている。
僕は首を縦に静かに振った。
「『浄化の引継ぎが必要であれば我々にお任せください』と伝えてほしい」
浄化…何かを聖別化する事、もしくは呪い等の悪しき物を取り除く事。つまりエリス様はかの地で何かをなさっているという事なのだろう。まあ、深く考えても仕方がない。これ以上はお爺様から聞く事は出来ないだろう。
「かしこまりました。聖女エリス様にその旨お伝えいたします」
それから約1年後、僕は聖女エリス様の御住い『英雄の霊堂』を訪れた。
外から見るそこはただの洞窟であったが、内から流れ出る空気から清浄な物を感じていた。お爺様の仰った事はこの事なのだろうか。僕は気を引き締め中に入った。入ってすぐのそこは聞いていた通り勇者フォルト様以外の5人の墓所となっている。遺体は魔王との戦いにより失っているので棺には彼らが遺した普段身につけられていた聖印や装飾品等が収められている。そして、その墓標を片手で手入れしている老女が居た。
お爺様より10は上だと聞いているが、動きがキビキビしているせいかお爺様よりも若く見える。
「よくぞ来た。少し待ってくれ、もう少しで終わるのでな」
「はい。わかりました」
呼びかけられ、ただ待つのも憚られるので、英霊に黙祷を捧げる。
手入れを手伝わないのは、その行為自体が『墓浄の儀』と呼ばれる聖浄行為であり、祈祷のひとつであるのだ。横から手を出すのは邪魔をしかねない行動になる。
「待たせたな。奥に部屋を用意している。ついて来い」
墓浄の儀を終えたエリス様は対話室と-過去の対話者から-呼ばれる部屋へと僕を招いた。
それからは、色々な話を伺った。魔王戦争の事、魔物や魔族の弱点、魔族の狡猾さ等…
一通り話をした後、エリス様は少し顔を曇らせた。
「さて、次の対話者の事なんだが…」
「僕が次代の英雄と思う者に宝珠を渡すと聞いています」
何故顔を曇らされたのかはわからないが、カルージュ様から言われた通り、こちらから切り出す。
しかし、エリス様は更に顔を曇らされた。
「うむ…。実はな先日神託を受けた」
魔王戦争の頃は多くの聖職者達が神託を受けたそうだが、今は神託を受けるまでの能力を持った者は極々僅かになっている。能力を持っていても実際に受けた方はさらに少ないのだ。
そして、エリス様が語られた事は衝撃的だった。聖女様の死期、お爺様から託された伝言の答え、王への拝謁の依頼…。流石に情報が多くなりすぎて頭がくらくらした。
そして、最後に力仕事を頼みたいと勇者フォルト様の御遺体を墓標に納めるのを手伝った。
60年以上誰も見る事がなかったフォルト様の遺体はまるで眠られているかのように安らかな物だった。
その後すぐに、実家に戻りお爺様に面会を頼んだ。
おそらく待っていたのであろう。すぐに会う事ができた。
1年前と同じ部屋で同じ椅子に座り話を始めた。
「お爺様の伝言はエリス様にちゃんとお伝えしました。『必要なし、お気持ちだけ受け取る』と返答をいただきました。私自身も確認しましたが勇者様の呪いは浄化されていました」
「……そうか」
お爺様の顔は一瞬強張ったが、すぐに力が抜けた様に安堵した表情になられた。
「エリス様はかの地に留まられるおつもりなのであろうか…」
「…おそらく。神より告げられた天命を全うするまでは」
「なんと!そうか…偉大なる聖女は使徒へとなられるのか」
死期についての神託とは神の使途へと迎えられる事と同意である。しかしながらそうやって使徒になられた具体例は聞いた事がない。おそらくエリス様が最初の具体例となられるだろう。
「それと、お爺様にお願いがあります。エリス様からこの件について王へ宛てた書状をお預かりしております。エリス様はこの件を公のものとしても良いと仰られています」
公にする事のメリットはずっとエリス様を陰ながら支えてきた正教会と王家の求心力を向上できる事だ。エリス様へ直接のメリットはない。しかし、王家や正教会が力を付けるという事は聖威軍を強固にし魔物や魔族に対抗する力を得る事にもなる。世界情勢を危惧されていたエリス様はそれを狙われてそう仰られているのかもしれない。
ちなみに、僕も所属するギルドは聖威軍には属さず細かい場所場所で見つけられた魔物の集落や群を被害を受けている者から依頼を受けその対応をしている。依頼が無い時期や実力が無い者は、資材の採集や雑務などをやる事もある。聖威軍が力を付けるとなると仕事がまわってこなくなる者も出てくるだろう。しかし、ギルドを創設した方『最初の対話者』をはじめとして幾人もの対話者がギルドから出ているのだ。エリス様の言葉に意を唱える事はないだろう。
「そうか…わかった。謁見の申請は私が出しておこう」
こうして、数日後に僕は国王と会う事になった。
トスロン国王ヤミー・シャリアン・クリム・トスロン様。勇者を送り出した偉大なシュバルト・ノエル・クリム・トスロン王の曾孫であり、聖威軍に出資する複数の国家で組織されている聖威同盟の現議長であらせられる。
そのような立場の方なので、わりと優先的に拝謁する機会をもらえたようで、朝一番の謁見を準備してもらえた。
謁見室に入り頭を下げる。
王の隣にいる宰相より僕の名前が呼ばれる。
「今回の対話者だったな、エリス様より書状を賜っていると聞いている」
「はっ、こちらに」
書状を取り出し、控えていた近衛兵へ渡す。
近衛兵はさらに宰相へ、宰相からようやく王へと渡った。
封蝋をきり、ヤミー王は静かにその書状を読んだ。おそらく御爺様から簡単な話はつたわっているはずだ。
「この書状の中身は知っているのか?」
「直接読んだわけではありませんが、エリス様からおおよその事は聞いております」
「そうか…。余以外に知っている者はおるか?」
「御身へ急ぎ伝えるため、祖父テラン・ディーンにだけ…」
「では、ギルドより余が先にしったわけだな」
「左様にございます」
そう答えると王は宰相と小声で話をしだした。こうなっては僕は黙っているしかない。
「ご苦労だった。すぐにでもエリス様の2年後の使徒入りを発表する。エリス様の希望によりわが王家と正教会がその儀式をとり行う。エリス様の心労を鑑み、余、式典の祭事士、対話者以外の敷地内への出入りを禁ずる。わが王家はこれまでのエリス様の功績に感謝すると共に全ての宗派に対し『使徒エリス』の名前を知らしめる事を求める。功績とは魔王討伐と対話者を通じ魔物の被害の抑制、そして魔王に汚された勇者の魂の浄化の事である。この宣言を持って交付とする」
「承りました。急ぎ準備いたします」
ヤミー王の宣言の後、宰相様は頭を下げ退出された。
待機していた内務卿などが準備していたのだろう。僕が城を出る時にはすでにいくつもの看板が建っており、その周囲には人だかりができていた。
サブタイ変えました。
また、王との謁見も加筆しました。




