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1-9 ラークの決意と制約魔術とついでに黒猫の独白

「まさかそんなに偉大な魔術師様だとは知らなくてごめんなさいッ!!」


話を聞き終わるとラークは再び頭を地面にこすりつけながら謝ってきた。

もちろんちゃんと僕は爬虫類ではない旨を改めて説明したのだが結局のところラークは僕がドラゴンでも魔術師でも反応が変わらなかった。


誤解を解かなくても一緒だったぢゃん!!

思わず内心つっこんでしまう。

それと土下座ってのはされる方も楽じゃないと思うのは僕だけだろうか。


「それはいいよ。別に怒ってもいないし」


僕が疲れた顔をしつつも苦笑しながらそう言うとラークが明らかにほっとした表情をした。


「でもこれからはラークも僕の言う事聞いてね」

「そ、それは……」


僕がさらりと言ったその台詞に安心していたラークは再び葛藤するよなそぶりをみせてうなだれた。


そりゃそうだ。

今日から奴隷になれって言われて簡単に納得できる人は少ないだろう。

イリアだって未だに慣れていないようだし。


だから僕は返答は期待せず今後の話を切り出そうとした……のだが、


「ボクは……」


僕の予想に反してラークは何かを堪える表情でぐっと顔を上げた。

一度言いよどみ、だが続ける。


「……ボクはミツキ様の、ど…奴隷として一生懸命がんばります」


絞り出すような声ではあったが健気にも僕の目を見ながらしっかりと宣言してきた。

僕はきっと目が丸くなっていた事だろう。

う、なんだこの子とてもいい子なんだけどやばい頭をなでなでしたい!いや待て僕……。


「……もしよければ、決意できた理由を聞かせてもらえないかな」

「え?理由……?」


ラークがきょとんとした顔をして聞いてきた。

僕は説明する。


「僕は正直、ラークは納得できないだろうなと思ってた。親を殺した相手に奴隷になれって言われて、なぜラークは受け入れようと思ったのか、その理由」


ラークが固まった。


「あーいや、もちろん無理に答える必要はないんだけど」

「いえ……大丈夫です」


慌てて逃げ道を作ったけどラークは乗らなかった。

うつむき、歯切れ悪くだがゆっくりと話し始めた。


「ボクらは元々この近くの村に住んでたんです。昔はこんな事もしてなくて。みんなが畑を耕してた。でも事情があってこんな生活を始めて……だけどこんな生活を始めた時からこれは悪い事だから捕まれば殺されても文句は言えないんだってみんな知ってました」


当時の状況や盗賊の仲間達の姿を思い出しながら話しているようだ。

ラークが一度何かを堪えるように躊躇し、再び続ける。


「でも父さんはいつか元の村に戻りたいねって言ってて……だから捕まえた人たちは傷つけるなって。お頭だってあんなだけど……いつも優しくて……でもこういう日がくるってみんなもわかってたし……それが今日だったんだって思って」


答えながらラークは先ほどの光景を思い出したようで涙をこぼし始める。


「でも、今日本当に一杯みんな死んじゃって……父さんも……悪い事してたけどでもあんなにひどい最後なんて……わかってたけどでも何もあんな……」


嗚咽をあげる。

それでも続ける。


「……でもボクは生き残ったから……生き残ったならみんなの分も生きなきゃって……みんなと……父さんと……そう約束……したから」


とうとう堪えきれずにしゃがみ込み泣き出してしまった。

僕はそんなラークを黙って見つめる。


盗賊達は自分たちのやっていた事が悪い事だとわかっていた。

そして捕まった時はそれ相応の報いがある事も知っていて覚悟もしていた。


ラークの父親や、お頭や仲間達は悪い事をしていたのは確かなんだろう。

だけどラークには正しい事もちゃんと伝えていた。


そしてラークは、生き残った者の務めとして盗賊達の思いを受け止めた。


(ラークは強い子だね)


自分の行いを認めてそれを受け入れる事はそう簡単にできる事じゃない。

ましてやラークはイリアよりも確実に歳は若い。


「……」


ふと気になりイリアを見る。

イリアも今の話を聞いていたはずだが彼女はただうつむいていているだけだった。


(イリアは悪人なら殺してもいいと言ったよね。今はどう思ってるの?)


僕は心の中でそう問いかける。

だが決してそれを口に出して聞く事はしない。

僕にだっていまだに答えが出せてないんだからその答えを人に尋ねる事なんて出来やしない。


僕はラークに近寄る。

ラークは、少し落ち着いたようだがそれでもまだ顔を手で覆っている。


「思い出させて悪かったね」


しゃがみこんでいるラークの足に僕は前足をぽむっとおく。

ラークが涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ僕を見た。


「悪かったついでにラークに改めて確認したい。ラークは、本当に僕のものになってくれるかい?」

「……ボクを生かしてくれるなら……ボクはミツキ様の奴隷になります」


少しだけ間があったものの今度ははっきりと言い切った。


「わかった」


生かしてくれるなら。

その言葉のなんと重い事か。

ラークは絶望の中でも生き伸びる事を選んだ。

なら僕はその決意に敬意を表そう。


気合いを入れる為に僕は一度大きく息を吸い込むと、一気に魔力を集中させ再び制約魔術を発動する。

ラークを中心として床に魔法陣が展開しその魔法陣と連動するかのようにラークの胸の辺りから禍々しくうごめく魔力の塊が浮かび上がってきた。


「ッ!?」


突然の僕の魔術に固まっていたラークがその魔力の塊を見て恐怖に引きつり、またイリアが息をのむのがわかる。


「初めて見たかい?これが制約魔術の正体だよ」


僕はその禍々しい魔力の固まりから視線をそらさずに言う。


「相手に制約を与えるってのは結局のところ呪いだからね。でもってこれがまたかけるのは簡単だけどその後がとっても面倒くさいんだ」


行きはよいよい帰りは怖いとはよく言ったものだ。

既にかかっている呪いを変更するのは本当に労力がいる。


(まぁ今回は制約魔術をかけたのも僕だから自業自得ではあるんだけどね)


苦笑しながらも僕は魔術で編んだ無数の触手を伸ばしその制約魔術に接触(アクセス)する。

だが制約魔術側から強い抵抗を受け制約魔術に触れたいくつかの触手がバチンという衝撃と共に拒否(キャンセル)された。

僕は構わず触手を伸ばし再度接触(アクセス)を行う。


「制約魔術ってのは融通が効かないもんで、条項の変更だったり破棄ってのはいわゆる契約違反扱いになっちゃうのさ。だから抵抗が強いったらもう」


何度も接触(アクセス)拒否(キャンセル)を続けていく。

拒否(キャンセル)された時の衝撃は爆竹の破裂くらいだろうか。

大けがにはならないけど地味に痛い。


それでも何度か同じ事を繰り返しているとフッと一筋の接触(アクセス)が通った。僕はそのチャンスを逃さず続けざまに術式を送り込む。


「条項強制変更指示。魔術師ミツキの名において当契約における契約者ラークに対する魔術的制約の一部を破棄。加えて魔術的制約の対価として契約者ミツキの成果義務及び努力義務を追加」


僕は早口で呟きながらその言葉に沿った魔術を織り込み制約魔術に押し込んでいく。


「続けて条項強制変更指示。契約破棄条項の適用条件緩和とそれに付随する魔術的制約の緩和。加えて契約者ミツキによらない契約条項の付加及び変更並びに破棄の実行不可特約を追加」


制約魔術が契約変更を拒否しようと蠢くが僕はそれを魔術で押さえ込む。


「契約矛盾検査実行。続けて条件付き命令追加、矛盾なしの場合は契約再締結を実行しコード終了」


全ての指示を終えると制約魔術が最後の抵抗をするように膨れようとしたがそれも魔術で強引に押さえ込む。


やがて数瞬の間のあとその魔力の塊は今までの蠢きが嘘のように穏やかな動きになり、そして現れた時と同じようにフッとラークの中に消えていった。


そこまで見届けてから僕は大きく息をつく。

それと合わせて僕が作り出していた無数の触手も同時に消えた。


(久々にやったけど、これはやっぱり神経を使うね……)


数分という短い時間だったものの大仕事だったのでさすがにバテた。

魔力も使うけどそれ以上に条項やら条件やら脳みそがこんがらがりそうになるのがホント苦手だ。


「どう?少しは偉大な魔術師っぽく見えた?」


地面に大の字に伸びつつまだ呆然と僕の方を見ていた二人に冗談っぽく聞く。

二人は目を丸くしたままこくこくと頷いた。


「そっか、それはよかった」


僕の評価があがったようで何よりだ。

満足げにほほえむ。


「あの、今のは何をしていたんですか?」


イリアがおずおずと聞いてきた。

そりゃまぁ気になるよね。


「ちょっと制約魔術の条件変更をしてたんだよ」

「え?制約魔術の変更?」

「……?なにかおかしかった?」


イリアが何をいっているのかという顔をする。


「いえ、制約魔術と言う事は奴隷契約の内容を変更されたということですか?」

「えーとそうだけど」

「え?でも奴隷契約を行うための魔術は一般には知られていませんしそもそも一度かけたら変更や解除はできないはずなのですが……」

「……そうなの?」

「……はい」


ん?おかしいな。


「ラーク、契約内容はわかるよね。確認してみて」


そう声をかける。

制約魔術はその制限を本人にすり込む為、契約の内容は本人に聞くのが一番早い。


「はい、えーっと……ッ!?」


契約内容について確認したのだろうラークは、しかしそこで驚愕の表情で固まった。


「ミツキ様こ、これって……?」

「あれ?なんかミスしたかな。失敗しないように気をつけたつもりなんだけど」


僕は冷や汗を一筋流しつつ小首をかしげた。

だが当のラークは驚愕の表情から一転して急に恥ずかしそうにうつむく。


「えーっと、ミツキ様がこれを?」

「……あーなんかその様子ならうまくいってるような気がするね」


さっきは勢いであんな成果義務を自分に設定したが改めて考えると急に気恥ずかしくなった。

そんな僕にイリアがおそるおそる聞いてきた。


「すみません、よくわからないんですが本当に契約変更ができてしまったんですか?」

「出来てると思うよ。まぁラークが教えてくれないと確認はできないけど」

「え!?この恥ずかしいのをここで言うんですかッ!?」 


ラークが真っ赤になった。


「あー……いや、まぁ成功してるみたいだから言わなくていいよ」


なんだか僕まで恥ずかしくなったのでそう言い話題を変える。


「そうそう確認し忘れてたんだけど、奴隷の人と一般の人ってなにか見分ける方法はあるの?」

「見分け方ですか。それなら両手首に奴隷の印が……あれ?」


イリアが自分の手首を見て疑問の声を上げた。


「奴隷の印が刻まれる……はずなんですけど……え?」


イリアが手首を表にしたり裏にしたりして確認するがそこにそれらしい印はない。

ラークも慌てて同じように見てみるもののこちらも同様に奴隷の印は出ていないようだ。


「やっぱりね。魔術自体にそういうコードが入ってると思ったんだよ」

「はぁ、えっとどういうことですか?」


二人ともピンときていない。


「僕はこっちで使われてる奴隷契約ではなくて自分のオリジナルの魔術を使ってるからね。だから当然奴隷の印をつけるようなコードは入れてないって事」

「いえでも奴隷契約の場合は必ず奴隷の印が刻まれるって教わりました。昔からどんなすごい魔術師が試しても決して消す事はできなかったって」


んー僕は異世界猫だからこの世界の常識は通じないんだっちゅーに。


「もしこっちの世界でそう言われてるなら可能性は二つ。一つは出来ないと言わざるを得なかった場合。もう一つは魔術水準が低くて本当にコードの変更をする事が出来なかった場合かな」


さてどちらだろう。

奴隷は外見で見分けられた方が便利だという一部の都合で秘匿されてる可能性は高そうだけど。

ただ一般に秘匿にされてるって事は乱用されたくないって事でただ研究が進んでいないってこともありそうだ。


「なぁんてこの場で議論しても答えは出ないんで、とりあえず僕には出来るって事でよろしく」


イリアは何となく納得していないようだがラークは尊敬のまなざしで見てきた。

すげぇだろーにゅふふ。


「まぁそんなわけで、人のいる所に行っても二人とも奴隷だとは気づかれないからね」


気付いていなかったのかその事実に二人が驚いた。


「僕は奴隷を侍らせて町中を歩く趣味はないし。ついでにいうと僕は奴隷って言葉自体他人を支配するみたいであんまり好きじゃないんだよね」

「好きじゃないと言われましても……」


イリアが困った顔をした。


「だから今後必要なとき以外は二人のことを使用人って呼ぶ事にするから覚えといてね」


これまたイリアが変な顔をした。

喜んでいるような困っているようななんとも言えない顔。


「別に問題ないよね?」

「えーと、はい。ミツキ様がそれでよいのであれば」


イリアが了解した。


「ラークもそれでいい?」

「あ、はい……。えっと、あの……」


なんだかラークがもじもじしている。

何かと思ったら、


「……契約の事……ありがとう」


真っ赤になってお礼を言われた。


おぉぅなんだかラークと話をしてるとこっちまで照れるんだけど……。

でもまぁこれなら恥ずかしい条項を付けたかいがあったってものだ、うん。



「それじゃ一段落したところでとりあえずこの辛気くさいところを出ようか」


話はこれで終わり、と言う風に僕は歩き出した。

そしてすぐにイリアの前で止まりイリアを見上げる僕。


「えーと?」


イリアが僕を見て小首をかしげた。

むー。


「歩くの面倒」

「……あぁ」


分かったらしい。

イリアが手を伸ばして僕を抱き上げてくれる。よしよし。


「それじゃラーク、どこか寝泊まり出来るところに案内して」

「わ、わかった」


なんとなくうらやましそうにしていたラークは声を掛けられると慌てて返事をし歩き出した。

なんだラークも僕を抱きたかったの?

モテる猫はつらいにゃ~むふふ。

歩き出したイリアの腕の中で丸くなりながら僕はそんな事を考えていた。






………ついでに僕は考える。


今回ラークを引き取ったのは完全に僕のエゴだった。

苦しまないように一緒に消滅させてやる事もできたのに。

しかもあんな契約条項まで付けて僕は何様だというのか。


僕はイリアの性格を見誤ってラークの家族を殺させてしまった。

ラークを引き取ったのは結局のところ自分がその償いをしている気分になりたいだけではないのか。


イリアが復讐を考えているならば今後も同じ状況は必ず起こるだろう。

その時僕はまたこのエゴを通すのだろうか。


そしてもし僕が本当に動かなければならなくなれば一体どれだけラークのように悲しむ人々が生まれてしまうのか。


どこかに喜びをもたらせば必ずどこかに悲しみが起こるのがこの世の常だ。

イリアはどうだろう。

今もまだ恐れずに自分の信じる道を突き通せるのだろうか。


願わくばいつまでも美味しい物を食べてふかふか布団で寝るような、そんな自堕落な生活が送れますように。


久々の仕事で疲れていたのか、規則的な揺れも相まって僕はゆっくりと眠りに落ちていった。

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