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1-8 爬虫類と怯える二人

「なんだこりゃ、なんで女が牢屋の外に出てるんだ?出迎えも見張りもいねぇしあいつらなにやってやがんだ!」


洞窟内に響いた声はお頭と呼ばれていた盗賊のものだった。

仲間を引き連れてぞろぞろと部屋の中に入ってくる。


どうやら今まで洞窟の外に出ていたようで先ほどのイリアの魔術には巻き込まれていなかったらしい。

既にこの世にはいない盗賊達に対して悪態をついている。


「おいラーク!説明しやがれ!!」


僕らの後ろでうずくまっているラークを見つけお頭が怒鳴ってくる。

だがラークはまだこちらに意識が戻ってきていないようだ。

反応のないラークをみて盗賊の頭は舌打ちする。


「どいつもこいつも使えねぇ!おいてめぇらひとまずあの女を捕まえろ!!」

「「「おうっ!」」」


盗賊達はお頭の言葉を聞くと、それぞれが武器を構え僕らに近づき始めた。

今見えている数はお頭を入れて7名。

対する僕らは二人と一匹、うん負ける要素はないね。


「それじゃあイリアに任せるよ。あとよろしく」

「は、はい!」


イリアは緊張した声で返事をした。

頼んでおいてなんだが、僕はふとその声を聞き不安がよぎる。

さっそくイリアは両手を上に掲げ、そこに炎の球体が現れて……


「言い忘れてたけどまた自分の服を燃やしたら後で罰ゲームだからね」

「えっ!?」


ぶすんっと炎の球体が消えた。


「……もしかして自分ごと燃やす気だったの?」

「いえそそそ、そんな事は……すみません!!」


思わず白い目で見てしまった。

この距離でイリアが燃えるってことは僕も火だるまになるって事だ。

不安的中あぶないあぶない。

イリアの行動はいちいち予想外過ぎてどきどきする。


「イリアはもうちょっと節度を持って行動するように」

「う、わかりました」


イリアがうなだれた。

なんだか新人教育してる気分になってきたんだけど……。


そしてそんなしょうもないやりとりをしている間に盗賊達の間では動揺が広がっていた。

あの女は魔術師だったのかという声が聞こえてくる。

……っていうか昨日小屋が盛大に燃えていた時点で疑問に思わなかったんかぃ。


「おまえら弓を持ってこい!!」


お頭が指示を出すと数人が慌てて部屋から出て行った。

さらに自らは壁際においてある樽や木箱を目指して走り出す。

どうやらイリアから見える範囲に居るのは危険と判断して障害物に隠れるようだ。


(数の差があるにも関わらず力押しをしてこないのはなかなか賢明な判断だね)


お頭は筋肉隆々なのに意外に頭もいいようで少し見直した。

もちろんだからどうということはない。


他の盗賊達もお頭に倣いそれぞれが障害物に向かって駆けだす。


イリアはその盗賊たちの動きを見ながら再び両手を上に掲げると背を向けていた盗賊に向けて突き出した。

ぶわっという風を感じた直後、その盗賊の背中に深い裂傷を刻みつける。


間髪入れずイリアは再び同じように魔術を発動させた。

が、今度はぎりぎりのところで盗賊が木箱の裏に逃げ込んだためその木箱に傷を付けるにとどまる。

さらにもう一度繰り返すが次も結果は同じだった。


「……さっきから同じ魔術しか使ってないけど、もしかしてイリアって火以外の魔術は苦手なの?」

「う、すみません」


どうやらそうらしい。


そもそもよく考えたらこっちの世界にきてからは限られた魔術しか見ていなかった事に気づいた。

炎は球体にして飛ばすものがほとんど、風に至ってはかまいたちしか見ていない気がする。


(盗賊達も魔術を使ってくる気配はないし、もしかしてこの世界では魔術自体がメジャーじゃないんだろうか)


がんばっているイリアを尻目に僕はのんびりそんな事を考える。


(飛ばした魔術を曲げたりもしてないし。障害物を避けられるから便利なのになぁ)


どうやらイリアは盗賊との距離が離れたためか再び炎の魔術に切り替えたようで、例によって炎の球体を生み出し飛ばしている。

だがまっすぐ飛んでいくだけなので盗賊達の隠れている樽や木箱を燃やすだけだ。

その障害物はここから見ただけでも十以上あり、対してイリアの魔術では一度に一つずつしか燃やす事が出来ない。


そこからさらに三つ程障害物を燃やしたところで、


「み、ミツキ様すみません魔力が切れました……」


イリアが疲れた表情をしつつ申し訳なさそうにそう宣言した。

大体予想通りの結末だった。

結局イリアの戦果は盗賊一人と障害物六つ。


「やっぱり後で罰ゲームだね」

「うぅ……」


イリアがうなだれた。

その様子を見て苦笑し次に背後にうずくまっているラークに視線を移す。


ラークはまだ動いていない。

それに意識が戻っていたとしてもいきなり戦闘を任せるのは難しそうだ。


「ってことは僕がやるしかないのか、面倒くさいなぁ」


ぶつぶつ言いながら盗賊達を見る。

その盗賊達は弓矢の準備が整ったようで障害物の陰から矢を放ってきた。


「み、ミツキ様危険です!」


イリアが障害物に隠れながら警告してくる。


「大丈夫、絶対当たらないから」


そう答え逆に一歩前に出る。

一応誤解の無いように説明すると、僕の体が小さいからとかそう言う事ではなく障壁を張っているから当たらないという意味だ。

というか猫に矢を射るなんて動物虐待だよね。


そんなどうでもいい事を思いつつさて盗賊をどうしようかと考える。

あっさり殺してしまうのは簡単だけどそれじゃ面白くないし、それにそもそもあまり力押しってのも芸がないしね。


思案している間にも近くの地面に数本の矢が刺さったが今のところ僕が展開している障壁に当たる様子はない。

狙ってないのか狙っても当たらないほど練習不足なのか。

どちらにしてもわざわざ殺してしまうほどの危険も感じなかった。


さっさと逃げてくれりゃいいのに。

漠然とそう思った時、僕はいい案を思いついた。

善は急げだ。


「変化」


小さく一言呟いた途端、小さな黒猫の姿をしている僕の体に滲むようにいくつもの虚無が生まれた。

自然に生きている上では絶対に見ることは出来ないだろう黒く塗りつぶされた滲みとでも言うべきその虚無はすぐに僕の全身を飲み込んでいく。


イリアから小さな悲鳴が聞こえた。

きっと端から見ていたら僕が何かに襲われているように見える事だろう。


やがてその滲みは僕の体全てを飲み込むとそのまま空間をも浸食するかのように徐々に大きく膨れあがり天井に届く程の大きさとなった。

そして最後は霧が晴れるように虚無だけが薄れ消えていき、再構築された僕の体が姿を現す。


「み、ミツキ……様……?」


つぶやきが聞こえた方向に視線を落とすと、腰を抜かし座り込んだイリアが呆然と僕を見上げているのが確認できた。

その様子をみるに、ひとまず僕の思惑は成功のようだ。

……いや成功ではあるんだけど、


(うーまいった、身体を大きくしすぎた……)


少しだけ頭を動かしてみたが天井からミシミシという音が聞こえたので慌てて止まる。


今の僕の身体はこの部屋の高さを超えるほどに大きくなっていた。

身体を構築する際に部屋に入るよう目測で高さを設定したのだが天井が思ったよりも低かったようだ。

結果として僕の頭と背中が天井に押し付けられている状態になってしまっている。

この部屋の高さを考えると今の僕の身長は10mくらいかな。


下手に動くと本当に部屋が崩落しそうだ。

仕方なく目線だけ盗賊達に向ける。

彼らは僕が内心悪戦苦闘している事など知るよしもなく、弓を構える事すら忘れて呆然と僕の事を見上げていた。


「ど、ドラ……ゴ…ン……?」


盗賊の一人がかすれた声で呟いた。

そう、僕は今ドラゴンに化けているのだ。

もちろん身体の構造もドラゴンそのものに変化させたからやろうと思えば火も吐けるし空も飛べる。

……まぁちょっとミスして今は身動きも取れない状態だけど。


(ドラゴンに変化しても猫背にならざるを得ないこの状況やいかに)


しかも完全に自業自得なのだから我ながら苦笑してしまう。

ただこの姿になった理由を考えればまぁ問題ないだろう。

なぜなら、


「がおぉぉぉっ!!」


ひと鳴きしてやるとそれだけで盗賊達は完全に恐怖にのみこまれたようで我先にと部屋から逃げ出していく。


この姿になった理由、それは僕が何もしなくても敵が勝手に怯えて逃げていく事だった。

怠け者の僕にはぴったりな方法なのだ。


途中で化け物だッ!と叫ぶ声まで聞こえる。

何を失礼な、僕はこんなにもぷりちーだと以下略。


何にしてもあっけないものだった。


探知魔術も使い盗賊の気配が完全に遠ざかったのを確認すると僕はすぐにまた身体を再構築し再び小さな黒猫の姿に戻る。


「はぁ疲れた、やっぱり仕事をすると疲れるね」


実際は身体を変化させただけなのだが大仰にそう言いながら座り込んでいたイリアに近寄る。


「終わったよ」


声をかける。

だがそれに対しイリアから返事はなかった。

不思議に思いイリアの顔をのぞき込むと、


……イリアは腰を抜かし座り込んだまま気絶していた。


*******************


「あのそのえっとミツキ様はドドドドラゴン様だったのですか!?」


数分後、復帰したイリアの第一声がそれだった。

ドラゴン様って……。


「黒猫様だったりドラゴン様だったりイリアも忙しいねぇ」

「いえいえいえいえ忙しいのはミツキ様だと思いますッ!」


なんだか自分の信じてた神様に実際に出会ってしまったらこんな感じかなというような反応であった。


「ドラゴンに変化しただけで僕はドラゴンじゃないよ」

「そそそそうなんですか!いやいやそうですよね!」

「あんな爬虫類と一緒にしないで欲しいにゃ~」

「は、爬虫類ぃッ!?」


イリアがまたも卒倒しかけた。

なんだろうドラゴンに特別な思い入れでもあるんだろうか。


「この世界にもドラゴンはいるんだよね?」

「も、もちろんいる……らしいです!」

「会った事ないの?」

「めめめ滅相もありませんッ!!」


ぶんぶんと顔と両手を振って否定した。

なにこれちょっと面白い。


「イリアは妙に恐縮しちゃってるけど、この世界のドラゴンの立ち位置ってどうなってるの?」

「立ち位置、ですか?」


少しだけ考えた後イリアが答えてきた。


「ドラゴン様は四方の山々を守ってる偉大な守護獣様です!」

「ん?ドラゴンは四匹しかいないの?」

「匹って……いえそれぞれの山にはドラゴン様の眷属達が住んでいますのでかなりの数いらっしゃると思います」

「ふーん、何から何を守ってるの?」

「それは……」


少し間があく。


「それは、魔族達からこの人間の世界を守っているのです」

「……魔族ねぇ」


ここでまたよく聞く単語が出てきた。


「四方の山の外側には魔族の世界である魔界が広がっていて、ドラゴン様が守ってくれなければあっという間に人間は滅ぼされてしまいます!……と伝えられています」


ただの伝承なのにやたらと熱の入った解説だった。


「魔界かぁ、そんな面白そうな所があるなら暇な時に行ってみてもいいかもね」

「面白そうッ!?そんな無理無理無理無理ですッ!!」

「無理かなぁ?」

「いくらミツキ様が強くても絶対勝てません絶対死んじゃいますッ!!」


イリアが再びぶんぶんと顔と両手を振っている。


(ドラゴンが守れるくらいならたいしたことは無いと思うんだけど)


そう思ったものの口に出すとまたイリアが卒倒しそうだから黙っておいた。


「大体わかったよありがとう」


知りたい事は聞けたと思うのでひとまずそこで話題を終える。

次はほったらかしていたラークだ。


「そろそろラークが目を覚ましてもいい頃だと思うんだけど」


ラークが倒れていた辺りに視線を移す。

すると元々倒れていた場所から少し離れた所に青い顔をして固まっているラークを確認できた。

どうも今の姿から推測するに尻餅をついた体勢で部屋の隅までずるずると後退していったようだ。


どうやら怯えているらしい、というか理由はなんとなくわかっている。

僕はそのラークの姿をみて少しいじめてみることにした。

ゆっくりとラークに近づく。


「ヒぃっ!!」


イリアが出会ったのが神様だとすればラークが出会ったのは鬼か悪魔か。

無言で力なく首を振る様は殺人鬼がこっちにきたよ助けてーってな状態だ。

既に壁際だというのにそれでも僕から離れようと足が地面を掻いている。


「なに震えてるの?」


ラークにほどよく近づいたところで首をかしげつつ何も気付かないフリをして聞いてみた。

するとその様子が怒っているとでも感じたのか、ラークがさらに慌てた。


「ままままさか猫様がドラゴン様でボクはさっきごめんなさいッ!!」


慌てすぎて文法がおかしい。

ただ言いたい事はわかる。

ドラゴン様と知らずに襲いかかってごめんなさい、だ。


頭をこすりつけるようにして謝ってきた。

あー、こっちにもあるのね土下座って。


それはともかく、やっぱり僕がドラゴンに変化しているところを見ていたようだ。


がたがたと震え怯えきったその姿は先ほどの怒りに満ちたものではなく完全に子供のそれだった。

この世界でドラゴンという種族がいかに大きな存在かというのがわかる。

きっと悪い子はドラゴンに食べられちゃうんだよ!とか躾けられているに違いない。

……いや違うかもしれないけど。


それは別として、ラークの方も先に誤解を解かないと話が進まなそうだ。

僕は一度ため息をつくと、イリアにした説明をもう一度話し始めるのだった。

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