1-6 がんばるどじっ子と泥棒猫
イリアが目を覚ましたのは薄暗い部屋の中だった。
しばしぼんやりと周りを見回す。
(私、なんでここにいるんだっけ)
朦朧とする意識の中で考える。
とりあえずこの薄暗さを何とかしたいと思ったのだが、なぜかこの部屋に窓は一つもなかった。
なら明かりはどこから入っているのかと出所を探してみると天井に穴が開けられておりそこから光が入ってきているようだった。
どうやら外は天気がいいようだ。
なんだか頭がぼーっとして考えがまとまらない。
改めて部屋を見回してみる。
最初は薄暗くてよくわからなかったが、どうもこの部屋は壁が曲がっているらしい。
立ち上がり近くの壁に手を当てる。
硬くて冷たい。が、その壁は木ではなかった。
(……岩?)
そう思い至り改めて四方を見回してみる。
三辺はそのでこぼこ具合を見るに同じく岩で出来ており、そしてもう一辺には鉄の格子が見えた。
「……鉄格子……鉄格子ッ!?」
一気に意識がはっきりした。
なぜいままで忘れていられたのか、自分は盗賊達に襲われてすぐに意識を失ってしまったのを思い出した。
急いで自分の体を確認する。
腕、大丈夫指も五本ずつついている。
足、今立ってられるし痛みはない。
顔、手で触ってみた感じでは腫れなどもなさそうだ。
体、背中が痛い。地面に打ち付けたせいだろうか。
一通り確認し終わったがひとまず命に関わりそうな怪我などはなさそうだった。
(とりあえずはよかった、なのかな)
ひとまず安心した。
次に警戒しながら鉄格子に近づきその向こうを見つめる。
だがここからはでこぼこした通路が見えるだけだった。
どうやらこの牢屋は岩をくりぬいて作られたようだが通路は土の壁になっているようだった。
続けて天井にあいた穴も観察する。
残念ながら手の届く高さではなかった。
上から紐でもたらしてもらえれば脱出出来るかもしれないが一人ではどうすることもできなそうだ。
「魔術は……よし大丈夫」
指先に小さく火をともしてみると、イリアが思っているとおりに魔術が発動した。
「ここを切り抜けてミツキ様に認めてもらわないと」
さすがにここまでくると黒猫が言っていた試練がこのことだった事に気づいていた。
復讐を果たせなければ自分が生きている意味がない。
その思いをのせて、イリアは鉄格子に向けて魔術を発動した。
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どんッ!という音と共にけたたましい金属音が洞窟内に響き渡った。
「……相変わらずイリアは元気だねぇ」
呆れてそう呟くと再び金貨を袋に詰める作業に戻る。
僕は今宝物庫にいた。
……と言っても盗賊達が勝手にそう呼んでいただけであり実際は小型金庫ほどの木箱に金貨が半分くらい入っていただけだが。
「んーそれでも数百枚くらいあると思うんだけど物価がわからないから多いのか少ないのかよくわからないんだよねぇ」
改めて金貨を一枚拾い上げ裏表をみてみるがそこに数字らしき記載はない。
また仮に書いてあったとしても読めないしそれで何が買えるのかがわかるわけでもない。
盗賊を一人捕まえて聞いてみるのもありかなと思ったりはする。
(けどまぁイリアと合流すれば分かる事だからいいか)
僕の場合はお金がなくても大して困る事もないので気楽にそう考えながら最後の一枚を袋に入れた。
そしてその袋の口を縛ると魔術発動。
「あら不思議金貨袋が一瞬で消滅してしまいましたよ、っと」
袋は少しだけ宙に浮くとそのままスッと消え失せた。
転移魔術の応用で今見えている世界とはずれた次元に物を送り込んで保管する魔術……らしいのだが自分で確かめた事はないのでよくわからない。
とりあえず出し入れが便利なのでよく使っていた。
そんな事をしていると再びどんっ!という音が洞窟内に響き振動が襲う。
「洞窟が崩れるとか考えないのかな。……いやイリアなら考えないか」
当然コンクリートで補強するなんて技術のない世界であり、実際この洞窟も大きな衝撃を加えれば簡単に崩落しそうであった。
なのにイリアはダイナマイトでも使ったかのような音を立てて魔術を使用している。
(イリアの場合生き埋めになる瞬間に初めて気づきそうな気がする)
間の抜けた顔であっ……とかいいながら埋まっていくイリアが簡単に想像できた。
「こういうのは世間知らずっていうのか常識知らずっていうのか。まぁ面白いからいいけど」
埋まったら埋まったときだと思いながら僕は空の木箱を残して宝物庫を後にした。
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イリアは困っていた。
捕まっていた部屋の鉄格子を破壊した時に大きな音がしてしまい集まってきた盗賊達とにらみ合いになってしまっていたのだ。
「うーまさかあんな風になるなんて」
イリアは圧縮した空気を一気に解放する事で空気爆発を起こし鉄格子を破壊しようとしたのだがその勢いがあまりに強すぎたため激しい音がしてしまったのと、壁から剥ぎ飛ばされた鉄格子が何かに当たってがしゃんッ!と盛大な音を立ててしまったのだ。
ついでにいうと四方を壁に囲まれた洞窟の中であったため行き場を無くした爆風が自分にまで襲いかかり、昨夜に引き続きイリアは地面をごろごろと転がる事となった。
もっとも本人は転がるのはいつもの事と気にもしていなかったが。
(発想はよかったと思うんだけど)
イリアが使える魔術のうち得意なのは火に関するものだった。
だが昨日失敗したばかりのイリアはその次に得意な風の魔術でなんとかできないかと考えた。
そして思いついたのが風で圧力をかけ鉄格子を吹き飛ばしてしまおうというものだったのだ。
もっとも結局今回もまた全力でやってしまったので無用の騒ぎを起こす結果となっていたのだが。
(でもとりあえず最初の目標はクリアできたからよしとしよう)
牢屋を脱出する事が第一目標だったのでイリアの中では合格ということにした。
意外とポジティブだった。
だが黒猫と合流するという第二目標は難関だ。
向こうの角からちらちら様子を見てくる盗賊達をどうにかしないといけない。
ここで盗賊達がなぜ一人しかいないイリアを相手に様子見をしているのか。
それはこの洞窟の構造上の問題だった。
今イリアがいる通路は横幅縦幅共に人が二人分ほどの道が続いている。
つまりそれほど広くはない。
先ほどイリアはその通路を進んでいる時に少し先の角を曲がってきた盗賊達と鉢合わせしてしまった。
丁度『コ』の字の上の角と下の角で対峙した形でありイリアと盗賊達との距離はおよそ10m程。
こちらに向けて走り出してきた盗賊達を見てイリアは即座に炎の魔術を使った。
球体状の炎を飛ばして着弾と同時に炎をまき散らすタイプのものだ。
もし仮にその炎が打ち出した直後に壁に当たっていたりすればイリアもまき散らされた炎に包まれていたと思われるが、幸いにも今回それは盗賊達に向かってまっすぐ飛んでいった。
狭い通路の中迫ってくるその炎に対し盗賊達は横に躱す事も出来ず、結局彼らは慌てて通路を戻っていくしかなかった。
盗賊達の中に防御壁の魔術を使えるものがいなかったのも幸いした。
もし障壁で耐えられてしまうようであればこれほど時間を稼ぐことは出来なかっただろう。
だが当然盗賊達も黙ってはおらず、炎が収まるや否や通路の角から身を乗り出し弓を撃って応戦してきた。
悪いことにイリアもまた防御壁の魔術を使う事はできないのでこちらも慌てて通路の角に身を隠す事となり今に至る。
今のところは硬直状態であった。
「とはいえこのままだとじり貧だよね」
現状はにらみ合い状態ではあるがイリアは自分の方が不利であることに気付いていた。
人数的な不利に加え魔力と矢の数が違うからだ。
魔術は確かに強力であるが基本的には高威力単発向きであって小競り合いには向かない。
特にイリアが得意な炎はその傾向が強い。
撃ち合いをしてしまえばイリアの方が明らかに早く弾切れになってしまうのだ。
またそれを抜きにしても長期戦になればなるほど食事や睡眠などイリアにとって不利な要素ばかり増えていくことになる。
「……できればやりたくなかったけど仕方ないよね」
魔力が残っている今ならまだ選択肢はある。
一度大きく息を吸い意識を集中させると、イリアはその魔術を発現させた。
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「んー、思ったよりも盗賊がへっぽこだなぁ」
探知魔術で状況を確認しながら僕はそう呟きつつ、木の実を一つ口に放り込みむぐむぐと食べる。
食料庫に移動した僕は今めぼしい食材を見つけては袋に入れるという作業をしていた。
もちろんつまみ食いのオプション付きである。
お金の次はやっぱ食べ物でしょ。
これでしばらくは生きていける。
よくよく考えたら昨日だって何も食べてなかったしお腹がぺこぺこだ。
盗賊達は思いの外色々な食材を揃えていた。
また人数もそこそこいるようで量も多い。
僕は美味しい木の実などを見つけると片っ端から袋に入れていった。
実は異世界を旅する時に残念なのは生ものがあまり食べられない事だ。
たいていの世界では冷蔵庫というものは普及しておらず新鮮な肉や魚を食べられる機会は少ない。
現に今も干し肉はあったがそのほかは木の実や草ばかりだ。
「あんな現場労働者みたいな人たちが木の実を食べてる図を想像するとちょっと笑えるんだけどね。あ、お酒発見」
壷に入ったお酒を見つけた。
何のお酒かはわからないが盗賊が持っているくらいだからたいした物ではないだろう。
もちろんもらっていくけどね。
「まぁでもいい加減盗賊達も体制が整うだろうからイリアはここからが勝負かな。……ッ!辛ッ!!」
今食べた緑の実がとても辛かった。
唐辛子みたいだ。
舌を出してひーひー言う。
毒が効かないのをいい事に次から次へと味見をしていたらこれだ。
「魔術で毒は消せるのになぜか辛みは消せないんだよね。……って事は辛みを凝縮させれば魔術で回復できない毒が出来るかも?」
ふと思いつき今度やってみようと考えながら次の食材に向かう、と
「だ、誰だッ!」
「んぬ?」
口をむぐむぐしたまま声のした方、食料庫の入り口をみると一人の盗賊が立っているのが見えた。
盗賊はみんなイリアの方に行っていると思ったんだけどどうもそうでもなかったらしい。
その盗賊と目があった。
「ね、ねこ?」
その盗賊は警戒しながらもおそるおそる近づいてきた。
顔つきをみる限り中学生くらいの年齢にみえる。
緑のバンダナで頭を覆っているが、顔つきがまだ幼いのでどちらかというと格好いいというよりはかわいいの要素が強い。
いずれにせよ下っ端であるのは間違いなさそうだ。
「どこから迷い込んだんだろ。食べ物を駄目にしたなんて言ったら殺されちゃうよ」
その盗賊の子供はまだ口をもぐもぐしていた僕を見て慌てて抱き上げた。
(大丈夫だよ、殺しに来たらやり返すから)
僕はそんな物騒な事を考えながらも特に抵抗する事なくおとなしく抱き上げられてあげた。
ちなみに食料を入れていた袋はこの子に声を掛けられた瞬間に異次元に飛ばしておいたので既にこの部屋にはない。
もしこの子が僕に気を取られずに食料の様子を確認していれば食料が激減していることに気づいたかもしれないが、まぁそれはどうでもいいことか。
「逃がしてあげるからおとなしくしててね」
猫にとってはあまりありがたくない抱き方をされたまま食料庫から運び出された。
子供を持ち上げるときに脇の下に手を入れてそのまま持ち上げた格好である。
猫なのに猫背が伸びてまっすぐになってしまいそうだよ。
(……できればもう少し優しい抱き方がいいんだけどなぁ)
半目のまま無言で訴えかけるがもちろん通じるはずもなくそのまま移動されていく僕。
加えて本当はもう少し食料を物色してみたかったところだ。
ただ今それよりも気になるのは、
(このまままっすぐ進んじゃうと盗賊達がたむろしている部屋を通るけど大丈夫なのかな)
ただでさえ短気な盗賊達がイリアの嫌がらせでぴりぴりしているわけだ。
そこにこの子が猫なんか抱えて通過したら八つ当たりとか受けないか心配だった。
(……まぁ全部僕のせいなんだけどね、うん知ってる)
イリアを盗賊のアジトに放り込んだのも食料庫でつまみ食いしてて今この子に抱かれてるのも全て僕の策略のせいです。
えぇもちろん反省はしていませんともさ。
もっとももし面倒ごとになればこの子くらいは守ってあげてもいいかなとは思っている。
それくらいには僕にも良心というものがあるんだよ、えへん。
……まぁ結果から言うとこの子が盗賊達から八つ当たりを受ける事はなかったんだけどね。