1-5 どじっ子と与えられた試練
夕方を通り過ぎて夜の帳が降り出す頃。
僕の目の前では今大量の火の粉が舞っていた。
わーいバーベキューだぁ……という規模では全くもってない。
あの後イノシシは見つからなかったが代わりに一匹のウサギと魚数匹を捕まえて朝の小屋に戻ってきていた。
だがその獲物達もまだ捌いていないので今からあんなに火の勢いが強くても困ってしまう。
というかそもそも燃えているのは僕が獲物を焼こうとしていた場所じゃないし。
僕の近くではぺたんと座り込んだイリアがあわあわとその惨状を見つめていた。
お姫様の威厳もへったくれもない。
僕は無言で、そして冷ややかな目でイリアを見つめているとその視線に気づいたイリアが大慌てで言い訳を始めた。
「ち、違うんです!言われたとおり火をおこそうとしたんです!ただちょっと加減がわからなくて!!」
僕は冷ややかな目で見続ける。
「火の勢いが強ければ暖かいかなと思っただけで悪気はなかったんです!」
まだ見続ける。
「火がつかないよりは、だって失敗できないと思いましたしがんばらなきゃって思って……」
まだまだ見続ける。
だんだんイリアの勢いが消えてきた。
「役に立ちたかったんです……うぅ、ごめんなさぃ」
イリア消化完了。
……いやいや僕が消したいのはイリアの勢いじゃないんだけどさ。
「どうするの!今日泊まる所を燃やしちゃって!」
ここまでくればお気づきと思う。
燃えているのは昨日一晩お世話になった小屋だ。
それはもうごうごうと音を立てて勢いよく燃えていた。
「イリアの魔術が強いのは狩りで分かったよ!?こんなとこでアピールしなくていいんだよ!?」
「ぅぅーすみません」
イリアがさらに縮こまる。
「そりゃ暖炉に火をつけるのが難しい事は知ってるけどさ。でも普通炎系の魔術は弱い方から少しずつ強くしていくよね」
「はい」
「さっき全力でやったよね?」
「……はぃ」
そう。
小屋に戻ってきた後、さすがにウサギを捌かせるのは可哀想かなと思い代わりに暖炉の火をつけておくよう頼んだのだ。
食料確保という僕の指示を達成できたのがうれしかったのか、機嫌がよかったイリアは獲物を捌こうとしている僕を置いて小屋に入っていった。
僕が探知魔術で確認していた限りでは一発目はちゃんと小さな魔力を使って炎を出していた。
僕は内心でその強さじゃ火はつかないよ~なんて笑っていたのだが……。
「二発目にせーのッ!とか言って魔術使ったよね!?いきなり全力投球だったよね!?暖炉に恨みでもあるの!!?」
「そんなのありませんけど!や、やるからには全力でやらないとって……」
「それ全力って意味が間違ってるからね!?」
おそらくイリアの魔術の着弾により暖炉で小爆発でも起きたのだろう。
魔術が使われた直後爆発音とともにイリアが開けっ放しにしていた小屋の入り口から転がり出てきた。
比喩ではなく文字通り転がってである。連続後ろでんぐり返しである。
そして僕の近くまできたところでぺたんと止まり今に至る。
というかそれだけの爆発を間近で受けて傷一つ無いのは驚きだ。
「うぅーどうしたら……」
僕の内心の驚きに気付く事もなくイリアがうめく。
僕も改めて小屋を見てみた。
最初の爆発で窓は吹き飛んだようだしすでにだいぶ燃えてしまったから今更消火しても夜あそこで寝るわけにはいかないだろう。
「今夜はベッドはあきらめないとだめだね」
「う……」
「まさか自分で自分の首を絞めちゃうとはねぇ」
「うぅぅ……」
僕は言葉を切り、イリアを見つめなおして言ってやる。
「やーいどじっ子~」
「ひ、ひどぃです……」
しくしくと泣きだしてしまった。
僕は苦笑する。
(とりあえずイリアが残念な子なのはわかったしそろそろ許してあげようかな。それにしても今夜はホントどうしようか)
そう言って僕はふっと周りの森を流し見た。
イリアは小屋が燃えている事ばかり気にしているようだが僕が悩んでいるのは実は全然別の事だったりする。
森には光もなくここから見ただけでは特に変わったところは見つけられない。
だが先ほど探知をしてみたところ周囲を囲むようにして十数人の人間の気配があったのだ。
そしてその人間達は今もまだ遠巻きにこちらの様子をうかがっている。
(味方ってことはないだろうから敵だよね、たぶん)
僕は視線を森から戻すとイリアに声をかける。
するとイリアが慌てて返事をし近寄ってきた。
なんだかその動きを見て犬っぽいなと思ったのは余談だ。
「イリアは気づいてる?」
「え?なににですか?」
突然の問いかけに答えが思い当たらないらしいイリアが小首をかしげた。
(やっぱり気づかないか。王族ならこんなものかもね)
今までのイリアの日常では周囲を警戒する必要などなかったのだろう。
今も周りに注意を払っている様子はみじんもない。
だが危険に気付き対処する能力は今後イリアが生きていくためには必ず必要になるはずだ。
(まぁ言葉で言ってわかるものでもないし、せっかくだから今回体験して貰っちゃおうかな)
僕はにやりと笑いながらそう決めた。
となると少しイリアにやる気を出してもらわないといけないわけだけどさてさて……
「イリアは剣が使えるって聞いたけど具体的にはどんな剣?片刃とか両刃とか、それともレイピア?」
「剣、ですか?親衛隊が使ってたものと同じ両刃の剣しか使った事がありませんけど……」
親衛隊が使っていた剣というのはわからないけど、姫が大剣を振り回すってことはないだろうから通常サイズの剣でいいのかな。
「それじゃ見つけたら拾っておくね」
「??」
イリアはいまだに僕が何を言いたいのかわからないようだ。
というかもし僕の言いたい事が分かるならそれは超能力者だね、うん。
僕はひとしきり自分の中で収拾を付けつつそろそろ本題に入る事にした。
一度咳払いをするとイリアに向き直る。
「さてイリアに質問だ。イリアは僕のなんだ?」
「っ!?ミツキ様の……奴隷です」
今までのとぼけた喋り方からがらりと口調を変え真面目な声で尋ねると、イリアはその変化に体をびくりと震わせたあと恐る恐るそう答えた。
「主人の寝床を奪った今回の失敗はどう責任を取るつもりだ?」
「そ、それは……」
イリアが怯え言いよどむ。
まぁ責任といってもどうすることもできないのは百も承知だ。
「契約書にはイリアの復讐に手を貸す代わりにイリアは僕の奴隷になると書かれていた」
「は、はい……」
「つまり僕がイリアをいらないと思えば契約を履行する必要はなくなる」
「ッ!!」
イリアの顔が一気に蒼白になった。
ありていに言えば復讐を手伝わない事もできると伝えたのだ。
「待ってください!これから絶対役に立ちますから!!」
「では具体的にイリアは何をしてくれるつもりだ?」
「それは……でも必ず何かしらは!」
黒猫に必死に懇願するドレス姿の女性。
端から見ていたらなかなかにシュールな図だと思う。
「という訳でイリアに試練を与えようと思う」
「試練……ですか?」
という訳とはどういう訳なんだろうと内心苦笑しつつ表面上は大まじめに続ける。
「この場を自分の力で切り抜ける事、それが試練だ。手段は問わない」
「この場って……火を消せってことですか?」
小屋の方を見る。
最初の頃よりは下火になっているとはいえまだ炎は高く上がっておりこれを消すのはまだまだ簡単ではないだろう。
そしてもちろん僕の意図はそんな事ではないが訂正はしてあげない。
「それじゃ僕は消えるよ、健闘を祈る」
「え?……あ、ちょっと待って下さい!」
僕はイリアの言葉を最後まで聞かずにふっと霧散するように消え失せた。
イリアの伸ばした手が虚空を切り、しばし呆然と黒猫のいた空間を見つめていた。
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「嬢ちゃん今なにしやがった?」
黒猫が消えてしまい呆然としていたイリアに突然そんな声がかかりイリアは慌ててそちらを振り返る。
見れば数人の男がゆっくりとこちらに向かって歩いて来るところだった。
それぞれの手には長剣や弓が握られていた。
「今猫が消えたように見えたんだがな」
「お頭、そんなわけないでしょ」
「だよな」
その風貌と下品に笑う様ははまさに盗賊と言った風情の集団であった。
「あなたたちは何者ですか?」
イリアが警戒しつつ静かに聞く。
「何者っていわれてもなぁ」
「しがない村人だよな。一応」
「確かにその通りだな」
再び下品に笑いあう盗賊達。
その盗賊達はイリアから5m程の所で立ち止まる。
ふと気付けばイリアの横合いや後ろの森からも男達が歩み寄ってきており完全に囲まれる形となっていた。
「私に何かようですか」
「何かようかだってよ?」
警戒しながら問うイリアに対してお頭と呼ばれた男がにやにやしながら言った。
「ちょっと俺らの奴隷になってくれよ」
「ッ!?」
言い終わるやいなやお頭と呼ばれた男が一気にイリアに走り寄る。
イリアはとっさのことに対応できずそのまま体当たりをくらい背中から地面に倒されてしまった。
地面に背中を打ち付けた衝撃で一瞬イリアの呼吸が止まりむせ返る。
「いやぁ嬢ちゃんはなかなかに上玉だから高く売れそうで助かるよ」
お頭がぼろ切れを取り出し暴れだしたイリアの鼻と口にあてると、途端にイリアを眠気が襲う。
(な、なに……が………)
事態を把握できないままそこでイリアの意識は途切れた。
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そんな一部始終を木の上でくつろぎながら眺めていた者がいた。
いわずとしれた黒猫、っていうか僕である。
「武器が無いとはいえあれじゃダメだよねぇ」
木の下では盗賊の一人が意識を失ったイリアを担ぎ上げるところだった。
さっきの口ぶりからするに、この後イリアは奴隷商人に売られるのだろう。
もしくはその前に慰み者になるのか。
どちらにしても放っておけばろくな事にならないだろう。
「んーでも今のところスタート直後にゲームオーバーな感じだからにゃ~」
どうしたものか。
ホントは魔術を使ってこの場を切り抜けてもらいその後逃走する所を見たかったのだ。
だがイリアはあっさり捕まってしまった。
実は冒険者向きの才能を持っていたというような展開を期待したんだけどさすがに無理があったか。
「助けるのは簡単なんだけど、うーむ」
悩む。
今助けても今後また同じ事が起こらないとも限らないし出来ればぎりぎりまで痛い目を見てもらう方がいいかなとも思う。
「……とりあえずもう少し様子をみてみることにしようか」
なんとも優柔不断な黒猫であった。
木の下では男達が笑い合いながら歩き出していた。
僕は音を立てずにその木から下りると、歩いていく男達ををゆっくりと追いかけ始める。
あわよくばお金も調達できるといいなぁなんて思いながら。