表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/49

3-17 皇帝の苦悩とミル王女の進言

《バウバッハ視点》


今日も会議は大荒れだった。


「黒猫も討伐出来ないばかりか魔王病を見逃したあげく逃走されたとはどういう事か!!」

「何を言う!そなたこそ黒猫襲撃の折腰を抜かしてただ尻餅をついていただけではないか!!」

「そなただって同じであろう!」

「儂は短剣を構えて隙をうかがっておったわ!!」

「結局斬りかかることが出来なかった臆病者ではないか!!」

「そなたが言うな!!」


私も言いたい。

おまえ達が言うな。


「皆落ち着け!今は過ぎたことよりも今後の対策だ。現況の報告を!」


私の言葉でひとまず言い争いは収まる。

だが一部の者は視線で互いを威嚇しあっており会議に全然集中していない。

ため息をつきつつ伝令兵の報告に耳を傾ける。


「まずは黒猫ですが、ヒューザの街にてモルバレフ様が戦いを挑みましたが反撃に遭ったうえ黒猫は逃走したとのことです」

「反撃!?モルバレフ殿は無事なのか!?」

「はッ!モルバレフ様に怪我は無いとのことです。ただし深入りは危険と判断したとのことで以後追撃は行っておりません」

「そうか。モルバレフ殿をもってしても倒すことはできないのか……」

「逃走後の消息ですが、ヒューザの街から北の森に逃げ込んだ後は不明となっております」

「北!?もしや再びこの帝都にやって来るつもりか!!?」


老人達が先ほどとは違った喧噪に包まれる。

黒猫襲撃以降一番大きく変わったのはこの老人達が黒猫を恐れるようになった事だろうか。

以前であれば黒猫程度と侮っていた彼らが今では危機感を顕わにし怯える始末である。

やはり恐怖は現場で体感しなければわからないという事なのだろう。


「続けて魔王病感染者レラについてですが」

「ん?ちょっと待て。レラ?儂はレニと聞いておったが?」

「いやいや私はマニラと聞きましたが」


なぜか老人達がそれぞれが違う名前を挙げ始め困惑が広がる。

不思議なことにこれだけ人数がいるにもかかわらず同じ名前が挙がらない。


「落ち着け!原因は分からぬがこの場で話をしても解決はしない。早急に正しい名前を確認し必要があれば各所に伝達するように!」

「はッ!」


控えていた別の兵士に命じる。


「それで、仮にレラだとしてそのレラの動向は?」

「はッ!昨日ヒューザより南の街道で子供のものと思われる足跡を発見!その後モルバレフ様指揮のもと南を中心に捜索中です!」

「まだ見つかっておらぬのか……。魔王病は今後黒猫と同等の脅威となりうる。全力を挙げて捜索を続けてくれ!」

「はッ!」


伝令兵が退室していった。


その後は様々な言い争いが勃発したものの取り立てて問題にする事項はなくまた成果もないまま会議は終了した。

皆が退室し最後に私だけが残る。


「……モルバレフがミツキ殿に戦いを挑む、か」


派遣前の計画ではミツキ殿には手を出さない方向で話が行われていたはずだった。

確かにモルバレフの性格上ミツキ殿と戦いたがるのはわかるが、それでも魔王病感染者が逃走している現状で問題を増やしてまで自分勝手に動く男ではない。


「モルバレフ……まさかとは思うが」


以前冒険者ギルドでミツキ殿と会話した際のモルバレフの取り乱す様を思い出す。

その時のミツキ殿の言葉。


『魔に染まった人がいるの?』


魔に染まった人、今回の魔王病騒動になんらかの関係があるだろう事は容易に想像が付く。


「モルバレフはあの時点で知っていたのではないだろうか……」


そこまで考え慌てて頭を振る。

モルバレフとは長い付き合いであり疑いたくなどない。

だが引っかかることが多すぎた。

頭を抱えもんもんとしたまま時間だけが過ぎていく。


少し経った頃、唐突に入り口の扉がノックされた。


「……誰だ?」

「あの、お兄様いらっしゃいますか?」


ミルだった。


「ああいるぞ、入ってよい」


失礼しますと扉を開けてミルが入ってきた。

なにやら緊張した面持ちだった。


「そんな顔をしているのは珍しいな。いつでもミルは自信満々であったろうに今日は妙に静かではないか」


身内だからこその軽口。

大変な時だからこそ明るく振る舞おうと心がける。


「……お兄様、状況はいかがですか?」


予想通りというか、やはり聞かれた。

その単刀直入な質問はまるで無理な気遣いは不要と言われているようだ。

私は一度ため息をついてからありのままに話すことにした。


「正直、芳しくないな」


今回は黒猫と魔王病という二つの問題が重なって起こってしまった。

ただでさえミツキ殿とイリアの件で他国に付け入る隙を与えてしまっている中でさらに魔王病感染者が逃走したとなればその後の動向次第で外交問題に発展しかねない。

しかもなにやら隠し事のありそうなモルバレフの事も考えるとこのまま何事もなく解決するとは考えにくい。


「もっとも起こってしまったことを今更考えても仕方のないことだ。ミツキ殿はこちらから動かなければ実害は出まい。その間になんとしても魔王病感染者を見つける」


途中からミルへの説明と言うよりは自分でするべき事を再確認したという意味合いが強くなってしまった。


「……本当にあの黒猫の事を信頼していらっしゃるのですね」

「信頼?……あぁ確かにこれは信頼、とも言えるか」


言われて確かに自分がミツキ殿の事をあまりに楽観視していることに気付き苦笑する。


「もちろんミツキ殿が絶対に安全だと考えているわけではない。だが、もし仮にミツキ殿がこの国と敵対したとしても事前に相談に来てくれる様な気がする」


思い返せば今までもそうだった。

一番初めの出会いでもそうだし、冒険者ギルドで会った時や先日の怪談騒ぎの時もそうだった。

ミツキ殿は何か理由があって行動していて、そしてそれは今後も変わらないように感じる。


「お兄様、何かうれしそうですね」


ミルはそう言うが私にはそんなつもりは全く無かったので不思議な顔になってしまった。

それを見てミルがふふっと笑う。


「……そんなお兄様に進言させていただきます」

「何をまた改まって」


ミルが緊張した顔つきになった。

いつもは私相手にも問答無用で文句を言ってくる程なのだが。


「あ、あのですね。私あの……」

「どうしたというのだ、本当に今日はミルらしくないな」


笑いながら熱でもあるのではないかとミルのおでこに手の甲を当ててみると、なにやら本当に熱があるように感じた。


「もしかして体調が悪いのか?それであれば早めに休んだ方がよいと思うが」


少しだけ心配になってそう伝えてみるもののミルは相変わらずもじもじと言い淀んでいる。

よく見ればミルの頬もほんのり赤い気がする。


「ミル、いったいなにを」

「お兄様!」


言葉の途中で勢いよく呼ばれ私は驚き固まった。


「お兄様!あの黒猫、いえミツキ様を野放しにしておくのは得策ではないと考えます!」

「あ、うむそうだな。それが可能であればそれは確かにそうではあるな」


驚いた思考の中曖昧に同意する。


「そこでミツキ様に首輪を付けてみてはどうでしょうか」

「首輪?」


目を細める。

一瞬首輪を付けたミツキ殿を思い浮かべるがここで言う首輪とはそうではなく、動きを制限するためのなんらかの束縛を与えるという意味だろう。


「そうは言うがミルよ、何をもって首輪とするのか?」

「それは……」


ミルが少しだけ躊躇し、言った。


「……私が首輪となります」


私はしばしぽかんと妹の顔を見つめたのだった。


*********************


ミルの衝撃の宣言の後、動揺する私はひとまず部屋を移動する事をミルに伝えた。

内容が国家機密に相当する情報であり場所を変えたかった事が一つと、後は混乱している私自身が冷静になる時間が欲しかった為だ。


無言で会議室を出て移動する。

目的地は私の部屋にした。

あそこであれば邪魔は入るまい。


歩きながらミルが提案してきた内容を考える。

あれはミルがミツキ殿に嫁ぐ事で私とミツキ殿が義兄弟であるという形を作り便宜を図って貰おうというものだ。

貴族同士、場合によっては王族同士でも当たり前の様に行われている事でありそれは確かに首輪となりうる。

……通常であれば、だ。


残念ながらミツキ殿にこれは通じないだろう。

実力があり権力に頼る必要が全くない以上王族との婚姻に価値を見いだす事はないと考えるべきである。


考えるべきなのだが……

私は同時にそのメリットにも気付いてしまう。


もし本当にミルを連れて行ってもらえるとすればミツキ殿との接点ができるのは大きい。

魔獣すらあっさり屠るあの実力者と表向きだけでも繋がりがあることをアピールできれば周りの国にとっては相当な脅威に映るだろう。

本人にその気がなかったとしてもその存在だけで国に安全をもたらすことが出来る。


だがそこまで考えて私は再び首を振った。


いやいや打算を持ってミツキ殿と会えば必ずや見抜かれるだろう。

そしてそれは国の危機に繋がる可能性すらある。


そんな危険は犯せない。


そもそも……。

私は私の横を黙って歩くミルに視線を向ける。

それはつまり妹を道具の様に扱うと言うことだ。


私は決断した。

妹を政治の道具になどしない。

王族としては正しくないかもしれないがミルには自分の想い人と結ばれて欲しい。

国に縛られるのは自分だけで十分だ!

兄馬鹿と呼ばれるかもしれないがこれは絶対に譲れない!!


そこでちょうど自室に到着した。

中に入りミルを座らせた後自分も対面に座る。


「ミル、ここに来るまでに色々と考えたが私は王としての責務を果たさなければならない」

「はい」

「だが同時に私はおまえの兄でもある。国の繁栄を願う以上におまえの幸せを望んでいる」

「……はい」

「だからこそミル、おまえには想い人と結ばれて欲しい」

「ッ!それではッ!!」

「ああそうだ、だからこの件は」

「ありがとうございます!お兄様!!」

「は?な、なにがだ?」


ミルがなぜか突然大喜びし始めた為思わず気の抜けた声が出てしまった。

なんだこれは?提案を断られた事がうれしいのか?


「では式はいつにいたしましょう?」

「式?いやちょっと待てなんの話だ!?」


私の困惑を無視してミルがなにやら算段をたて始める。


「ミル!何か勘違いしていないか!?私はミルが好きと思う相手にだな!!」

「私はうれしいです!まさか王族の私が想い人と結ばれることが出来るなど夢にも思っておりませんでした!!」

「想い人!?いやそれは確かにそう願っているが!いや今はミツキ殿に嫁ぐという話をしていてだな!」

「わかっております!ミツキ様に嫁ぐという話ですね!ああ、憧れのミツキ様!あの方に嫁ぐことができるなんて私はなんと幸せなのでしょう!!」

「……は?」


憧れの、ミツキ様……?


「待て待て待て!!ミルは先日ミツキ殿の正体を知ったばかりではないか!?どうしてそういう話になるのだ!!?」

「う、あの時取り乱して泣いてしまった事は謝ります。確かに猫に化ける事が出来るなんて驚いてしまいましたが逆に言えばそれほどまでに魔術を極めてらっしゃるという何よりの証拠!あれほどに若くて力のあるお方は今後一生現れないでしょう!」


あまりの急展開に思考がついて行かない。


「急すぎるぞ!?まだ二回しか会っていないのにどこに惚れる要素があったというのだ!?」

「今思えば訓練場でミツキ様の魔術を見た瞬間、私は恋に落ちていたのです!」

「早いなおい!!」


ほぼ初対面ではないか!

思わず昔の様な口調に戻ってしまったがどうせここにいるのはミルだけなので無視する。


「大体ミツキ殿がミルを連れて行くという保証もない!むしろ嫌がられるんじゃないか!?」


試験の時の嫌そうなミツキ殿の表情を思い出してしまう。


「それはきっとなんとかなります!」


思いこむととことんポジティブな我が妹だった。


「それに」


その一言で浮かれていた雰囲気が急に静まる。


「私が同行できれば御の字、同行できなくても誰にも損は出させません」


鋭くそう宣言した。

いきなり冷や水を浴びせられたかのようなその雰囲気に圧倒されつつ、私はやはりこいつも王族なのだなと理解する。


「……本当にいいのか?」

「あら、好きな殿方に嫁げるのであればこれ以上の幸せはありませんわ!」


ミルは想いを殺していないか、そう心配し声を掛けてみたがミルはむしろガッツポーズまでして喜んだ。

果たして本音はどちらなのか、残念ながら読み取ることはできない。

ただ少なくとも分かった事は、大なり小なりこの提案の根底には国の損得があった。

まだまだ子供だと思っていたがいつの間にか国を想う大人になっていたようだ。


「……わかった、ミルがそこまで言うのならば私も出来る限りの事をしよう」


そうするとまずはミツキ殿にいつ、どうやって説明するか。

タイミングや場の雰囲気が非常に重要になってくる。

あの黒猫を相手にするのだから生半可な事をしても無駄だ。

やるなら徹底的にやらなければならない。


妹の将来が掛かっているのだから失敗は許されないと私は決意を固めるのだった。

(作者より)

中途半端で申し訳ありませんがここで一つの区切りとなる為毎日更新はいったん本日で終了させて頂き再び書き貯めに入らせてもらいたいと思います。

作者遅筆の為更新再開までまたしばらく期間が開いてしまうかもしれませんが、もしよろしければ今後も黒猫魔王様をよろしくお願いします。


平成27年9月30日

だまちー

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ