3-16 モルバレフの策略と今後の進路
《モルバレフ視点》
今儂らはヒューザの街の仕事斡旋所の一室に座っている。
実質ここが魔王病対策室だからだ。
もっとも人員は全て捜索に出ているので今この部屋には儂とレティしかいない。
この部屋は元々は書庫だったようで本棚が多くまるで学者の自室の様になっている。
儂は本を読まないので正直高価な本をこれだけ集める者の気は知れなかった。
それはさておき、先ほどミツキ殿がやってきたのは幸いじゃった。
おかげで必要な事は伝えることが出来た。
そして後はミツキ殿に任せるしかないというこの現状。
これほど自分の無力感を味わったのは一体どれほどぶりじゃろうか。
視線を移せばレティが相変わらず沈んだ表情で座っている。
「レティ、マーニを思うなら悟られる様なことは慎むのじゃぞ」
「……わかりました」
言いつつもその暗い表情は変わらない。
あの時のマーニの言葉がよほど堪えているらしい。
それまでは何とか体裁は整えてきたものの、あの時からずっとこの調子だった。
いっそ私を殺してください。
あれを13歳の少女が口にしたのは儂にとっても相当な衝撃じゃった。
それが自分の孫だというのだからなおさらだ。
「ミツキ殿に託したのだから大丈夫じゃ。むしろあのまま閉じこめておくよりもずっとよい」
言ってはみたものの、かく言う儂にとってもミツキ殿にマーニを預けるのは賭に近い方法であった。
案の定レティからの反応はない。
じゃがあのままにしておくことができない以上実際にはこれが最善の選択肢だったとも思える。
「……ただでさえミツキ殿に煙たがられておるのに、更に嫌われてしまいそうじゃのう」
近年ため息などつかなかったというのにここ最近はため息ばかりついてしまっている。
そのせいか一気に老いてしまったように感じていた。
と、そこに足音が響いてきた。
急ぎ思考を切り替えいつもの儂らしい振る舞いを心がける事にする。
強めのノックの後扉が開き一人の兵士が室内に入ってきた。
「報告します。午前中の予定範囲の捜索が完了しましたが未だ魔王は発見できません!」
「ごくろう。痕跡などは?」
「はい!南の街道付近に子供の足跡と思われる痕跡が見つかっています!専門家によれば帝都から遠ざかっている様に見えるとのことです!」
「そうか、ならば午後は北に向けていた兵も南に回すぞ」
「了解しました!」
兵士が一礼して退室した。
気配が完全に遠ざかったのを確認してから口を開く。
「……今のところは滞りなく進んでおるな」
マーニがここから北にいることは朝ミツキ殿との会話の中で知っている。
そもそも北で合流する様に仕向けたのは自分なのでここまでは予定通りだった。
「後はこれでどれだけ時間が稼げるか……」
机の上の手配書を見る。
そこに書かれている名前はレラ。
今兵士達は必死にレラという少女を捜しているはずだった。
儂もだてにグランドマスターなどという面倒な仕事はやっていない。
色々な伝手を使い故意に伝言ゲームを行わせた結果、当初の情報と全く異なる名前が現場に伝わってきたのだった。
いずれ発覚したときには責任問題という話になるじゃろうが直接儂が何かをした訳ではないのでうやむやにする事も出来るじゃろう。
そこで再び足音が聞こえたのでもう一度気持ちを引き締める。
ノックの後に扉が開き一人の男性が室内に入ってきた。
「ああアレクか。色々と手間を掛けさせてしまいすまんな」
「いえいえモルバレフ様の頼みですから」
入ってきた男性はアレクであった。
アレクはこの仕事斡旋所の所長であるがモルバレフと比べれば下っ端もいいところであり現に今もこうして現場の色々な段取りを行っている。
やや疲れ気味のアレクはそれでもいつもの人なつっこそうな笑顔のまま近くの椅子を引っ張り出し儂の対面に座った。
「さてアレク、疲れているところ済まぬがアレクは今後ミツキ殿がどう動くと考える?」
「ミツキ様の動向ですか」
いきなりの質問にもアレクは動じずに考えだす。
アレクは儂の信頼できる仲間の一人だ。
この街でのミツキ殿の動向も全てアレクを通して確認していた。
少し前にも人の姿をしたミツキ殿と直接会話をしたという報告を受けている。
「普通に考えれば森の中に留まるか国境を越えて北の国に行こうとするでしょうね。ただモルバレフ様と性格が似ているという事であれば、まず披露会には参加されると思います」
「やはりそう思うか」
儂と性格が似ているというところにひっかからないでもないが、正直儂もそう思う。
つまりまだしばらくの間はミツキ殿との接点は切れないということだ。
「ただ披露会まではまだ少し期間があるのが不安要素ですね。あと十日ほどある事と子供連れと言うことも考えると近辺の街で息を潜めるか」
「じゃが困ったことにミツキ殿は転移魔術を使うというしのう」
「……あーそう言えばそうでした。それだと仮に国境を越えて行ったとしても披露会には参加できてしまう訳ですか。そう考えると改めてミツキ様のすごさを実感しますね」
移動に時間がかからないとなれば動向の予測は困難を極める。
ゴール地点が見えているというのにその行動が予測できないというのはなんともどかしい事か。
「それでは近隣の村と国境に人をおきましょう。徒歩で移動した場合であればそれで見つかるはずです。もちろん転移されてしまえばそれまでですが」
「……そうじゃな、そうしてくれ。後はこちらも出来る事をしておく事にしよう。済まぬがもう少しだけ協力して貰えると助かる」
「わかりましたモルバレフ様、お安いご用です」
そうしてアレクは退室していった。
「レティ、お互いが生きてさえいればいずれきっとまた会える。今は我慢する時じゃ」
依然として沈んだままのレティを見る。
いつもは優秀な右腕ではあるが今回は数に含めない方がよさそうだった。
再びため息をついてから思考を切り替える。
まず手始めに何か理由をでっちあげて上に説明し、そして少しでも早く捜索を断念させなければならない。
「……どうしたものか」
モルバレフは一人策を練るのだった。
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《黒猫視点》
あの後僕らは血まみれラークをまるっと洗ってからフラン達と合流し、とても肉々しい朝食を食べ終えて今はその後片付け中である。
「まるでキャンプ気分な僕はそんな時間の経過をほんわかと楽しんでいたのだった」
「……黒猫君、心のナレーションがだだもれなんだけど」
「おやこれはしまった」
ジト目のフランは今日もしっかり構ってくれてありがたい。
「ミツキ様、これからどうするつもりですか?」
僕らのいつも通りのやりとりが終わるのを待ってから、イリアが少しだけ問い詰めるようなそれでいて不安げに聞いてくる。
ただでさえ追われる身だった僕らにさらにマーニが追加された。
今までの様に放っておかれるというのは考えにくいだろう。
それがわかるからか僕とラーク以外の緊張感は高めだ。
とはいえまだ僕らとマーニが合流していることは一部にしか知られていないのでそんなにすぐに対応されるとは僕は考えていない。
「んー、とりあえず北にあるっていう国に向かってみようかと思うんだけどどうだろう?」
「えッ!?国境を越えようっての!!?」
僕の案は、北東にあるダラウライの都を避けるように少し西寄りに北上し国境に向かうというものだ。
皆が驚く。
特に驚きが大きいのはラークだった。
「ミツキ様!国境越えられるの!?」
珍しくラークが興奮しながら質問してきた。
「ラークが興味を示すなんて珍しいね。たぶん大丈夫だと思うよ」
「そっか……」
ラークが目をきらきらさせたまま考え込んでしまった。
なにか北の国に思い入れがあるのだろうか。
ふと視線を動かすとイリアは逆に不満そうな顔をしていた。
どうやら目的地から遠ざかるのが気に入らなかった様だ。
「そうそうちなみに披露会の時にはちゃんとダラウライに行くからね」
その一言でイリアの表情が少しゆるみ、そして一度顔を振ると今度は緊張した面持ちに変わった。
隣のフランが質問してくる。
「たぶん黒猫君なら大丈夫だろうけど、披露会の時は警備も厳重になるよ?」
「ふーん。ま、大丈夫でしょ」
「……黒猫君ならそう言うと思ったけどさ」
フランが呆れた顔でため息をつく。
「それじゃ私はそれで構わないよ。どっちにしても黒猫君とは離れられないしね。黒猫君と一緒にグラウディスに行くよ」
よろしくねと言ってくるフランに僕は質問する。
「グラウディスって何?」
「はぁ?……あのねぇ黒猫君本気で言ってる?」
「あ、もしかして北の国の名前?」
「もしかしなくても北の国の名前だよ……」
本当に大丈夫かと頭を抱えられてしまった。
しょうがないじゃん、今まで北の国としか聞いてなかったんだから。
「はぁ、黒猫君はホントいつも通りだよね。で、イリアちゃんラークちゃんはついていくんだろうしマーニちゃんは黒猫君が責任を持つって事だから一緒だよね。そうすると……」
皆が一斉にミティスの方を向く。
「僕ですか」
「ミティスはどうしたい?話に聞くところだと北の国って結構危ないらしいし、どんな時も万が一ってのはあるからね。もしも帰りたいっていうなら家に送り届けるよ?」
ミティスが少し考えてから言う。
「もしミツキさんがよければ、僕も連れてってください!」
「下手すりゃ死んじゃうかも知れないし、帰ってこれないかもしれないよ?」
「それは……そうならないようにがんばります!」
一生懸命なミティスの宣誓。
もちろんがんばってもどうにもならない事も多いのでこれは正直危なっかしい。
危なっかしいが、同時にとても微笑ましい。
「りょーかい、ミティスも僕が責任をもって守ることにするよ」
「あ、ありがとうございます!」
目を輝かせてお礼を言うミティスをみて、ふと、なんだかミティスも少し成長したように見えた。
出会ってからそれほどたっていないはずなのに不思議なものだ。
なんて思っていたらフランから質問される。
「……ねぇ、下手すりゃ死んじゃうの?」
「いやわかんないけど北の国ってこの国と仲が悪いんでしょ?国境を越える時とかもしかしたら危ないんじゃない?」
「黒猫君が安全にびゅんッ!って運んでくれたりとかは……」
「まさかまさか。ちゃんと歩いて国境を越えるよ?」
「どうせまた何か企んでるんだよね?」
「うん」
「……聞いてもいい?」
「内緒~」
「だよねそうだよね!?やっぱり黒猫君ってそういう猫だよねッ!!」
フランが頭をがしがしかきむしりながら天を見上げる。
いつもの光景にほのぼのする。
「人生ってのはなるようになるものだから大丈夫」
「全然答えになってないーッ!!」
その後もしばしフランの質問と叫び声がこだまする、ある意味いつも通りの僕らだった。




