3-14 マーニ
雀……のような何かの鳥の声で目を覚ませば空はすっかり明るくなっていた。
某日本の感覚で言えば朝8時前後だろうか。
時計のないこの世界では全く意味のない表現だけど。
顔を上げればマーニは僕を抱きかかえる様にして今もすやすや眠っている。
そしてそんなマーニを抱きかかえるようにしてラークが座っていた。
たった一晩でこの二人はすっかり仲良くなったようで、ラークの手はゆっくりとマーニの頭をなでている。
そんなラークと目があった。
「おはようラーク」
「ミツキ様おはようー」
マーニを起こさないようにお互い小声での挨拶。
視界を動かせば、イリアとフランもたき火の周りに座るようにして眠っていた。
ラークと違いこちらの二人はさすがにマーニに対する不信は消えなかったようで、警戒しているうちに眠ってしまったようだ。
「なんかねー、でっかい妹が出来たみたい」
そんな二人とは対照的にラークはご機嫌だ。
「ボクは歳の近い友達とかいなかったから、今とっても楽しい」
突然のそんな告白。
少し考えて、これはマーニの事だけじゃなくイリアやフランも含めた今の事なのだろうと感じた。
それにしても本当に突然だ。
「マーニとも仲良くしてあげてね」
「うん」
にこにこ顔のラークに僕も笑顔で頷く。
これならマーニはラークに任せておいても大丈夫そうだ。
「それじゃちょっとだけ遊びに行ってこようと思うんだけどマーニの事お願いしていい?たぶん一時間くらいで帰ってくると思うんで、もしみんなが起きたら朝食の準備もしておいてもらえると助かるかな」
「はーい」
いい笑顔に見送られ僕はみんなから見えないところまで移動してから転移した。
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「お疲れ様です」
「え?あ、お疲れ様です」
僕は兵士にそんな言葉を掛けながらヒューザの街の中を歩いていた。
住民が避難してしまったからか、すれ違うのは兵士達ばかりだ。
僕は今モルバレフに会おうとヒューザの街まで来ていた。
どうしようか迷ったものの、マーニの件はモルバレフに伝えておいた方が何かと都合がいいと考えたのだ。
言い換えると巻き込む、とも言うけど。
「……うん、だめだこりゃ」
少しだけ歩きまわってみたものの、そう言えばモルバレフがどこにいるか知らないことに今更気づき立ち止まる。
そして少し考えてみたが聞くのが早いということで、手近な兵士に声を掛けてみた。
「すいません、グランドマスターと話をしたいんだけどどこにいるか知ってたら教えてもらえませんか?」
「……なんだか怪しい奴だな。ちょっとこっちに来てもらおうか」
当然だけど僕は今人の姿である。
なのに尋ねた兵士に怪しまれてしまった。
おかしいなぁ、僕何も悪いことしてないんだけど。まだ。
ちなみに後で知ったことだけど、この時点でヒューザの街にはモルバレフが連れてきた兵士と冒険者しかいなかったため見知らぬ冒険者がうろうろしていて怪しまれたというのが真相だった。
もちろん僕がそれに気づくこともなく、だけどとりあえずは大人しくその兵士について行った。
やがて行き着いたのは仕事斡旋所だった。
「失礼します!怪しい冒険者を捕まえたので連れてきました!」
「ご苦労……ん?」
僕はそこで朝のミーティングをしていたらしき人々の前に突き出された。
中心にはモルバレフもいる。
結果オーライだった。
「なんじゃミツキ殿、もしかして手伝いにきてくれたのか?」
「あーうんまぁ、手伝いって言えば手伝いかな」
連行された事など気にもとめず僕はモルバレフとにこやかに会話を交わす。
昨日襲いかかってきたとは思えないほどのフレンドリーさだ。
「え?あれ?モルバレフ様、お知り合いで?」
そして困惑したのは僕を連れてきた兵士だ。
「ああ、ミツキ殿じゃ。将来のギルドマスター候補じゃぞ?」
「えぇッ?!そそそそれは大変失礼いたしました!!」
「いやいやあれは冗談だから大丈夫です」
モルバレフのいたずらに僕はすかさずフォローを入れる。
いたずらと言いつつモルバレフの場合は放っておくといつの間にか外堀を埋められていたなんてことになりかねない。
「ところでなんだか取り込み中みたいだけど、出直した方がいい?」
「いやよい大体は段取りの通りじゃからのぅ。レティ、後は任せてよいか?」
「……いえ出来れば私も同席させてもらえないでしょうか」
おっとよく見ればモルバレフの右隣にレティさんもいた。
レティさんはなんだかとっても疲れている様子で、しかも今にも泣きそうな目つきで僕を見てくる。
え?なになに?繰り返すけど僕は何もしてないよ?まだ。
「そうか……では後の打合せはサルダスに任せる事にしようか」
「はい、わかりました」
モルバレフが今度は左隣の男性に指示をだし、そして了解された。
僕はそのサルダスと呼ばれた人を眺めてみる。
真面目そうなおじさんだなと思って見ていたらいきなりにかぁっと笑いかけられて驚いた。
うわっなんだこのおじさん、笑い顔がとてもエロそうなんだけど!?
そんな僕のリアクションを見たからかそのおじさんが無言のまま愉快そうに笑った。
「皆の者、済まぬがミツキ殿には別途頼む事があるのでな、そちらの打合せの為に退室させて貰う」
僕とサルダスさんが無言の駆け引きをしている間にモルバレフがそう宣言し僕の元にやってきた。
「待たせたのぅ、それでは行こうか」
「いいの?一番偉い人が抜けちゃって」
「いいんじゃ、どうせお飾りじゃし」
いやいやどう考えても前衛一番槍って感じだけど。
そんな会話をしながら建物を出る。
ちなみにレティさんも後ろから着いてきているがやはり元気がない。
「それにしても昨日の今日で顔を出すとは思わなかったぞ?」
「そこはほら、色々挨拶も必要かなーって」
「今度は一体何を企んでおるのか気になるのぅ」
お互いにやにやと腹の探り合いをする。
別に隠す必要もないのだがこれはもはや恒例行事だ。
まずはジャブから攻めていく。
「……ミツキ様」
「ん?どうしたのレティさん?」
モルバレフとじゃれていたらレティさんから声をかけられた。
なんだかいつもおどおどしているレティさんだけど今回は珍しく落ち着いて、というか沈んでいる。
そんなレティさんの質問。
「ミツキ様はマーニに会いましたか?」
まさかの直球だった。
そのストレート具合に僕は思わず目を丸くしてしまう。
横ではモルバレフも同じだったのかぽかんとしてしまっていた。
「……あー、こうなんだろう。とりあえずそういう話題はどこか建物に入ってからした方がいいんじゃないですか?」
「ッ!……すいません!」
別に直球で僕が困ることはないのだが、だけどたぶん外で話すのは色々とまずい気がする。
そしてレティさんはその事にも気が回らないほどにひどく焦っている様だ。
モルバレフを見る。
「……まずは移動しよう」
さっきまでとは打って変わり真顔でそう言いそして無言で歩き出すモルバレフ。
えーなんだろうこの空気。
ただマーニを預かったって報告をしに来ただけなのに。
予想以上に重い空気になってしまいただただ戸惑う僕だった。
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《マーニ視点》
私は夢の中で今までのことを思い出していた。
いつのことだったか、ある日突然私の中に私じゃない何かが入ってきた事に気づいた。
最初はちょっとした違和感だった。
けれど、それは日を追う毎に少しずつ大きくなっていった。
それと同時に私はなぜか魔術が使えるようになった。
今までどれだけがんばっても魔術が使えなかった私は不思議に思ったが、すぐにそんなことは忘れ純粋にその事を喜んだ。
次に、使う魔術がどんどん強くなっていった。
魔術は鍛えられないって言われているのになぜか使えなかったはずの大きな魔術が使えるようになっていく。
この頃の私はそれでもまだこれを喜んだ。
そしてある日突然魔術が暴走した、らしい。
その瞬間私は気を失ってしまい覚えていなかったが、目が覚めたあとママにひどく怒られた。
聞けば危うく大事故になるところだったそうだ。
私はいつもと同じ事をしただけなのになんで暴走してしまったのか、考えてみたけどわからなかった。
次の日私は私が暴走したという公園に行ってみた。
遊具があったはずの場所に大穴があいていた。
そこでようやくあの遊具は私が壊してしまったんだと実感した。
そしてもしも相手が遊具ではなく人だったらと想像して青くなった。
それからしばらくの間、怖くて魔術を使わなかった。
ある日どこかから声がする事に気づいた。
私とは違う何かの声。
聞き取ろうとしても何を言っているかわからない。
だけど意味はわかった。
この世の全てを憎む。
怖くなった。
だけど目をつぶっても耳をふさいでもその声は聞こえてくる。
それは私の頭の中で響いていた。
しばらくは部屋の中で震えて過ごした。
聞こえる声は次第に大きくなっている事に気づいたが、それでもずっと我慢し続けた。
ある日、いよいよ我慢できなくなって私は大声で何かを叫んでしまった。
何を叫んだのかは覚えていない。
だけど途切れ途切れの記憶の中で私は暴れていたように思う。
次に気付いた時、私は牢屋の中にいた。
何が何だか分からなかった。
しばらくの間呆然としていたら私の前におじいちゃんとママがやってきた。
いつ会ってもにこにこしていたおじいちゃんがこの日だけはとても真面目な顔をしていた。
そしてママの表情からは、安堵と、いたわりと、恐怖の色が見て取れた。
いつも優しく抱きしめてくれた二人ともが、私に触れるのを躊躇した。
おじいちゃんは私が魔王病に感染したんだと教えてくれた。
魔王病という病気は知っている。
ある時突然感染し、発症すれば暴走して死に至る病。
私はそれに感染した。
私の中で聞こえる声、あれが魔王なんだと唐突に理解した。
そこまで考えてふと、私の中の魔王の声が小さくなっている事に気づいた。
なぜかはわからなかったが、でもいなくなっていないことだけはわかる。
いっそ消えて欲しかった。
おじいちゃんは絶対に治す方法を見つけると言っていた。
ママは大丈夫だからと毎日私に言っていた。
あの日以来二人とも、私に触れる事はなかった。
私、何か悪いことをしただろうか。
一日中うずくまって過ごした。
誰かに見つかるわけにはいかないと閉じこめられた牢屋の中、ママとおじいちゃんしかやってこないその牢屋の中で果たして何日たったのか。
私の中の声は日を追う毎に再び大きくなっていき、する事のない私は自然と一日の大半をその声を否定する事に使った。
この世の全てを憎む。
私は誰も憎まない。
この世の全てを憎む。
私は何も憎まない。
だけどある日思ってしまった。
私をこんな所に閉じこめたおじいちゃんとママ。
なんで。
おじいちゃんとママがやってきた。
私はうずくまったままただ顔だけを上げた、つもりだった。
私は憎む。
意識のはっきりしていた私はそれなのに気づけば鉄格子に近寄っていた。
そして目を見開く二人の前でその檻向けて拳を突き出す。
私の拳と鉄格子が激突する音がする。
おじいちゃんとママが必至に何かを叫んでいるが私はなぜか返事をすることが出来ない。
再び私の拳が鉄格子に激突しその格子が激しく歪んだ。
おじいちゃんが悲しそうな顔をした瞬間、衝撃が私の体を突き抜けたような気がした。
気がつけば再び牢屋の中だった。
周りを見回す。
何日もいたからわかる、そこは昨日までとは違う牢屋だった。
今日もおじいちゃんがやってきた。
私の様子を見て安堵するおじいちゃんのその腕には包帯が巻かれていた。
理由は分からない。
だけど私がやったんだとうっすらと理解した。
涙がこぼれる。
そう言えば、魔王の声はまた少しだけ小さくなった気がした。
さらに何日も日が過ぎる。
再び声は大きくなっていく。
私は少しだけ理解した。
この声が我慢できなくなった時、私は魔王に乗っ取られるんだろう。
そしてきっと周りに迷惑を掛けるんだ。
おじいちゃんは冒険者だ。
それも国で一番強いらしい。
今日もおじいちゃんとママがやってきた。
私はおじいちゃんにお願いした。
もうこんな所にいたくない。
治らないなら、いっそ私を殺して下さい。
おじいちゃんとママは泣いた。
泣きながら檻の鍵を開け、そして二人は私を抱きしめた。
久しぶりの肌のぬくもりを感じ、私も泣いた。
しばらくそうしていたらおじいちゃんが言った。
ここから出て、儂の言う所にいくのじゃ、と。
私は森の中をがむしゃらに走った。
おじいちゃんからは絶対に人に見つかってはならないと言われた。
見つかったら望みも消えると。
望みなんてあるのかと思った。
だけど自分で死ぬ勇気もない。
だから走った。
訳も分からずただ走った。
そこから二回目の夜が来た。
もう私は動けなかった。
だと言うのに私の体はがたがたと震える。
魔王病に感染したらその時点で人ではなくなる。
そう教えられた。
私は今人じゃない。
なのに森の闇を恐れ、人に見つかることを恐れ、そして死ぬことを恐れている。
私はいったい何なんだろうか。
何もかもがわからない中、私は闇の中うずくまり震え続けた。
そしてそれは突然やってきた。
「やあこんばんわ」
それは夢の中の出来事のはずなのに、驚き思わず体が跳ねた。
そして私は目を開ける。
「あ、起きた?おはよー」
その人は私の顔をのぞき込みながらにこにことそう言いいました。
「?……ッ!!ッ!?」
「うわあッ!?」
私はその人に抱えられるように眠っていたようです。
その事に気づき慌てて体を起こすとその人は驚きながらも思い切り身体をのけぞらせて突然起き上がった私の頭を避けてくれました。
「びっくりしたー。でも元気そうでよかった。よく眠れた?」
再びにこにこと問いかけてくるその人。
昨日知り合ったばかりのラークお姉ちゃん。
「うん、あのえっと……はい」
何かを言おうと考え、でも考えがまとまらずにただ返事だけ返します。
ラークお姉ちゃんの笑顔を見るとなんだか涙が出そうになってしまうのはなぜなんでしょうか。
「それじゃマーニも起きたし、ご飯の準備しよっか。三人はまだ起きてないからご飯を作ってびっくりさせちゃおう」
ラークお姉ちゃんがにこにこと料理の準備を始めました。
「……あ、手伝います」
少しだけ寝ぼけていた私は慌ててそう言ってラークお姉ちゃんに近寄ります。
せめて手伝いくらいは、と思ったのも確かだけど昨日の夜ご飯を一緒に作ってわかった事があります。
ラークお姉ちゃんは料理がへたです。
ご飯はなんでもぜーんぶ焼けば食べられるっていう人みたいです。
私もあんまり料理はできないけど、でもラークお姉ちゃんだけに任せてはおけません。
「じゃあこっちは任せていい?ボクはお肉をとってくるから」
「え?あ、はい」
まさかいきなり全部任されるとは思いませんでした。
少し不安です。
ところで荷物はここにあるのにお肉をとってくるというのはどういう事でしょうか。
首をかしげる私を置いて、ラークお姉ちゃんはさっさと茂みの向こうに消えていってしまいました。
しょうがないので私は朝食の準備をする事にします。
とは言っても勝手に他人の荷物を広げるわけにもいかないので既に外に出されていた野菜を千切ってお椀の用意をした後は手持ちぶさたで立ちつくすだけになってしまいました。
……ふと、頭の中で魔王の声が聞こえました。
忘れてました。
こんな事をしている間にももしかしたら私は暴れてしまうかもしれません。
そうするともしかしたら私がラークお姉ちゃんを……
考えた途端に体ががたがたと震えだしてしまいました。
今までなんで忘れていられたのか。
慌てて黒猫さんを探します。
「今は出かけてるよ」
突然掛けられた声に私は驚きびくんと体を震わせました。
そして恐る恐るその声の方を向くと、フランお姉さんが鋭い目で私の事を見ていました。