3-12 黒猫の過去
モルバレフの襲撃を逃れ森を歩く事しばらく。
僕らはその森の中に流れる小川の近くで休憩を取っていた。
「あああぁぁぁ!失敗したぁぁぁ!!」
「え!?なになに!!?」
そこで僕は突然思い出し声を上げ、皆が慌てて僕を見る。
「調味料を用意してくるの忘れた……」
衝撃の事実発覚にうなだれる僕。
野宿をするというのに調味料を忘れるとは何事かッ!
対してやれやれとため息をつくイリアとフラン。
「黒猫君ってホントマイペースだよね」
「ん?猫って大体こんなもんでしょ」
「いやいや黒猫君は猫じゃないでしょ」
フランが疲れながらもツっこんでくれる。
いつもツっこみありがとう。
「大丈夫ですよミツキさん。僕少しだけですけど持ってますから」
ミティスが鞄からいくつかの調味料を出して見せてくれた。
しょっぱいやつに辛いやつ!おぉー!これで野宿も安泰だ!!
……ところでミティスは貴族なのにいつも調味料を持ち歩いているのかぃ?
首をかしげる僕を見て再びため息をつくフラン。
その後ふと何かを思いついたように顔を上げた。
「そうそうちょっとだけさっきの話の続きをしてもいい?」
そう言って話を切り出してきた。
なにやら真剣な顔つきだった。
「今までもたまにそうかなって情報が出てきてたんだけどさ。黒猫君は違う世界の魔王をしていたって言ったけど、それってどういうこと?」
僕を見てくる。
「もしよければそろそろ教えて貰いたいなーって思うんだけどどうかな」
そこに茶化した様子はない。
雰囲気から察するに、たぶんフラン自身が知っておいた方がいいと判断して聞いてきているんだろう。
僕は少し考えてみる。
過去の話をすることによって何か困ることはあるか。いや僕にとっては別に困る事はない、と思う。
「話しても構わないよね?」
一応もう一人の当事者であるイリアにも確認を取ってみる。
最近好き勝手やり過ぎていてイリアに召喚されたって設定を忘れかけていたりするが、それはともかくとしてイリアは特に悩む素振りもなく頷いてきた。
「それじゃこれも何かの縁だし少しだけ僕の身の上話でもしようかにゃ~」
あくまで気楽な雰囲気を崩さない僕とは対照的にその一言でフランとミティスが姿勢を正す。
別に畏まる話でもないんだけど。
「んじゃまずどこから話そうか」
少し考える。
「とりあえず、フランが考えているように僕は異世界から呼ばれた人だね。んで呼んだのはイリア」
二人がちらりとイリアを見て、再び僕に視線を戻す。
この辺りは予想していたからか驚きはない。
「その前はそうだなぁ……さっき魔王の話はしたと思うけど、ざっくりまとめると世界征服し終わって食っちゃ寝してたところを召還されたってとこかな」
「……え?せ、世界征服……!?」
いきなりの新事実にフランだけでなく召喚主であるイリアも愕然と固まった。
「そう。最終的に神様も倒しちゃったからやることがなくなってねぇ」
「か、神様を倒した……神ッ!?神ってあの神のこと!?何それちょっと待って神様を倒して世界征服とかいきなり話が壮大過ぎてついていけないんだけど!?いやいやちょっと待って……ええええぇぇぇぇッッ!!?」
「そうかな?神様だってちゃんと倒せるんだよ?」
「いやいやいやいやそう言う話じゃないでしょッ!!?そこじゃなくて!?……えええぇぇぇぇなんなのそれ!!?」
ちなみにひどく省略しているけれど当然そこには迂様曲折があったし僕だって望んで世界征服なんてした訳じゃない。
人を想い、世界を救おうと考えた結果いつの間にか敵が増えてただけだ。
後悔だって山ほどあるし、もしもあの時に戻れるとするならばもちろん僕は……いやいやこれは言っても仕方のないことだった。
「だって嫌だったんだもん。勝手に最悪なルールを作られてしかもそれに従えって言われるのって」
だから僕は神と呼ばれる存在を殺して理を破壊した。
おかげでしばらくは大変だったなぁ。なんだか懐かしい。
「そ、それにしたってこうなんというか……いややっぱり壮大すぎてピンとこないけど、神様を倒してバチとか当たらないの……?」
「ああ大丈夫、今は別の人が神様になってるから」
「神様って交代制なの!!?」
「結構大変な仕事らしいけどね」
「いやそんな情報いらないしッ!!?」
「そんなわけで今に至る、と」
「端折られたッ!なんかものすごく端折られたッ!!」
イリアは無言で青ざめフランは完全に引いてしまっている。
城を壊すとかドラゴンと戦うどうのと言っていたら実は神を殺しちゃうレベルだったというなんとも笑えないオチがついたわけだ。と、犯人の僕が言ってみる。
ちなみに視線を移せばミティスはぽかんとしているだけだし、ラークに至ってはそもそも会話に参加していなかったりする。
……ってあれ?そう言えばラークがいないな。
「ミツキ様ーウサギ捕まえてきたー」
ちょうどラークの事を考えたタイミングでラークが結構な大きさのウサギを抱えて戻ってきた。
どうやら休憩に入ったと同時に狩りに行っていたらしい。
さすがラーク!
「ミツキ様!ウサギ肉!!今日はここでキャンプする?」
「そうだねそうしよう!んじゃま僕の身の上話はこんなもんだけどなにか質問ある?」
少し待ってみるが特に質問は無いようだ。
というか話が大きすぎて何から聞けばいいのかわからなくなっているように見える。
「無さそうだからそれじゃキャンプの準備をしようか」
早くウサギ肉を食べたい僕はさっさと質問タイムを打ち切った。
ショックの余りどこかに旅立っていた様子のイリアは僕の言葉に力なく返事をして無心のまま荷物から道具を取り出し始める。
フランも同様になにやら唸りながらそれを手伝い始めた。
二人にとって僕の過去は予想した以上に衝撃だったらしい。
「二人とも元気ないね。疲れた?」
「……そうだね、なんか黒猫君がなんなのか余計わからなくなっちゃったよ」
「私もです……」
「ん?僕は僕だよ?」
「そりゃそうなんだけど。うぅ、神殺しの魔王が黒猫やってるとか一体世の中どうなってるんだろう」
二人は再び考えに没頭してしまった。
入れ替わるように今度はミティスから声がかかる。
「ミツキさんは凄い人だったんですね!」
こちらは相変わらずきらきらした目で見てきた。
わかっているのかいないのか、どちらにしてもミティスは大物だと思いつつそんなミティスに食事の段取りを任せてから本日一番の功労者のラークに話しかける。
「ラーク」
「ん?なーに?ミツキ様ー」
「僕は魔王だったんだよ?知ってた?」
「知らないー。それで?」
「それだけー」
「変なミツキ様ー」
きょとんとしたあとにこーっとして再び野宿の準備に戻るラーク。
ラークはいい子だなぁ。
最後に少しだけほっこりした僕であった。