3-11 魔王病
僕が王城でいたずらをしてから四日間は平和に平凡に日々が過ぎた。
ありふれた日常のありがたさを享受しながら僕は何をする事もなくよく食べよく眠る。
あまりのだらけっぷりにイリアに怒られたりフランに呆れられたりしたがそれも含めての日常だと思うとなんとも贅沢な気分だった。
なおその間に王城の噂話は無事にヒューザの街の僕の耳まで届いたが、バウバッハとミル王女の噂話までくっついていたのには僕も思わず笑ってしまった。
さてそれはさておき今は五日目の朝食時。
僕らが昨日までと同じように宿の食堂で食事をしていたらふと外から物音が聞こえてきた。
「なんだろう?人が走り回る音と、叫び声?」
最初にフランが気付きそう声を上げた。
耳を澄ましてみれば確かにこの街では普段聞かれないような音や声が聞こえ僕らは顔を見合わせる。
少し遅れて周りの客達もそれに気づきざわつき始めた。
「何かあったんでしょうか」
少しの間聞き耳を立ててみたが外の騒ぎは収まる様子がない。
ちょっと見てくるといい残してフランが食堂を出て行った。
イリアやミティスの不安そうな顔を見つつフランの帰りを待つ。
しばらくして、
「騒がしい原因がわかったよ!」
フランが大慌てで戻ってきた。
これほどフランが取り乱すのは珍しい。
そんなフランが周りの客達にも聞こえるように言った。
「魔王病が出たらしい!」
がたがたッ!
フランの言葉にイリア達だけでなく周りで食事を取っていた他の客達も驚き一斉に腰を浮かせた。
僕だけは意味がわからず首をかしげる。
魔王病?
聞いたことのない言葉だった。
周りに客がいる為イリア達に質問できないのがもどかしい。
しょうがないのでそのまま食事を続ける僕を尻目にフランが続ける。
「今帝都から遣いがきてて全員仕事斡旋所の前に集まれだってさ!」
固唾を飲んで話を聞いていた客達はまだ食べ物が残っているにも関わらず慌てて宿屋を飛び出して行ってしまう。
あっという間に取り残された僕たち。
「ミツキ様も早く!」
見ればイリアやミティスも同様に慌てていた。
のんびりしているのは僕とラークだけの様だ。
「なんでみんな慌ててるの?」
周りに人がいなくなったのでイリアに聞いてみた。
「魔王病が出たらしいです!」
僕ののんびりした様子に少し焦れた様子のイリア。
どうやらうまく意図が伝わらなかったようだ。
「いやいやそれは聞いたって。その魔王病ってのを知らないんで教えてもらえない?」
「あ、そうでしたか!」
そうでしたのよ。
「魔王病というのは通称でして、本当の名前はえっと……」
「魔力過吸収症候群ですね」
「ああそうでした!それです!」
思い出せなかったらしいイリアにミティスのフォローが入り僕は苦笑する。
一体どっちが大人なんだか。
それはともかく話を進める。
「名前から考えると人に魔力が集まり過ぎちゃうって事?」
「そうなります。そして集まった魔力が一定量を超えると暴走してしまうという病気です」
聞けばなんでも暴走した状態がまるで魔王の様に強大だから通称魔王病らしい。
なるほど。
あんまりのんびりしているとイリアに怒られそうなので急いで肉を口につっこむとテーブルの上を歩いてイリアに近づく。
そして待ち構えていたイリアにそのまま抱え上げられ移動を始めた。
「魔力過吸収症候群ねぇ。それじゃ今の騒ぎはその魔王が暴れちゃってるって事なの?」
イリアの胸元に抱かれたまま質問してみる。
「いやまだ発症はしてないみたい。今回は感染した子供が逃げ出したって話だね」
言いづらそうに頬を掻きながら説明してくるフラン。
「ふーん。ちなみになんでフランが気まずそうなの?」
「んー、ちょっと後味の悪い話だからさ」
僕が首をかしげるとイリアが説明してくれた。
「この世界では昔から魔王病で暴走した人によって何度も国や街を破壊されてきました。だから今では魔王病に感染した人がいないか毎年検査が行われることになっているんですが」
「検査?」
「はい。なぜかはわからないのですがこの病気にかかるのは12歳から18歳までの子供と決まっていまして。ですのでその年齢の子供達は毎年検査を受けることになっています」
「へぇ」
話をしながら宿を出てそのまま皆で歩いていく。
人々はあらかた集合したのか周りを見回しても既にこの辺りには僕らしか残っていないようだ。
「それで、検査で見つかるとどうなるの?」
「……処分される事になるんだよ」
少し言い淀みながらフランが答える。
「処分っていうと?」
「まぁ、殺すってことだね」
そこでようやく、なぜイリアとフランが言いにくそうにしていたのかがわかった。
確かに将来の危険要素を先に排除するって意味では理屈はわかる。
だが病気とはいえやはり子供を殺す事には二人とも抵抗があるようだ。
僕は一度首を振ってから質問を変える。
「そうすると今回はその魔王病っていうのに感染した子供が逃げ出してこの辺にいる、って事でいいのかな?」
「そういう事だね」
いつ爆発するかわからない爆弾が近くにあるので避難指示が出たってことか。
僕は大きくため息をつく。
「まぁとりあえずその辺は了解、わかったよ。それで僕らは今どこに向かってるの?」
「え?仕事斡旋所ですけど……」
僕の質問に不思議そうな顔で答えたイリアの言葉に皆が頷く。
どうやら避難警報を受けて他の人と一緒に避難しようとしているらしい。
「帝都から遣いが来たって言ってたけどそれって兵士だよね?」
「……あ」
それぞれが気付いたらしく足を止めた。
「一応僕らは国から追われる身なんだけど」
「た、確かにそうですね」
イリアがすまなそうに謝ってくる。
横を見ればフランも苦笑しておりどうやら二人とも慌てていて忘れていたようだ。
もしくは最近だらだらしすぎていて自覚がなかったのかもしれない。
やれやれと肩をすくめる。
「その魔王がどんなものかわからないけど兵士に捕まるよりは森にでも逃げた方がいいんじゃない?」
「いえあの出来れば魔王病感染者に遭遇するのは避けたいなぁと思うのですが」
「だって感染しただけでまだ魔王化してない子供なんでしょ?」
「確かにそれはそうですけど……」
ちなみに魔王病というものの正体はさっきの説明でなんとなく予想が出来た。
ただ念のためもう少し聞いてみることにする。
「じゃあさ、魔王化すると具体的にどのくらいすごいの?」
「どのくらいすごいか?んー」
「あ、それなら」
悩むフランの横でミティスが手を挙げる。
「本で調べたことがあるんですが、とある魔王はお城を一度の魔術で破壊してしまった事があるそうです!」
イリアとフランがへぇーと驚く。
あれだけ慌てた割には二人とも知らなかったらしい。
「他にもドラゴンと戦って生き残ったですとか、火山の噴火を止めたっていう話もありました!」
すごいですよね!とミティス少年が目を輝かせながら同意を求めてきた。
「……というくらいすごく危険な存在なんだよ?!魔王ってのは!!」
ミティスの言葉をスルーするように、そしてまるで僕を脅かすようにフランがそう言ってきた。
はて、なんでフランが勝ち誇っているんだろうか。
「そうは言うけどお城なんて壊すの簡単だよ?それにドラゴン程度に苦戦するなら大したことないって」
「……」
僕の言葉に皆が顔を見合わせ口を開こうとし、そして一斉に大きくため息をついた。
「確かにミツキ様なら……」
「うん、本当にできるかもしれないね」
「出来るかもっていうかできるよ」
呆れモードのイリアとフランに対し胸を張って宣言する。
「ミツキさん、魔王よりも強いんですか?!」
目を輝かせるミティスからなかなかに答えづらい質問が来た。
この世界の魔王とやらに会ってないからどちらが強いかって言われても困っちゃうけど。
「僕も一応魔王を名乗ってたからねぇ」
「……え?」
僕の言葉に皆が一斉に目を丸くする。
「あれ?言ってなかったっけ?僕は違う世界の魔王をやってた人だよ?」
「え……ええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!??」
イリアには言っておいた気がしたけど……あれ言ってなかったっけか?
「だだだだってミツキ様は猫魔術師だって!!?」
「猫魔術師で魔王だし」
「いやいや情報として猫魔術師じゃなくて魔王の方が先に出るべきでしょ!?」
「猫魔術師って響きの方がなんかいいと思わない?」
「思うとかじゃなくて!!こうなんというか!世間的にってのがあるでしょ!!?」
「フランは猫に世間の何を求めているの?」
「いやそう言う問題じゃなくて!あーッもうッ!!」
フランが頭をがしがし掻きつつ悶えている間に僕はさっさと話を進める事にする。
「とにかく話をまとめると魔王候補は大した脅威ではないから、今は兵士から逃げるのが得策だって事だね」
「うぅなんか理不尽だよ」
「むー文句ばっかり」
「いやいやいや私は当たり前な事を言ってるはずだよ!?」
口をとがらせる僕に理不尽だ理不尽だと詰め寄るフラン。
「そんなに怖いならわかったよ、じゃあこれを渡しておく事にするよ」
僕はため息をつきつつ次元の狭間から二本の短剣を取り出すと空中に浮かべた。
すると短剣が現れた事にイリア、フラン、ミティスの三人が再び驚く。
あーそう言えばこの魔術も皆の前では誤魔化しながら使ってたっけか……まあいいや。
今回はスルーする事にしてイリアとフランの前に短剣を移動させる。
「あの、これは?」
二人が恐る恐る短剣を手に取った。
「これはね、魔力に直接干渉して切ることが出来る短剣」
「えッ!?魔導具なの!!?」
「魔導具っていうのかな。ただ魔術が切れるだけなんだけど」
「魔術が切れるだけとか言った!魔術が切れるってだけで国宝級じゃない!!なんで二本もあるのさ!?」
「いやそれしか持って来てなかったっていうか」
「もっとあるんかい!?」
「フランは元気だねぇ。もし魔王が現れたらそれでプスッと刺してあげるといいと思うよ?」
「うっわぁてきとーだ……」
先ほどよりもさらに呆れた表情のフラン。
なんだかここ最近フランの驚き顔と呆れ顔ばかり見ている気がする。
「そんなわけだから二人共なくさないように持っててね」
「なんだか緊張するね」
「そうそうちなみに、もしも売り飛ばしたりしたら罰ゲームだからね」
「う……」
僕の言葉にフランがぎくりと身体を震わせた。
もしかして売る気だったのか……?
僕は呆れつつフランに文句を言おうとして、そこでラークが声を上げた。
「あ、兵士がきた」
「ありゃ。確かにこれだけ騒げばそりゃあ確認しにくるよね」
仕事斡旋所の方に目を向けると確かに兵士が見えた。
まだ遠いが建物の角を曲がって現れたのは兵士が4人。
さらに続けて角を曲がってきたのは体格のいい人物で……ってアレ?
「げッ!なんでッ!?あれはやばいみんな速く逃げてッ!!」
彼らを一瞥したフランがいきなり真剣な顔をしてイリアやラークを促した。
「あれはホントにまずいって!なんでこんな所にグランドマスターがきてるのさ!?」
「グランドマスター?」
慌てて走り出したイリアの胸元に揺られながら横を走るフランに聞いてみる。
「この国のギルドマスター達のトップの事!歴代で最強じゃないかって声もあるくらい常識外れな人物なんだよ!!」
だから焦っているらしい。
確かに強いのは認めるけどでも英雄とかグランドマスターとかどうなんだろ。あのじいさん、もといモルバレフは僕から見ればただの変な人なんだけどなぁ。
苦笑しつつ肩越しに後ろをのぞき見る。
「あ、追ってきた」
「うそッ!!?」
グランドマスターことモルバレフはいつぞやと同じように飛ぶように迫ってきた。
ちなみにその顔は嬉々としている。
あのじいさん絶対僕に気づいてるよね。
ため息をつく僕を急かすようにあっと言うまに僕らに近づいたモルバレフはその手に持つ大剣を上段に構えたかと思うと間髪入れずに振り下ろしてきた。
決してお遊びとは思えないほどに殺気の乗せられた一撃だった。
「ホントにもう戦いが好きなんだから」
がぎッんっっっッッ!!
僕の展開した魔術障壁がその大剣を受け止める。
強度的には特に問題はなさそうだ。
その後二振り三振りと振られる大剣を危なげなく障壁で防いでいく。
「みんなは後ろを振り返らずに走り続けてね」
「ひぇぇぇッッッ!!」
巨漢のじいさんに大剣をたたきつけられている図は正直心臓に悪すぎる。
剣と魔術障壁のぶつかり合う音はしっかりと聞こえている様で、それだけでイリアやフランが泣きそうな顔になっている。
「モルバレフってばはしゃぎ過ぎッ!!」
いつもの漆黒の触手を大量に生み出しモルバレフを絡み取ろうと伸ばす。
しかしモルバレフはまるで重さが無いかのように素早く剣を振り回して全て断ち切ってしまった。
続けて炎の球体を十個瞬時に生み出しそれを時間差で打ち込んでみたが、これもモルバレフが素早く何かを投げる事でモルバレフに届く前にことごとく打ち落とされてしまう。
たぶんモルバレフが投げていたのはレティさんが使ってるような暗器の類だと思うが正直今はどうでもいい。
わかったことはやはり中途半端な魔術はモルバレフには通用しないという事だ。
「あいっかわらず面倒くさい!!」
かといって殺してしまうような魔術を使うわけにもいかず僕がどうしようか考えていると、モルバレフがいきなりその手に持つ大剣を投げてきた。
「ちょいそれッ!?」
まさかいきなり武器を投げてくるとは思わなかった僕はその予想外の攻撃に慌てながらも再び魔術障壁を展開してそれを防ぐ。
障壁に当たり跳ね返る大剣。
その一瞬の間にモルバレフ自身も距離を詰めてくる。
「黒猫!成敗!!」
モルバレフが叫び飛び上がると近くにはちょうど障壁で跳ね返った大剣があった。
それをつかむとそのまま振り上げる。
そんなモルバレフの顔が視界に入った。
とっても楽しそうだった。
「もうしつこい!!」
その瞬間ぴしッ!っと音を立てて全てが止まった。
大剣を振り上げるモルバレフ。
走るイリアやフラン。
ラークやミティスも当然止まっている。
そんな中僕は改めてモルバレフを見た。
ほんとうにうれしそうに笑っていた。
時を止めたのはもちろん僕だ。
さすがに埒があかなくなったのでさっさと終わらせることに決めたのだ。
動かないモルバレフを見ながら改めて漆黒の触手を一本だけ生み出す。
その太さはミティスの身長ほどもある極太のものだ。
それをゆっくりとそれを引きつけ反動をつけて、
「じいさんは、飛んでけッ!!」
その触手を思い切りモルバレフに向けて伸ばし、それがモルバレフに当たる直前に時間の停止を解除する。
モルバレフから見ればいきなり目の前に触手が出現したように見えた事だろう。
剣を振りかぶった状態の無防備な身体にその触手が直撃したモルバレフはそのまま遙か遠くへ吹き飛ばされていく。
ちなみに触手はぐにゅっとしてて柔らかいのでモルバレフなら大した怪我もしないだろう。
「あのじいさんは引き離したから今のうちに逃げるよ!」
ひたすら前を向いたまま走る四人にそう声を掛けた。
「ひぇー!?ほ、ホントにグランドマスターを引き離したの!?」
「ほら無駄口たたかないで速く走る!」
「うーわかったよー!」
モルバレフという一番の強敵を撃退したからか他に兵士達が追ってくることもなく、僕らは無事に森の中に逃げ込む事ができたのだった。
**********************
《モルバレフ視点》
「あいたた」
「も、モルバレフ様!?大丈夫ですか!!?」
「ああ大丈夫じゃ」
なんだか突如現れた黒い何かに突き飛ばされて納屋に飛び込んでしまった。
もう少し遊べるかと思ったがミツキ殿はしつこい男は好きではないようじゃ。
仕方がないのぅ。
「あれが噂の黒猫ですか。まさかモルバレフ様が吹き飛ばされるとは……」
「いやいやあれでも向こうは力を抑えておるぞ」
兵士の問いに答えつつあの黒猫を倒す糸口がないか少しだけ考える。
まず自分で叩いてみてわかったがあの魔術障壁の密度は異常だ。
レティの魔術に耐えた時点で予想はしていたがあれを突破するのは至難の業だろう。
それと最後に使われた魔術だが、儂にも反応できない速度で目の前に現れ防御する間もなく吹き飛ばされてしまったのだからこれまた避けるのは非常に難しいだろう。
もし仮に殺す気であの魔術を使われたならばあっけなく自分は死んでいただろう事は間違いない。
本当に参ってしまうわい。
そう言いながらも口元がにやつくのを抑えられない。
本当に、これからの事を考えればこれほどに頼もしいことはない。
そこまで考えたところで儂は思考を切り替える。
「まぁよい今回の目的は黒猫ではなく魔王じゃ!急ぎ住民を隔離し捜索を始めるぞ!!」
「はッ!!」
先ほどの黒猫と儂の戦いを見て驚愕していた兵士や冒険者達だったが儂のその言葉を受け慌てて四方に散っていく。
黒猫も脅威だが魔王病も同じく脅威なのだから皆にも自然と緊張感が走っている。
「さてさてミツキ殿はどう対応してくれるかのぅ……」
誰もいなくなったところで儂はぽつりとつぶやく。
儂らしくもない不安が頭をよぎるが今は祈るしかない。
儂は一度両手で顔を張り気持ちを切り替えてから、魔王捜索の指揮を執るべく移動したのだった。