3-10 王城の怪談とミル王女(下)
「あなたは何者ですか!?」
僕をびしッと指さしながら威勢良くミル王女が言い放った。
「何者と言われると困っちゃうけど。見ての通りただのしがない黒猫だよ?」
「しがない!?喋っている時点で普通ではありません!しかも魔術も使えるのでしょう!?」
「うん使えるねぇ」
どう答えればミル王女は納得するのか、今のところ僕には落としどころが見えていない。
「魔術が使えて凶悪な悪魔の使いで」
「あーうんまぁそうらしいね」
「魔獣を倒し討伐隊を一人で威圧して」
「うんやったやった」
「あまつさえ城に乗り込んだ上に貴族の息子を攫い」
「攫いって……いやまぁ結果的にはそうなってるけど」
だんだんうつむいていくミル王女。
なんだろう事実確認してるのかな?
「今だって城を混乱に陥れてお兄様を脅迫して」
「混乱っていうかただ面白そうだったからやっただけだし。っていうかむしろ脅迫されたのは僕なんだけど!?」
「なのに……」
「ん?」
何かを言い淀むミル王女。
さっきまでの威勢のいい姿からはほど遠い。
「なんで」
「なんで?」
「……なんで…あのミツキ様と同じ名前で呼ばれているのですか?」
「あー」
そうかこれが聞きたかったのか。
それはおそらくミル王女の中で既に答えが出ているであろう問いだ。
「この場合はまぁ、しょうがないよね」
バウバッハに視線を送るとバウバッハが頷いた。
それを確認してから僕は人の姿に変わる。
「お察しの通りだよ」
ミル王女は目の前で見た事が信じられない様子で小さく首を振る。
「あなたは……」
「え?」
「あなたは一体なんなんですかッ!!」
質問が振り出しに戻ってしまった。
と思ったら、
「あなたがとても弱そうだから私はあなたを守ろうとしたんですよ!?なのにあなたは私の気持ちなんて知らずにあっというまに兵士達を倒してしまって!確かに強かったです!ええ!あなたの魔術はとても綺麗に編まれていて凄いなと思いました!だから次に会ったら謝りたくて!謝って魔術を教えて貰いたいなと思っていたら!なんなんですか悪魔の使いって!?しかも猫!?猫ってなんですか!!?私は何に憧れたんですか!!?一体あなたはなんなんですか!!?」
一気にまくし立てられた。
僕もバウバッハも目を丸くしてただ唖然とミル王女を眺める。
ミル王女は怒りに震えているようだったがやがて突然、
「ふええええぇぇん!!」
声を上げて泣き出してしまった。
僕もバウバッハも急展開にどうしていいか分からない。
「あーなんというかだな。妹よ、とりあえず泣きやんでもらえまいか」
「あのね?謝るからさ。ごめんね」
とりあえず下手に出る二人。
しばらくそんなやりとりが続き、やがてようやくミル王女の様子が落ち着いてくる。
「ぅぅ、みんなひどいです」
「ほらミル、少し疲れただろう。私のベッドを使っていいので今日はもう休もうな?」
「ぐすん……わかりました」
うーん見た目は僕より年上なのにまるで子供みたいだ。
バウバッハに手を引かれてミル王女は隣の寝室に消えていきそれから少しの間僕は一人でぽつんと待つ。
やがてバウバッハだけが戻ってきた。
「……眠った」
「それは何というか、お疲れ様です」
なんだか申し訳なくなって頭を下げてみた。
そして二人同時に大きなため息をつく。
「この間もそうだったけど台風みたいな子だね」
「いや普段はこれほど酷くはないのだが」
これほどではないが適度には酷いという事でいいんだろうか。
「結局よくわからなかったんだけどどういう事?」
「いや私に聞かれてもな」
バウバッハが少し考える。
「あれで妹はプライドが高い。その妹が珍しく同世代のしかも異性に憧れたんだろう。だというのにその相手の正体が悪名高い黒猫だったので混乱したんだと思う」
「……これは僕が悪いの?」
「少なくとも今日こんな悪戯をしなければこうはならなかったと思うが」
やっぱり僕が元凶らしい。
「……まぁそれはいいさ。それでミツキ殿、今日は私に用があったのではないのか?」
「ん?」
予想以上にめちゃくちゃな展開だったがどうやらちゃんと気付いていたらしい。
「さすが。ご明察」
「今日は本当に疲れる一日だな」
どかっとバウバッハがソファーに深く腰を下ろした。
「僕も今日は疲れたからね、本題は手短にすませるよ」
「そうしてもらえると助かる」
僕は一口水を飲み、そして改めて口を開く。
「単刀直入に聞くよ。イリアを渡したらどうなる?」
「……どういう意味だ?」
僕の突飛な質問にバウバッハが怪訝な顔をした。
「帝都につれてきてバウバッハにイリアを引き渡した場合って事。まぁ兵士に捕まる形をとってもいいけど」
その質問は予想外だったのかバウバッハが腕を組み考え込んだ。
「もしもミツキ殿が健在な状態でイリアだけが捕まれば、おそらくイリアは処刑される事になるだろう」
僕を野放しには出来ないから、か。
イリアが消えたとしても僕は消えないんだけどねぇ。
「じゃあ僕が先に消滅した場合は?」
バウバッハが目を細める。
「その場合は幽閉か、はたまた地方都市で軟禁生活のどちらかになるだろうな」
「まぁそんなところだよね」
「一体何を考えている?」
僕の意図を読み取ろうと必死に考えている様子がわかる。
「僕も忙しい身でさ。一生イリアの傍にいるわけにはいかないんだよね」
「……それはいずれイリアを見捨てると言うことか?」
険しい表情。
そこに潜むのは微かな……怒り?
「んー、どちらかというと穏やかに暮らして貰いたいなーってね。ほら僕ってトラブルメーカーだし」
冗談っぽく言ってみるがバウバッハは真剣な表情を崩さない。
「穏やかに過ごすという意味ではイダノケアで素直に捕まっておけばこうはならなかった」
そう、あの時バウバッハはたぶんそうしようとしていたんだろう。
そこに僕が現れて予定が狂った。
「だがそれでよかったのではと思う私がいるのも確かだ」
バウバッハの視線がゆるむ。
逆に僕は目を細めた。
それは一体どういう意味なのか、だけど僕はそれを詮索しない。
しばしの無言。
「そうそう話は変わるけどイリアのお父さん、イダノケア王だっけ?凄い魔術師だったんでしょ?」
突然の方向転換に少しだけ考えた後バウバッハが答える。
「……ああ、魔術だけでなく国の運営なども含めて模範にすべき人物だった」
「そっか。彼が何をしようとしていたか、バウバッハは気付いてる?」
バウバッハは答えず、ただ鋭い視線を僕に向けるだけだ。
そしてそれが全てを物語っている。
僕を召還した魔法陣を見ればわかる。
何を召還しようとしたのか。
彼は理を破壊しようとしたのだ。
昔の僕と同じように。
僕はそこで真剣な表情をやめにこりとほほえむ。
「今日のところはこんな感じかな。知りたいことはなんとなくわかったし」
「……ミツキ殿」
「ん?」
バウバッハが少しだけ躊躇した後僕に聞いてくる。
「……私はあの時どうすればよかったのだろうか」
それは迷い。
いつの、何に対するものかは僕にはわからない。
わからないけど、
「それは誰にもわからないと思うよ」
僕は必要以上に詮索しない。
必要以上に関わらない。
「いずれ答えは見つかるのだろうか」
それでも諦めきれないのか重ねて問われる。
だけどそれでも僕はそれに応える事はない。
ただ一言、
「過去はただ事実のまま存在するだけだよ」
「……そうか」
そして僕はソファーから立ち上がる。
「さて、夜も遅いしそろそろ帰ろうかな」
「……あぁ、気をつけてな」
「僕にそれを言う?」
互いに笑う。
「だけどありがとう。バウバッハもがんばってね」
僕の言葉にバウバッハが不思議そうな顔をした。
「だって怪談騒ぎ、まだ収まってないよね?」
「……あ」
完全に忘れていた様子のバウバッハをにやにやと眺めつつ、僕は転移魔術でその場を後にするのだった。
そしてその日から数日の間、二つの噂が国中を駆けめぐる。
曰く、城には某国の姫の怨念が未だ消えずに残っているらしい。
曰く、皇帝とミル王女は禁断の愛で結ばれているらしい。
前者はともかくなぜ後者の噂が立ったのか。
なんでもあの夜いつまで経っても部屋に戻ってこないミル王女を心配した侍女が様々手を尽くした結果、ベッドで仲良く眠る皇帝とミル王女の姿が発見されたんだそうだ。
その後二人の否定もむなしくそれは全国民に知れ渡ることとなってしまったそうな。
あーあ、大変だ。