3-8 王城の怪談とミル王女(上)
「城には一つ曰くがありまして、出るらしいんですよ」
「……」
「昔の戦いでは城内が戦場になることもあったのですが今でもその怨念が渦巻いているらしいんです」
ごくりと喉をならしたのは右隣に座るバーテさん。
「色々な者の怨念が残っていますが、その中でも特に怨念が強かったのが昔この国を治めていた某国の姫君。今は名前も忘れられたその国の姫君はいつもその身に鈴を付けていたんだそうです」
一度言葉を切り持っていた鈴をちりんとならす。
今語っているのはバーテさんと同じパーティのボルサルさん。
「その某国が戦いに負けた後、姫君は捉えられ処刑されることになったんですが、その姫君は先に処刑された王や王妃の亡骸をみながらこう言ったんだそうです。私はこの城から出ることはない!ここで永遠におまえ達を呪ってやるッ!!……と」
再びごくりと誰かが喉をならす音。
「ある夜一人の兵士が城内を警備していた時です。どこからかちりんちりんと鈴の音が聞こえるじゃありませんか。兵士は侵入者かと思い槍を構えるものの見回してもだれもいない」
どきどきどきどき。
「胸をなで下ろし槍をおろして振り返った瞬間!目の前には処刑された姫君が!!」
「ひぃぃぃいいいいッッ!!?」
僕達のテーブルならず周りで聞いていた何人もの冒険者が悲鳴を上げ両手で自分の肩を抱く。
阿鼻叫喚。
「そしてその怨念は消えることなく、姫は今も王城をさまよっているのだそうです。以上です」
「……ふぁぁ怖かった。ボルサルさん怪談うまいね!」
「ミツキさんにそう言ってもらえて恐縮っす」
今僕らはダラウライの冒険者ギルドにいる。
僕らと言ってもイリア達は当然ヒューザに残してきているのでここにはいない。
バーテさんとボルサルさんとってことだ。
二人とは今日僕がギルドにやってきた時に声を掛けられて知り合った仲である。
バーテさんは少し細身の剣士。
魔術は使えないもののその剣の腕前はそこそこだそうで今朝僕をパーティに誘ってきた人だ。
もちろんやんわりお断りさせて頂いたけど。
もう一人、ボルサルさんはがっしりした体格の人で身長も2メートルくらいある。
見た目は無口で取っ付きづらそうだけど話してみるととてもいい人。
二人とも冒険者ギルドではそこそこ実績のある人達なんだそうだ。
でもなぜかボルサルさんは僕に敬語を使ってくる。
不思議だ。
「あの皆さん、出来ればそろそろ依頼をこなしてきてもらいたいんですが」
和気藹々としていたらカウンターに立つレティさんに怒られてしまった。
どうやら真っ昼間から怪談話をやるのはよろしくないらしい。
レティさんの笑顔が怖い。
「たまにはよいではないか。儂もこういのうは好きじゃぞ?」
いつの間にか一緒に聞いていたらしいモルバレフが言う。
そう言えばこの爺さんはいつ来ても仕事をしているところをみたことがない。
本当に暇人なのではなかろうかと思ってしまう。
「しょうがない、今夜の宿代も稼がにゃならんから仕事するか」
バーテさんがため息混じりにそう言うとそれに合わせるようにボルサルさんが立ち上がる。
二人は二人だけのパーティで活動しているらしい。
前衛二人のパーティは効率が悪そうに思うが意外とそうでもないらしい。
いずれにしても本人達がいいならそれが一番だ。
「ありがとう。とっても楽しかった!」
「それはよかった。また話を探しておくっす」
「うん、その時はまたお願い!」
二人がギルドを出て行くのを見送る。
そしてその後も何組かの冒険者が同じようにギルドを出て行きあっという間にギルド内ががらんとしてしまった。
どうやら思っていたよりも多くの人が怪談を聞いていたらしい。
「いやぁ怨念ってのは怖いねぇ」
「まったくじゃ」
「私はたくさんの冒険者達が悲鳴を上げる方が怖かったですけど」
レティさんの冷静なつっこみ。
確かにむさい男達がたむろして悲鳴を上げている図を見ればそれだけで怪談になりそうだ。
「さてそれじゃ面白いことを思いついたから僕も遊びに行ってこようかな」
「なんじゃもう帰るのか?」
「いやぁ僕も忙しい身でさ」
「今自分で遊びに行くと言ったばかりじゃろう」
僕はモルバレフの言葉を聞き流しつつ出口に向かう。
「あ、そうそうこの街で怪談話が広まったら僕のせいかもしれないから先に謝っておくね」
「なんじゃ?また何かする気か?」
「むふふ、面白いこと」
にやりとそう言い残し、僕はギルドを後にした。
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城には怨念が渦巻いている……。
「というわけで僕は今王城の前までやってきております」
誰が聞いているわけでもないのだがアナウンサーっぽく言ってみる。
今は夜、この世界ではそろそろ人が寝ようかという時間帯だ。
イリア達には野暮用で出てくるとだけ言って宿を出てきた。
まさか帝都のしかも王城前でこんな事をしているとは夢にも思わないだろう。
そんな僕は今猫の姿だ。
そしてしっぽの先には赤いリボンと金の鈴。
「恐怖の象徴の鈴を完備しております!」
しっぽを振るとちりんと小気味よい音が響く。
ちょうどバウバッハに用事があったところであんな話を聞き、どうせなら会いに行くついでにこんな遊びをしてみようと思いついたわけだ。
「さーてそれでは行ってみましょうか」
期待に胸を膨らませつつ今回はちゃんと門から侵入していった。
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さてあっさりと城内まで入ってきてしまいました。
兵士達は注意力散漫とまでは言わないがもう少し警戒していてもいいような気がする。
あまりにあっけなくて拍子抜けだ。
一応警戒して辺りを見回しているが薄暗がりが広がっているだけで特に面白いものもない。
ちなみに鈴はまだ一度も鳴らしていない。
入り口付近で鈴の音がしてもただ侵入者だと思われるだけかなと思ったのだ。
そのまま城内を進むことしばし。
そろそろいいかと思い僕は近くにあった柱の影に身を潜めた。
待つ事数分、廊下にかつんかつんと足音が響いてきた。
夜だから城内は静かで足音が大きく響く。
その足音が近づきやがて隠れる僕の目の前を一人の兵士が通り過ぎた。
ちりん。
ばッ!
音に反応しすぐさま持っていた槍を構える兵士。
なかなかいい反応だ。
そしてまだ怯えた様子はない。
ちりん、ちりん。
続けて今度は僅かに魔術を使い鈴の音の聞こえる方向を変えてやる。
今兵士にはあちらこちらから鈴の音が聞こえているはずだ。
警戒心をあらわにした兵士のその表情に微かなおびえの色が混ざる。
その様子を見るにどうやらあの怪談話は知っているようだ。
僕は仕上げにとりかかる。
「……呪ってやる……」
またも魔術を使い辺りに共鳴するようにそう呟いた。
兵士は目を見開き、次いでみるみる青ざめ体が震え出した。
とどめとばかりに鈴をならすと、
「う、うわあぁぁぁぁぁッっ!!」
耐えきれなくなったのか兵士は大声を上げそのまま走り去ってしまった。
兵士の姿が見えなくなったのを確認してから僕は柱の影から身を現す。
「にゅふふ大成功」
予想以上の出来に満足して笑みがこぼれる。
これでこそ悪戯のしがいがあるというものだ。
僕は再び次の獲物を求めて歩き出す。
一応釈明しておくがこれはただ遊んでいるわけではない。
最初に言った通り目的があるのでとりあえずそこに向かいつつ人がいたら悪戯する気でいるだけだ。
決して悪戯の為に城に来たわけではない!そこのところよろしく!
誰にともなく言い訳をしながらその後も出会った人々を驚かせつつ廊下を進み階を上っていく。
出会うのは兵士とメイドが多く、後は普通のおじさんみたいな人とか。
これだけ悪戯すればきっと明日には噂になることだろう。
バウバッハの困った顔が目に浮かぶ。
「やっぱり人生これくらい平和であって欲しいよねぇ~」
なんでもないような日常こそが平和な証拠だと思う。
だから僕は今の内にその平和を精一杯謳歌する事にする!
これまた果たして誰に対する言い訳か、僕はその後も人を脅かしながら進んで行った。
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そこからさらに少しの時間が経った頃なにやら階下が騒がしくなってきた事に気づいた。
聞き耳を立てる限りではどうやら城に侵入者がいるらしく兵士達が慌ただしく走り回っているようだ。
え?侵入者?何それ怖い。
ところでさっきも言ったように僕の目的はバウバッハなので今は城の中をどんどんと上に登っている。
なぜ上かと言えば、普通偉い人の寝室は安全を考えて上に作るでしょっていう推測だ。
そして登り切ったらそこで探知でも使おうかと考えている。
ふと、ばたばたと複数の足音がして兵士が数名僕を追い越して走り去っていった。
咄嗟に柱の陰に隠れた僕はその様子を後ろから伺う。
「あれ?なんか思っていたよりも大事になってきたかも?」
ふとそう思ったが今更遅い。
まぁ面倒事になったらその時は帰るだけだしと割り切って再び歩き始める事にする。
そしてまた少し経った頃、
「姫様!部屋からでてはいけません!」
「もう!少しくらいなら大丈夫でしょう!」
廊下に聞いたことのある声が響く。
通路の影から奥を伺うと、そこにはミル王女と侍女らしき女性が言い争っている姿が見えた。
「なんでも庶民のうわさ話が本当に起こったらしいではないですか。私も遭遇してみたいわ」
「いけません!本当に侵入者だったらどうするおつもりですか!?」
「まさか侵入者にここまで侵入を許すというの?」
「そういう事を言っているのではありません!」
なんだか僕が見るミル王女はいつも誰かと言い争いをしている気がする。
苦笑しつつそのまま様子を伺っていると、やがて侍女が何かを諦めたように額を押さえそのまま通路の奥に消えていった。
そして残されたミル王女は逆方向、つまり僕の隠れている方向に向かって歩いてきた。
僕はにやりと笑う。
そんなに期待されているならそりゃ脅かすしかないでしょ。
隠れている僕の前をミル王女が通過した。
ちりん。
ミル王女はびくりと身体を震わせると足を止め慌てて辺りをきょろきょろと見回し始めた。
にやにやしながら僕は魔術を併用しつつ再び鈴を鳴らす。
ちりんちりん。
今までと同じ様にあちこちから鈴の音が聞こえるように調整し、
「そこです!」
突然ミル王女がびしっと指を指した。
その指の先には暗がりに隠れた僕の姿。
目を丸くし冷や汗を流した僕はあっさりミル王女に見つかってしまったのだった。




