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3-7 それぞれの感想

《イリア視点》


夕方の薄暗がりの中、私は宿屋の庭で剣を振るっていた。

以前フランさんに強くなりたいと言った時に教えて貰った剣の練習だ。

いつもならもう少し明るい時間に行うのだが今日は森に行っていたのでこの時間になってしまった。

それでもあれから一日も欠かしていないのだから自分の事ながら偉いと思う。

ただ正直剣がうまくなった気は全然しないが。


「……黒猫は凄かった」


人の姿をした黒猫と会ったのはまだほんのつい先ほどだ。

黒髪の華奢な青年。

まさかあれが黒猫だったとは、正体を明かされる直前まで気づきもしなかった。

ただ正体を知ってから思い返せば姿が違うだけで口調や態度は黒猫のそのままだった。

やりとりを思い出すと少し恥ずかしくなる。


思いを振り落とすように剣を振った。

違うこうじゃない。


「力まず流れるように」


黒猫の姿を思い出す。

今度は息を整えてから剣を持ち上げ、振り下ろす。


「……これも違う」


先ほどから何度試しても同じようには出来ない。

黒猫の太刀筋はなんというか、きれいだった。


以前私が手こずり怯え、そして逃がしてしまった鹿をああも容易く倒してしまった黒猫。

魔術だけの黒猫かと思ったが剣を使ってもまさかあれほどに強いとは思ってもみなかった。

同じ相手であるが故にわかるその圧倒的な力量差。

だけど、


「黒猫は手本を見せると言った。ならあれは真似てみろということだよね」


自分が無力であることはこの短い間で嫌と言うほど体験した。

だから今日知った事も今更だ。

そんなことよりも、次こそは自分にも何かが出来るように、素直に、愚直に出来る事をやる。


「私は私の出来ることをやる」


私はしばらくの間剣を振り続けたのだった。


*********************


《フラン視点》


「うぁぁぁぁッッやっちゃったーーーッッッ!!!」


私は一人ベッドで身もだえていた。

黒猫君や他の3人はまだ部屋に戻ってこない。

たぶんまだ食事をしながら話をしたりしてるのだろう。

いやそんなことはどうでもいい。


「黒猫君思ったよりも華奢だった!っていうか若いしッ!!」


何あれ守ってあげたくなるタイプ!?

まずいまずいまずい私黒猫君に一生面倒みて貰うんだよね!?

私ってばもしかしてめちゃくちゃ大当たりの大ラッキーなんじゃ!!


初めて見た黒猫君の人の姿に私のテンションは目一杯上がっていた。

枕を抱えたままベッドの上でごろごろ転がる。

だがしかし、私はそこから一気にどん底に落ちていく。


「……そしてそんな黒猫君を怪しい奴とか言いながら槍でつつき回そうとしたわけで。うぅー何やってんだ私は」


イリアちゃんの事を任されていると思って張り切っていたせいもあるけど、確かに考えてみれば初対面の人を怪しいからって攻撃するのはいかがなものか。

私完全に本気だったし。


「全部避けてくれたからいいものの危うく私は未亡人……じゃないな。あー確か黒猫君が死ぬと私も死ぬんだっけか」


考えようによっちゃ逃げる黒猫君がそのまま私の命の炎だった訳だ。

思い出すと身震いしてしまう。


「うぅーそれにしても黒猫君強かったなぁ」


ふとあの時倒れていた鹿の事を思い出す。


あの鹿の倒し方は異常だ。

あのサイズまで成長した鹿の骨は岩を砕くツルハシにもなるくらいの強度があるはずなのだ。

普通なら剣は通らず骨に沿って滑ってしまうはずで、にもかかわらずあの切り口はそんな骨も含めて一太刀で首を落とされていた。

しかも警戒している鹿が無防備に首をさらすわけも無いので鹿が反応できないほどの速度で近づいたということなのだろう。

正直黒猫君と戦って勝てる気がしない。


「しかも魔術を手づかみするなんて意味がわからないし」


魔術障壁で魔術を散らすくらいならわかるし実際に何度も目にしている。

だが掴むとなると意味が全く変わってくる。


基本的に魔術障壁は使われた魔術と同程度の密度があれば十分にその役割を全うする。

これは魔術同士がぶつかり相殺する為である。

ただぶつかった時には込められた魔力の分の衝撃が四方に散るため強大な魔術と魔術障壁がぶつかった場合にはその散った衝撃により術者や付近の人が怪我をする事も多い。


そしてもし魔術を掴むとなればその衝撃を全て押し込めなければならない。

思いつくのは手の平に魔術障壁を展開する方法だが、これだと魔術を掴んだ瞬間に魔術と魔術障壁双方の発する衝撃の全てを押さえ込まなければならなくなってしまう。

もしこれを押さえ込むために再び魔術障壁を使うとなればそれは倍々ゲームになるだけで理論的に不可能だし、かといって魔術を使わなければ反発する力を押さえ込めずに人間の手など簡単に吹き飛ぶだろう。


「……やめやめ。黒猫君はやっぱり万能過ぎって事でいいや」


私は考えることを諦めた。

何せ相手は無敵の猫魔術師様だ。

出会った時からこの世界の常識を覆す事ばかりしているのだし今更言っても仕方がない。


「出会った時……うぅ……」


そこで私は枕に顔を押しつける。

思い出したのは診察風景。


本当はただ喋る黒猫を前にして服を脱ぎ診察を受けただけの出来事なのに、それが女子会をしてから意味が変わってしまった。

さらに今日黒猫の姿を見てしまった為に、今や頭に浮かぶ記憶は黒猫との……


「うあああぁぁぁぁぁぁ!!」


そこからしばらくの間、私は枕を振り回し暴れ続けたのだった。


*********************


《ミティス視線》


森でミツキさんと会った時、地面にはミツキさんよりもずっとずっと大きな鹿が倒されていた。

あとで聞いたらミツキさんが剣の一振りで倒してしまったんだって。

久々にミツキさんの人間の姿を見たというのもあるけどやっぱり恰好よかった。

なんで普段はあんなにだらけているのか不思議だ。

いつも恰好よくしていればいいのに。


最近僕はイリアさんとフランさんに剣と魔術を教えて貰っている。

でも全然うまくいかない。

知っていると言うことと自分ですると言うことがこれほど違うのかと最初は驚いた。

だけどみんなこれを積み重ねて強くなるんだと聞いたら僕もがんばらないとと思うようになった。


ミツキさんほどに、とは言わないけどイリアさんくらいには強くかっこよくなりたい。

そしてこの国の平和の為に戦えればいいなぁ。

なんて、噂の黒猫と一緒にいる時点でこれから先はどうなるか分からないけど。


何はともあれ、以前の退屈な日々が嘘のように今は毎日が面白い。

これからもこんな日が続くといいな。


僕はそうして今日の日記を閉じたのだった。


*********************


《ラーク視点》


食事が終わり今は食堂でゆっくりしている。

なぜかイリアもフランもミティスもみんなが食堂を出て行って今はボクとミツキ様だけだ。


「んふふー」


今ボクは椅子に腰掛けており、その膝の上にミツキ様が丸くなって寝ている。

そのミツキ様を優しくなでる。

幸せだった。


ミツキ様が猫ではないことは出会った時から知っていた。

まぁ一番最初のボクは自分でもどうかと思うくらい錯乱していたから正確に言えば奴隷契約がされた後くらいだけど。

いやいやそれはいいや。


それで、今日初めて人間の姿のミツキ様に会った。

胸がきゅんってした。

恥ずかしいけどこう、ぎゅってして欲しいと思った。

だからミツキ様の胸に飛び込んだらミツキ様はにこにこしながらボクの頭をなでてくれた。

いつもはボクがなでる方だから凄く新鮮だった。

そしてとってもほんわかした。


ボクは膝の上で眠るミツキ様の鼻をつんつんとつつく。

するとくすぐったかったのかミツキ様は目を閉じたまま前足で何度か鼻をこすり、そして再び丸くなって眠りに戻った。

こうしていると本物の猫にしか見えない。


「んふふー幸せ」


こんな平和な日々がつづけばいいなーと考えながら、ボクはしばらくの間ミツキ様を撫でていたのだった。

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