3-5 おっちょこちょいな黒猫と仕事斡旋所
披露会出場のための試験が平穏に終わった後は誰からの反対もなくスムーズに手続きを終える事ができた。
いや本当になぜあんなに大騒ぎになったのだろうと不思議に思うほどにあっさりだった。
なぁんて言いつつ理由はわかっている、ミル王女だ。
なぜだか彼女は試験が終わった後は僕に突っかかってくる事もなく大人しくなっていた。
あの子の目的がなんだったのかは結局わからないままだけど、僕の方もわざわざ藪をつつく気がなかったため放っておいたのが結果として功を奏したんだと思う。たぶん。
その後モルバレフから受けた昼食の誘いをやんわりと断ったりしながら今はヒューザの街の近くの森まで戻ってきたところだ。
そこからいつものように歩く事数分、ヒューザの街の城壁が見えてきた。
なんだか最近見慣れてしまった石造りの城壁。
ちなみに説明するまでもないかもしれないが街の外に転移する理由は簡単だ。
いきなり街中に僕が現れたらさすがに騒ぎになるから。
もちろん僕的には面倒だから直接街の中に転移したいところなんだけどね。
特に今日はなんだか無性に疲れたし。主に精神的に。
そんなわけでこれまたいつものように城壁の門をくぐろうとしたのだが、何故か今日はそこで声を掛けられた。
「おいそこの青年」
「ん?」
相手は見張りをしていた兵士だ。
ここを通る時によく見る顔ではあるがいつも素通りしていたからかそう言えば初めて声を聞いた気がする。
「知らんぷりして街に入ろうとしてもだめだぞ。ほら、身分証明書を出せ」
「……あ」
一瞬なんの事かと思った僕はそこで気づき自分の体を見てみる。
人の姿のままだった。
(猫の姿に戻るの忘れちゃってた)
そう。
いつもなら猫の姿で通るところを今日は間違えて人の姿で通ってしまったと言うわけだ。
もっとも人の姿を見られて困る事もないので、あーあやっちゃった程度のものでしかないけど。
訝しむ兵士に愛想笑いをしつつ仕方がないので身分を証明できそうなものを探す。
ポケットに手をつっこむフリをしつつ倉庫代わりの異次元にアクセス。
(えーっと、身分証明書……バイクの免許書じゃだめだよね?他には……)
「おまえさん見たところ冒険者だろ?ギルドカードとかないのか?」
ごそごそしていると兵士が助け船を出してくれた。
言われてみれば前レティさんにそんなものを作ってもらった気がする。
探してみるとあったあったギルドカード。
「はいこれです」
ギルドカードを手渡す。
全く使っていないので新品同様のそのカード。
「なんだまだ登録しただけなのか、じゃあこれからがんばらないとだな。ほらよ」
「ありがとう」
どうやら使っていないことがばればれのようだ。別に構わないけど。
「この街にはあいにく冒険者ギルドがないんでな。もし仕事を探すなら少し行った角を曲がると仕事斡旋所があるからそこで金を稼ぐといい」
どうやら初めて街にきた人だと勘違いされたらしく丁寧に教えてくれた。いい兵士さんだ。
「ありがとう、あとで行ってみるね」
そうしていつもとは違うながらも無事に街に入ることが出来た。
城壁をくぐったところから見たヒューザの街はなんだかとても新鮮に感じた。
いつもの低い視線ではないからだろうか。
この街はあまり人通りが多いわけではないがのんびりとした空気が流れていていいところだと思う。
さっきまではこのまま宿でごろごろしようかと思っていたのだが、せっかくなのでそのままの姿で街中を散策する事にする。
武器屋に服屋にいつも泊まっている宿屋も通り過ぎる。
さらに何の気もなしに進んでいるとなんだかいつの間にか仕事斡旋所にたどり着いた。
兵士さんのお薦めだしせっかくここまでやってきたので僕はこれまた何の気なしに中に入ってみることにした。
「あれ?もしかしてお客様ですか?」
中に入るとそんな声と共に若い男性が近寄ってきた。
若いと言っても20代半ばといったところか。
「何かいい仕事はある?」
「はい!ちょっとお待ち下さい!!」
ただ尋ねただけなのになんだかすごくうれしそうだった。
周りを見回してみるが他にお客さんはいないようだ。
もしかして暇だったのかな。
「今お茶をお持ちしますのでそちらに座ってお待ち下さい!」
見ると部屋の端にテーブルとソファーといういわゆる応接セットが置かれていた。
言われたとおり腰掛けその職員がお茶の用意をしている姿を眺める。
なんだか不動産屋にでも来た気分になってきた。
そんなにもてなされても僕はお金を持っていませんヨ?
そんなしょーもない事を考えていたらお茶が出されたのでちびちび飲む。
「すみません、初めての方だと思うんですが冒険者カードはお持ちですか?」
「これ?」
さっき使ったばかりなのですぐに取り出すことが出来た。
そのまま渡すとそれを受け取ったその職員がカードを眺める。
「ミツキ様ですね、確認しました。私はこの仕事斡旋所の所長のアレクと言います。よろしくお願いします」
「え?所長さん?」
「あはは、お恥ずかしながら職員が少ないもので私もこうやって仕事をしてるんですよ」
なんだかとても人なつっこい笑顔で説明してくる。
そして僕の対面に座ると机の下から書類の束を取り出しめくり始める。
「ご存じの通りこの街は帝都に近いので優秀な方はみんなあちらに行ってしまうんですよ。あっちには冒険者ギルドもありますしね」
ゆったりと喋っているがその間に手と目はものすごい勢いで書類を確認し捲っていく。
「ミツキ様は帝都で冒険者登録をされたようですが試験はモルバレフ様が相手でしたか?英雄と戦えるということで帝都で冒険者登録をされる方が非常に多いですしね」
どうやらモルバレフは英雄だったらしい。へーほーふーん。
「もうすぐ行われる披露会では久々にモルバレフ様も参加されると言うことですし、モルバレフ様のファンとしては今から待ち遠しい限りです」
披露会にはモルバレフも参加するのか。へーほー……ふーん。
思わぬ所で思わぬ情報を得てしまった。
またアレと戦わないといけないと考えた途端気が滅入ってしまう。
「お待たせしました、ミツキ様の当依頼所への登録が完了しました。何か依頼の希望はありますか?」
喋りながら書類の記載なんかもやっていたらしい。
この人器用だなぁ。
「とりあえずお勧めとかある?」
「お勧めですか。お勧めという訳ではないのですがもし討伐依頼でもいいのでしたら獣の間引きを受けていただけると助かります」
「間引き?」
話を聞くと、なんでも先日討伐隊がやってきた時に肉食獣ばかり討伐していったらしくそれによって草食動物が増えてしまっているとのことだった。
彼らはろくな事してないなホント。
「普通なら野生の獣は子供を数匹産んでも生き残るのは一匹程度になるのですが、今年は肉食獣がいないために生まれた子供の多くが来年大人になると思われます。ですので人の手で間引きが必要と判断しました」
どうやら食物連鎖が崩れているらしい。
正直この世界でそこまで考慮している人がいるとは思わなかったので驚いた。
「ああいえまだ仮説でしかないんですけどね」
「それでもよく考えていらっしゃいますね、なるほど」
驚きを素直に伝えるとアレク所長は少し照れた笑いを浮かべる。
あぁなんかこの人癒されるなぁ。
「それじゃ獣退治を受けます。具体的にはなんの獣を狩ればいいんですか?」
「特に指定はしません。人間が肉食獣の代わりをするのが目的ですので狙いやすい獣を狙っていけば自然と目的を達成できると考えています」
「へぇ」
さらに驚いた。
この人本当によく考えている。
「ちなみに報酬はその獣の肉を少し高めに買い取るという形をとっています。この袋をお使い下さい」
「これは?」
なんだか袋を渡された。
「これは魔術の掛かった袋です。そこそこの大きさの獣なら数匹分くらいはそこに入れることができます」
あー、やっぱりあるんだねこういうアイテム。
「ただし高価ですので貸し出しのみとなります。万が一盗んでしまうとその袋に掛かった魔術によって居場所が特定され衛兵に掴まりますのでご注意下さい」
「わかりました」
ちなみに一応相場を聞いてみたものの出回っている数が少ないため時価になってしまいわからないとのことであった。
「よくそんなのを初心者の僕に貸しますね」
「いやぁそうでもしないとなかなか仕事を受けてもらえないもので……」
アレク所長はよよよと悲しむフリをする。
「あ、ちなみに可能であれば大型の草食動物も倒してもらえると助かります」
「大型っていうと鹿とか?」
確か先日ラークが連れてきたのが鹿だよね?
「そうですそうです。元々気が荒いので討伐隊の件を抜きにしても困っていたところなんです」
「じゃあ見つけたらそうしますね」
そして依頼を受けたという書類にサインをし、僕は森に向かって歩き出した。
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森を進んでえんやこら~。
「それにしても今考えると実績のない初心者によくあんなでかい鹿の退治を頼むよね」
キノコを見つける。採る。
「たぶんフランくらい力があれば倒せると思うけど、逆に言えばそれくらい力がないと冒険者にはなれないってことなのかな」
謎の果物を見つける。かじる。
「後々を考えればやっぱりイリアのレベルアップは必須なんだよねぇ」
肉食獣に遭遇する。逃げる。
「ヒューザの猫パートとダラウライの人間パートもそろそろくっつけないとなぁ」
川発見。水を飲む。
「っていうかそろそろ日が暮れるんだけど!」
再びキノコ発見。虹色キノコだ。八つ当たりで解毒する。虹色キノコは消滅した。
「ねえねえ草食動物って増えてたんじゃないの!?全然出会わないんだけどどういう事!?」
いい加減歩き疲れて僕は吼える。
食事は肉!と勇んでいたのに草食動物に一度も会わないのは何故なのか!
ちなみに探査の魔術は使っていない。
理由は簡単、面倒くさいから。
「はぁ。これはあれだよね、真面目に働くなっていう何かの思し召しだよね。帰ろう」
こんな事なら大人しく猫のまま昼寝でもしていれば良かったと後悔しため息をつく。
そして転移魔術を編んだところで、
がさがさ……。
突然僕の背後で茂みが揺れた。
僕は魔術を中断しばッと振り返る。
捜し物は探すのをやめると見つかるというこれはなんというまーひー先生の法則!!
期待を込めて茂みの奥を注視するが日が陰ってきたため視界が悪くよく見えない。
観察することしばし。
「……ぅわっぷ」
茂みの向こうから声が聞こえた。
僕は思わず顔をしかめる。
「うぅ、誰かぁ……あれ?」
茂みを掻き分けて現れたのは泣きそうな顔の、そしてぼろぼろの恰好のイリアだった。
なんでやねん。




