3-4 ミル王女と披露会のための試験(裏)
《ミル王女視点》
私ことミルスィールは怒っていました。
原因は他でもない披露会のことです。
私はこれでもこの国ではトップクラスの魔力量を有する魔術師の卵であり、日々モルバレフに指導を受けながら鍛錬に励んでいます。
だからその辺の冒険者には負けません。
一般兵にも負けません。
親衛隊やお兄様にはまだちょっとかなわないとは思いますがそれでもいい勝負が出来ると思います!
……私が姫だという理由で誰も戦ってはくれませんが。
ごほん、話が逸れてしまいました。
先日お兄様が突然次回の披露会に推薦者を出すと宣言されました。
この国の披露会は兵士達や冒険者達の文字通りお披露目の場であり優秀な人々が集まります。
残念ながらこの国で一番強いお兄様は出ませんがそれでもこの国で二番三番を争う様な人たちが参加するそんな披露会にお兄様自らが推薦者をたてるというのです。
「お兄様の目にかなうなんてどんな方なのかしら」
私は王族ですから結婚に自由はありませんが、出来る事ならお兄様のように強い方がいいと思っています。
そのくらいには私も強い方に興味があるのです。
ちなみに強いと言われて真っ先に思い浮かぶのがモルバレフですが、さすがに結婚相手としてはもうちょっと若い方であるといいなとは思います。
ただ正直なところあんな魔獣みたいな人はそうそういるとは思えません。
なにせ剣を振っても当たりませんし魔術なんて当たったとしても無傷なのですから。
モルバレフならたぶん一人で魔獣と戦っても勝てると思います。
……また話が脱線してしまいましたね。
本日お兄様がその方を城に連れてくると言う話を耳にしました。
なんでもあちこち旅をしているその方とようやく冒険者ギルドで会う事が出来たのでこれから手続きをさせたいとのことだそうです。
私はおっかなびっくり興味津々でお兄様が到着するのを待ちました。
わくわくしつつ柱の陰から様子を窺うことしばし。
やがてお兄様と一緒に現れたのはあの青年でした。
私も王族ですので感情を隠すのはお手の物と自負していますが、にも係わらずあの青年を見たときは思わず固まってしまいました。
お兄様やモルバレフと一緒に歩いてきたのはどう見ても私より年下の青年ではありませんか。
小顔で華奢で、背はそこそこ高いですがにこにことしたその笑顔は全く戦いとはかけ離れています。
咄嗟に思いました。
あれは戦わせてはいけない!あの子は花屋をやらせるのがふさわしい!!
今思えばなぜ花屋が出てきたのかは謎ですがとにかくそれくらいに華奢に見えたということです。
あまりに驚きすぎて気付けば柱の影から飛び出していました。
「お兄様!この様な子供を披露会に推薦されるなど納得出来ません!!」
そしたらお兄様から猛反発を受けました。
この青年の実力はモルバレフも認めているというのです。
こんな華奢な青年が!?そんな馬鹿な!?
「それが納得できないのです!どう見てもこんな子供が強いはずがないではありませんか!!」
思わず厳しい視線を青年に向けてしまいました。
怖がらせてしまったかと思い一瞬冷静になった私でしたがそんな私の心配をよそに青年は飄々としたその態度のままバウバッハと世間話を始めてしまいました。
しかもバウバッハはまるで私が披露会に出たいと駄々をこねているかのように説明しています。
私はそんなに子供じゃありません!
次第に人が集まってきました。
ですが私はそんなことは気にはしません。
それよりもこの青年を助けなければという気持ちはさらに強くなっていきます。
「ミツキとやら!そんなに強いというのならこの私と勝負しなさい!!」
私が勝てばお兄様も考え直す事でしょう。
咄嗟に考え出した提案でしたが今考えてもいい提案だったと思います。
ですが案の定お兄様に却下されてしまいました。
私は他に良い案が思い浮かびませんでした。
「この弱虫!」
咄嗟にでたその一言。
今考えるとなんと子供っぽい!!
とはいえそのおかげかどうかはわかりませんが青年が私に出場権を譲ると提案してきました。
突然の提案だったためすぐにはその意味が理解できず少しだけ呆けてしまいました。
もしかしてみっともない顔になっていたのではないかと心配ですがとりあえずその時は結果オーライだと思いました。
だというのに内心安堵のため息をついた直後、どこから見ていたのか今度はオーグが声を上げました。
もう!皆が私の邪魔をする!!
内心地団駄を踏みながらなんとかオーグを説得しようと試みたところ、なんと今度はオーグが青年と戦うと言い始めてしまいました。
だめだめだめッ!!
オーグは今でこそ私の世話係になっていますが元々は親衛隊に所属していたほどの腕前です。
そんなオーグと戦ったら殺されてしまいます!!
なんとかやめさせようと再び説得を試みます。
もうこの辺りは興奮しすぎて何を言ったかあまり覚えていません。
やがて収集がつかなくなってきた頃突然お兄様が声をあげ試験の様子を見てから判断しろと宣言しました。
お兄様はいざというときにはこのように威厳のある発言をされます。
とても憧れますが今回ばかりは納得しかねます。
ただ確かにオーグと戦うよりは試験を受ける方が生存確率が上がる気がするので私は仕方なく承諾する事にしました。
不本意ながら訓練場へと移動します。
もちろん私は諦めずに青年の説得を続けました。
「逃げるなら今ですよ!」
すると驚くことに青年はあっさり帰ると言い出しました。
思わぬ成果に一瞬喜びましたがそこでふと別の考えが頭をよぎりました。
よくよく考えてみるとお兄様とモルバレフが推薦するというのですからそんなに簡単に帰らせてもらえるはずがありません。
最悪の場合は日を改める事になるだけでしょう。
となればむしろ今回戦って適度に負けてしまえば今後危険な場所に連れて行かれることはないのではないか。
そうです!今回さえ乗り切れるのであれば今日試験を受けた方がいいはずです!
「待って待って待って本当に帰らないであなたはそれでも男ですか!!」
青年が不思議な目で私を見ます。
「僕は特に披露会に思い入れはないから出ても出なくてもいいんだけど」
「ぐッ!私だってどちらでもいいですわ!」
「じゃあやめようかな」
「そ、そんな訳にはいかないです!やってもらうに決まっています!!」
そして五体満足で家に帰り今後は安穏と花を育てて生きてください。
……繰り返しますが別に花屋に思い入れがあるわけではありません。
ただちょっと似合うかなぁと思っただけです。
本当ですったら。
そこからさらに迂用曲折の末結局戦いが開始されてしまいました。
ここまで来たら無事に試験を終えて貰うのを祈るしかありません。
ちなみに私はその時この青年は魔術を使うのだと思っていました。
少し変わっていますが恰好は魔術師風ですしそもそも武器を持っていませんでしたから。
なのに試験という名の試合が始まっても青年は全く集中するそぶりを見せません。
兵士達が魔術を使おうとしているのにそれをにこにことただ見ているだけなのです。
「あ、あなた!集中しなさい!!」
思わず声を上げました。
すると青年はまた不思議そうに私の方に振り向き、そしてなぜかにこっと手を振ってきました。
白状します、それにはちょっとだけどきりとさせられました。
だけどその時はそれどころではありませんでした。
だって彼の生死がかかっているのですから。
「んなッ!何をしてるんですか!前を見なさい!前を!!」
たぶん相当きつい言葉になったと思います。
それくらい心配でしたから。
そして青年はその言葉でようやくやる気に……はやっぱりなってくれませんでした。
その後も結局兵士達がその元に辿り着くまで何もせずただ立っていただけだったのです。
近寄った兵士の一人が剣を振り下ろしたところで私は青ざめました。
武器も持たず魔術を使うそぶりすら見せない青年はもはやただ斬られるだけなのだと思いました。
結果から言えば青年は斬られる事はありませんでした。
これはどう表現したらいいんでしょうか。
剣に当たる気配がないというか。
予想外の光景に私は完全に見入っていました。
兵士達の訓練はよく目にしますしモルバレフの戦いも何度か見たことがあります。
ですがそう言った動きとは全く別次元と言えばいいのか。
別に動きが速いわけではなく、なのにふわりふわりと全てを最小限の動きで避けていくその動きはまるでダンスを踊っているかのようでした。
かと思えば足は速かったです。
さすがにモルバレフほどではないでしょうけれど、振り抜かれる剣の隙間を抜けたと思ったらあっという間に後衛に向かって走り寄りしかも一瞬で二人の兵士を戦闘不能にしてしまいました。
私には何をしたのか全くわかりませんでした。
「……すごい」
思わず私はつぶやいていました。
今の一連の動きだけ見ても私たちとは比べものにならない技術を持っている事がわかりました。
同時になぜお兄様とモルバレフが二人揃って推薦したのかも。
しかもそれだけでは終わりませんでした。
青年は両手を前に出し唱えます。
「おいで、ゴーレム」
ゴーレム。
その言葉は失われた魔術として教本に載っていました。
魔力を帯びたアイテムを使いその魔力で動く疑似生命体を生み出す魔術。
青年の目の前にみるみる人型の何かが生まれました。
驚きに目を見開く兵士達。
もちろん私も同様に目を見開き成り行きを見守ります。
そして再び青年が唱えました。
「いけ!ロケットパンチ!」
するとそのゴーレムが腕を上げ、その直後腕が飛びました!
まさかの攻撃方法です!!
驚く兵士達はその攻撃を避けることは出来ず二人がステージの外まで撥ね飛ばされてしまいました。
その二人の行方を見届けてから私は急ぎ青年のいた場所に視線を戻します。
ですがすでにそこに青年はいませんでした。
バチッ!
再び大きな音がしたのでそちらに視線を向けると、いつの間に移動したのか兵士達が立っていた場所に青年はいました。
そしてその足下には残っていたはずの最後の兵士が倒れています。
まさか彼は転移が出来るのでしょうか。
いやいやあれだけ足が速ければこの短時間での移動も可能なのでしょう。
いずれにしても並の兵士では全く手が届かないほどに青年は強い事がわかりました。
今にして思えば私がいかに不要なお節介を焼いていたのかがわかり恥ずかしくなってしまいます。
実力も知らずに思いこみでひどいことを言ってしまいました。
後で彼に謝らなければいけません。
そしてもしも可能なら、あのゴーレムを創る魔術を教えてもらえないかお願いしてみようと思います。
それにしてもロケットパンチとは一体何なのでしょうか。
何故か惹かれるその言葉とミツキと呼ばれる青年の姿に、私はしばし思い浸るのでした。