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間話 女子会とロールケーキ(別名は簀巻き)

皆が寝静まった街の中、とある宿の一室に彼女たちは集まっていた。


「大丈夫?黒猫君に気付かれなかった?」

「大丈夫です」


言わずとしれたイリア達だ。

時間で見れば10時頃であろうが電気など無いこの世界では既に真っ暗であり深夜といっても差し支えのない時間である。

黒猫が寝た頃合いを見計らって他のメンバーが集まったのだった。

ちなみにフランとミティスが合流してからは黒猫を除いても4人となったため宿では二人部屋を二つ借りている。

黒猫は今もう一つの部屋で寝ているはずである。


「よしそれじゃあみんな揃ったので女子会を始めたいと思います」

「おーぱちぱち」

「あの……僕は女子ではないですけど」

「細かいことは気にしない気にしない」


声を抑えつつにひひと笑うフランが進行役でそれにラークが乗っかり、残りの二人は苦笑顔だ。


「さて記念すべき第一回ですが、今回は黒猫君は一体何者なのかについて話し合いたいと思います」

「え?なんで?」


ラークが首をかしげフランが説明を始める。


「黒猫君は万能過ぎます。ずるっこです。あんなのこの世界の生き物じゃありません」

「はは、ミツキさん凄い言われようですね」


ミティスは笑うがミティス自身も思い当たる節がたくさんあるのでその言い分は理解できる。

またイリアだけは黒猫が召還された事を知っているため苦笑を浮かべる。

フランはそんなイリアやミティスを見つつ腕を組んでさも難題であるかのように続ける。


「助けられた私が言うのもなんだけどあれってありえないでしょ。この間の毒キノコの時だってそうだしミティス君の指輪だってそうだしさ」

「私達にとってはミツキ様が何をしても今更って思っちゃいますけど」


イリアが目線でラークに相づちを求めるがラークは変わらずにこにこしたままだ。


「そう!私が聞きたいのはそこなんだよ!私が会う前にもどれだけ非常識な事をしてきたのかを聞きたかったの!」


フランが力説した。


「これから少しでも黒猫君を理解するためにも必要な事だと思うんだよ!!」


言い終えて達成感すら漂わせるフランを一瞥した上でイリアが聞く。


「……本音は?」

「面白そうだから」


あっさり認めるフラン。

イリアがため息をついた。


「私はあまり深追いしない方がいいと思いますけど」

「え?気にならない?」

「それは確かに気にはなりますけど……」


気にはなる。

気にはなるがへたに藪をつつくと何が飛び出すかわからないので出来れば遠慮したいというのがイリアの本音だ。


「それにフランさんと会う前といっても私もまだミツキ様と出会ってから20日に届かないほどですし」

「え?そんなしか経ってないの?」


フランが驚き次いで残念そうに呟く。


「そっかーてっきりもっと長く一緒にいるものだと思ってたよ。それじゃ二人も黒猫君の事はよく知らないわけか」

「そうですね。確かに私もミツキ様が何を考えているのかは知りたいんですけど」


黒猫が未知の生き物である事はイリアにとっても変わらない。

一貫性が見いだせない黒猫のその思考はイリアにとって全く理解不能なものであった。


だがそんなイリアとは違いラークは不思議そうに首をかしげる。


「ミツキ様はミツキ様だと思うけど」

「……そう言えばラークさんはミツキ様にとても懐いてますね」


猫に懐くという変な表現をした事をおかしく感じながらイリアが言った。

ラークは再び不思議そうに首をかしげたあとにこっと笑う。


「ボクはミツキ様の事好きだよ」

「おー」


フランとミティスがその素直な言葉に感嘆する。


「ラークちゃんは積極的だね。だけどまぁ確かに私だって黒猫君の事好きだよ?助けて貰ったのもあるけどあれで猫じゃなけりゃ間違いなく旦那候補だよね」


本音か冗談か、あははと笑うフラン。

だがその言葉に今度はミティスが不思議そうに首をかしげた。


「ミツキさんって猫じゃないですよね?」

「そうそう確かに黒猫君てば自分のことを猫魔術師だーっていうもんね」


猫と猫魔術師の何が違うんだろうねと笑うフラン。

だがミティスがそうではなくて、と声をあげる。


「ミツキさんって普段は人間の姿をしてないですけどあれって何か意味があるんですか?」

「……え?」


ミティスの思いもよらぬ言葉に一瞬空気が固まり、次いでフランとイリアが驚愕の表情をミティスに向ける。

ミティスはその視線にたじろぎつつも続ける。


「え?ミツキさんって人間…ですよね?」


そう口にしてからもしかして言っちゃいけなかったのかなと冷や汗を垂らすミティス。

だが口止めされたのは転移魔術の事だけで人間である事には全く触れていないはずだった。


「ミティス君!それ本当なの!?」


フランがミティスに詰め寄りそれを慌ててイリアが抑える。

そうだよねと深呼吸をする事でフランは若干落ち着きを取り戻す。


「それで!ミティス君はなんで黒猫君が人間だと思ったの!?」


やはり全然落ち着いてはいなかったようだ。

再びミティスに詰め寄るフランにさらにミティスの冷や汗の量が増す。


「あのえーっと!僕がミツキさんと会った時は人間のミツキさんに助けて貰ったんです!!」


勢いに押され一歩後ろに下がりつつミティスが口早に説明した。


「え!?助けて貰った!?……はこの際どうでもいいか!え!?人間のミツキさんって誰!!?」


大混乱である。


「イリアちゃん知ってた!!?」

「い、いえ知りませんでした!」


黒猫は今までイリアの前でも人の姿を取ったことはない。

フランほどではないが同じように混乱するイリア。

だがその時イリアには少しだけ思い当たる事があった。


「あ、でも確かにあんなものにもなれるんだから人間の姿くらいなれてもおかしくない……」

「あんなもの?」


イリアのつぶやきをフランが聞き止めた。


「黒猫君って他にも何かしたの?」

「えーっと、以前一度ドラゴン様になられた事が」

「ドラゴン!?」


今度はフランとミティスが驚愕の声をあげた。


「ドラゴンって守護獣のドラゴン!?黒猫君って猫じゃなくてドラゴンだったの!!?」

「いえその時私も聞いたんですが自分はドラゴン様じゃなく猫魔術師なんだと」

「また出た猫魔術師!」

「ミツキ様ってばあんなは虫類と一緒にするなーって言ってたよね」

「は虫類!?ドラゴンをは虫類扱いって黒猫君ってどんだけ凄いのさ!!?」


イリアはその時の様子を要所要所省略しながら説明した。


「奴隷契約は今更だとしてもやっぱり黒猫君はただ者じゃないね……」


神妙にしながら恐ろしいと呟くフラン。

だがその目は好奇心で一杯だ。


「だけどそうすると黒猫君は元々なんだったのかってのが謎になるね」

「元々というのは?」

「ほら、最初から猫だから今も猫の姿なのか、はたまた人かドラゴンか」

「あー確かにそうですね」


自由に姿が変えられるのであれば確かに本来の姿が一体なんだったのか当てることは難しい。


「でも猫魔術師と名乗るくらいだから猫だったのでは?」

「その可能性は確かにあるけど、でも黒猫君ってばところどころの仕草が人間くさい事があると思わない?」

「それは確かに」


例えばご飯を食べる前に手を合わせる仕草や人に対する気遣いなどはまさに人のそれだ。


「元々はどうであれ確かに人としての常識はあるからとりあえず人扱いでいいような気がする。けど……うー衝撃の事実だらけでだめだちょっと一回落ち着こう!」


フランが再び大きく深呼吸する。

それを真似てイリアとミティスも続き、やがて少しだけ落ち着いた様子のフランが言葉を続ける。


「そう言えばミティス君は黒猫君に助けられたって言ったよね?黒猫君とどこで会ったの?」


フランが話を変えようとして何となく思いついた話題を振る。

だが予想に反してミティスが固まった。


「あれ?ミティス君どうしたの?」


ミティスは戸惑いつつ急ぎ考える。

帝都での話をすれば日数的な問題から移動手段の話になるだろう。

しかし転移魔術の事は黒猫から口止めされているので話すことはできない。


「えーっと…その辺……」

「その辺っておおざっぱ過ぎないかい……?」


フランが一瞬呆れ、だが何かに思い至ったように目を細めた。


「……さては黒猫君に何か言われているね?」

「ッ!!」


さすがはフランだった。

ミティスも黒猫からは年齢不相応と言われるがそれでも子供には違いがなく駆け引きはまだまだフランの方が上手だ。


「ミティス君もう一回聞くよ?君はどこで黒猫君と会ったんだい?」

「そ、それは……」


詰め寄るフランにミティスはじりじりと後退する。

もともと広くない部屋なのですぐに壁際に追い詰められた。


「さぁさぁ」


にやにやと近づいてくるフランはミティスから見ると相当に怖い。

フランの勢いに圧倒されミティスはとうとう口にする。


「ぅ…ダラウライ…です……」

「ダラウライ?帝都ってこと?」


当然フランにとっても聞き慣れた名前ではあるがその意味を考えて素っ頓狂な声が上がる。


「ミティス君が黒猫君に助けられたのっていつ?」

「う…10日くらい前……かな」

「え?10日ですか?」


今度は隣で聞いていたイリアが声を上げた。


「10日前って言ったら私たちがフランさんと出会った頃ですよね?」

「あーそうだね。確かにその頃かも」


仕事斡旋所でフランに色々と教えて貰ったのが最初の出会いだ。

そのときはまさかこういう状況になるとは思わなかったのだから運命というものはわからないものだと思う、が今はそんな事はどうでもよかった。


「その頃は確かにミツキ様は別行動でしたけど…でも朝食も夕食も私たちと一緒でしたよ?」

「ちょ、ちょっと待って!帝都ってここから歩くと急いでも三日はかかるよね?」


このヒューザの街から帝都までは歩いて三日前後、早馬でも一日ほどの距離だ。


「黒猫君が走ったところで馬より早いとは思えないんだけど……もしかしてミティス君が会っていた黒猫君って偽物だったりしない?」


イリアやラークが黒猫だと確認している以上その日の朝と晩にはこのヒューザの街に黒猫が居た事は間違いないだろう。

だとすればミティスが会ったという人間のミツキという人物が偽物だと考える方が自然だ。


「いえ、あれはミツキさんで間違いないです」


だが転移魔術の存在を知っているミティスにとってはそのアリバイは全く意味をなさない。

とはいえそれを話すことも出来ずミティスはただ冷や汗を流すだけだ。


「うーでもそんな短い時間で移動できる方法なんて聞いた事ないし」

「ミツキ様の事ですから空でも飛んで行ったんじゃないですか?」

「そんな馬鹿な!?」


ミティスの内心をよそに推理は進んでいく。

イリアの苦笑顔の発言にフランが頭を抱えてうなった。

実際のところ最初に帝都に向かう時は空を飛んでいったのでこれも正解なのだが、この場ではもちろん誰にもわからない。


ちなみにイリアを城から逃がす際も空を飛んではいるが、イリアはこの時眠らされており黒猫が空を飛べる事はまだ知らない。

加えて言えば盗賊の襲撃に遭う直前に黒猫が姿を消した時も転移魔術を使っているがイリアはそもそもそれが転移だったとは気付いておらず、またその後のどたばたで既にその事実自体を忘れていた。


その上で今回はただ平然と物を浮かせたりしているので空くらい飛べるかもしれないと思った程度の意見であった。


「そうだ!じゃあミティス君がこの街に来た時はどうやって来たの!?」


諦めきれないフランの質問に再びミティスが固まる。


「あ、うん…えーっと気がついたら……?」


口止めされている以上答えられないのだがそれは明らかに不自然であり当然ながらフランに気付かれる。


「くっ、ミティス君は完全に黒猫君の影響下か……」


さらに追求されそうな雰囲気であったためミティスは急いで話題を変える。


「ミ、ミツキさんってホント不思議ですよね。言われなければ本物の猫そっくりですもんね」


顔を引きつらせながら出したそんな話題にフランは胡散臭そうな視線を送りつつ乗ってきた。


「本当にいつもはただの猫だからねぇ、魚が好きなところとか。やっぱり元々猫だったんじゃない?ラークちゃんはどう思う?」


ふと視線が止まったラークに聞いてみる。

今までの流れの中でも特に驚くこともなくただにこにこと聞いているだけだったラーク。


「ん?ミツキ様は人だよ?」

「……は?」


いきなり断言されて一瞬空気が固まった。


「イリア知らなかったの?」

「え!?ラークさん知ってたんですか!!?」


まさかの発言にイリアとフランが驚きの声を上げラークに詰め寄る。


「知ってたっていうかミツキ様ってそういう臭いだし」

「臭いってラークちゃんあなた一体何者よ……なんて事はどうでもいいや!それじゃ黒猫君は人って事で間違いないんだね!?」

「うん」


あいかわらずのにこにこラークだ。


「え?じゃあなんでわざわざ猫の姿してるの!?」

「わかんない」

「う、そりゃそうか」


いくら臭いがわかったとしても猫でいる理由なんてわかるはずがない。


「その辺は黒猫君に直接聞いてみないとだめか……イリアちゃんはなんか聞いてないの?」

「すいません、私も聞いたことはないです。そもそも人であることを知ったのも今なので」


理解不能だと思っていたが今夜の一件でさらに輪を掛けて分からなくなってしまった気がするイリアだ。

そしてイリアの様子を見てフランも諦め顔。


「そっか、そうだよね。なんで猫なんだろ。日常生活だって不便だと思うけど。食事とか、布団を直すだけだって黒猫君だと口に咥えないといけな、い……訳で……」


ふとフランの脳裏に映像が浮かぶ。

黒猫と布団と、自分。


「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って!?もしもだよ!?もしも黒猫君が人間なんだとしたら……!?」


突然取り乱し始めたフランを皆が不思議そうに眺める。


「……は…はだか……見られ、た……」


愕然とした表情からそのまま真っ赤になりうつむいたままフランがぺたんと床に座り込んでしまう。

思い返せば一週間ほど診察と称して(いや実際に診察したのだが)黒猫の前で何度も服を脱いでいた。

猫だと思っていたから全く意識をしていなかったが相手が人間の、しかも助けて貰った相手の前だったとしたら。


フランは考えるほどにいてもたってもいられなくなっていく。

思い返せば服を脱いだ時にふっと黒猫が恥ずかしそうに視線を外した光景が頭をよぎった。

今にして思えばあれはそういうことだったのではないのか……


「はだ…か……?」


座り込みぶつぶつと呟き始めたフランの横で、それはイリアにも飛び火した。


「ッ!私もはだかを何度も…っていうかお風呂まで一緒に……ぅぁ!?」


こちらも真っ赤になって両手で顔を押さえ座り込んでしまった。

イリアは出会った直後から裸を見られた上、先日などは自分からお風呂にまで連れ込んでしまっている。


「そんなそんなそんな!?だってあの黒猫はそんな事一言も!!……ぁ」


混乱しすぎて黒猫と言ってしまっている事にも気づかないイリアはふと共同浴場に入るときの黒猫の言葉を思い出した。


『僕これでも男なんだけど』


愕然とする。

男性を無理矢理お風呂に連れ込んでしまった!

これから自分はどんな顔して黒猫と接すればいいのか!?


そもそも黙っていた黒猫が悪いという意見もあるはずだがそんなことにすら気付かぬほどに混乱している二人。

そんな二人の様子を見ながらミティスはもはや滝のような冷や汗を流していた。


(すいませんミツキさん、もしかしたら僕はやらかしちゃったのかもしれません……)


この状態をどう収集しようかミティスは必死に考えるがいい案は浮かばない。

ふとミティスが隣を見ればラークが相変わらず不思議そうに首をかしげていた。


「えーっと、ラークさんは平気なんですね」

「ん?ボク?」


再び首をかしげる。

共同浴場に入った時当然ラークもそのときにいたのだが、むしろラークにしてみればなぜイリアとフランがなぜこれほど狼狽しているのかわからない。


「ボクはミツキ様のものだし」


にこりと、そして平然と言い放つラークに俯いていたイリアとフランがばっと顔を上げ本日何度目かの驚愕の表情を浮かべる。


「ラークちゃん…見かけによらず凄い覚悟を持ってるね……」

「うぅ、やっぱりラークさんはわからない」


何故か今度は二人の周囲に敗北感が漂い始めてしまう。

もはや何がなにやらだ。


「ミティス君」

「は、はいッ!?」


突然フランから声を掛けられ緊張するミティス。


「人の姿の黒猫君ってどうだった?」

「……ミツキさん、ですか?そうですね」


少し考えてから答える。


「僕を助けてくれた時は本当に恰好よかったです。相手は武器を持っているのに素手だったミツキさんは一瞬で近づいたかと思ったらあっという間に三人倒してしまったんです」

「……へぇ、強かったんだ」

「はい。それとたぶんラークさんと同じくらい早かったです」

「……」


目をきらきらさせながら語るミティスとは対照的にフランはむすっと押し黙る。

その沈黙にミティスはどんどん不安になっていく。


「あの、フランさん?」

「……やっぱり見たい!」

「え?」


突然見たい見たいと連呼し出したフランにイリアとミティスが呆気にとられた。


「人の姿の黒猫君、見てみたくない!?」

「あーいやそれは確かに……」


そのイリアの言葉を聞いた途端フランが唐突に立ち上がりそして部屋の出口に向かい歩き出す。


「ふ、フランさん!?」

「こうなったら直接頼む!」

「え!?頼むって!?まさか今からミツキ様に頼むんですか!?起こしちゃうんですか!!?」


部屋の扉を開け放つフランにイリアは直感でまずいと感じた。

あの黒猫は食べる事と寝る事を邪魔される事を極端に嫌う。


「フランさん待ってください!」


説明しようと声を掛けるも既にフランは部屋を出ていた。

イリアとミティスが慌てて追いかける。


「黒猫君!入るよ!!」


追いかけるイリア達が廊下に出るとちょうどフランが黒猫の眠る部屋に入っていくところだった。

惨劇を予測して一瞬イリアはそのまま元の部屋に戻ろうかとも思ったが放っておくのも寝覚めが悪い。

ミティスと一緒に入り口から顔だけ覗かせて中の様子を伺ってみる。


「黒猫君!頼みがあるんだけど!!」


部屋の中ではフランが眠っていたであろう黒猫を抱き上げるところだった。

以前ラークがやったように脇腹に手を通して持ち上げる様な恰好だ。

遠くから見守るイリアが青くなる。


「ぅ…明日にして欲しいんだけど……」


黒猫が薄く目を開け小さな声で懇願した。

明らかに寝ているところを起こされたという様子だがそれでもフランは引かなかった。


「黒猫君!空飛べたり人間の姿になったり出来るの!?」


黒猫の鼻筋がぴくりとふるえる。


「うぅ、明日にしようよ……」

「やだ今答えて!だって私のは…はだか、見たんだし……」


フランが真っ赤になりながら尻すぼみにそう言った。

後から思えばこの時のフランは未だ相当に混乱していたのだろう。

だが黒猫にはそんな事情は通じない。


黒猫の返答を待っていたフランはしかしその黒猫の向こう側でゆらりと白いものが空中に浮かび上がるのを見てしまう。

それは黒猫が寝ていたベッドの掛け布団だった。

黒猫を持ち上げたまま驚愕の表情で固まるフランだったが一瞬で気持ちを切り替えるとその布団を睨み付け、続けて出口まで下がろうと体に力を入れる。

だが、


「わぷッ!?な、なにこれ!!?」


別の方向から飛んできたタオルが顔を覆った。

そしてひるむフランに今度は掛け布団が体当たりする。

掛け布団はそこそこの重量があるためフランはたたらを踏み黒猫も取り落としてしまった。


「フラン罰ゲームね」


足音をたてずに地面に着地した黒猫は寝ぼけた様子のままそう言った。

直後今度は敷き布団が飛び慌てるフランをぐるぐる巻きにしてしまう。


「ちょ!ちょっと黒猫君待っんぐッッッ!!」


あっという間に簀巻きにされたフランに向けて再びタオルが飛び口をふさぐ。

バランスがとれなくなったフランはそのまま床に転がった。


「反省したら起こしてね」


いまだ寝ぼけている様子の黒猫はそう言い残すともう一つあるベッドの上に飛び乗り、そして丸くなって再び眠り始めてしまう。


「ん!……んッ!?んんーーーッッ!!?」


直後、転がるフランが声を上げびくんびくんとのたうち回り始める。

廊下ではその様子を見ていたミティスが青くなるが罰ゲームと聞き何が起こっているのかわかったイリアは逆に赤くなる。


「イリアさん!急いで助けないと!!」

「あーあれはね…死んだりはしないから放っておきましょう……」


そういってイリアはミティスの背中を押しそそくさともう一つの部屋に向かって歩き出す。

ミティスは困惑するがそれでもイリアが大丈夫というなら大丈夫なのだろうと思い直し、躊躇しつつも素直にそれに従った。


「んぅーーッ!んんぅんーーーッッ!!」


誰も見守るものがいなくなったその部屋で、口を塞がれ助けを求める事も出来ないフランは結局朝になるまでくぐもった叫び声を上げ続けるのだった。


******************************


「んーよく寝た」


朝になりいつものように目覚めた黒猫は声を上げながら体を伸ばす。


「さておなかすいたなー……ってなんだこれ?」


部屋を見回した黒猫が目にしたのは布団でできた巨大なロールケーキだった。


「ぅんッ……ん……」


そしてそこから微かに聞こえるくぐもった声とその声に合わせてこれまた微かに振動するそのロールケーキ。

怪訝な顔をしつつ黒猫がロールケーキの反対側に回り込む。


「……フラン、朝から何やってるの?」


訝しむ黒猫を虚ろな、そして安堵の表情で見つめるフラン。

その顔は熱にうなされたように赤く火照っている。

黒猫がフランの口のタオルをとった。


「た…たすかっ……死ぬかと…おも…た」


その言葉を最後にフランがぐったりと力尽きた。

それを見て何だったのだろうと黒猫は首をかしげたのだった。

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