間話 ミティスの手紙と魔術の指輪
《ミティス視点》
『お父様におかれましてはお元気にされていますでしょうか。
私は現在非常に充実した日々を過ごしております。
先日は丘を登り野生の鹿を見ることが出来ました。
以前お父様に買って頂いた図鑑では知っていたのですが実際に自分の目で見ると迫力が違いました。
もし一人の時に出会ったなら逃げることすら出来ないのではないか、そう思わせるほどの威圧感でした。
前の手紙でもお伝えしました通りあの黒猫はこちらから手を出さなければ周囲に害を与えるつもりはないようです。
加えて、その力は未だに計り知れないものであるためしばらくは手は出さずに様子を見る方が懸命であると考えます。
お父様におかれましてはお体に気をつけてお過ごし下さいますようお祈りいたします。
ミティスより』
僕は手紙を読み直してから一度頷くと封筒に入れ封をする。
今日この後仕事斡旋所に行くので配達を頼む予定だった。
「ミティスーいくよー」
ミツキさんが部屋の外から声を掛けてきた。
「はい!今行きます!」
今できあがったばかりの封筒を手に持ち宿の一室を出る。
廊下を走り広間まで行くともうみんな準備ができているようだった。
「あ、手紙を書いてたんだ?」
フランさんが僕の持つ封筒を見つけて聞いてきた。
「そうなんです。出来れば父が心配しないようにと思いまして」
「手紙かぁ。前の時も思ったんだけどさ、黒猫君は止めないんだね」
「ん?何を?」
ミツキさんはイリアさんに抱かれたまま首をかしげる。
「一応ミティス君って人質なんだよね?」
「人質?そんな人聞きの悪い。強いて言うならご同行願っているだけだよ」
「うわぁそれって完全に悪役が言う台詞だよね?」
相変わらず二人の掛け合いは面白い。
イリアさんが苦笑いしながら間に入る。
「でも確かに手紙は少し問題がありそうな気がしますけど」
「べつにいいんじゃない?居場所だってばれてるし襲ってきたら襲い返す……のは面倒だから逃げればいいわけだし」
僕に気を遣いながらのイリアさんの言葉にもミツキさんはのらりくらりとそんな風に答える。
「あの、もしであれば手紙を出す前に一度見てもらっても構いませんけど」
「ああ大丈夫。別に報告されて困ることもしてないし」
むしろ討伐依頼を受けるなんて世のため人の為になってるんじゃない?と笑う黒猫は言葉通り本当に全然気にした様子がない。
僕がミツキさんの立場だったら怖くて絶対に手紙なんて出させないと思うけど。
「黒猫君って優しいんだねぇ」
「優しい?」
フランさんの言葉にミツキさんが不思議そうな顔をする。
「僕はみんなが思ってるほど優しい猫じゃないと思うよー?今だってミティス君を気遣ってるフリをして何かを企んでるかも知れないし」
にゅふふと笑うミツキさん。
「まぁ今後も手紙を出すのは止めないから時々出してあげるといいと思うよ。あ、でも一応念のため出すときは出すって教えてもらえるとありがたいにゃ~」
「わかりました」
なんだかやりとりがあまりに平和過ぎてミツキさん達が指名手配されてるなんて忘れてしまいそうだ。
「そう言えば黒猫君から聞いたけどミティス君戦い方を教えて欲しいって?」
「あ、はい。お願いできませんか?」
「別に構わないけど。でもミティス君って貴族だよね?戦い方を教わる必要なんてなさそうだけど」
フランさんが首をかしげる。
「はい、先日イリアさん達が戦ってるのを見て恰好いいなと思いまして」
「え?私ですか?」
イリアさんが驚き、次いで赤くなった。
「どちらかというとその、あの時は恥ずかしい所を見せてしまったと思うんですけど」
「いえ!本当に恰好よかったです!」
あの巨大な鹿と対峙したイリアさんとラークさんは本当に恰好よかった。
こう言うのもなんだけど、普段のおっちょこちょいなイリアさんからは想像がつかない。
むしろ毎日の仕事でなんであんなにミスをするんだろう。
転んだり獣のしっぽを踏んづけたり森を燃やしてしまいそうになったり。
「はは、よかったねイリアちゃん。さてそれじゃミティス君は何を教わりたいのかな?」
フランさんの問いかけに僕は少し考えてから答える。
「僕は魔術才がないので剣を教えてもらえればと」
「剣か。それならイリアちゃんに教わるといいかも」
その言葉に照れていたイリアさんが反応する。
「フランさんも剣使えましたよね?」
「いやいや私の専門は槍だから。しかも我流だから教わるならイリアちゃんの方が絶対いいって」
そんなやりとりがあり僕はイリアさんに剣を教えてもらうことになった。
今まで護身用の短剣しか持たせて貰ったことがなかったのでわくわくする。
「話がまとまったところでそろそろ仕事斡旋所に行かないかい?あんまり遅くなると仕事がなくなっちゃうよ?」
ミツキさんのその言葉で僕らは宿を出発し仕事斡旋所に向かって歩き出す。
歩きながらイリアさんに抱かれたままのミツキさんが質問をしてきた。
「そうそうさっき話に出てきた魔術才ってなに?」
「黒猫君が魔術才を聞いちゃうの?」
「だって知らないもん」
「……ホント黒猫君は非常識だよね。じゃあミティス君、説明してあげて」
「え?僕ですか?」
「だって説明が一番うまそうだし」
いきなり任されて少しどきどきしてしまう。
「えっと魔術才って言うのは文字通り魔術の才能の事で、才能があれば魔術が使えるし才能がなければ魔術は使えないって事になります」
「なるほど才能ね。じゃあミティスに才能がないって言うのは?」
「魔術才を調べる方法があるんです。僕の場合はそれで才能がなかったってわかったんです」
言い終わってから自分が魔術を使えないことを改めて実感して少し落ち込む。
ミツキさんみたいに華麗に魔術を使ってみたかった。
「魔術の才能ねぇ」
「……黒猫君また悪い事を考えてるね」
「悪い事って僕そんな事考えたことは一度もないんだけど!?」
そう言い返しつつ少し思案顔のミツキさん。
「ミティス、少し目をつぶってみて」
「え?」
突然の指示に驚きながらも立ち止まり素直に目をつぶる。
「息を大きくすって、んで少しずつゆっくりはいて。はき終わったらまた息を大きくすってまたはいて」
言われたとおりに呼吸する。
「……ん、おっけーミティスありがとう。まぁ魔術なんて使えないに越したことはないからいいって言えばいいんだけど」
「え?使えない方がいいんですか?」
最後は独り言の様に呟いたミツキさんの言葉に僕は驚く。
「使えない方が平和だと思うよー」
「えーと、僕は使える方が便利だと思うんですけど」
僕の言葉にイリアさんとフランさんも顔を見合わせた後頷く。
「そっか、いやそうだよね。便利であるのは間違いないわけだしね」
ミツキさんが少し考えてから頷く。
なんだかもやもやした回答だ。
「黒猫君、なんか意味ありげだね」
「あー、うんまあね」
僕の代わりにフランさんが言ってくれた。
ミツキさんが少し考えたあと続ける。
「じゃあさ、たぶんみんなにはピンとこないかも知れないけど質問ね。例えば手をかざして何もない空間に炎が立ち上ったり、逆に水が生まれたり。これってなんか不思議じゃない?」
ミツキさんが実際に炎を生み出し、次いで水を生み出しながらそう聞いてきた。
相変わらずミツキさんは何でもないように魔術を使っていて凄い。
だけどそれはそれとして、僕にはミツキさんが言う事がピンとこない。
魔術ってそう言うものだと思うけど。
これにはイリアさんもフランさんも同じ気持ちのようで二人とも首をかしげている。
「例えば魔術を使わずに火を起こそうとするなら最低でも燃える物を用意しなきゃいけないよね。魔術の場合は何を燃やしているのか」
「それは、魔力を燃やしてるんじゃないでしょうか」
イリアさんが自信なさげに答える。
「半分正解。実際には魔力を燃やしているんじゃなくて魔力を炎に変換しているってのが正しい」
ミツキさんがしっぽを一振りした。
するとその周りの空間が一瞬黒くゆがみ僕を含めた皆が驚く。
「これが魔力そのままの形なんだけど、じゃあこの魔力ってなにか考えたことあるかにゃ?」
皆が首を振る。
魔力が何かなんて考えたこともなかった。
何かのエネルギー?
「もし将来魔力の本質がわかる事があったなら、その時にはたぶん僕が言いたかった事がわかると思うよ」
にこりとそう語った。
「……って黒猫君!この話ってここで終わりなの?!正解は?!」
「正解?それは自分で見つける事だねー」
「えーッなにそれッ!?気になるじゃん!!」
「そりゃ気になるように言ったからね!悔しかったら解き明かしてみるがよいよ!」
「うきーッ!!」
ミツキさんとフランさんがじゃれている姿を横目に見ながら僕は僕なりにさっきの質問を考えてみる。
魔力とは何なのか。
たぶんヒントは使えない方が平和って言葉。
つまり魔力はいいものではない、と思う。
「そうそう話は戻るけど魔術才ってどうやって調べるの?」
「え?あ、はい。こう炎に手を近づけて念じるんです。それで炎が大きく燃え上がれば魔術の才能があるって事になります」
考え事をしている時に声を掛けられたので少し驚きつつ説明した。
「……それで?」
「それで?いえそれだけですけど」
「え?炎だけなの?属性診断とかないの?」
「属性診断?いえ、特にそう言ったものはないと思います」
ミツキさんがうわぁ……と呻きながら天を仰ぐ。
なんだか大層呆れているように見える。
「それでこの世界って炎の魔術が得意な人ばっかりになってるわけか」
「あの、ミツキさん?これってなんか間違ってるんですか?」
どの本を読んでもこれ以外の方法は書いてなかったとと思うんだけど。
「んー、正解率30%ってとこかにゃ~」
「30……ですか?」
「そ。間違ってはいないけど及第点はあげられないねぇ」
ミツキさんは物知り顔で頷いている。
なんでミツキさんはこんなに色々と知ってるんだろうか。
「……それで黒猫君、正しいやり方ってのは?」
「僕が教えると思う?」
「やっぱり!それくらい教えてくれてもいいじゃん!!」
再びとぼけるミツキさんにフランさんが言い寄っていく。
ミツキさんを抱いているイリアさんがとても迷惑そうだ。
「そうそうミティスは魔術が使いたかったの?」
「え?あのえーっと……はい」
なぜわかったのかわからないけどとぼけてもしょうがないので素直に答える。
「んじゃそんなミティスにはこれをあげよう」
そう言ってミツキさんがいつのまにか咥えていた小さな指輪を差し出してきた。
僕はミツキさんに近づいてその指輪を受け取る。
「大人だと小指につけてたと思うけどミティスなら人差し指とか中指辺りがちょうどいいのかな」
確かに僕の小指には大きすぎたので中指にはめてみた。
手のひらを返したりして眺めてみるが特に模様もないシンプルなものだった。
「ちょうどいいみたいだね」
「ありがとうございます。えーっとこれは?」
「魔術が使えるようになる指輪」
「ぶッ!!?」
ミツキさんの言葉にフランさんがちょうど飲んでいた水を吹き出した。
もちろんイリアさんも驚いているし僕だって驚いている。
「フラン汚い」
「げふッげふっ黒猫君自分が何を言っているのかわかってるの!!?」
「いやわかんないんだけど」
「魔術が使えるって言ったよね!?言ったよね!!?」
「言ったねぇ」
ミツキさんがあまりに平然と言うので再び皆が驚愕する。
「その意味がわかってるの!?」
「えー?魔術が使えるようになるだけだよ?」
「だからそれがおかしいんだって!なーにが魔術が使えるようになるだけだよ?なのさ!世界がひっくり返るよ!?」
「そりゃ危ない世界だね」
「いやいやいやいや」
フランさんが天を仰ぐ。
「正確には魔力を貯めておける指輪だけどね。ミティスの場合は魔力量が少ないから数日分を貯めることで魔術が使える量を確保する事ができるってことになるね」
「それにしたって……え?魔力を貯めるってなにそれ聞いたことないんだけど!?」
駆け寄ってきたフランさんと一緒に指輪を凝視する。
……見た目はやっぱり飾りっ気のないただの指輪だ。
「ミティスなら知ってると思うけど使う魔術によって必要な魔力量が違う。ミティスの場合は大体三日くらい貯めて通常の魔術一回分ってところだと思う。後は自分で試してみてね」
「は、はい!!」
なんだか混乱していてよくわからないけど、とにかく魔術が使えるようになるらしい!
憧れていてだけど絶対に無理だと思っていた魔術が使える!
胸が高鳴った。
「ねぇ黒猫君!私も何か欲しい!!」
興奮する僕をよそにフランさんがミツキさんにせがむ。
「フランはすぐに売っちゃいそうだからあげないー」
「う、確かにこんな指輪があれば貴族ならいくら払ってでも欲しがるよね!もしかしたら一生遊んで暮らせるかも!!」
「だからあげないって」
「ぶー黒猫君のけちー!」
興奮していた僕はその会話でふと一つの事実に思い至り慌てる。
「ああああのミツキさんよく考えたらこんな世界がひっくり返るようなもの貰えないですよ!!?」
ミツキさんはあまりに平然とくれると言ったがこんなものうちの全財産を払ったって買うことなどできないだろう。
それくらいに魔術は便利であり、また憧れる者は多い。
「ん?じゃあ貸すって形でもいいよ」
「あの!それでもやっぱり」
「ちなみにミティスがその指輪を持っている事はたぶん僕の思惑の役に立つんだよ」
「……え?ミツキさんの思惑に、ですか?」
ミツキさんが一度にゅふふと笑う。
「さっきも言ったけど僕だって色々企んでるからね。だから僕にとってミティスがその指輪を持っている事は損にはならないんだよ」
「あ、また黒猫君が悪いこと考えてる」
「にゃはは」
「今度は否定しないんだね」
「僕は悪巧み猫だからねー」
僕は考える。
こんな貴重な物、本当なら返すべきだと思う。
だけど魔術が使えるという誘惑はそれを押し返すほどに大きい。
悩んだ末にミツキさんに告げる。
「すみませんミツキさん、それならしばらくお借りします」
「ん、りょうかいー」
満足げににこにこ笑うミツキさんを見てから自分の中指を見る。
この指輪はきっと僕の人生を変えてくれる。
見た目はただの素っ気ない指輪なのに、なぜか今僕はそう思ったのだった。