間話 キノコ狩りと鹿
「いやぁ毒キノコがあんなにおいしいとは思わなかったよ!」
「食べる前はあんなにいやがってたのにねぇ」
「いやいやいや普通毒キノコを食べようとか思わないでしょ!?」
フランが大仰に言ってくる。
目の前には空になった鍋と鉄板が置かれている通り皆が結構な量のキノコを食べ今日採った分を完食していた。
「ミティスが作ったキノコ汁もおいしかったね」
「ありがとうございます」
にこりと返すミティスは事前に予想した通りやはり料理もうまかった。
本当にミティスは貴族の子供なのだろうかと疑問に思ってしまう。
今日のレパートリーはシンプルに焼きキノコとキノコ汁。
キノコ汁は塩味っぽいものだったが思ったよりも香辛料が効いていておいしかった。
対する焼きキノコは裂いて焼くだけというシンプルな物だ。
ミティス曰く今日食べたキノコの7割は毒キノコだったっていうんだから普通の人だったらあれだけの採取量じゃ足りなかった訳だ。
やっぱり毒キノコを食べて正解だったということだ。えへん。
「……ただあの虹色キノコはねぇ」
「うぅ、きっとおいしいと思ったんですけど」
例の虹色キノコを食べる事ができなかった為イリアがしょげていた。
一応釈明しておくと別に僕が意地悪した訳ではない。
虹色キノコも他のキノコと同じように毒を消そうとしたのだが、なぜだか虹色キノコの場合はキノコそのものが消滅してしまったのだ。
僕も色々な毒を消してきたが物体そのものが消えたのは初めての経験であり驚いてしまった。
「あくまで推測だけどあの虹色キノコは存在そのものが毒の固まりだったってことなんじゃないかと思うんだよね」
「そ、それはすごいですね」
冷や汗を流すこのミティスだがこのミティスですら見たことがないキノコだったというのだからきっとレアなキノコなのだと思う。
とは言いつつ以前道中でも見つけた事もあるなと思い直し、そしてどうでもいいかと思考を切り替える。
「なににせよ虹色キノコ以外はおいしかったんだしいいじゃない」
「うーでもやっぱり残念です」
そういうイリアは最近食に執着するようになったなと思う。
もともと食には無関心だったことを考えるといい傾向だ。
まぁ今回みたいにあまり執着しすぎるのもどうかとは思うけど。
「いやぁでも話を戻すようだけど黒猫君はホントに万能だね。まさか毒まで消せるとは思わなかったよ」
「僕からすればみんなができないことの方が驚きなんだけどね」
毒攻撃をする敵が出たらどうするつもりだろうか。
なんて考えつつ、でも毒消しが定番だったのはゲームの中だけなんだけどねと一人苦笑する。
そしてそんな僕を尻目にフランがぼそっとつぶやいた。
「毒なし毒キノコを販売できれば大もうけできそうだなぁ」
僕はその言葉を聞き少しだけ考えてみる。
確かになかなか面白い着眼点だと思った。
「じゃあやってみればいいんじゃない?」
「むー毒キノコの毒を消す魔術なんてどうやればいいか想像がつかないんだよ」
聞いてみると魔術は感覚がほとんどの要素を占めているため想像できないことは発現出来ないんだそうだ。
僕はやろうと思ったらできたというタイプなので残念ながらそういう感覚はよくわからない。
「それは残念だね。でも毒が消せることがわかればそのうち誰か研究してチャレンジするでしょ」
「そりゃそうかもしれないけど……なんか他の人が儲けるのはいやだし!」
いやだって言われてもねぇ。
「それならここの五人が黙っていればしばらくは大丈夫じゃないの?」
「む、確かにそうか。じゃあみんなこのことは他言無用ね!」
フランが頼むよと周りに手を合わせてお願いして回る。
一生懸命だなぁ。
「商売っ気を出してるフランはともかく、食べるものも食べたしそろそろ帰ろうか」
空を見上げればなんだかんだで日が落ち始めていたのでそう切り出した。
立ち上がり後片付けの指示を出そうとする僕に、ふとラークが声をかけてきたので振り返る。
「ミツキ様ー、向こうに獣がいるみたいなんだけど狩ってきてもいい?」
ラークが指さしたので見てみるがそこは茂みで遮られており目視はできなかった。
「種類は?」
「わかんないけどおっきい」
大きいと言われても僕に想像できるのはイノシシ程度のものだけだ。
「まあいいか。わかった、気をつけてね」
「うん!」
元気に返事をするとラークは勢いよくその茂みの向こうに消えていった。
「ラークちゃんすごいね。私は気配も感じなかったよ」
「実は僕も」
二人で感心する。
僕の場合は探査の魔術を使えばわかるのだろうが面倒だから常用はしていない。
するとフランが声のトーンを落として聞いてきた。
「ラークちゃんっていつもバンダナしてるけどもしかして獣人さん?」
なぜ声を小さくするのかはわからないがその様子を見るに獣人というのはあまりおおっぴらにしない方がいいんだろうか。
内心疑問に思いつつ答える。
「いや、何度かバンダナをとった時に見たけど耳はなかったよ。イリアも獣耳とかみてないよね?」
「ラークさんは耳は普通ですししっぽもありませんよ?」
お風呂でも見たからそれは間違いはないだろう。
「んー見た目だけならなんとでも……まいっか。ラークちゃんはラークちゃんだもんね」
なにやら意味深な事を言いかけたが結局思い直したのかフランが笑ってごまかした。
気にならないでもないが獣人だからどうだという事もないので僕も頓着しない。
だがイリアだけは違ったらしい。
「ラークさんが獣人の可能性があるんですか?」
イリアが神妙な顔つきでフランに聞く。
僕もつられてフランを見あげるとそのフランは失敗したという顔で僕をみてから口を開いた。
「可能性としては、かな。見た目をごまかす魔術や魔導具っていうのが存在してるからね」
「……そう、なんですか」
イリアが少し考えるようにうつむく。
何か引っかかることがあるのだろうか。
僕はイリアに声を掛けようとして、
「みんなー逃げて逃げてッ!!」
突然ラークが茂みから飛び出しこちらに走りながら叫ぶ。
何事かと視線をむけるとラークを追う様に鹿の様な動物が茂みから飛び出してきた。
ただしそのサイズは僕の知っている鹿よりも二回りは大きい。
「ラークちゃんなにやってんの!?」
「あはは、失敗しちゃった!」
「失敗しちゃったじゃないでしょ!?」
フランが急ぎ槍を構えイリアも剣を抜く。
「イリアは魔術は使わずにラークと一緒に前衛!」
「はい!」
僕の指示を聞きイリアとラークが武器を構え迫ってくる鹿に向き直る。
イリアに魔術を使わせない理由は簡単だ。
林の中で炎の魔術が得意なドジッ子イリア。
もはや答えは出たようなものである。
「フランは……」
どうするか。
一瞬悩む。
槍を構えたままのフランと目があった。
「フランは下がって僕の近くで待機!」
「ッ!……わかった」
フランが悔しさと少しだけ安堵の入り交じった顔を向けた後素直に僕のところまで下がってくる。
「ミティスはえーっと、僕を抱えて高いところに移動!」
「は、はい!」
咄嗟の事に立ちつくしていたミティスにも指示を出すとミティスは慌てて僕を抱き上げた。
そして警戒しつつ少し離れた岩まで移動しその岩の上に登る。
幸い鹿はイリア達に気を取られておりこちらに向かってくる様子はなかった。
「ミティスも強くなりたいなら全体の動きをよく見ておくといいよ」
「はい!」
岩の上に登り終えたミティスにそう声をかけ、そして僕もイリアとラークの様子をうかがう。
正直このパーティの中ではフランが飛び抜けて戦闘がうまい。
だがそのフランは戦いから抜けて今は僕の横にいる。
「んー少し実力不足かな……」
僕らが見守る中、ぱっと見でもわかるくらいイリア達は苦戦していた。
原因を一言で言ってしまえば攻撃力不足である。
「イリア!闇雲に斬りつけても刃が通らないからね!」
一応助言のつもりで声をかけた。
あのサイズの獣は骨の太さも相当でありそれを避ける様に斬りつける技術が必要となる。
相手は普通の獣であり今のところ魔獣のような理不尽な強さは見受けられない。
だがそれでも体格や力の差は明らかだった。
ラークが急所を狙おうとがんばっているが相手が大きい事もありうまくいっていない。
そして鹿の方はそんなラークに気を取られているのでイリアの方には何度か攻撃チャンスがあったのだが、
「痛ッ!」
斬りかかったイリアが逆に声を上げる。
おそらく剣がどこかの骨にでも当たりその衝撃が持ち手に返ったのだろう。
残念ながら僕の助言は生かされなかったようで手を押さえながらイリアがいったん距離を取った。
「うわっッ!?」
イリアが離れたところでラークが鹿の突進を避けきれずにはね飛ばされ茂みの向こうに消えていった。
いかに身体能力の高いラークとはいえさすがにあの巨体の力を押さえ込む事は出来なかったらしい。
見たところ力を受け流す為に派手に飛んだだけのようなので大きな怪我はしていないだろう。
ただこうなると残されたイリアの方が……
「うぅーッ!!」
自分よりも遙かに大きい鹿の威圧を真っ正面からうけ、それでもイリアは歯を食いしばり鹿を睨み付けていた。
ただし完全に腰が引けておりとても戦える状態ではない。
鹿の方もイリアは脅威ではないと判断したのかとりあえず様子を見ているようだ。
「今はまだこんなところかな」
おおよそ想定通りの結果だった。
このまま放っておくとイリアもラークのように鹿の突進を受けて飛ばされる事になると思われる。
そうするとイリアの場合はラークのように無傷とはいかないはずだ。
あれはラークの身体能力があってこそだ。
しょうがないと一度首を振ると僕はその鹿に意識を集中する。
野生の獣は正直だからほんのちょっとだけ殺気を込めてやるだけでいい。
鹿はちらりと僕の方に視線を送ったかと思うと身を翻しあっという間に茂みを飛び越え元来た道を帰っていってしまった。
その姿を見届けてから茂みの向こうのラークに声をかけてみる。
「ラーク生きてるー?」
「うー、失敗しちゃった」
がさがさと茂みをかき分けてラークが戻ってきた。
擦り傷などはあるだろうが予想通り大きな怪我はしていないようだ。
ただ顔はとても不満そうだった。
「あの鹿に何したの?」
「鹿の子供がいたからかわいいって思って近づいたらいきなり追いかけられたんだ」
どうやら子育て中だったらしい。
「子育て中の獣は気が立ってるから注意しないと」
「うん、気をつける」
ラークが落ち込みつつ素直に反省した。
次にイリアに視線を送る。
イリアは鹿が去り気が抜けたのか地面にぺたんと座っていた。
「大型の獣はどうだった?」
「うぅ……」
その顔はとても悔しそうだった。
魔獣ではなくても強い獣はたくさんいる。
最近気づいたのはイリアがとても負けず嫌いだという事だ。
今回も相当に悔しかった事だろう。
「目的を果たしたいならもっと強くならないとだめだね」
僕のその言葉の意図に気づいたからかイリアの表情は悔しさにくわえ別の感情が交ざった。
それを見届けてから僕はさらにフランに視線を移す。
「いやぁ最初はフラン一人に戦って貰おうかななんて思ったんだけどねぇ」
「えー、それどういう意味?」
笑いながら聞き返してくるフラン。
いつも通りの他愛のないやりとりだがさっきの様子を見る限りフランはたぶんまだ戦えないだろう。
「いやぁフランにはリハビリして貰うのもいいかなぁって思って」
「それは私が喰っちゃねしてて太ったって言いたいの!?」
「え!?いやいやいやいきなりなんでそうなるし!?」
いきなり会話の流れが変わったことに狼狽する僕を睨み付けた後すぐにフランがにひひと笑う。
本人も自分が戦えないことは理解しているのだろう。
こちらも内心相当に悔しいはずだ。
ただフランは感情の制御がうまいので本心が本当にわかりづらい。
「むしろ黒猫君が戦えばすぐに終わると思うんだけどなぁ」
「僕はナマケモノの黒猫ですからにゃ~」
二人で笑いあう。
ふと、フランが笑いながら意味ありげな視線を向けてきた。
その目は結局手を出したくせによく言うと告げていた。
よく気付くなぁと思いながらもそれ以上は触れない事にする。
最後にミティス。
「少しは参考になることはあった?」
「はい!すごかったです!!」
大人なようでまだまだ子供なミティスが目を輝かせて答えてきた。
なんだかとってもほほえましい。
「さてそれじゃ暗くなる前に帰ろう」
そうして僕たちは無事に山を下りたのだった。