間話 キノコ狩りと毒消し
今日は空は雲一つ無い快晴である。
そんな中僕らは今丘を登っていた。
「こんな日は木陰で昼寝したいにゃ~」
「だめです」
僕の言葉は無惨にもイリアに一蹴された。
最近厳しいイリア。
「別に僕がいなくてもいいと思うんだけど」
「一日中寝ていたら体に悪いです。そもそもミツキ様が言い出したんじゃないですか」
まるで子供をしかるように言われてしまった。
猫が寝るのは本分です!
「僕はキノコ汁が食べたいなぁって言っただけで取りに行く事になるとは思わなかったし」
怠け者の僕は何とかイリアを説得できないかと試みる。
だがあっさりとイリアに反論されてしまった。
「キノコは街で買うと高いんです。幸いミティスさんもフランさんもキノコに詳しいって言ってますし」
どうも最近自分で働いてお金を稼ぐようになった為かお金の大切さに目覚めたようだ。
いい事なんだけどこうなってくるとありがたくない。
イリアはそうですよねと言いながらミティスとフランの二人に視線を向ける。
「冒険者稼業なんかやってるとそういう知識も必要だからね」
「僕は図鑑でしか見た事がないのであまりアテにしないでもらえるとありがたいです」
フランは元気に、ミティスは少し申し訳なさそうに答えた。
「む、じゃあキノコを採りに行くのはいいとしよう。だれか料理できるの?」
僕は一番重要な事を聞く。
既に初期メンバー三人は料理が出来ない事が判明しているのだから残りの二人が料理を出来なければこの話はなしだ。
「少しくらいなら出来るよ」
僕の期待(?)に反してフランがなんだか楽しそうに答えた。
「むー。フランって何でも出来るね」
「まぁ黒猫君ほどじゃないけどそこそこはねー」
なんでも冒険者は何が必要になるかわからないので色々と覚える様にしているらしい。
それはそれで頼もしいけどね。
次いでミティスも恥ずかしそうに答えてくる。
「えーっと、僕も少しなら出来ます」
「そうなの?なんかミティスも料理なんてしなくてよさそうな家柄だけど」
「僕は割と家にいる事が多くて。だからたまに厨房に入れて貰ってたんです」
控えめににこりと笑うミティス。
少しなら出来ると言っているがミティスが言うとなんだか期待できそうな気がするのは普段の行いのおかげか。
二人とも料理が出来るということで少しだけ気持ちが前向きになった。
食欲が満たされるなら睡眠欲には目をつぶろうではないか。
「じゃあ面倒だけど美味しいご飯を食べるためって事でちょっとだけがんばろうかな」
とイリアの腕の中で僕が言ってみる。
今更だが僕は今日も抱かれて移動している。
おまえががんばるとか言うなって話だ。うん知ってる。
内心そんなやりとりをする僕に遠くから声がかかった。
「はーやーくーおいでよー!」
ラークの声だ。
相変わらず一人だけさっさと丘を登っておりその姿はだいぶ先に見える。
「ラークちゃんは相変わらず元気だねぇ」
フランが若干の呆れを含みつつ言ってきた。
「フランも元気だけどラークの元気度には勝てなそうだね」
「あはは、お姉さんはあんまり出しゃばらずに遠くから見守ってる事にするさー」
フランがそれはそうと、と後ろを振り返る。
「ミティス君は大丈夫かい?」
「え…?あ、はい」
「ミティスさん、辛かったら言って下さいね」
フランに続きイリアも心配そうに声を掛ける。
割とゆっくり歩いてきたつもりだったがそれでもミティスは疲れが顔に出ていた。
「すいません、山登りというのはした事がないもので」
申し訳なさそうに謝るミティスの言葉に僕とフランが山?と声を上げつつ一度辺りを見回した。
今いるここは山というほどには勾配は急ではないし標高だって全然高くは無い。
「あー、これはまだ丘って言うと思うんだ。山はもっと大変だよ?」
少し言いにくそうなフランの言葉にミティスが驚く。
「え!?これよりもっと大変なんですか!?」
僕とフランが再び顔を見合わせる。
見上げればイリアもミティスと同じようにその言葉に驚いていた。
どうやら貴族という人種は総じてあまり歩かないものらしい。
「……今後を考えると二人とももうちょっと体力を付けた方がいいかもね」
僕の意見にフランはうんうんと頷きイリアとミティスはそれぞれにがんばりますと答えてきた。
「まぁとりあえず今日の所はがんばって上まで行こうか……ってちょっと待ってなんで僕が仕切ってるのさ?」
帰りたかったはずなのにおかしいなと首をかしげる僕を見て、フランが声を殺しながら笑っていたのだった。
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「これは?」
「だめ」
「こっちのは?」
「それなら大丈夫です」
「あ、これ虹色で美味しそうです」
「それは絶対だめなやつ!!」
丘を登りきり休憩した後、前もって聞いておいたキノコがよく採れるという林に入った。
主に僕とイリアとラークがキノコを見つけてはフランとミティスが鑑定するという流れで進む。
始めてみるとこれが結構楽しかった。
あっという間にどんどんと籠がキノコで埋まっていく。
「だいぶ採れたと思うけどどう?」
「ん、今日食べる分には十分すぎるほどだね」
気付けば一抱えほどもキノコが採れていた。
僕とラークが競いながらキノコを見つけた成果だ。
「だけど不思議だね」
フランのその言葉に全員が一斉にイリアの方を向く。
「うぅ、なぜなんでしょうか」
もはや泣きそうなイリアのその足下に積まれたキノコは全てイリアが採ってきた物なのだが。
「これだけ集めて全部毒キノコとはね」
「イリアすごいねー」
ラークの本音と思われる賞賛にイリアが更にへこむ。
イリアはどうやら毒キノコを見つける特殊能力をもっていたらしい。
もし本当にそんな特殊能力があったとしても僕はそんなのいらないけどね。
とはいえせっかく取ったキノコがこれだけあるともったいないとも感じてしまう。
毒キノコ達を見ながら僕はつぶやく。
「んー、総じて毒があるものは美味しいというのが相場なんだよねぇ」
「確かに笑い茸は美味しいとは聞くけど……黒猫君まさかッ!?」
フランが驚きの声をあげそれを聞いた皆の視線が一斉に僕に向く。
僕は決意して声を上げる。
「僕はこれを食べようと思う!!」
どどーん!という効果音が鳴り響き…そうな勢いをつけて宣言してみた。
「……あーえっと、やめといた方がいいと思うけど」
フランが空気を読まずにあきれ顔で忠告してきた。
全く盛り上がらなくてとても残念である。
「いやだって毒キノコとはいえ美味しそうじゃない?」
「ッ!わかります!この虹色のキノコなんて特に!!」
フランへの説明になぜかイリアが思い切り同意してきた。
あまりに勢いがよすぎて僕は少しだけ身を引いてしまう。
いくら僕でもさすがに虹色はやばいと思うんだよ。
「いやまぁ虹色が美味しそうかどうかはおいておいて、他のはちょっと食べてみたいんだよね」
色々なキノコがあるが見た目は松茸っぽいものとかしめじっぽい物とか色々ある。
店に並んでいれば普通に買っていってしまう様な姿形だ。
「だけどミツキさん、これとかこれなんかは下手をすれば死んでしまいますよ」
ミティスがいくつかのキノコを指さして教えてくれた。
松茸もどきもその一つらしい。
形は松茸なのにそんなに強い毒なのか。
「でも美味しそうだし」
「ボクもそう思うー」
傍観していたラークまでもがにこにこと同意してきた。
そしてその事によりフランとミティスがどう説得したものかと困った顔になってしまう。
「まさか黒猫君達がこんなに冒険心にあふれているとは……」
そう言えば勢力図がいつの間にか新メンバーと旧メンバーだ。
心機一転のキノコ狩りのはずがさっそくパーティ解散の危機かもしれない。
「むーそんなに食べたくないものなのかなぁ」
「だって毒キノコだよ!?死んじゃうかもしれないよ!?黒猫君が死んだら私も死んじゃうし!!」
フランが少し必死になってきた。
っていうか理由はやっぱりそこだった。
「いやいや死なないから大丈夫」
「断言された!?え?なに?黒猫君は毒が効かないとかそんなオチ!?」
「毒はどうだろ。死ぬかも」
「ほら死ぬでしょ!?やめた方がいいって!!」
「えー。だって毒を消しちゃえばただのキノコだし」
「そりゃ毒を消せば確かにただのキノコだけど!!……って、え?毒を消す??」
勢いよく反対していたフランがなぜかそこで固まった。
「ん?どうしたの?なんかまずい事言っちゃった?」
「……ちょ!ちょーっと待ってね黒猫君ッ!!」
何か不都合でもあるのだろうか。
フランが一度深呼吸し再び声を荒げる。
「毒なんて消せるの!!?」
「え?消せないの?」
僕の当然でしょという雰囲気にフランとミティスが大きく目を見開いて僕を見てきた。
そしてそれを見てようやく僕は理解した。
「もしかしてこっちじゃ毒って消せないものなの?」
「こっちってどっちさ!?よくわからないけど毒キノコの毒を消すなんて聞いた事無いんだけど!?」
「ぼ、僕も聞いた事ないです!!」
フランとミティスが興奮したまま言い寄ってくる。
思わぬところで新事実が発覚した。
「そうかーまさか毒消しまでなかったとは。毒消しは結構便利だと思うんだけど誰も研究しなかったんだろうか」
「いやいやそんなこと私はわからないけど」
「変なのー」
「変なのは黒猫君だから!!」
首をかしげる僕と呆れるフラン。
ミティスは目を輝かせてすごいすごいとはしゃいでいる。
「んじゃまそんな訳で僕は毒キノコの毒を消して食べてみようと思うわけだ」
「最初からそう言ってくれればいいのに……。でもそれって安全なの?」
「死にそうになったら生き返らせてあげるよ」
「やっぱり危ないんじゃん!?」
「冗談だよ。ちゃんと僕が毒味もするし。もしそれで大丈夫だったら食べてみる?」
二人を誘ってみる。
ちなみに流れ的にイリアとラークは喜んで食べるだろうからわざわざ聞くことはしない。
「う……怖いけど興味はあるよね」
「僕もちょっと食べてみたいです」
恐る恐る頷く二人。
好奇心はあるらしい。
「わかった。それじゃイリアは毒味をお願いね」
「わ、私ですか!?」
突然僕に振られたイリアが慌てる。
「冗談だよ。そもそも失敗なんてしないし僕も最初から食べるつもりだしね」
胸をなで下ろすイリアをみて皆が笑いあう。
一通りやりとりが終わったようなので早速調理をするべく火を起こし始めるのだった。