2-15 エピローグ
「いやぁ生きてるって素晴らしいね!」
ベッドの上でフランがそんなことをいいながら食事をしていた。
「……あのさぁ、ついこの間死にかけてた人が肉とか食べないと思うんだけど?」
「それについては何度感謝してもしたりないよ!うん!」
フランはそう言いつつも聞く気が無いようでどんどんと食べ物を口に入れていく。
その食欲にイリアは呆れラークは相変わらずにこにこしながらやりとりを見ている。
そしてもう一人、ミティスは苦笑いをしながら僕らを傍観していた。
あれから三日が経過した。
僕の城での直談判が功を奏した、のかはわからないが今のところは兵士達のちょっかいもなく平穏に過ぎている。
街中もおおむね平和だ。
魔獣が現れた事については、どうやら討伐隊が魔獣を追い詰める際に逃げ出したものでありそして無事に討伐されたという噂になっていた。
本当は彼らが持ち込んだなんていう情報はどこからも聞こえてこない。
なんだか釈然としない話だった。
そしてフランは出場者を守った英雄として人々の話題の的だった。
確かにイリアや他の出場者を庇い魔獣に向かっていく姿は多くの人たちが目撃していたし実際そうなのだからこれに異論はない。
当の本人は見ての通り未だベッドで療養中だがまぁ今の様子を見る限りもうすぐ復活するだろう。
最後に、どうしても触れなければいけないのはミティスだ。
なぜミティスがここにいるのかだがこれはちょっと説明が難しい。
結論から言うとミティスが自分でついてきたとしか言いようがないからだ。
あの日僕は城を襲撃した後その足でグウラという大臣の家に飛んだ。
僕がなんで大臣の家や息子がいる事まで知っていたかと言えば、その息子というのがミティスだったからである。
だから僕は一度屋敷の中まで入っていたしグウラの事も知っていた。
まさか街で助けた相手を自分で誘拐することになるとは夢にも思わなかった。
運命というのは面白いものである。
……なんて言ってはいるが実は当初誘拐するつもりは全くなかった。
せいぜいミティスを半日ほど外に連れ出してグウラを反省させようと思っていたくらいのものだ。
だってねぇ、ミティスを送り届けた時にあんな親子の抱擁まで見てしまっていたし。
なのに猫の姿のままミティスに会いに行った時、なぜだか猫の僕と人間の僕の中身が同じであるとミティスに見破られてしまった。
そして僕が困惑から脱しないうちにあれよあれよと今回の事件の事を白状させられ、しかもいつの間にかミティスは僕についてくる事になっていたのだ。
ミティス曰く、
「それは父が悪いのだから反省させなければダメです!」
だそうだ。
ミティスはホントに子供なのだろうか……。
その後ミティスはさらさらと置き手紙を書くとそのまま僕にくっついてヒューザの街までやってきてしまったのだった。
ちなみに移動は転移魔術を使ったのだがミティスには転移魔術の事は内緒にしてもらうようにお願いしてある。
よくよく考えるとミティス相手に秘密を作ったのは間違いだったのではと思う今日この頃である。
これで僕が悪い事をしたら秘密をばらされてしまう訳だ。
こわいこわい。
以上回想終わり。
「はいはいそれじゃイリア達はまた情報収集とお金稼ぎね。あと今日はせっかくだからミティスもイリア達についていって色々見てくるといいよ」
ミティスは貴族だからという理由で昨日までは外出は散歩程度に止めて主に留守番をさせていた。
だけどそろそろ慣れてきただろうし現場を見るのもいいと思う。
それに部屋の中にずっといると退屈だしね。
あーだこーだとそれぞれに返事をしてイリア達は部屋を出て行った。
イリアもラークもミティスの事が気に入ったのかしっかりと世話をしていたので問題になる事は無いと思う。
ただ中身はミティスの方がしっかりしている気がするのでそこは年長者の威厳が保てる事を祈るしかない。
「それじゃフラン、経過をみるから傷口出して」
「にひひ、エロ猫~」
「……治してあげないよ?」
「う、謝ります黒猫様許してくださいませ」
おちゃらけた口調で冗談を言いながら上着を脱ぐと包帯でぐるぐる巻きにされた上半身が現れた。
次いでその包帯を外すとほどよい小麦色の肌が現れる。
イリアやラークと比べるまでもなくふくよかな体つきだが今見るのはそこではない。
まずは一番傷が深かった脇腹を確認する。
そこは周りと同じ小麦色ではなくそれより少し黒ずんだ色をしている。
「外見は大丈夫そうだね。痛かったり違和感はない?」
「全然なんにも。つねればちゃんと感触もあるしね」
その黒ずんだ部分を自分でむにむに掴んでみせる。
「にしてもこの部分がごっそり無かったっていうんだから私よく生きてたよね」
「そりゃ猫魔術師に不可能はありませんから」
「ホントその言葉って万能でずるいよね。実際黒猫君は万能だし」
感心しているのか馬鹿にされているのか分からない会話だが常識というものを考えれば確かに馬鹿馬鹿しい話であろうことは間違いない。
「この腕だってオオカミに食べられるところを実際に見てるのにさ。今こうやってあるんだもんね」
自分の手をにぎにぎして感触を確かめていた。
「この前も言ったけどその黒ずんだ部分は僕の魔力で補っている部分だから気をつけてね」
「黒猫君が死ぬと私も死ぬってやつでしょ?大丈夫。まさに一心同体だね」
にひひと笑うフラン。
よくわからないけどたぶん言いたいのは一蓮托生の方だと思う。
言葉の選び方は相変わらずのようだ。
「いやぁでも私ってば愛されてるからね~。こうやって喰っちゃ寝してても養ってくれるし、いい旦那だよホント」
「死にかけてたのを喰っちゃ寝って言っちゃうのはどうかと思うよ?あと一応僕は旦那じゃなくてマスターなんだけど」
「いいよどっちでも。私の未来はバラ色だし!」
今更だがあの時フランにも制約魔術をかけている。
こちらの世界では制約魔術をかけると奴隷になると言う意味になるはずだが、にもかかわらずなんでこんなに楽観的かと言えば。
「私の幸せってなんだろ?お金かな~お金だろうな~」
そうなのだ。
あの時急いでいたせいで制約魔術の中身をいじらずに使用したのだが前回ラークに使った時の設定をそのまま使ってしまっていたのだ。
つまりあの一文が入っていた。
「私が奴隷になる対価は私が幸せになること、かぁ。黒猫君って意外とロマンティストだよね」
「ぐっ、あれは焦っていて間違えたというか」
「まさか約束を破ったりしないよね?」
にやにやしながら言われる。
「うがーッ!あんまり恥ずかしいことばっか言うと契約破棄するよ!!」
「あーんごめんなさい~」
「絶対反省してないでしょ!?」
「そんなことないってー」
にひひと笑うフランを見ると本当に先日死にかけたのかと疑いたくなる。
そうなんだ、死にかけたんだよ。
「……フランはさ」
「ん?」
いきなり静かに話し始めた僕をフランが不思議そうに見てくる。
「魔獣を倒したのは誰かって聞いた?」
「聞いたよ?」
あっけらかんと言い放つフラン。
「いや、表向きじゃなくて本当のところというか」
「……知ってるよ。黒猫君でしょ?」
フランはそのやりとりだけで僕が何を言いたいのか察したようで今までと打って変わり真剣な顔つきで答えてきた。
やはりフランは優秀だ。
そしてだからこそなおさらに僕の心は重い。
「そう、僕が倒したんだ。つまりはそう言う事なんだ」
倒せる力があって、そしてフランが死ぬと分かっていて僕は競技場を後にした。
つまりは一度フランを見捨てていた。
結果的に助けたからどうのではない。
そもそもフランが死にかける必要は無かったのだ。
「結局は僕の自作自演だったんだよ」
見捨てておいて、そしてそれを後から助けて偉そうにする今の自分。
対して死にかけたあげく奴隷にされ僕の魔術の補助がなければ生きていけない身体になったフラン。
「関わるか関わらないか、それを決めたら最初から最後まで通さなきゃいけないってわかってたんだ。なのに僕は優柔不断すぎて結局フランを辛い目に遭わせた」
僕の様子をフランはただ静かに見つめている。
僕はそんなフランに謝る。
「フラン、ごめんなさい」
その謝罪に返答はない。
しばしの静寂が流れた後フランが静かな声で問いかけてきた。
「黒猫君は何に対して謝っているの?」
その言葉に感情は見えない。
「この前起きた事も、そしてこれから起きる事も全部僕の優柔不断な性格が招いた事なんだ。だから僕はそれをフランに謝らなきゃいけない。僕が迷わなければ少なくともこの前の事かこれからの事か、どちらかの辛い出来事をフランは知らずに済んだんだから」
僕の答えにだがフランは変わらずなんの感情も表には出さなかった。
そして代わりに質問が返ってきた。
「黒猫君が言う関わるっていう言葉の意味は、助けるなら助けろ、見捨てるなら見捨てろって事でいいのかな?」
そのストレートな言葉に僕は怯み、だが小さく頷く。
「じゃあ教えて。もし私に関わらないと決めていたとしたら私はどうなっていたの?」
「それは……」
当然そこで終わりだ。
「黒猫君は将来苦しむくらいなら死んだ方が楽だとか思ってる?」
「う……」
いままでの話の流れを考えれば確かにそういう事になる。
「私から見れば本来そこで終わるはずだった人生がまだ続いてるんだよ?これって幸せな事なんじゃないのかな」
ふと、ラークの言葉と重なる。
ボクを生かしてくれるなら……
あの時ラークはそう言った。
生きているという意味を確かに僕は軽く考えていた事に気づいた。
「最初から助けてくれるならそりゃ苦しい思いはしないに越した事はないけど、それはただの最善であってぎりぎりで助けられたとしてもそれは決してマイナスじゃないでしょ」
フランがいつもの調子に戻っていた。
「分かる?黒猫君は最善だけがいい事だと思ってるみたいだけど私からすれば助けて貰っただけで感謝なんだよ。それなのに逆に謝られちゃったら私はどうしたらいいのさ」
完全なあきれ顔だ。
「それは……そうかもしれないけど。だけど別にフランが奴隷になる必要だって無かったしそれに、あたッ!?」
フランに頭をぺしと叩かれた。
「黒猫君は万能なのに馬鹿なの?」
「ばッ!?」
突然の馬鹿呼ばわりに困惑する僕。
「結果はともかく、助けるかどうか悩むだけの何かがあったんでしょ?その上でそれを乗り越えてまで助けてくれたならそれは黒猫君にとっての最善だったんじゃないの?」
悩む何か、それは確かにあった。
「世の中に最善を尽くさない奴なんていくらでもいるんだから。最善を尽くした黒猫君は胸を張るべきだと思うよ」
「……」
悩む何かといっても未来で受ける苦しみを恐れただけだ。
それを乗り越えたからといってそれは果たして最善と言えるのだろうか。
「てぃッ!!」
「んなッ!?」
再び頭を叩かれた。
「黒猫君は悩みすぎ!いいじゃんもう諦めてさ!これから私に貢いで幸せにしてよ!」
「貢ッ!?いやいやいやそれとこれとは別問題でしょ!?」
「なにさ過去をうだうだ悩むくせに私との約束は破るっての!?」
「だからそれはそもそもフランが奴隷にならなくても済んだって言う……」
「てぃッ!」
「うぁ!?」
また叩かれた。
と思ったらフランが泣き真似を始めた。
「要するに黒猫君は私に貢ぐのが嫌だって言ってるんだね?ひどい……」
「何でそうなったし!?」
「じゃあこれからも末永くよろしくね?」
一転して笑いかけてくるフラン。
その笑顔はずるいと思う。
「ぐ……わかったよ」
結論は出ていないのになんだか言い負かされた気がする。
だけど同時に、僕の中の思いが少し軽くなった事にも気づいていた。
フランには感謝しなければいけないようだ。
「ま、ホントに私のことが嫌になったら捨てればいいよ。それまではよろしくね、ダーリン?」
「ダーリン!?」
前言訂正、感謝はするけれどなんだか先行きはとても不安だ。
ただ同時に頼もしくも思わせるところはやっぱりフランが優秀なんだと思う。
「なんだか変な話をしてしまってごめん」
「あ、また謝った」
「う……これは意味が違うでしょ」
またにひひと笑うフラン。
その笑顔を見ながら僕はフランを助けた事に間違いはなかったと再確認したのだった。