2-11 コンテスト(中)
そこからしばらくは第二試合が続いた。
なにしろ依頼品によってはやたらと時間がかかったのだ。
特に豹と大蛇の戦いはコンテスト史上においても歴史に残るものだっただろう。
だが結局30分以上かかったこの戦いの結果は達成2組リタイヤ4組名誉の戦死1組という散々なものであった。
「そもそもペットの方が食べられてしまうような依頼品を設定するコンテストってどうなのさ……」
豹が闘っていた大蛇とは別に、ペットとして参加していたネズミ君の箱にも蛇が入っていた。
もちろん相応の小柄の蛇だったのだが蛇の捕食を舐めてはいけない。
あっと思う間もなくネズミ君が丸呑みにされてしまったのは完全に主催者側の選択ミスだろう。
そしてそのアクシデントのせいかわからないが今は30分間の休憩となっていた。
「まぁ僕は少しすっきりしたからいいけどね」
「私は恥ずかしかったです……」
ウナギが直撃した時の大歓声はたぶん今回の大会で一番の盛り上がりだったと思う。
どんな仕事もやるからにはいい仕事をしないといけないよね、うん。
「にしても、未だになんでこのコンテストがこれほど盛り上がるのかがよくわかんないんだよねぇ」
そう言って首をかしげる僕とイリア。
と、そんな質問に返答が返ってきた。
「それはこの街に娯楽がないかららしいよ」
僕の後ろからかかったその声に振り返ればそこに立っていたのは司会のフランという女性だった。
どうやら司会者席から降りてきていたらしく僕らのやりとりを聞き声を掛けてきたようだ。
「二人ともお疲れ。いやぁあなたたちのおかげで盛り上がってありがたいよ。感謝感謝」
にひひと笑うフラン。
たったそれだけのやりとりだが、なんとなく裏表のなさそうなそれでいて人生を器用に立ち回りそうな印象を受けた。
第一印象を一言で例えるなら小ずるいお姉さんといったところか。
「フランさんもお疲れ様です」
イリアが挨拶を返すがその感じは初めて会話をしたという様子ではない。
「イリア知り合いだったの?」
「あ、仕事斡旋所でお世話になったんです」
話を聞くと初めて仕事斡旋所に行った時にフランから色々と教えて貰ったらしい。
「二人に討伐依頼はちょーっと不安だったけど何とかなったみたいでなによりだね」
あははと笑うフランは面倒見もいいようだ。
「っと、さっきの話なんだけど実は私も司会の依頼を受けるときに同じような事を聞いたんだよね。私たち冒険者は結構あちこちで楽しいことを知ってるけど農民なんかはへたすりゃ一生この街で暮らすわけでしょ?だからこういうコンテストでも最高の娯楽なんだってさ」
そう言いつつもフラン自身そう言うものなんだろうかと余り納得していない様子だった。
「言われてみれば確かに観客の服装とか見るとあんまり裕福そうには見えないね」
大半の人々は先日までイリアが着ていたような残念服に近い物を着ている。
僕の言葉にフランとイリアも観客を見回した。
「一生同じ街かぁ、今の僕には想像ができないにゃ~」
「私も無理だわ」
フランと笑いあう。
そして僕はせっかくフランが降りてきているのだから競技内容が雑な理由についても聞いてみることにした。
「んーそれは私もそう思うよ」
フランはあっさり同意した。
話を聞くとフランはただ渡されたカンペを読んでいるだけで競技内容は全部主催側が決めているんだそうだ。
「じゃあ一番最初の挨拶も?」
「あーあれは私のオリジナル」
「雨なのにお日柄も良くって言ってたよね」
「……あぁそうだね。いやあれはカンペ」
「ホントに?」
「ホントだよー」
フランはにこにこ笑っているがイリアと違って本当か嘘かはわからなかった。
別に追求するつもりもないけどね。
「それにしても参加用紙に猫(使い魔)って書いてあったから気にはしてたけど、まさかしゃべれるとはねぇ」
話を反らすためか本当に気になっていたのかは分からないがフランがそう言ってきた。
その感心し、だが驚愕までいっていない様子のフランを見て僕らは内心安堵する。
実はこの使い魔という設定は旅をして行く中でもし僕がしゃべっている所を見られたりした場合の言い訳用に取り決めをしておいたものだった。
この世界では残念ながら使い魔を生み出せるような魔術師はあまりいないそうだがそれでも全くいないわけではないそうで。
だから言い訳として考えれば無くはないという理屈が今回実証された事になる。
「ペットじゃないけどこれって反則?」
「いんやいいんじゃない?むしろペットだけでこんな大会をやっても絶対うまく進まないって」
こんな大会って言っちゃったよ、司会者なのにいいのだろうか。
そんな僕の内心に気付かぬようにフランは笑う。
「アタシが司会の時にあなた達が参加してくれてラッキーだよほんと。なんでも去年の大会が微妙だったらしくて今年はなんとしても盛り上げろって念を押されちゃってさ。いやぁまいったまいった」
あははと後ろ頭をかくフラン。
ただその代わり盛り上がり方次第では成功報酬の上乗せもあるのだとも教えてくれた。
あけすけな人だ。
「でも報酬の上乗せがあるなら後で少しくらい僕らに奢ってくれても罰は当たらないんじゃない?」
「お、猫のくせに言うねぇ」
「猫じゃなくて猫魔術師なんだけどにゃ~」
「いいねその猫魔術師って言葉、かわいい」
フランが笑う。
年齢はたぶんイリアよりも高いであろうフランは、会話に余裕はあるものの所々に子供っぽさも見え隠れしておりその本心はなかなか掴みづらかった。
相手に悟らせないという技術はある意味冒険者として世の中を渡っていく為に必要なスキルなのだろうなと思う。
「おっとそろそろ次が始まるね。それじゃ二人とも、この後も私のために盛り上げてねー!」
フランは手をばたばたと振りながら走り去っていき、そして再び司会者席に戻るべく壁を登り始めた。
「……言うだけ言って帰っちゃいましたね」
「うん。面白い人だね」
相変わらず壁をわしわしと登っていく様は会話をした後だからかああフランらしいなという感想に置き換わっていた。
それはともかくとして、あの性格なら別に冒険者でなくても生きていけると思うのになぜ冒険者を選んだのだろうか。
しかも身のこなしを見ているとそこそこの場数を踏んでいるように思うけど。
そこまで考えて僕はふとフランに興味を持ち始めている自分に気付いた。
そして自分の事を棚に上げて他人の事ばかり考えるのは僕の悪い癖だと苦笑するのだった。
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さてこれから第三試合である。
先ほど小耳に挟んだところでは第三試合は毎年宝探しらしい。
ここ掘れにゃーにゃーとすればいいわけだ。
さっそく司会者席からフランが説明を始めた。
「ご存じの通り第三試合は毎年何かを探してもらう競技を行っています!今年は何を探してもらおうかと私たちは考えに考えました!そして結果は……毒です!!」
「……毒?」
思わず声が漏れてしまった。
「近年物騒な世の中です。そこで今回は主人に盛られた毒をペットの皆様に見つけてもらうというルールに致しました!」
あっけにとられる僕たち参加者それぞれの前に5つのグラスが並べられていく。
「お手元の5つのグラス。このうち一つをご主人に飲んでもらいます!ですがなんとこのうち4つが毒入り!もちろん強い毒ではありませんが飲んだ瞬間トイレに行きたくなると言う一品ですのでペットの皆様にはぜひ当てていただきたいものです!」
宝探しの要素がどこにもないしそもそも出場者に毒を飲ませるとかどんなコンテストだよ!
もしかして毎年こんな感じだから参加者がいないのでは無かろうか……。
当然周りの参加者達も苦い顔をしているがそれに対して観客達は大盛り上がりだった。
他人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。
「それでは第三試合、はじめッ!!」
僕はもはや優勝がどうのというよりも主催者側の思惑に乗ってたまるかという気持ちだけがふつふつと沸いてきている。
だがそれ以上に思うのは、
(亀やトカゲが毒を見分けられると思ってるんだろうか)
周りを見回せばフランの声に押され躊躇い気味に参加者達がゆっくりと動き出していた。
だが案の定どのペットも毒を当てる以前にまず趣旨が理解できていないようで飼い主達が四苦八苦している。
あ、豹が水をなめた……ちゃんと正解のグラスであればいいのだがと心の底から願わずにはいられない。
もはや僕の中で他のペットたちは競争相手ではなく戦友という扱いになっている。
ある意味で凄いコンテストだった。
それはともかく眺めていても事態は進まないので僕もゆっくりとグラスに近寄って行く。
当然だけど当たりを見つける自信はある。
(まず一つ目のグラスは、っと)
すんすん……?
それはとても嫌な臭いがした。
続けて二つ目のグラスも嗅いでみる。
(おいおい……)
三つ目、四つ目そして五つ目も同じだ。
ただのネタコンテストだと思っていたらどうやらしっかり裏があったようである。
「うぅーミツキ様、出来れば正解をお願いします」
渋い顔をしている僕にイリアが不安そうに言ってくる。
トイレに駆け込むのは嫌なようだ、ってそりゃ誰でも当たり前なんだけど。
だが事態はそれ以上に思わしくなかった。
「イリア」
「?」
イリアにしか聞こえないように小さく話しかけるとイリアが耳を近づけてくれる。
「冷静に聞いてね。この五つのグラス、全部毒入りだよ」
「え!?」
驚き僕の顔をまじまじと見てきた。
「も、もしかしてさっきミツキ様が目立ちすぎたから今回は最下位になるように仕組まれたということですか?」
「……最下位?」
あぁ毒入りを飲んでイリアがトイレに行けば最下位になるって事か。
「確かにさっきイリアが目立っていたのは間違いないね」
「うぅやっぱり……」
落ち込むイリア。
「だけどそうじゃなくて、このグラスに入っている毒は全部致死性の毒なんだよねぇ」
「……えーっとそれはどういうことですか?」
「ようするに主催者側にイリアを殺そうとしてる人がいるって事」
「そんなッ!?」
慌てて周りを見回すイリア。
だが当然そんなことで犯人が分かるわけはない。
「色々考えないといけないけどとりあえずこれは捨てちゃうね」
てぃっと言うかけ声と共に五つのグラスがのったお盆を盛大にひっくり返してやった。
「あーっとイリア黒猫ペア、黒猫がお盆をひっくり返したーッ!!これはどういう意味なのか!こんな物飲ませやがってという意思表示かーッ!!」
フランが微妙に合ってることを言っていた。
果たしてフランはこの毒の事を知っているのだろうか。
「いずれにしてもこれは失格だーッ!優勝候補がまさかの足踏みだ!他のチームチャーンス!!」
フランの賑やかな声が響く中周りを見回すが今のところ他のチームに人死には出ていないようだ。
と言うことはやはりこの致死性の毒はイリアを狙ったものだと考えるのが妥当だと思う。
つまりこの後も何かしら仕組まれる可能性が高い。
「イリア、一応いつでも戦えるようにはしておいてね」
「……わかりました」
そして僕はどうやって相手のしっぽを捕まえようかと考えるのだった。