2-10 コンテスト(上)
古来より雨が降る日に猫は顔を洗うという。
今、この部屋の窓から見える外の景色は雨だ。
だけど僕は猫魔術師としてこの法則に反して顔を洗わない事にしようではないか!
これは言わば猫から猫魔術師へと進化する為の試練である!
……なんて意味不明な自答をしながら素知らぬ顔で部屋の外に逃げようとした僕は、残念ながらそこでイリアに捕まってしまった。
「いやいやミツキ様!雨が降っても降らなくても朝なんですから顔くらいは洗いましょう!!」
「ぐっ……」
僕らがいるのはいつも泊まっている宿の部屋の中。
少し大き目のたらいに水が張られて室内に置かれている。
「本当にミツキ様は水に濡れるのが嫌いですね」
「いや僕に限らず猫はみんな嫌いだと思うよ!?」
「えー?ミツキ様は猫じゃなくて猫魔術師なんだよね?」
ラークの援護射撃。
こういう時はいつも通り話を聞いてなくていいのに……。
「さぁ諦めてください!」
「いや待って待って!猫は水で顔なんて洗わなくていいんだよ!」
「ミツキ様は猫魔術師様なんでしょう!!」
「僕は猫だーッ!……あぶぁっ!」
顔を洗うだけのはずなのになぜか体ごと水桶に投げ込まれてしまった。
一瞬で体中の毛が張り付き野ねずみのようになってしまった自分の姿。
もうお嫁に行けないぐすん。
「はい諦めておとなしく洗われてくださいね」
「うぅ、もう好きにして……」
そしたら本当に好きなようにわしゃわしゃと体中を洗われてしまった。
なぜ今日に限って宿で僕が体を洗われているかというと仕事斡旋所でそういう依頼があったらしいのだ。
イリア曰く、
「この街の貴族が優秀なペットを集めてコンテストをやるそうなんです。ただ参加者がなかなか集まらないから出て欲しいと言われまして」
だそうだ。
なんでも宿屋のおばちゃんが初日の僕の芸(?)を覚えていたらしく推薦したんだそうだ。
それはともかく昨日依頼を受けて今日が本番なんていう無茶なスケジュールを組むほどに参加者が少ないのだろうか。
「ミツキ様は元々毛並みはいいんですからしっかり手入れすれば優勝だって狙えます!」
「いや別に優勝する必要はないんでしょ……?」
水桶から引き上げられタオルで巻かれわしゃわしゃされる。
「わぷ……ああもう!自分で乾かすから!!」
体を震ってタオルを落とすと魔術を使い体を乾かした。
以前イリアに使ったものと同じ魔術である。
密閉された部屋なので湿度が急上昇したが僕は悪くない!
「で、そのコンテストで僕は何をアピールすればいいの?」
「え?アピール?」
「だってコンテストって事は何かをアピールして順位を決めるんでしょ?かわいさとか芸とかなんか言ってなかったの?」
「えーっと、特には聞かなかったです」
「……それじゃなぜ僕を洗ったし」
イリアの頬に汗が流れた。
「そ、それはもちろん皆さんの前に出る以上は清潔にしなければと!」
「これでもし強さを競うコンテストだったら街ごと破壊しても文句言わないでね」
「あ、あははは……」
室内に乾いた笑いが響く。
まぁペットの参加を募っておいて強さを競うコンテストだったなんて事はないだろうけど。
一芸披露だったら何をしようかなんておぼろげに考える僕であった。
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雨が降る中地図の通りに進んでいくとその会場はあった。
「思っていたよりも大きいんだね」
「そうですね」
しばし立ち止まりその建物を見上げる僕達。
参加者が少ないと言うからてっきり掘っ立て小屋みたいな所でやるのかと思ったらちょっとした体育館ほどもある大きな建物であった。
木造だがどっしりした印象を受けるのは職人の技が光っているからだろう、きっと。たぶん。そうに違いない。
さてその建物に入り受付を済ませると、なんだかちゃんとした説明もないままにさっさと会場に入れられてしまった。
選手控え室もなく直行だったので余計どうしていいかわからない僕たちは大勢の観客が見守る中所在なく立ちつくしていた。
ちなみにイリアを飼い主として登録したのでラークは今回見学だ。
受付で別れた後たぶん観客席に行っているだろう。
建物の中のイメージはスタジアムというか闘牛場というか。
真ん中が競技スペースでそれを取り囲むように観客席という感じだった。
観客席はちゃんと外側に行くほど足場が高くなっており後ろの席でもよく見える設計になっている。
あとは競技スペースの一角に2階ほどの高さの司会者席と思わしき場所が作られていた。
周りを見渡せば僕らの他に6組の参加者と思わしき人とペットを見つけることが出来た。
これで全参加者だとすれば規模の割に競技スペースが大きすぎやしないだろうか。
……とも思ったがその外側の観客席は開始までまだ少しあるというのにほぼ満席状態となっていた。
(それほど魅力がある大会なんだろうか?)
ふと見ると、司会者席めがけて一人の女性が壁をよじ登っていくのを見つけた。
パンツスタイルで少し派手目な上着を羽織ったスタイルのいい女性が、しかし両手両足を広げてわしわしと壁をよじ登る姿はなかなかにシュールな光景だ。
階段くらい付けとけばいいのに。
やがて上り終えた女性はしばし息を整えると、手に持った杖に向かってしゃべり始めた。
「あーあー、参加者の皆様並びに観客の皆様!本日はお日柄もよくこの会場に足を運んでいただきましたことを心より感謝いたします!!」
歓声が上がる。
どうやらあの女性が司会らしく声を魔術で増幅して伝えてきた。
なかなか面白い魔術の使い方だと思う。
ただ言葉の選び方はどうなのか、雨天はお日柄よくないでしょ。
「紹介が遅れましたが今年は私ことフランが司会を担当させていただきます!いつもは冒険者をやっておりますので魔物退治や護衛のご用命はぜひフランとご指名下さいませ!!」
わぁぁぁッっと観客達が盛り上がるが、え?そこ盛り上がるところ??
そもそもコンテストの司会が営業トークをしていいのだろうか。
普段は冒険者というからにはこちらも依頼を受けてやっているのだろうが色々ツっこみどころのある司会者だった。
「それでは少し早いですが観客席が埋まりましたので今年もいってみましょう!これより第21回主人の役に立つペットコンテストを開始したいと思います!!」
おおおぉぉぉぉッッ!!
「このコンテスト21回もやってるんだ……」
「すごいですね」
歴史のあるコンテストなのに参加者7組というのはいかがなものか。
僕が苦笑する中観客達のなんだかよくわからない異常な盛り上がりを受けてコンテストが開始されたのだった。
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「……それでどうしてこうなった?」
「さ、さぁ」
引きつるイリアを僕は半目で見つめる。
そんな僕の今の格好はなぜだかドレス姿だ。
念のために言っておくが僕は黒猫の姿のままである。
「第一試合!貴族のペットたる者優雅でなければならない!優雅度勝負!!」
とは先ほどフランという司会が叫んでいた言葉だ。
優雅度ってなんじゃい。
「ペットの皆様にはこちらで流行最前線の衣装をご用意いたしました!それをご着用頂き優雅に舞っていただきます!!」
流行かどうかは別にしてなにゆえ僕に用意された衣装はドレスなのか不思議でたまらない。
猫が全部雌だとでも思っているのだろうか。
子供かッ!
周りを見渡せば他のペットたちも同じように着飾っている。
フクロウの様な鳥は騎士服、でっかいトカゲの様な爬虫類はスカート等々どの姿もなかなかにコメントしがたい。
しいて言えば豹……の様な動物が紳士服を模した服を着ているのは似合っていると言えるかも知れない。
だがその頭には金髪おかっぱのカツラをかぶっている。
なぜ……。
「主人の役に立つペットコンテスト、恐るべし」
引きつり顔の参加者達を置き去りにコンテストは進みペット達が舞っていく。
もっとも舞うと言っても精々フクロウが優雅に羽ばたいたくらいなものでその他は優雅というにはほど遠い。
「……僕もう帰ってもいい?」
「だ、ダメです!途中で帰ったら依頼未達成で罰金になってしまいます!」
「それはイリアの罰金であって僕の懐は痛まないんだけど」
「そこをなんとか!罰金を払うと三日間の成果が消えてしまいます……」
世知辛い話だった。
「この借りは必ず返してね」
「うぅ善処します」
そんなやりとりもありつつあっという間に全ペットの審査が終わり採点がついた。
あまり派手な事も出来ない僕は音楽に合わせてしっぽを振ってやったら4位だった。
やってられるかいッ!
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「第二試合!ご主人の役に立て!ご主人に依頼品を持ち帰れ勝負!!」
なぜだか大盛り上がりだった第一試合に続きすぐに第二試合が始まった。
どうやら休憩時間すら用意されていないらしい。
「ルールは簡単!スタートしたペットたちはコース上においてある依頼品を持ち飼い主の所にたどり着ければゴールです!順位はそのままゴールした順となりますのでわかりやすい!!」
再び大盛り上がりの観客達。
こっちが何もしなくても盛り上がるので逆に参加者の方がどん引きだ。
そんな僕らの気持ちなどお構いなしに僕たちペットは横一線でスタートラインに並ばせられた。
僕の両隣は亀とフクロウ……の様なペットが位置についている。
いいのか猫と並べちゃって?いやもちろん僕は襲わないけどさ。
「ミツキ様ーがんばれーッ!」
ふとどこかからラークの応援が聞こえた。
これだけの声援の中声が届くのはなにげに凄いと思う。
そして僕もそっち側がよかった。観客席に行きたい……。
ため息をつきつつゴール地点を見る。
そこにはイリアを含む主人達がこれまた横一線で並んでいる。
(えーっと、コース上に置かれた品を持ってゴールにたどり着けばいいんだっけか)
確かにそれぞれのコース上には箱が置かれているのであの中に依頼品とやらが入っているのだろう。
残念ながらスタート位置からは中までは見えない。
真面目にやるのは癪に触るがただ負けるのもこれまた嫌なのでほどほどにがんばろうと思う。
「それではよーい、スタートッ!!」
司会の合図と共にレースが開始した。
やはり豹とフクロウは早いが僕も同じくらいの速度で走り、三者同時にコース中央に置かれた箱をのぞきこむ。
「……あ゛?」
中にいたのはなんとウナギだった。
濁点くらい付けたくもなるというものだ。
しかもご丁寧に箱の中は水槽になっており捕まえられるものなら捕まえてごらん?と言わんばかりに優雅に泳いでらっしゃる。
その箱に書かれたウナギの図柄が妙に幼稚で余計に僕をイラっとさせた。
怒りを通り越して半ば呆れながら、同時に到着した他の二匹の様子を伺う。
フクロウの方は箱に入った土を小さなくちばしで賢明につついていた。
箱の図柄をみるにあの土の中にはミミズがいるようだ。
そして反対側の豹は、箱の図柄を見るまでもなく蛇だった。
豹を二巻き出来るくらいの大蛇で豹も簡単に手を出せないようだ。
箱から抜け出た大蛇と豹が互いに威嚇し合っており威嚇音がうるさい。
察するに今回のテーマは『長いもの』なのだろうか。
こうなると亀やトカゲの依頼品とやらも見てみたいものだが生憎彼らはスタート地点から全然進んでいなかった。
残念だが諦めよう、うん。
さて現実逃避もこのくらいにして僕も自分の相手に戻る。
優雅に泳ぐウナギ君である。
人間の手でもつかめないのに猫の手など何をいわんや。
まして口でなど論外である。
となれば。
「てぃ」
箱、というか水槽を前足で倒してやった。
水はこぼれ余裕綽々だったウナギ君がいまや陸に上がったただのウナギだ。
びたんびたん暴れているがそれもいつまで持つか。
猫には重い水槽は倒せないと思ったか!僕を甘く見た罰だふはは!!
……とはいえこのウナギをゴールまで持って行かなければいけない事に変わりはない訳で、結局手か口を使うしかない。
少し考えた末に僕は手を使うことにした。
ウナギをまたぐような位置取りをしてからゴール地点で立っているイリアを見る。
なんで僕がこんなしょうもないことで悩んでいるのにイリアが楽をしているのだろう。
誰のせいでこんなことしてると思ってるんだ!
再びウナギを見る。
少し弱ったようで動きが鈍くなってきた。
ふははどうだ……ってこれはもういいか。
僕は右手を振り上げる。
今の僕のイメージは熊が川で鮭をひっかき上げるあの姿だ。
そこから先ほど見たイリアの位置に向けて、右手を振り下ろし、ウナギを、引っかけ、投げるッ!!
ウナギは見事に放物線を描いて飛ぶとイリアの顔にびちゃっと命中しそのままイリアがひっくり返った。
観客から大歓声が上がった。
僕はイリアが半泣きで起き上がるのを見届けてから悠々とゴールに向かって歩きだした。
今度は文句なしの一位であった。