2-9 苦悩の皇帝と討伐命令
おい、あれ死んだんじゃねぇか?!
人間相手にあれ使うとかレティさんまじ鬼畜じゃん!
もうもうと土埃が立ち上るステージの周りからは野次馬達のざわめきが起こっていた。
あとで聞いた話だとレティさんが使った魔術は冒険者の間では有名な魔術だそうだ。
ある冒険者は声を上げる。
あれは万の魔獣を屠った魔術だ、と。
過去に魔獣が大量発生した事件がありその時にレティさんが使用した事から冒険者の間ではレティの大魔術として有名になっているらしい。
実際はこの魔術で消滅させた魔獣は10匹程度だった事がのちの調査で発覚しているのだがまぁ噂なんてものは大体そういうものだ。
なおその魔術の形状は貫通力のある太めの光線だ。
それをレティさんはしゃがんだ体勢から僕に対して斜め上に撃ち抜いたのだ。
魔術を使うだけならしゃがむ必要など当然ないが街中に被害を出さない為に空に向けて発動する辺りがレティさんの気遣いと言えるだろう。
「レティ、少しやりすぎではないのか?」
一筋の冷や汗を垂らしながらモルバレフが声をかけた。
さすがのモルバレフも街中であれほどの魔術を使うとは思っていなかったのだ。
レティさんはそのかけ声には反応せず鋭い目で土煙を見つめていたが、その後一度大きく目を開くとやがて大きくため息をついた。
「いえ、やはりあの程度では無理でした」
その答えにモルバレフも土煙の向こうに視線を投げ、そして笑い出した。
「あれでダメだとミツキ殿を倒すのは至難の業だのぅ」
「本人の前でそんな評価をされると返答に困るんだけど」
僕は土煙の中からそんな答えを返す。
次いで土煙がゆっくりと収まっていく中、そのまま立っていた僕の姿が露わになった。
まじか!?無傷とかありえねーッ!!
アイツ何者!?え?昨日ギルドマスターをボコった!?嘘だろ!!?
まてまて確かに怪我はしていないがモルバレフは倒してはいないんだからデマを流さないで欲しい。
「どうじゃうちのレティは?」
「強いね。センスも度胸も申し分ないし」
そのコメントにレティさんがすいませんすいませんと頭を何度も下げてきた。
戦いが終わったからかいつものレティさんに戻っていた。
僕はにこにこしながら何事もなかったように二人に近づく。
「レティさんありがとう、おかげで基準が大体わかったと思う。にしてもこれでようやく予選突破レベルだと思うと悩むねぇ」
これでイリアもラークも予選突破は難しいという事がわかった。
さてどうしようか。
「そう言えば披露会って間違って相手を殺しちゃったりする事はないの?」
ふと思い至った。
さっきのレティさんの魔術は普通の人間なら消滅してもおかしくない。
「ん?当然そう言うこともあるぞ」
平然と言われた。
「そう言う人の家族は文句言ってきたりしないの?」
「それも承知の上で参加している訳だからのぅ。後はその場合にはそこそこの見舞金がでるのでな、名誉の戦死というやつじゃ」
お金であっさり解決とはわかりやすい世界だ。
「ちなみに殺した方の罪は?」
「公の罪はないぞ。もし罪を追求すればそもそも参加者がいなくなってしまうしのぅ」
「それもそうか」
確かに道理だ。
そしてそれだとなおのことあの二人を大会には出すのはまずそうだ。
「……ねぇモルバレフ」
「ん?なんじゃ?」
「どうすれば面白くなると思う?」
「それはあれか?どうすれば大混乱に陥れられるかと解釈してよいのか?」
「おおむね間違ってない」
「儂を巻き込まないで欲しいのじゃがな」
モルバレフは苦笑するが特に僕を止めることはしなかった。
そして僕らの他に唯一やりとりを聞いていたレティさんはただ青ざめて立ちつくすだけであった。
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同日皇帝の執務室にて。
「皇帝陛下、イリア王女の居場所ですが」
「うむ」
執務室に入ってきた小太りの男、グウラという名の軍務大臣は神妙な顔つきでそう切り出した。
冒険者ギルドでモルバレフ達と話をしている時に緊急連絡があるとの伝令があったのだが、話を切り上げて戻ってきたらその内容はイリアの居場所がわかったという報告だった。
黒猫と会っている時にイリアの居場所が分かるというのはなにやら皮肉めいた気さえしてくる。
「3日前にヒューザにてそれらしい女の目撃情報があったため調べてみたところ本人でほぼ間違いないとのことです」
「……そうか」
(ヒューザ?あの黒猫はイリアを置き去りにして都に出てきたのか?)
冒険者ギルドで会ったミツキ殿は確かにあの黒猫で間違いないだろう。
ならば今イリアは一人ということなのだろうか?
「黒猫の姿は確認できたか?」
「はい、宿で共に食事をしているところを確認しています」
「……そうか」
(ヒューザまでは早馬を使っても片道だけで一日はかかる。方法はわからぬがそれを高速で往復しているのかはたまた片方は偽物か。いや転移魔術が使えるのだから両方本物だと考える方が妥当か)
考えるバウバッハにグウラは続ける。
「幸いヒューザの街の近隣に別件で動いていた討伐隊の一軍がありましたので既にこの隊に準備をさせてあります。後は陛下のご了解を頂き次第討伐に向かう事となります」
「……一人の個人に対して討伐隊とは穏やかではないな」
本来討伐隊とは魔獣が現れた場合にそれを退治するために派遣される部隊だ。
そして当然ながらその本質は捕獲ではなく殲滅だ。
「陛下がイリア姫と懇意にしていた事は存じております。しかしながら一度取り逃がしている以上再び失敗すれば他の国につけ込まれかねません。ご決断を」
「むぅ」
元々このダラウライは南を除く三方が別の国と面していた。
そして先日西のイダノケアを併合したため現在の隣国は北と東の二国となる。
ここ数年は穏やかに過ぎているがこの両国、特に北の国はいつ何を仕掛けてくるか分からない。
しかもイダノケアは独自に北の国とも交流があったため、武力併合する形となってしまったイダノケアのその忘れ形見であるイリアを北側に確保されるのは確かに得策ではなかった。
「……わかった、頼む」
「御意」
グウラが頭を下げ執務室を出て行った。
それを見送るとバウバッハはすぐに別の者を呼びつつ書簡をたしなめる。
「これを至急ギルドマスターに届けてくれ」
この書類はすぐにモルバレフの元に届くだろう。
あとはそれがあの黒猫に伝わるかどうか。
(間に合えば良いが)
今ほど皇帝という立場を邪魔だと思った事はない。
国を守るためとはいえなぜ恩人の忘れ形見に対して討伐命令など出さなければならないのか。
誰にも知られずバウバッハは苦悩するのだった。