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1-2 はったり猫と皇帝陛下

蹴破られた執務室の扉が室内に飛び込んできた。

これは予想の範囲内だったようで親衛隊はその扉が当たる位置にはいない。

だが直後にふわっと風が巻いたかと思うと、一番入り口に近かった親衛隊の一人が突然血を流して倒れた。


(かまいたちかな。風の魔術を使うなら一番オーソドックスだもんね)


イリア王女に抱かれながら僕はそう分析する。

異世界と言っても物理法則は元の世界とおよそ同じ様で結果として魔術を使ってやろうとすることも大体似通ってくるのだろう。


そんな事を考えている間にも次々と親衛隊と敵兵士達との斬り合いが起こっていく。

親衛隊はなるほど国の精鋭のようで当初は危なげなく見ていられた。

だが敵の数が多いため疲労が蓄積していく事に加え敵魔術師の援護もあり一人また一人と倒れていく。

結局はものの数分で残ったのはイリア王女と老人、メイドの二人だけとなってしまった。


そしてその状況を待っていたかのように室外から場違いなほどに威厳のこもった礼儀正しい声が響いた。


「失礼する」


がしゃりと音を立てて入り口から真っ黒な鎧を着た男が入ってきた。

周りの敵の兵士達が一斉に頭を下げ道を作る。


「バ、バウバッハ皇帝……?」


イリア王女が驚きに目を見開き呆然と呟いた。


(皇帝?敵国の一番偉い人って事だよね。最高司令官がわざわざ最前線まで出てきたのか)


僕はその皇帝と呼ばれた男を眺める。


皇帝は一件無造作に部屋の中に入ってきていたが部屋に入る際に一瞥して状況の把握をしていた事に僕は気付いていた。

また体つきも鎧を通してだが頑強な肉体であることが予想できる。

さらには今もこれだけ圧倒的な状況でありながら油断せずに周囲に注意を払っているところなど、残念ながら親衛隊を含めイリア王女の周りにはこれほどの人材は見かけなかった。


「わざわざ皇帝自らがお出ましとは、よほどこの国が欲しかったと見える」


イリア王女が毅然とした態度で言葉を発した。

ただ緊張か恐怖か身体が強ばっており、胸に抱かれた僕は力強く胸に押しつけられる結果となっている。って痛い痛い……


「勘違いしてもらっては困るな。このような小さな国に価値など見い出してはいない」

「ならばなぜ父と母を殺したッ!!」


皇帝の返答にイリア王女が激高する。


「そんなことはそなたには関係のない話だ」

「肉親の死を関係ないと言うのかッ!!」


イリア王女が立ち上がり机を叩く。

その拍子に僕は机の上に投げ出されてしまった。

しょうがないので僕は机の端まで歩いていき、そしてイリア王女と皇帝の両方を見ることが出来る位置で座っていることにした。


「会談だと呼び寄せ殺害するなど!それでも一国をまとめる王の所業かッ!!」


イリアは悔しさに歯を食いしばり目には涙が浮かんでいた。

前王は、国の運営はともかく娘には愛されていたのがわかる。


「一応訂正しておくが殺害を企んだのはそちらからだぞ」

「ッ!?何を馬鹿なことを!!」


感情的になっているイリア王女に対して皇帝は冷静に答えた。

訴えかけるでもなく淡々と告げる皇帝の様子は一見して嘘をついているようには感じなかった。

この様子だと、もしかしたらイリアの両親が先に皇帝の殺害を企てたという話はありえるかもしれない。

そしてもしそうであるならば悪いのは皇帝ではなくイリア王女の両親ということになる。


「殺しただけでは飽きたらずそのような侮辱!決して許すわけにはいかないッ!!」


そう言い放ちイリア王女が両手を皇帝に向け突き出した。

一瞬の静寂。


「……ッ!?なんで!なんで魔術が発動しないッ!?」

「お嬢様申し訳ございません」


今まで寄り添い立っていた老紳士が突然そう言ってイリア王女に深々と頭を下げた。

そして驚愕するイリア王女が見つめる中ゆっくりと老紳士は皇帝の元に歩いていく。


「ご苦労であった」

「ありがたきお言葉」


皇帝がねぎらいの言葉をかけ老紳士はその皇帝に頭を下げる。


「なんで!?なんで!!」


イリア王女が信じられないという表情で老紳士に問いかける。


「お嬢様申し訳ございません。魔術封じをさせて頂きました」


イリア王女が魔術を使おうとしたが老紳士が魔術封じを施しており使えなかったということらしい。

裏切り者は腹心中の腹心だったという笑えない現実。


(裏切り者がこんなに近くにいるようじゃねぇ)


見るとイリア王女の後ろにいたメイド達二人もいつの間にかイリア王女から離れ両脇の壁際まで移動していた。今の老紳士の告白にも顔色を変えていないことを併せて考えるにこの二人も元々知っていたのだろう。


(知らぬは王女ばかりとはいやはや)


未だ驚愕の表情で立ちつくし固まっているイリア王女と、老紳士や兵士達を従えそのイリア王女を眺める皇帝。

誰の目から見ても既に決着が付いた事は明らかだった。


(さて大体全部出尽くしたようだし、そろそろ僕も動いてみようかな)


別に出番を待っていたわけではないがこれ以上傍観していると何もしないまま全て終わってしまいそうだ。

なので机の端に座っていた僕はイリア王女と皇帝の間に入る位置まで移動すると、イリア王女を守るような形で皇帝と兵士達を眺める。


「イリア王女には捕虜として我が国に来てもらうことになる」


皇帝はそんな僕の動きに気付きつつも気に止めずにそう告げた。

その言葉で呆然としていたイリア王女が正気を取り戻しキッと皇帝をにらみつける。


「私は必ず貴方に復讐します!何年かかってもどんな手を使っても!!」


強い憎しみをこめたその言葉を聞いても皇帝は眉一つ動かさない。

さっきから思っていたことだが人の上に立つという意味でも今のところイリア王女よりも皇帝の方が遙かに上手のようだ。


「……連れて行け」


指示をすると皇帝の後ろに控えていた兵士達が部屋の奥のイリア王女に向かって歩き出した。

対するイリア王女は既に打つ手もなくただ皇帝を睨むだけだ。


(それじゃちょっぴり仕事をしますか)


僕はのんびりそう決めると、しっぽに少しだけ力をこめた。


バチンッ!!


部屋の奥に向かっていた兵士達数人が突然はじき飛ばされ部屋の入り口付近まで転がる。

突然の出来事に皇帝や他の兵士達に動揺が走るが、皇帝の後ろに控えていたこちらも親衛隊と思われる兵士達だけはすぐに皇帝の前に出てきて皇帝を守るようにそれぞれが剣を構えた。


対するイリア王女もまた呆然としていた。

自身は魔術を封じられ味方もいなくなった現状で発動された今の魔術は一体なんなのか。

魔術を発動させた主の姿を求め視線がさまよう。

皇帝、老紳士、敵兵士達……そして最後に僕の姿にたどり着く。

僕はイリア王女の方にゆっくりと向き直り、目を細めて声をだした。


「さて我が召喚主よ。代償をもって汝の望みを叶えようと思うがどうか?」


イリア王女が本日何度目ともしれぬ驚愕により目を見開く。


「ちなみに一応説明しておくがあの召喚術式を使ってただの猫が召喚される事はない」


しっぽを一振りする。

言っておいてなんだけど僕の見た目はどっからどう見てもただの猫だ。うん知ってる。


「まぁ驚くのは無理もない。そもそもこの場の誰も私のことを気にも留めていなかったのだから」


後ろを振り返り皇帝と兵士、さらにその背後に控える老紳士達を見回す。

その視線に兵士達に緊張が走り剣を構えるが、皇帝はそれを手で制すると口を開いた。


「……失礼、私はドルンダウン国皇帝のバイバッハ=ソドムと申す者だ。そなたは何者か?」


まさか名乗りを上げられるとは思わなかったので内心驚いてしまった。


「一国の王が私のように得体の知れない者に先に名乗ってもよいのか?」

「人ならざる者に人の法は通用しませぬゆえ」

「ほう」


普通なら驚愕や恐怖、はたまた敵意などの感情が先にきそうなものだが皇帝はどれも見せず僕を見極めようとしている。

もしかしてこの皇帝は僕が思っていた以上に優秀なのではなかろうか。


「我が名はラウト=ルーラス。異世界より召喚された者である」


そう答えながら魔力を無駄に放出してやる。

魔力自体は目には見えないはずだが、この魔力濃度が濃い場合は本能や感覚といった無意識的なものがそれをとらえ恐怖を感じるはずである。

事実すぐに皇帝を囲んでいる兵士達の表情に怯えと恐怖の色が映り、やがて剣先がふるえだした。


僕は経験上、魔力とは悪意や害意などを肉体に集約したものだと考えている。

実際に魔力量が多い者の中には自分を見失って暴走してしまう者も多い。

この世界でどのように考えられているかはしらないが魔力を放出すると見ての通りの現象が起こるため大きく間違ってはいないと思っている。


「……そなたは悪魔か?」


皇帝が聞いてきた。

今のところ恐怖や怯えの色は見えないので精神力も相当なもののようだ。


「その問いに意味はない。そなたが感じているそのものがすなわち私だ」


かっこよくそう答えてみた。

こういう場は威厳とか威圧っていう要素が大事だと思う。

だもんで口調もそうだし魔力の放出なんて無駄なこともやってみてる訳だ。


……なんて言いつつこの口調そろそろ疲れてきたんだけど。


「さて、イリア王女よ答えはいかに?」


イリア王女の方に向き直り急かしてみた。


「……契約します」


あっさりと返答が返ってきた。

まぁ正直選択の余地がないしね。


「ならばそなたの願いを聞こう」


イリア王女は一瞬躊躇ったあと答える。


「……復讐の手伝いを」

「よかろう」


僕とイリア王女の間に魔力が固まり、そしてそれが散ると一枚の書面が現れた。


「その契約書に署名した瞬間に私との契約がなされる。そなたの復讐に手を貸す代わりにそなたは生涯私に従属する事になる」


イリア王女が宙に浮かぶ契約書を見て再び躊躇する。

が、一度皇帝をにらみつけると契約書を奪うように手元に引き寄せ机の上に立ててあった羽ペンで一気に署名した。

契約書はイリア王女が手を離すと再び空中に浮かび消える。


「……よかろう。それではとりあえずこの空気の悪い部屋を出るか」


皇帝をにらみつけているイリア王女を一瞥した後、僕も皇帝側に向き直る。


「折角ご紹介頂いたのに申し訳ないがそろそろ失礼させてもらうよ」

「……させると思うか?」


皇帝の答えを受けて兵士達が一斉に剣を構え直す。

さらにその後ろでは魔術師と思われる兵士達がその持っている杖を構えているのも見える。


「その兵士達はそなたの国の精鋭なのだろう。だが残念ながら全く役不足だ」


僕が意識を集中するとのしっぽの先に小さな光の玉が現れる。

その玉はしっぽの一振りで皇帝をにらみつけたままのイリア王女に向かって飛び、そしてその光の玉にふれたイリア王女は皆が見ている前でふっと消え去った。

兵士達や皇帝から驚愕の声が上がる。


「ばかな!まさか転移魔術!?」

「……そうか、この世界では転移魔術は一般的ではないのか」


未だ情報不足なので魔術のレベルも正直どの程度なのかよく分かっていない。

だが転移だけで今のように驚くことを考えるとそれほどレベルは高くないようだ。


しっぽをくねらせ皇帝と兵士達の様子をうかがう。

今のところ僕自身は転送魔術を使う様子を見せていない。

そのため一時は取り乱していた兵士達がゆっくりと部屋の中に散開し警戒しながら僕の乗っている机を取り囲んでいく。

そんな兵士達の動向など気にも留めず、僕は口を開いた。


「皇帝に聞きたい。この国を潰したことに正義はあるか?」


おそらく僕もすぐ逃げると思っていただろう皇帝は、その思いもよらぬ質問に一瞬怪訝な表情をみせた。

だがすぐに厳しい目つきになり答える。


「この国の政治はこの国の民と、周りの国に害になると判断したが故の結果だ」

「……そうか」


内容は分からないがイリア王女の両親には国を任せられないと思ったということか。


「ならばイリア王女は捕獲後どうするつもりだった?」

「口先だけかもしれぬその答えを聞くことに意味はあるか?」


逆に聞き返されてしまった。

まぁそうなんだけどね。


「なんとなくだが、嘘は言わない気がしたのでな」


皇帝が目を細めた。


「……イリア王女、いやイリアには全てを忘れて静かに生きてもらう予定であった」


そう答えた皇帝は、表情は変わらなかったにも関わらずなぜか少し悲しそうに見えた。


「ご老人もそれを知った上での行動か?」


皇帝の後ろに控えていた元腹心にそう聞いてみる。


「……私は裏切り者ですので理由など答えられる立場にありません」


目をつぶり、そして苦悩するように老人がそう答えた。


「なるほど……人の世とはどこも変わらず難しいものだな」


ため息混じりの僕のその言葉に皇帝も老人も驚いたようだ。

そりゃ敵なはずの相手から立場を理解したような言葉が飛び出したのだから無理はないだろう。


「およその状況は理解したつもりだ。どう転ぶかはイリア王女次第ではあるが仮に対立してしまった場合には覚悟せよ」


暗に対立しない方向にもって行きたい事は告げておく。

伝わるかどうかは相手次第だがまぁ伝わらなくても問題はない。


「ではそろそろお暇するとしようか」


先ほどと同じようにしっぽの先に魔力を集める。

周りを取り囲んでいた兵士達が先手を取ろうと剣を構え、だが皇帝がそれを制する。

そして、


「お気遣い感謝する」


皇帝がそう告げた。

僕はその言葉に少しだけ目を細め、そして転移した。

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