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2-7 黒猫と皇帝

僕がお風呂に連れ込まれた以外は特筆すべき事もなく後は宿でぐっすり眠ったその翌日。

僕は再びダラウライの都に来ていた。


さすがに三日目ともなると街の様子も勝手知ったるなんとやらだ。

昨日と同じく最初から人の姿をとっており今日も今日とて串焼きは標準装備で街を歩く。

行儀悪く口をもぐもぐさせながら冒険者ギルドの建物に着いた僕はそのまま中に入っていった。


がやがやがや。


昨日よりも早い時間だからか人が多かった。

そしてそんな人々の中から僕をみてあいつだ、とか見たかったなぁといった声が聞こえてくる。

そりゃあんな大観衆の中で戦えば当然こうなるよね。

ため息をつきつつ気にしない事にして受付に向かおうとすると、そんな観衆の話の中から鎧を身につけた三人の男が歩み出てきて僕の前に立ちはだかった。


「おまえが噂の新人か?」


お約束だった。

こういう人はどこの世界にいるんだなぁと感心しつつ口だけ変わらずもぐもぐと動かしながらその三人を眺める。

ギルドマスターもそうだったけどこの三人も大きいなぁ縦も横も。


「おまえが新人かって聞いてんだよ!」


怒鳴られた。

そういやそんな質問だったなと思い返し肯定の意味で一度頷く。


「あいつといい勝負したからっていい気になってんじゃねえぞ!」


至近距離で睨まれるが、そういえば久しくこんな体験はしていなかったなと思うとなんだか新鮮だった。

とはいえこの後どうしたものやらと考えながら、無意識に持っていた串焼き肉を口に入れる。


「っ!ふっざけんな!!」


どうも馬鹿にされたと感じたようだ。

拳を振り上げて殴りかかってきた。


(別に馬鹿にしたわけじゃないんだけどねぇ)


人の心はうまく伝わらないものだよああホント面倒くさい。

頬を指で掻きながら男の拳をひらりと躱す。

力がのっていたせいで男の体が僕の後方に泳いだ。


これが余計に頭に来たのか真っ赤になりながら再び僕に向かってきて……


「なーにやってんのあんたはぁぁぁぁ!!」


レティさんの跳び蹴りにより男がすっ飛んでいった。


「馬鹿なの!?あんた馬鹿なの!!?いや馬鹿なのは知ってるけどそこまでなの!!?」


壁際で倒れたままの男に向かってレティさんがものすごい剣幕で言い倒している。

ついで一緒にいた残り二人にもあんた達がついていながらとか説教を始めた。


「うゎぁレティさん強いなぁ……」


僕が目を丸くしながらそうつぶやくとそれが聞こえたのかレティさんが肩をぴくりと動かし固まった後ゆっくりとこちらを向いた。


「あのぅミツキ様?もしかしてご気分を害されましたでしょうか?」

「ご気分?いや特には何も感じてないけど」


なにやら引きつり気味な表情でそんな質問をされる。


「レティさん昨日とキャラ変わってない?」

「めめめ滅相もない!」


慌てて両手と顔を振り否定してくるレティさん。


(あー、これは怯えられてるって事でいいのかな?)


思い当たる節が多いのできっとそうだろうと当たりをつける。

もっとも過去を振り返れば別に珍しい反応でもなかったのでそれ以上は気にしない事にしてギルドマスターがいるか聞く。

するとすぐに昨日と同じ応接室に通してくれた。


そこで待つ事五分。


モルバレフがやってきた。

相変わらず早い。

だが今日は続けてもう一人、戦士風な男も一緒に部屋に入ってきた。


「待たせたか?」


そう言って応接室に入ってきたモルバレフは自分だけさっさとソファに座ってしまう。

もう一人の男性も苦笑いしながらモルバレフを追うとその隣に座った。


「突然の同席すまないな。モルバレフよ、先に私のことを紹介してくれてもいいんじゃないか?」


歳の頃は30歳前後だろうか、がっしりした体格をしているが身につけている服は高そうな感じだ。

気さくそうに話をしているがやはり強い人はこれくらい余裕がないといけないと思わせるような人だった。


「同席は別に構わないんだけど……すみませんどこかで会ったことありますか?」


どうもこの人の顔を見た事があるようなないような、だけどこの街には知り合いはいないはずだと首をかしげる。


「あー、私が言うのも失礼かもしれないがたぶん私の事は見た事があると思う」


そう言うとその男性はソファーから立ち上がり名乗った。


「私はバウバッハと言う、以後お見知りおきを」


とても綺麗な礼だった。

きっと正式な敬礼というやつなんだろう。

ただ残念ながら僕はその名前を聞いてもこの男性が誰なのかわからなかったので曖昧にはぁ、と気のない返事を返す。

にやにやこちらを見ていたバウバッハというその男性は僕のその反応を見て驚いた顔をし、そして隣のモルバレフは爆笑した。


「お主の知名度も大したことないようじゃのう!」

「名乗ったのに気づかれないって言うのはなかなかに新鮮だな」

「いやぁそれでこそお主を連れてきたかいがあるというものじゃ!」


一人はなぜだか感心し、もう一人は膝をたたいて笑っている。

僕はどうしたものやら。


「えーっと有名人?」

「有名人って言うか、のぅ?」

「まぁ有名人ではあると思うぞ」


バウバッハはそう言うとソファに座り直してから改めて名乗った。


「バウバッハ=ソドム。この国の皇帝をやっている」

「皇帝?……あ、あぁーそう言えば!」


会ってたよ確かに!


「納得!」

「じゃろう?」


モルバレフとうなづきあった。

そしてようやく合点のいった僕も応える。


「お久しぶりです皇帝陛下」


ぺこりと頭を下げる。

皇帝相手の挨拶がこんなのでいいのかとは思うがこの世界のマナーなんて知らないのだから仕方がない。

それよりもバウバッハは僕の言葉の方に食いついた。


「久しぶりとは?どこかで会った事があっただろうか?」

「あれ?じいさん教えてないの?」

「くくくっ、こんな面白い事教える訳なかろう」


ホントに意地の悪いじいさんだ。

まるでどこかの黒猫のようである。ええ自覚していますともさ。


「というかよく皇帝が一人でこんな町中に出てこられるね。なんて言って誘い出したの?」

「誘い出した、か。言い得て妙だのう」


再びくくくっと笑う。


「いやなに強い者がおるから会いに来ぬか、とな。それに一人でここに来ることができる理由は、こやつ自身も冒険者であったし儂もおる。護衛など不要じゃ」

「なるほど」


それにしても昨日の今日なのにまさか直接やってくるとは。

モルバレフも皇帝も本当に暇人なんじゃなかろうか……。


「おいおい誘い出されたとは穏やかではないな。それにミツキ殿と言ったか?まだ私の質問にも答えていないぞ」


特に気分を害された風でもなく笑いながらバウバッハが言う。


「お主わからなぬのか?一度会ったのじゃろ?」

「いやあの時は口調も名乗った名前も違ってたしね。むしろ気づけるじいさんが異常なんだと思うけど」

「よくはわからぬがモルバレフが異常なのは同意する」

「お主ら……」


ひとしきり笑い合う。

そして、


「それじゃあここからはどうなるかわからないけどいいんだよね?」


モルバレフを見るがにやにやするだけで返答はない。


「ここまで来てもったいぶるのか?」

「んーそういうつもりでは無いんだけど」


一瞬面倒ごとになるかとも思ったがモルバレフがわかっててやっているのだからまぁ大丈夫なのだろう。


「んじゃま、改めて」


一度にこりと笑ってから動作なしで魔術を発動する。

例によって空間がにじむように僕の体を飲み込んでいき、そして消えた後に残るは黒猫一匹。


「お久しぶりです皇帝陛下」


目を細めしっぽを一降りしながらそう挨拶した。


「……」

「……」

「……ッんなああぁぁぁ!!?」


皇帝の動作をわざわざ口で説明するとこんな感じだ。

まず人の姿をしていた僕を魔術が覆った瞬間に周囲を警戒しつつ一瞬でソファーから立ち上がり剣の柄に手を添えた。

これはばっちり模範的な行動だ。

そして黒猫の僕が姿を見せるとその姿を凝視。

文字通り思考が止まった事だろう。

さらにその後の皇帝の慌て様は凄かった。

いきなり後ろに逃げようとしてソファーに引っかかり転げ、ついで慌てて立ち上がろうとして奥に置いてある机の角に頭をぶつけ、さらにその机の奥に隠れたものの様子を伺う為か顔だけちょこんと覗いている。


僕はその様に呆れモルバレフは腹を抱えて爆笑中だ。


「おかしいだろモルバレフ!ちょっと待てどういうことか説明しろッ!!」


いまだ机の向こうに隠れているバウバッハから声がかかる。


「お主がそんなに慌てるのを見るのは初めてかもしれんな!」

「ぬぅそんな事はどうでもいい!モルバレフはこの者が何かわかっているのか!!」

「何かって、ミツキ殿じゃろう」


そうじゃろう?と声を掛けられたのでほんわかとそうだねぇと返しておく。


「……害意はないのか?」

「今のところはないねぇ」

「……そ、そうか」


少しだけ間があったがその後バウバッハがもそりと机の裏から出てきて再びモルバレフの横に座る。

その顔はまだ警戒し僕の動きを観察していたが。


「すまない、いきなり逃げ出した事はまず詫びよう」


それでも素直に謝ってきた。


「本当にさっきのお主の逃げっぷりは笑えたのぅ!」


いまだに笑いが止まらないモルバレフだ。


「ぐっ、モルバレフはあの場にいなかったからそんな事が言えるのだ!」

「くくくっ。ミツキ殿がそんなに怖かったのか?」

「……あぁ怖かったさ」


真面目な顔ではっきりと口にする。


「あの時ほど恐怖を感じた事はない。本気でもうだめだと思ったぞ」


思い出したように身震いする。

いやその本人が目の前にいるんですけど。


「でもその割には僕と結構しゃべってたよね」

「あれは兵士がいたから虚勢を張れたにすぎない。私一人だったら今のように逃げ出しただろうさ」


国の頂点に立つ割にはとても謙虚だった。


「本人相手にずいぶん正直に話すね」

「あれほどの力の差を感じれば隠す気にもならないさ」


さきほどまでとは打って変わりさっぱりと言い切るバウバッハ。


「モルバレフよ、聞きたい事は山ほどあるがまず私とミツキ殿を引き合わせた理由を聞きたい」

「ん?理由?」


モルバレフがわからぬのか?という顔をした。


「面白そうだったからに決まっておるだろうが」

「……」


昨日それを聞いていた僕は苦笑するが、バウバッハはそれでも無言でモルバレフを見つめる。


「……む、仕方がないのぅ」


最近のバウバッハはつまらぬとつぶやきながら肩をすくめた。


「儂もそろそろ歳じゃろう?」

「?まぁ年齢だけ考えればな」


見た感じはまだ100年は生きそうだけど。

っていうかこのじいさん今何歳なんだ。


「だからギルドマスターをミツキ殿に譲ろうかと……」

「「ちょっと待て!」」


僕とバウバッハの声がかぶった。


「なかなかに良いツっこみじゃ!」


うれしそうに笑うモルバレフ。


「そんな話初めて聞いたんだけど!?」

「そりゃ言ってなかったからのぅ」


くくくっと笑う。


「まぁ半分冗談じゃ」

「半分は本気なのか……」


このじいさん色々と突然すぎる。


「ちなみにモルバレフよ。そなたミツキ殿とはいつ知り合ったのだ?」

「昨日じゃ」

「昨日かぃ!!?」


バウバッハが両手で頭を抱えた。

何考えてるんだとか昔からこのじじいはとかつぶやいている。


「お主を呼びつけた時にも言ったがこれほどの強者は滅多におらぬぞ?」

「それはそうかもしれぬが……」


バウバッハが僕を見てくるが生憎僕も苦笑顔だ。


「……そう言えばミツキ殿、イリアは元気にしているか?」

「ん?元気にしてるよ。心配してくれるの?」

「もちろんだ。そうか、元気にしているならよい」


そう答えたバウバッハの目つきが優しいものになる。

そしてそれを見た僕は少しだけ安心し、だがそれ以上深入りはしない。

代わりに今のイリアの状況を告げる。


「一昨日は大ネズミ、昨日は大モグラを狩ってたから今日は大イノシシでも狩ってるんじゃないかな」


そこだけ聞くとどうにも野性味あふれるその言葉にいったん目を丸くしたバウバッハだったが、その後イリアのどじっぷりを聞き笑いだした。


「本人は一生懸命なのだがな。どうにも昔からあいつは要領が悪い」


優しくそして遠い目で語るバウバッハ。

こんなにも楽しそうに笑っているバウバッハがなぜイリアに恨まれる事になったのか。


話を続けながら僕は、人の世というものは本当に難しいものだと改めて考えていた。

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