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2-6 試験とモグラとついでにお風呂

「それでは……はじめ!」


開始の合図と同時にモルバレフが僕めがけて飛んできた。

正確には『跳んで』なのだが地面と水平にこちらに向かってくる様はやはり『飛んで』が正しいと思う。

そんなどうでもいい事を考える僕に向かってレプリカの聖剣が横一線に振られた。

しゃがんでよけるが聖剣がさらに低い軌道で再び戻ってくる。


「いやぁ速いね、っと!」


側転しながら跳ねて刃を飛び越える。

が、着地した僕に今度は斜め下からすくい上げるように三度(みたび)戻ってきた刃が迫る。

仕方がないので持っていた剣で防ごうとし、だが一瞬でそれを諦め後ろにブリッジする要領でよけつつそのまま後退した。


「剣の性能が違いすぎるでしょ!?」


自分が持つ半ばで切り落とされてしまった剣を見てそう声を上げた。

モルバレフの持つ聖剣に切られてしまったなれの果てだ。

あのまま防いだ気になっていたら今頃僕は真っ二つだっただろう。

剣筋すら変えられなかったのだからレプリカとはいえ性能の差は一目瞭然だ。


「当たらなければ一緒じゃわい」

「そういう問題!?」


理不尽さを訴える僕にモルバレフは心底楽しそうに笑っている。


「そもそもお主は魔術師じゃろう?魔術を使えばよかろう」

「あんまり目立ちたくないんだけどなぁ」

「ほほぅそれなら……」


再び構える。


「使わせてみたいのぅ!」


再びモルバレフが飛んできた。

今度は剣を両手でもった振り下ろし。


「ちょッ!」


僕は後ろではなく前、モルバレフに向かって跳ねるとその横をすり抜けるよう避ける。

その直後モルバレフの振り下ろした剣が石畳をたたきステージを陥没させた。


「うわぁ馬鹿力~」

「何を言うか」


交差する際の僕のつぶやきに律儀に返答がきた。

ついでに僕を掴もうと手が伸びてきたのでそれも躱し再び距離をとる。


「モルバレフ様!観客の事も考えてくださいッ!!」


案の定ステージの脇で観戦していたレティさんからクレームがきた。


「いやぁすまぬすまぬ」

「全然反省してないでしょう!」

「うははは」

「笑ってごまかさないでください!!」


モルバレフが剣をたたきつけた際に割れた破片が観客に襲いかかっていたのだ。

それをレティさんが魔術障壁を張ることで全て防いでいた。

レティさん受付をしていたけど魔術師としてもなかなかに優秀なようだ。

そしてモルバレフはそのレティさんがいる方向に破片を飛ばす辺り本当に食えないご老人である。


「ほらお主が本気を出さないから周りに被害が出とる」

「僕のせいなの!?」

「ほら次じゃ!!」


まだまだ元気なモルバレフは距離が開いているというのに剣を振り上げ、そして僕にめがけて振り下ろした。


「ちょッと!それだめなやつでしょ!!」


剣の力か魔術なのかわからないが振り下ろされた剣筋そのままに剣線が僕に向かって飛ぶ。

石畳を削りながら向かってくる様はまるで鮫の背びれのようだ。


「避けたら観客が巻き込まれるぞ」

「あんたは悪役か!?」


思惑に乗るようで少し癪にさわるものの仕方がないので魔術障壁を張りその衝撃を打ち消した。

もちろんモルバレフがそれを大人しく見ている訳もなく、少し回り込むようにして僕めがけて走り込んでくる。

さっきよりもさらに速い。


「そんなにがんばってくれなくていいんだけど!?」

「何を言う、こんなに楽しいことはそうそうないぞ!」

「うゎぁ自分勝手~」


軽口をたたきつつだけど気持ちはわからないでもない。

強くなるほどに全力で戦う機会は減ってしまうのだから。


僕は半分になった剣に魔力を通すとその魔力で剣先を作り、モルバレフの振るう剣を受け止めた。


「ほぅ面白い使い方をする!」

「理論的にはその剣とやってる事は同じだけどね!」


モルバレフが持つ聖剣は今魔力によりうっすらと光っており、そのおかげで石畳を陥没させるような衝撃でも剣がおれずに保たれている。

僕がやっているのも魔力で刃を作っているという意味で同じものだ。


力で押してくるモルバレフに対して魔術で強化した力で対抗する。

つばぜり合いの中僕とモルバレフの顔が近づく。

するとモルバレフが小声で言ってきた。


「お主じゃろ?あやつに一泡吹かせたやつってのは」

「あやつ?」

「なかなか大変だったみたいじゃぞ?悪魔に守られて姫が逃げ出したってな」

「あー……」


正体までばれてたようで。


「姿も変えてるのによくわかったね」

「そりゃこんなに怖い何かがそうそういてたまるか」

「こんなに無害そうな青年に全力で襲いかかってくるじいさんの方がよほど怖いって」


今のこの光景を見れば全員がそう思うことだろうさ。

絶対このじいさんが悪役に見えるはず!


「それでどうするの?面倒臭くなるようなら僕は逃げるよ」

「そうさなぁ。明日か明後日か一緒に城に行かぬか?」

「城?それって皇帝に会いに行くってこと?」


どうしてそうなる?


「理由は?」

「なに理由なぞない。ただ面白いと思わぬか?」


ギルドマスターが皇帝に会いに行って、そこになぜか僕がいる。


「……あー確かに面白いね」

「じゃろ?」


その時の城のパニックを想像してみた。

僕とモルバレフは同時ににやりと顔をゆがめる。


「なら決まりだ。アポを取っておくので明日またギルドにこい」

「わかった」


僕は身体強化に使っている魔力を少し増やすと増幅した力を使いモルバレフの体ごと聖剣を一気に押し返す。


「ぬッ!?」


押さえ込もうとしたモルバレフだったがその体ごと宙に浮き1mほど後退して着地した。


「はぁすっきりした」

「なんともはや……」


一瞬唖然とした表情を見せたモルバレフだったがすぐに破顔し笑い出す。


「まだまだ楽しめそうでなによりじゃ」

「僕はもうやりたくないけどね」


僕は一度肩をすくめるともう少し話をするためにゆっくりとモルバレフに歩み寄っていった。


*********************


その後見学者達から喝采を浴びつつモルバレフと少しだけ話をし、だが最後は面倒くさくなったのでさっさと行方をくらまして。

あとはだらだら帝都を散策しつつ数時間後、僕は今日も猫の姿でヒューザの街に戻ってきた。


(ただ情報収集をするだけの予定だったのに行く先々で面倒に巻き込まれるのはなんでなんだろう)


特に派手なことをしているつもりもないのに不思議でたまらない。

首をかしげながらヒューザの街中をとことこ歩く。


そろそろ夕方の薄暗闇が広がる中、ついさっきまでいたドルンダウンの都と比べると人の数も活気も違うが穏やかな時間が流れるこの街も決して悪いものではないなと感じる。


空を見上げれば星が輝き出すいい時間帯だ。


「賑やかなのもいいけど静かに過ごすのもいいよね」


誰に言うでもなく一人呟く。

そしてそこからしばしまったりとした気分で歩いた。


だがもう少しで宿に着くという頃、そんな穏やかな雰囲気を壊すように数人の男達が慌てた様子で街外れの方に走っていくのが見えた。


「なんだろ」


どうも遠くの話し声を聞くに誰かが事故にあったとかどうとか。

こんな平和に見える街でもやはり事故は起こるらしい。

他人事だとそのまま宿に向かおうとした僕だったが、ふと見に行った方がいいのではという気持ちが沸いてきた。

なんとなく嫌な予感がした。


少しだけ悩んだあと男達の走り去った先に僕もついて行く事にした。



その少し前のイリア達……


「おい!嬢ちゃんが穴に落ちたぞ!!」

「イリア!だいじょぶ?!」


地面にぽっかりと空いた穴に駆け寄ったラークが慌てて声をかける。

人が一人落ちたというのにその姿すら見えないほどに深い穴。

ちゃんと返事は返ってきたので安心はしたが、しかし今度はどうやって引っ張り上げようかと考える。

結果手持ちの道具では難しいという結論に達したラークは素直に助けを求めたのだった。


そろそろ夕刻に近づく時間だというのに何人もの男達が助けに来てくれた。

ロープを下ろして掴まらせ、今度はそれを引っ張り上げていく。


ふと気づけば観客の輪に混じって黒猫の姿があった。

ラークは苦笑しながら黒猫に事情を説明した。

曰く、今日の依頼対象である大モグラは強敵だったと。


かくしてモグラの穴にはまったイリアは無事に救出されたのだった。


*********************


幸いイリアは特に怪我などは無かったが精神的なダメージは大きかったようでどんより落ち込んでしまっていた。

今も泥だらけの恰好のままとぼとぼと公衆浴場に向かって歩いている。


「いやぁそれにしてもイリアは相変わらず……」


イリアの肩がぴくんと揺れる。


「どじっ子だねぇ」

「うぅぅぅ……」


追い打ちを掛けてみると案の定イリアがさらにへこんだ。

そしてその結果に満足する僕。


「まぁ無事でなによりだね。今日はお風呂に入ってさっさと寝ちゃうといいと思うよ」


次いでラークに聞いてみる。


「今日の成果はどうだった?」

「ん?もぐらがすごかった。あんなにもこもこ穴を掘っていくんだもん」

「あぁそうなんだ」


あーだこーだと身振り手振りで説明してくるラークは今日も楽しそうだ。

そして特に重要な情報もなさそうである。


(まぁ僕の方で知りたい事はわかりそうだからいいんだけどね)


聞きたかった事とは違っていたがにこにこと話すラークを見てあえて水は差さない事にした。


そうこうしているうちに僕たちは公衆浴場に到着した。

なんて言っておいてなんだけど僕がみても浴場だとはわからない図柄がついており言われなければわからなかっただろう。

なんでもこのマークは汚れを落とす形だそうだ。


「じゃあ僕は先に宿にもどってるからね」


二人にそう言い来た道を戻ろうとすると、少しだけ復活したらしいイリアに声を掛けられた。


「あの、ミツキ様はお風呂に入らないんですか?」

「僕?」


イリアの問いに首をかしげた後公衆浴場の入り口を見てみる。

そこにはこの街の人と思われるおばちゃんが立っており、察するにそこでお金を払うようだった。


「猫はお風呂に入れないでしょ?」

「そうなんですか?」

「いやそうだと思うけど……」


確認したわけではないけれど衛生面を考えるとだめなんじゃないだろうか。


ちなみに人の姿の時は毎日お風呂に入りたいと思うが猫の姿の時はお風呂に入りたくないと思うのだから不思議なものである。

そういえばこの身体は本物の猫ではないけれどそもそも新陳代謝はしているのだろうか……。


「じゃあ確認してみよう!」


僕の内心の問答をよそにラークが声を上げ浴場に向けて走っていった。

相変わらずの元気ッ子だ。

入り口に立っていたおばちゃんとやりとりをし、そしてすぐに戻ってきた。


「大丈夫だってー」

「ほら」


そんな勝ち誇った顔でほらって言われてもねぇ。

なんて苦笑していたらイリアに抱き上げられてしまった。


「ミツキ様もお風呂に入らないと臭くなりますよ」

「むぅわかったよ……ってちょっとちょっと!」


そのまま女性側に連れて行かれそうになって声を上げる。


「僕これでも男なんだけど」

「はい?知ってますよ?」


だからどうしたのかという顔のまま中に連れ込まれてしまった。

中には既に数人入浴客がおり後はご想像の通りである。


(……僕に対する認識は猫なんだろうけど、でも人の姿にもなれるって知ったらどういう反応するんだろうか)


気になりつつもここまで来てしまった以上それを告げるのは面倒くさい事になるのは目に見えている。


(ま、いっか)


結局面倒事は忘れて僕はお風呂に浸かる事にした。

入る前は嫌だと思うのに入ってしまえばそのお風呂はとても気持ちが良かった。

現金なものだと呆れながらも久々のお風呂を楽しむ。


少しだけ生まれた後ろめたい気持ちと目のやり場に困った事は僕だけの内緒にしておくことにする。

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