2-5 冒険者ギルドと変なギルマス
今日は昨日に引き続き雲一つ無くなんとも清々しい天気である。
宿でイリア達と別れた後僕は再び帝都を訪れその大通りを散策していた。
「んーおいしい。これでこそ異世界旅行だよね」
今日は最初から人型であり今は串に刺さった『焼き何かの肉』を食べている。
食べ物の為にそろそろ文字を覚えてもいいかもしれないと本気で考え始めていたりもするがまぁそれは余談だろう。
それはそうと今日は別に食べ物に誘われたから人型になっているわけではなく……いやもちろんそれもあるけれど別の用事の為でもあった。
「えーっと冒険者ギルドはーっと」
先ほど屋台のおじさんに教えて貰った通りに進んでいくとなるほど周りの建物より一回り立派な大きな建物を見つける事ができた。
どうやらこれが冒険者ギルドのようだ。
昨日イリア達と話をしている中で仕事斡旋所と冒険者ギルドという組織の話を聞き、さすがに帝都ともなれば冒険者ギルドもあるだろうと探していたのだ。
目的はもちろん情報収集の為である。
人と仕事が集まるところに情報も集まるものだ。
早速建物の中に入ると広い部屋にテーブルが何台か置いてあり、あとは奥のカウンターに受付らしき女性が数人立っているのが見えた。
壁には手配書のような紙が何枚も張り出されていて何かの図と文字が書かれている。
試しに覗いてみたが字は読めなかった。うん知ってた。
読めないものは仕方がない。
僕はカウンターに行き受付の女性に声をかける。
「すいませんー初心者なんですけど質問させてもらってもいいですか?」
「えぇ構わないわよ」
そもそも冒険者ギルドがなんぞやというところからよくわかっていない僕が色々質問したら受付さんは丁寧に応えてくれた。
どうやらいい受付さんに当たったようでありがたい。
ざっくりと理解したところでいくとまず大前提として、冒険者ギルドでサービスを受けるためには冒険者として登録されている必要があるそうだ。
まぁ当然だと思う。
仮に登録するとして文字の読み書きが出来ない事も伝えたところ、そういう冒険者は多いらしく問題はないと教えてくれた。
ただしギルドを通さず個人同士で依頼を受ける場合は契約書に不利な条件が書いてあっても気づけないから要注意とのこと。
下手に契約すると最悪奴隷にされるなんて事件もあるそうだ。
こわいこわい。
(冒険者としての身分は別にいらないけど情報の為に登録だけしておくのもいいかな)
少し考えてみたが登録だけならお金も必要ないということなのでなんとなく便利そうだという理由だけで僕も登録する事に決めた。
それを受付さんに伝えると紙を渡され名前と生年月日を書き込むように言われた。
さらさらと書き込み渡す。
「これ何語ですか?」
受付さんに聞かれたので異世界語と答えたら笑われた。
本当なのに……。
結局代筆をして貰い受付をすませる。
すると受付さんが一枚のカードを差し出してきたので受け取った。
薄い金属製のプレートだ。
「このカードは冒険者である事の証明であると同時にこなした依頼の履歴が保存されるものなの。だからどんどん依頼をこなしていけば優秀な冒険者の証として身分証明代わりに使えるようになるわ。まぁどんな依頼をどんな風にこなしたか、その内容によって信頼度は変わりますけどね」
だそうだ。
ただ発行しただけのカードは身分証明としては役には立たないって事だね。
もっとも僕の場合は情報収集の為に登録しようとしているだけなので気にする必要はなさそうだ。
その他にもギルドでの優待やらなにやらの説明を受け、そして最後に試験を受けて終了と告げられた。
「どのくらいの難易度の依頼をこなせるのかを確認する為にギルドマスターと戦っていただきます」
ベテランが新人の能力を測る為の試験なので別に勝たなくてもいいものなんだってさ。
紙を書いて終わりだと思っていたのに実技があると聞き少し驚いた。
それに新人の試験なのにギルドマスターと戦うってのはどうなんだろう。
「普通初心者相手にギルドマスターが出てくるものなの?」
「うちのギルマスは少し特殊だから」
苦笑しているが特殊なギルドマスターとは一体どんな人なんだろう。
そうやって首をかしげている間も手続きは進み建物の奥にあった応接室らしき部屋に案内された。
受付さんの指示でソファに座ると少しお待ち下さいと言ってその受付さんは退室していった。
何もない部屋でぽつんと僕一人。
(……披露会の情報を聞くだけなら冒険者登録しなくても聞けただろうし、やめとけばよかったかなぁ)
思いつきで動いていたがまさか試験を受ける事になるとは思っていなかったので面倒くさくなった僕は頬を掻いた。
だが挨拶もしないで帰るのも失礼かと思い大人しく待っているとそこから5分ほどした頃部屋にノックの音が響き白髪交じりの体格のいい年輩の男性が部屋に入ってきた。
「失礼するぞ。ほぅ、おぬしが今回の新人か」
「……ミツキと言います」
「これはこれは。儂はモルバレフじゃ、ギルドマスターをやっておる」
予想よりもだいぶ早く現れたギルドマスターに驚きつつ平静を装い無難に挨拶しておく。
普通組織のトップと予約なしで会うなんて言ったらもっと時間がかかるものだと思うんだけど。
……もしかして暇なのか?
そのギルドマスターは部屋に入ってから今までずっと笑顔でありともすれば話のしやすそうなご老人といった雰囲気を醸し出していた。
にもかかわらずその目だけはこちらの力を推し量ろう鋭く光っていて油断できない。
そんなギルドマスターが口を開く。
「さて突然ギルドマスターと戦う事になり驚いているじゃろう?すまぬな、これも趣味なのでな」
「……え?趣味?仕事じゃなくて?」
「驚く相手を見るのは面白いじゃろう?」
くっくっくと笑うギルドマスター。
そんなところで同意を求められても返答に困ってしまう。
受付の女性が言っていた通り確かに変わっている事がわかり呆れてしまった。
「さてさてあまり無駄話をしていると怒られるのでな、話を進めさせてもらうぞ」
自分で始めた話を無駄話と切って捨てつつモルバレフが佇まいを直した。
なんだか冗談と本気の境目がよくわからない人だなと思う。
「話は聞いておると思うがこれから儂と戦って貰う。準備などは必要か?」
モルバレフ個人に対する疑問はたくさんあるものの試験については準備が必要なものは思い当たらなかった。
「武器などを持ってないように見えるがもし準備していなかったのであれば剣くらいは貸し出せるぞ?」
「武器……あぁそういや忘れてた。でもまぁ特にはいらないかな」
「ほぅ」
モルバレフの目が細くなった。
あれ?別に変な事言ったつもりはないんだけど。
「お主は魔術師か?」
「どっちが得意かって意味で言えば魔術師、かなぁ」
猫の体だと魔術を使って解決することが多いしたぶん僕は魔術師でいいんだと思う。
「そうか。ちなみに人を殺した事はあるか?」
モルバレフは相変わらず笑いながら、だが微かな殺気を放ちつつそんな物騒な質問を口にする。
「いやだなぁこんな無害そうな青年に向かって何をおっしゃいますやら」
「無害とはよく言う。儂と臆面無く話が出来る者が無害なはずがあるまい?」
「うわぁそれどこからツっこめばいいやら」
くっくっくっと笑うモルバレフは殺気を引っ込めると、代わりに玩具を見つけた悪ガキのような態度に変わった。
「まぁよい。それでは先に試験場に行っていてくれ」
あまり具体的なことに触れないうちにどうやら面談は終わったらしい。
モルバレフが呼ぶとさっきの受付さんが部屋に入ってくる。
「この者はレティという。レティ、ミツキ殿を試験場に案内してやってくれ」
「わかりました」
こちらですとレティさんに言われ僕はそれについて行く。
移動中レティさんからうちのギルマスがごめんなさいねと謝られた。
どうやらどの新人にもあんな感じの対応らしい。
冒険者ギルドは全国組織と聞いていたけどこの組織は本当に大丈夫なのだろうか。
とりあえず試験は無難に終わらせようと考えながらレティさんの後を追う。
てっきり屋内に試験場があるのかと思ったが、レティさんはそのままギルドの建物を出ていき壁伝いにぐるりと裏手に回った。
「おぉー」
冒険者ギルドに来た時はギルドの建物の陰になっており気付かなかったがその裏手は大きな広場になっており中央には石畳のステージもあった。
そしてそこでは今も何人か訓練をしてるらしき人たちが見える。
「都の真ん中でこれだけ広く場所を取れるのはすごいね。これだけ広いとイベントもできそう」
「あら知らない?年に一度行われる披露会ではここも予選で使われるのよ?」
もっとも本会場はさらに大きなステージが別の場所にあるのだけどと教えてくれた。
思わぬところで披露会の情報が聞けた。
(っていうかラーク、皇帝が見に来るって言ったけどそもそも皇帝がいる街でやる大会じゃん……)
ラークらしい曖昧情報に思わず脱力しつつ、そのステージの上に飛び乗り状態を確認する。
「あまり使い込まれた感じではないんだね」
「うちにはすぐ壊す人がいるから直してばかりなのよ……」
レティさんのため息。
確かに模擬戦闘なんてやっていればこのくらいの石畳はすぐに壊れてしまうのだろう。
その度に修理してたらお金がいくらあっても足りなそうだななんて庶民的な事を考えながら足場を確認する。
ふと小さな殺気を感じ視線を動かすと、訓練している人たちの間から非常に目立つ冒険者が僕の方に歩いてくるのが見えた。
……というかギルドマスターだった。
「新人の力量を見るだけなんだよね?気合い入れすぎでしょ」
思わず呆れ笑ってしまった。
新人冒険者なんてあの姿を見ただけで威圧されて動けなくなるんじゃなかろうかというほど重厚な鎧をつけ威圧感をまき散らしながら近づいてくるモルバレフ。
隣ではレティさんが口をあんぐりとあけたまま固まっていたがふと我に返り声を上げる。
「ちょ、ちょっとモルバレフ様!闘神の鎧なんて持ち出して一体何と戦う気ですか!!」
レティさんが詰め寄りしばし二人は言い合いを始めた。
その言葉を聞く限りでは普段はあんな鎧は着ないらしい。
まぁそりゃそうだろう。
(にしても闘神の鎧ってまた大層な名前がついてるんだねぇ。どれだけ堅いのかわからないけど壊したら怒られそうだから気をつけよう)
当の僕はそんなことを考えていたりする。
そんなうちにどうやら話がついたようでモルバレフがステージに上がってきた。
「そんな怖い恰好をされると困っちゃうんだけど」
「生身でおまえさんと戦う方が怖いわ」
「いやいやそんなに過大評価してくれなくても」
「おまえさんにはこれでも足りないくらいじゃわい」
冗談のように言うモルバレフだが目が笑っていない。
僕から何かをしたつもりもないのに少し会話しただけで何かに気づいたらしい。
ギルドマスターってすごいなぁ、なんて感心してたらモルバレフがきらびやかな剣を抜いた。
「モ、モルバレフ様!?神剣まで使うんですか!?」
「どうせレプリカじゃ」
「そういう問題ではなくてですね!」
わーわーぎゃーぎゃーとまた騒ぎだす二人。
仲がいいのは良いことなんだけどさ、目立ちすぎでしょ。
周りを見回せばギルドマスターの装備がやたらと存在感があるためかどんどん人が集まってくる。
「儂の本能が大丈夫じゃと告げている」
「現役を引退してから何年経ってると思ってるんですか!」
「なんのまだまだ現役じゃわい!」
まだ騒いでいる二人の横に立つ僕は、あんまり目立ちたくないんだけどなぁとぼんやり考えていた。
まぁ今のところ実害があるわけではないので逃げたりはしないが。
「もう!どうなっても知りませんからね!!」
「大丈夫じゃ、間違って殺したら儂が責任をとる」
「だからそういう問題じゃ!……あぁもういいです!!」
レティさんが何かを諦めた表情でステージから下りていく。
「待たせたのぅ。それでは始めるか」
「えーっと負けてもいいって聞いてたんだけど?」
「もちろん負けても大丈夫じゃよ?生きてさえいればな」
「それ殺す気満々だよね?」
「そのつもりじゃ」
「認めたし!?」
殺される気は毛頭ないが勝ってしまうのも目立ちすぎるし困ったものだ。
対するモルバレフはストレッチまで始める始末。
なんでそんなやる気なのだろうか。
「やっぱり剣を借りてもいい?」
「ん、いいぞ」
ギルドマスターの指示でさっきまで模擬戦をしていたらしい男性が剣を渡してくれた。
そこで僕はいつの間にかステージを取り囲むほどにたくさんの人が集まっている事に気づいた。
「なんだかギルドマスターの本気が見られるらしいって話になっていて……」
レティさんが僕の表情を察して教えてくれた。
今ギルド職員も全員観戦しに出てきているので建物の中はからっぽらしい。
いいのかそれで……。
「はぁ、新人に何を期待しているのかわからないけど精々殺されない程度にがんばろうかな」
借りた剣を振ってみる。
両刃の剣だが訓練用だからかバランスが悪い。
まぁ使えればなんでもいいけど。
「んじゃ宜しくお願いしますー」
僕の緊張感のない声にモルバレフがにやりと笑う。
「久々じゃ」
「ん?」
モルバレフがぽつりとつぶやく、が待ってみてもその続きはなかった。
レティがステージの下から声を上げる。
「それでは……はじめ!」
なんだかわからないうちに戦いが始まった。