2-3 黒猫と帝都
「おぉ、さすがに皇帝のいる都は大きいねぇ~」
僕は今ダラウライという都の中央通りをのんびり散策していた。
誤解の無いように言っておくと今朝イリア達と分かれたのはヒューザという街だから当然別の街、というか都だ。
いやだってねぇ空が飛べれば移動にたいして時間もかからないし。
もちろんイリア達を連れてくるのも実は簡単なんだけどそれは世界に干渉しすぎないようにするという僕ルールに引っかかるのでするつもりはない。
人生楽を覚えちゃだめだしね。
「旅人も多くて活気もあるし雰囲気のいい街だね。あ、おいしそうな料理……」
きょろきょろよそ見をしつつ、そして人に蹴られないように注意しながら大通りを進む。
通常の店に加えもうすぐ昼になるためかあちらこちらに露天も出ていた。
「うぅ美味しそう……でもこの姿じゃ売ってもらえないしにゃ~」
自分の体を見る。
猫だ、間違いない。
少し考えてみるがやはり猫の姿だと都合が悪いという結論にたどり着いた。
辺りを見回せば建物と建物の間に路地がいくつも通っている。
どの建物も四階建て程の高さがあるためその路地は薄暗く姿を隠すにはちょうど良さそうだ。
僕はなんとなくで選んだ路地の一つに入っていく。
そして奥の十字路を一つ曲がったところで人が見ていないことを確認し魔術発動。
空間がゆがみ生まれた虚無に僕は飲み込まれた。
以前ドラゴンに化けた時と同じ魔術だが今回変化するものは決まっている。
虚無が消えた現れたのは人間の姿になった僕だ。
「あれ?僕ってこんなに髪が長かったっけ?」
久々に戻った自分の姿に自分で驚いてしまった。
身長は170cmほどとそれほど大きくなくまた特別筋肉質というわけでもない。
あの時は確か17歳だったはずだからどこにでもいる普通の高校生そのものだ。
強いて言うなら童顔だとは思うが愛着があるのでこれも変えていない。
ただその黒髪だけは腰に届くほどに伸びていた。
「そっか、前は切ろうとしたらあいつに止められたんだったか」
懐かしいといえば懐かしい遙か昔の思い出だ。
まぁ今はどうでもいい事だけど。
感傷に浸る事もなくさっさと紐を取り出し髪を結ぶ。
それと当たり前だけど裸ではない。
濃い赤や茶色など全体的に暗めの色を基調とした服とズボンを身につけ、その上から髪の色と合わせた黒のローブを纏っている。
これまた僕が最後に人の姿をしていた時にきていた服装のまま……だと思う。
いかんせん長い間猫の姿だったので細かくは覚えていなかったが。
「衣食住さえ揃っていれば猫の姿の方が楽でいいんだけどなぁ」
猫は日々食べて寝るだけの生活をしていても誰にも文句は言われないところが好きなのだが、この世界では残念ながら猫の姿でいると不便な事の方が多かった。
今のように食事一つとっても猫一匹では買えないのだから楽しみ半減である。
それに寝ているとイリアに起こされるし。
……もちろん食べる事と寝る事以外の事もちゃんと考えていると言い訳はしておこう。
さっと身だしなみを整えおかしな所がないか確認する。
よし大丈夫そうだ。
「それでは肉にく~」
にこにこ顔のまま今入ってきた路地を戻ろうと急ぎ足で角を曲がり……その途端だった。
「うわぁっ!」
どんっと僕に何かがぶつかってきた。
声を上げたのはぶつかったその何かだ。
「ご、ごめんなさい!」
10歳ほどの少年だった。
どうやら路地の奥から走ってきて角を曲がったところで僕にぶつかったようだ。
彼は自分の鼻を押さえつつも僕に頭を下げるとその僕の横を通り過ぎて路地の奥へ走っていく。
が、そこですぐに立ち止まった。
いつの間に現れたのか少年の目線の先には三人の男達。
それぞれが鎧を着け剣を腰に下げたそいつらは少年をにやにやと見下ろしている。
少年がたじろいでいると今度は路地の反対側からも男が二人駆け込んできた。
こっちは元々少年を追いかけていたのか少し息を切らしていた。
挟み撃ちだ!……と関係のない僕ものってみようかと思ったがやめた。
「えーっとどちら様で?」
結局僕はそんな緊迫感のない質問を選んだ。
その場違いな感じに男達は一瞬きょとんとした表情をするがすぐに下品に笑い始める。
「にーちゃん巻き込んで悪いな、今取り込んでるところだ」
一人が笑いながら答えてきた。
口では悪いと言っておきながら剣を抜かないで欲しい。
周りの男達もそれぞれに剣を抜いていく。
せっかくご飯を食べる為に人の姿になったというのにその途端に面倒ごとに巻き込まれるとはなんとタイミングの悪い。
(もしかして日頃の行いが悪いのかな……)
思い当たる事が多すぎてうなだれる僕。
するとそんな僕の前で少年が両手を精一杯に広げる。
「僕はおとなしく捕まるからこの人は逃がしてあげて!」
悲壮な声で少年がそう叫んだ。
その子の足は震えており立っているのがやっとな様子が見て取れる。
なんだこの子!すっごい健気なんだけど!
だがそんな少年のがんばりに対し男達は再び下品に笑いあう。
「悪いな、見られちまったからには生かしてはおけないんだ」
こっちも商売だからな、なんて言っているがどんな商売だろうか。
少年はその言葉に愕然としたがすぐに男達を睨みつけると腰に差していた短剣を抜き構えた。
相変わらず震えており目には涙が浮かんでいるが、僕を守ろうと必死になっているのが痛いほど伝わってくる。
(んー事情はわかんないけどとりあえずこの子は助けてあげたいよね)
イリアに一方的に決めつけるのはとか言っておきながら自分勝手な事である。
我が事ながら呆れつつがんばる少年に声をかけた。
「慣れない刃物は危ないよ」
僕は少年の横に回るとその頭を優しくぽんとたたき、続けて震えながら構えていた短剣に手を添えゆっくりと下ろさせた。
少年が目を丸くして僕を見上げてきたので一度にこりと微笑んであげる。
そして怪訝な表情のまま動きのない男達に向き直った。
「なんだかよくわからないけど先に謝っておくね」
そう告げるが状況が飲み込めていないのか男達は相変わらず訝しげにこっちを見ている。
(敵が目の前にいるってのに油断しちゃだめだよ、っと)
僕は膝を曲げ少し沈み込むと、そこから正面に立っている男の懐に右肩から飛び込み体当たりする。
助走なしで5mほどの距離を跳んだだろうか、その勢いを全身で受けた男は路地の奥まで飛び転がった。
ラークならこのくらい出来るだろうと思いやったものの、ちらりと見える少年や男達は突然の出来事に呆気にとられていた。
(ちょっと強めにやりすぎたかな?ま、いっか)
引いていた左手を突き出し左側の男の腹部を強打し、そしてそのまま半回転するように右足を振り上げ右側の男に振り下ろし沈黙させた。
もちろん殺す気ではやっていないがこれでしばらくは動けないだろう。
そして再び少年の元に跳び戻る。
「おっし逃げるよ~」
少年の手を引いて走り出すと状況が飲み込めていない少年はそれでも逃げられる事だけは理解したのかちゃんとついてきた。
背後では男達が騒いでいるがそんなの無視だ無視。
裏路地をしばらく走るとどこだかわからない大通りに出たのでそのまま歩いている住人や旅人に紛れるように進んでいく。
(あ、そう言えば僕ご飯食べるところだったんだ)
ふと当初の目的を思い出した。
辺りを見回すと小綺麗な食堂を見つけたのでそのまままっすぐその食堂に入っていき案内されるままに席につく。
少年は相変わらず目を丸くしながらも促されるまま素直に僕の向かい側の席についた。
「まだご飯食べてなかったんだよねー。聞きたい事はあると思うけどとりあえず話は食事の後にしよう」
僕はそう言いにこりと微笑みかけてから店員を呼んだ。
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「うん、美味しかった!」
店員のお勧めメニューを平らげた僕は一息ついた。
味付けが薄かったのがちょっとだけ残念だったけど道中の素焼きに比べれば十分満足だ。
後で今後の旅に備えて調味料を買いだめしておこうと心に誓う。
「あの……そろそろいいでしょうか?」
食事に夢中だった僕に放っておかれた形になった少年が何かの果物のジュースを手に持ったまま恐る恐る声をかけてきた。
僕も食後の飲み物を店員に頼みつつ笑顔で頷く。
「僕はミティスと言います。助けて頂いてありがとうございました。すいませんお名前を教えて頂いてもいいですか?」
まだ少年なのに礼儀正しい。
こっちの子供はみんなこういうものなのだろうか。
「僕はミツキ。職業は旅人というか、遊び人かな?」
「遊び人、ですか?」
「そ。のらりくらりと好きな事して過ごすの」
ミティスのよくわからないという表情から僕がどんな人間か掴みかねている様子が見て取れる。
僕はテーブルに運ばれてきた何かのジュースを手に取るとそれを揺らした。
「自分の性格が怪しいのは自覚してるよ。だからあんまり僕に関わらずにそれを飲み終わったら早く家に帰るといいと思うよ」
そしてジュースに口を付ける。
「お、甘い」
さらりとした感じから柑橘系かと思ったがどちらかというと薄いバナナみたいな味だった。
美味しい物を口にすると笑顔になるよね。
そんな何気ない様子の僕を見てかミティスは少しだけ緊張が溶けたようだ。
「ミツキさん強かったです。僕も将来ミツキさんくらい強くなりたいです」
あの時の僕の動きを思い出したのか目を輝かせて言ってきた。
これはきっとヒーローに憧れる目だ。
残念ながら僕はヒーローじゃなくて魔王様なんだよねぇ。
にこにことそんな事を考えている僕の内心にもちろんミティスは気づくことはない。
「それであの、もしよければなんですが家に僕が無事である事を伝えたいので一緒に来てもらう事はできませんか?」
「ん?こんな怪しいのがくっついていって大丈夫なの?」
「もちろんです」
真剣な表情で頷くミティス少年。
確かに家に着くまでにさっきの男達と遭遇しないとも限らないので護衛はいた方がいいだろう。
「それじゃ特に用事もないしお付き合いしようかな」
「ありがとうございます!」
ミティスに感謝された僕は席を立ち会計を済ませる。
金貨を一枚出したら銀貨やら銅貨やらがじゃらじゃら返ってきた。
むぅ、物価がわからん。
「僕の家はあっちの方向です」
店を出たミティスは大通りの向こうを指さした。
ミティスの家は城の近くにあるようでその指先から少し目線をずらすと大きな城が見える。
たぶんあれが皇帝の住む城なんだろう。
さっそく歩き始める二人。
たがすぐに僕は一つの屋台の前で立ち止まった。
「ミティス、これって食べられるか分かる?」
屋台で売られていた果物を指さして聞いてみる
それは道中何度か見かけて、でも食べられるかわからず放っておいた果物だった。
「あぁクラの実ですね、甘くて美味しいですよ」
「なるほど」
さっそくその果物を一つ買ってかじってみる。
確かに甘酸っぱくて美味しい。
続けてかじっていると、ふとミティスが興味深そうに見ている事に気付いた。
そこでミティスの分もその果物を買い放り投げてあげると慌てたミティスは数度お手玉した後それでもなんとか落とさずにそれをキャッチする事が出来た。
「食べていいよ」
「えーと」
僕と果物を交互に見るミティス。
「あれ?もしかして生で食べちゃだめなやつだったかな」
苦笑しながら頬を掻くが食べる事は止めない。
「いえ生で食べても問題はないはずですけど、ただ行儀の悪い事をすると父にしかられるもので」
「あーなるほど、それなら無理強いはしないよ。でもこんなに美味しいのにねぇ」
もったいないと言いながら僕は最後の一口を口に放り込みご満悦だ。
ミティスは僕を見てから再び果物に視線を戻し、そして意を決したようにその果物を口に運んだ。
「あ、美味しい」
「だよね~」
にこにこ顔の僕につられてかミティスも笑顔になった。
僕は男の子が行儀なんて気にしすぎるものじゃないと思う。
色々な事に挑戦してこそ大人になっていくのだ!……なぁんてね。
その後も面白そうな物を見つけてはミティスに色々聞きながら進む。
見た目と反対に僕がミティスに質問をしまくるという図は端から見ていてさぞ奇妙な光景だったことだろう。
おかげで少しこの世界のことが分かった気がする。
ミティスに感謝感謝。
そんなこんなしながらやがて二人がたどり着いたのはひときわ大きな屋敷の門の前。
「……あー、失敗したかな」
僕はその門を見上げながら少し後悔していた。
都会の真ん中でこんな大豪邸に住める人が一般人のはずがない。
となるとミティスの家は貴族とか王族とかそういう家なのだろう。
面倒ごとは避けたいのにいきなり面倒ごとの予感しかしなかった。
だがここまできてしまってはそのまま帰るわけにもいかず仕方なくミティスに手を引かれ屋敷の中に入っていく。
「ミティス様ご無事でしたか!!」
全身でザ・執事!と主張するかのような男性が玄関から入った僕たちを見つけものすごい勢いで駆け寄ってきた。
僕はその迫力に一歩引いてしまうがミティスは動じることなく心配かけてごめんなさいと謝っている。
ようございましたと荘厳を崩す執事だったが次の瞬間再びその目に鋭い眼光を宿し僕に向けてきた。
「ミティス様、この者は?」
「この人はミツキさん、僕を助けてくれた人です」
上から下まで値踏みするようにじっくり見られた。
見られて困る物はないけど居心地は相当に悪い。
僕はただ苦笑し立ちつくす。
その後執事とミティスがやりとりをしていると、今度はこの屋敷の主人と思わしき人物が中央の階段をどたどたと駆け下りてきた。
なんで主人だとわかるかって?やっぱり威厳かなぁ、特にお腹の出っ張り具合とか。
「ミティス!よく無事に帰ってきた!!」
ミティスも走っていき二人がひしっと抱き合った。
いつの間にかメイド達も集まってきており中には涙を浮かべる者までいる始末。
どうしよう僕だけ蚊帳の外だよ。
そんな風に困っている僕のことをミティスは父親に説明したらしく、その父親からお礼がしたいからと奥の部屋に通されたのだった。