2-2 目的と方法
昨日は日の高いうちから宿に引きこもった僕たちは久しぶりに調理された料理を食べ、久しぶりにベッドでぐっすり眠ったおかげで近日希にみるほど快適な朝を迎えていた。
そしてそんな僕たちの気持ちを代弁するかのように今日は朝からいい天気だ。
「これはまさに昼寝日よりだと思うんだけどどうだろう!」
「ミツキ様、さすがにそれはどうかと思います……」
イリアに困り顔で言われた。
サボるのは駄目だそうだ。
ごろごろするのは猫の本業なんだけどにゃ~。
「それなら今日は何をしようか」
冗談はさておきさっそく本題に入る事にする。
ちなみに現在地はこの数日ラークから聞いた話と街の入り口で兵士から聞いた情報から判明していた。
今いるこのヒューザという街はイリアのいたイダノケアという王都から東にある街なのだそうだ。
そしてここから北東に歩いて3日ほど進むと皇帝の治める都に着くらしい。
王都同士がかなり近い事に少し違和感があるがもともと友好国だったというのだから今までは問題なかったのだろう。
補足としてこの街は既に皇帝の支配する地域なので手配書が回っている可能性が高いということだったけれど今のところ危険な兆候は感じなかった。
「私は先を急ぎたいです」
イリアが言う。
体はまだ疲れているはずだがやはり気持ちは前のめりのようだ。
「ボクはミツキ様と同じでいいよ」
ラークは今日も相変わらずだ。
「それじゃあ皇帝のいる都、ダラウライだっけ?そこに向かうのは構わないとして、都に着いた後皇帝の前までどうやってたどり着く予定か教えてもらってもいい?」
僕は半ば答えを予測しつつも一応質問してみるが、イリアは案の定そこまで考えていなかったようで返答に詰まった。
肩をすくめる。
イリアはどうにも気持ちばかり先走っていて具体性に欠けている事が多いようだ。
「さすがに真っ正面から会いに行っても無理だよね。そうすると例えば敵国の姫と知りつつ庇い道を作ってくれるような強力なツテがあったりは?」
イリアは少し考えた後無言で首を振る。
「あとはイリアがよほど強ければ正面突破って手もあるけど残念ながら難しいよね。しかも装備は盗賊のアジトで見つけた庶民服と剣だし」
特別触れてはいなかったがイリアは今も相変わらずの残念服だった。
イリアの表情が暗くなる。
「急ぎたい気持ちもわかるけど僕はまず準備を整える方が先だと思うんだよね。さしあたって出来ることは装備を整える事だと思うんだけど」
二人が頷く。
ただ装備を整えようとすればどうしてもお金がかかってしまう。
にも関わらず二人ともお金を持っていない事は昨日宿に泊まる時にわかっている。
「ならまずはお金を稼ぐってのがいいと思うんだけどどうだろう?」
イリアの反論はない。
それを肯定と解釈しつつラークに聞いてみた。
「この辺でなにかお金を稼ぐ方法ってない?」
「お金?んー、お店から盗むとか?」
「こらこら」
「じゃあ旅人を襲う」
「悪の道まっしぐらだね」
さすが元盗賊だ。
「イリアどうする?」
「さすがにそれは避けたいです」
イリアの苦い顔。
そりゃそうだろう。
「……それなら魔獣を狩るのはどうでしょうか」
イリアの代案。
ここにくる道すがらイリアに聞いた話では、なんでも獣が濃い魔力にさらされると変質して魔獣になるらしい。
「魔獣になると手強くなる代わりに倒して採れる素材の値段が格段に上がるそうです。だから冒険者は命を懸けて一攫千金を夢見るといいます」
確かにセオリー通りなら魔力で変質した素材は高く売れる事だろう。
「確かにいい案だけどここにくるまで一度も出会わなかったのに探して見つかるものなの?」
「大きな街ならたまに討伐依頼が出るそうですが」
「じゃあこの街でも依頼が出てるか確認しないとだめだね」
ただ依頼が出ていたとしてもイリアとラークが倒せるかはわからないが。
なにはともあれまず一つ方向性が決まった。
そしてそこでラークが唐突に声を上げる。
「あ、披露会に行くっていうのはどう?」
「相変わらずラークは突然だね。披露会って何?」
「よくわからないけど強い人を決める為の試合をするイベントがあるんだってお頭が言ってた」
武闘会みたいなものだろうか。
「それってお金が稼げるものなの?」
「すんごく人が集まるから盗り放題だったって」
「……ラークはまず盗賊家業が一般的ではないってことを学ぶ必要があるね」
「え~」
がんばって考えた案が却下されラークが残念そうだ。
「そうなのかぁ、皇帝陛下に用があるみたいだからいいと思ったんだけどなぁ」
ラークのそのつぶやきにイリアが反応した。
「披露会には皇帝もくるんですか?」
「くるらしいよ、前にお頭が皇帝を見たって自慢してたから」
すごいだろうと胸を張るラーク。
これは知り合いが芸能人を見たんだぞって感覚だろうか。
ちなみにイリアが皇帝に復讐しようとしている事はラークには伝えていないようだ。
もちろん僕から伝える事ではないし、伝えたとしてもラークはふーんの一言で終わりそうな気もするが。
(にしても披露会ねぇ。もし本当に皇帝がくるならそれも面白いけど)
僕はイリアを見る。
歯をかみしめうつむく姿は早く皇帝に会いたくてたまらないように見える。
これでベクトルが悪い方向でないならば言うことはないんだけども。
「それじゃどうする?強い人が集まるっていうなら敵陣の真ん中につっこむような……」
「行きます!」
いつも遠慮気味なイリアにしては珍しく僕の言葉にかぶせるように宣言された。
ただ勢いはいいんだけどイリアの場合はちゃんと考えているのか本当に不安になる。
「それじゃとりあえずその披露会ってのに行く事を目標にしようか。ラーク、披露会っていつどこでやるの?」
「ん?よくわかんない」
「……」
あっけらかんと言い放った。
うーん話のテンポが悪いというか、なんだかいまいち話が進んでいかないんだよね。
僕が言うのもなんだけどこのパーティには色々なものが足りないと思うんだ、うん。
「それじゃ今日はそこから情報収集をしていこうか。そっちはラークとイリアに任せる事にするね」
そしてついでに僕は思いついたことがあるので二人とは別行動をとることを伝えた。
「ただ別行動はするけどもし何かあったら強く呼びかけてもらえれば僕に伝わるから」
制約魔術をかけた事による魔術的なつながりを使って簡単なやりとりはできるのだ。
それと金貨を20枚取り出して驚く二人に渡した。
「情報収集をする前にまず服を買ってね。その格好じゃ何をするにも軽く見られるだろうから」
奴隷の印がないにしてもあまりにも恰好が貧相過ぎる。
お金なんてまた稼げばいいので必要な物は買ってしまった方がいい。
ちなみに20枚ってのはなんとなくの枚数なので足りなかったら笑って謝ろう。
「それじゃ行動開始」
そして僕たちは宿から出発したのだった。
***********************
《イリア視点》
黒猫と別れた私とラークさんは今並んで街中を歩いている。
幸い兵士とすれ違っても呼び止められることはなかったが格好のせいか通りすがりの人にちらちらと横目で見られる事がしばしば。
平野を歩いていた時は気にならなかったが人目があるとこの格好は気恥ずかしい。
早く服屋にたどり着きたい。
「確かこの辺にあったはずなんだけど……」
主である黒猫がおらず、また自分の身分を知る者もいないので自然と口調が変わる。
元々国は兄が継ぐ予定だったので私はそれほど厳格には育てられなかった事もあり礼儀正しい言葉遣いは実はあまり好きではなかった。
「ラークさん、そんなにきょろきょろしてると人にぶつかりませんか?」
「ん、だいじょぶだよ」
ふらふらしながら楽しそうにしている歳の近い同行者。
身長だって私と同じくらいだと思う。
どうしてこんなに楽しそうにしながら親の仇と話ができるのか。
何度考えてみても黒猫と同じくらい理解できない。
「……全然わからないよ」
ここが道の真ん中でなければ頭を抱えて転がりたいほどだ。
「イリア、面白い顔してるよ?」
「ッ!?」
ラークさんがいつの間にか近くまで来ており驚く私はあっさりと両方のほっぺたをつままれてしまう。
「暗い顔をしてると悪魔がやってくるから気をつけないとだよ」
顔を近づけ笑顔で言ってきた。
その顔を私は直視できず目をそらしてしまう。
「む、約束ぅー守れ!」
私のほっぺたがつままれたままぐにぐにされた。
「わ、わかりまひた!」
「敬語もだめー」
「わかり……わ、わかったよ」
「よし」
満足げに鼻を鳴らすとほっぺたを放してくれた。
そして再びあっちこっちうろうろし始めるラークさん。
「……やっぱりわからないよ」
私は再びぽつりとつぶやき、そしてゆっくりとラークさんを追いかけるのだった。