2-1 髪と街
「ミツキ様ーっ!はーやーくー!」
前方からそんなラークの元気な声が聞こえる。
相変わらずの元気少女はそのまま僕たちの返事も待たずに再び勢いよく丘を駆け上っていった。
今日もいい天気で日差しは暑い。
わざわざ走って追いかける必要もないので僕はのんびり歩くことにする。
そんな僕と同じくゆっくり歩くもう一人の同行者、イリアはしかしラークとは対照的に疲れ顔だ。
「イリアだいじょうぶ?」
「あ、はい。まだ歩けます」
言葉とは裏腹に表情はだいぶきつそうだ。
いくら魔術が使えると言ってもついこの間まではお姫様だったのだ。
五日間も野宿を繰り返して泣き言を言わないのだからがんばっている方だと思う。
「ラークがこの丘を越えたら街だって言ってたしもう少しだよ」
そんな励ましの言葉をかけつつようやく僕たちは丘を登り切った。
「おぉー」
頂上まで登り切ると確かにラークの言うとおりその先には街がありここから城壁に守られたその街を一望する事ができた。
まだ若干の距離があるものの目的地が見えた事でもう少しがんばろうという気持ちが沸いてくる。
「ボクは街の中までは入ったことはないけどあれだけ大きければ美味しい食べ物もあるよね?」
ラークがにこにこしながら言ってくる。
だが残念ながら大都会を知っている僕としてはあのくらいの大きさの街だと西洋の片田舎程度の感覚でしかなかった。
「あの城壁は何から街を守ってるの?」
返答に困ったのでとりあえず思いついた疑問を投げかけてみる。
だがラークはわからないようで首をかしげた。
「あの城壁は平時では魔獣などが街に入らないように守っているというのが主な役割ですね」
ラークの代わりにイリアが教えてくれた。
僕と同じく街が見えたことで少し元気になったようだ。
「後は街に出入りする人を管理できるというのもあの城壁のおかげです」
イリアが指さす先には門がありそこから人が出入りしている様子が見てとれた。
「ある程度の規模の街には大抵城壁があるので中に入るにはああいった門を通る必要があります」
「へぇ」
いつもはどこか常識が抜けているイリアだがおそらく国の運営に必要であろうこの辺りの仕組みについては詳しいようだ。
さらに様子を伺うとどうやらその門では兵士たちが通行人から話を聞いているようだった。
あ、たった今男が一人追い返された。
なにやら騒いでいたようだが結局諦めたのか街から離れていく。
「不審人物は要するにああなる訳か」
「そうですね」
イリアを見直しかけた僕だったが、ふと気楽な様子で相づちを打ってくるイリアに疑問が沸く。
「それでイリアはどうやってあの街に入るつもりなの?」
「え?」
イリアに質問するとぽかんとした表情で僕を見返してきた。
「一応僕はイリアの望みを叶えるために付いてきてるわけで、方向性は決めてもらわないとね」
最近なんだかイリアが僕に従っている様な雰囲気になっているけど元々はイリアの手助けをするという契約なのだからどうするかはイリアに決めてもらうのが道理というものだ。
そうしないと僕もその設定を忘れそうだし。
「方向性ですか?ひとまず街でゆっくり休みたいとは思っていますが」
質問の意図を読み切れないのか素っ頓狂な答えが返ってきた。
「……イリアは忘れっぽいから再確認だけど、もし指名手配でもされてたらあそこで捕まっちゃうからね?」
「あ……」
どうやら忘れていたらしい。
今更慌てるイリアを見ながら僕はため息をつく。
イリアはやっぱりイリアだった。
「い、いえ忘れていたとかそういう訳ではないんです!」
まぁそれならそれでもいいんだけどね。
「それじゃどうしようか、とりあえず変装くらいはしてみる?兵士達をざくざく倒しながら正面突破するのも個人的には面白いとは思うけど」
「ざくざく……」
その光景を想像したのか一気に青い顔になったイリアは慌てて首を振る。
「変装の方向でお願いします!」
頭を下げてきた。
ですよねぇ~。
「とはいえ提案しておいてなんだけど僕も外見とか頓着しないから変装って言ってもよくわからないんだよね。ラークはいい案ない?」
「ん?何が?」
退屈だったのかきょろきょろしていたラークが僕の質問に聞き返してきた。
完全に話を聞いてもいなかったようだ。
イリアもラークもどこか抜けてるんだよなぁとため息をつきつつラークに内容をさっと説明する。
そして内容を理解したらしいラークが提案してきた。
「ボクみたいにバンダナしてみるってのは?」
「あー確かにそれもいいかもね」
僕はうなづく。
そしてそこでふと思いついたのでラークに聞いてみる事にした。
「そういえばラークってバンダナの下はどんな髪型なの?」
少しだけ他意の混じった僕の質問にラークが一瞬固まったが、すぐに頭に巻いていたバンダナをはずす。
「えーっと、こんな感じ」
バンダナで押さえられていたからか髪がオールバックになっているが髪を下ろせばショートカット程度の長さはありそうだ。
そして僕はてっきり動物っぽい耳が隠れてるかと思っていたのだが予想に反してラークの頭には何も付いていなかった。
そんな僕の内心の驚きをよそにラークはまた直ぐにバンダナを巻いてしまう。
「いつもバンダナをしてると髪がペタってして変、だよね」
照れながら聞いてきた。
「んー個人的にはバンダナはない方が可愛いと思うけど」
「か、かわ……ぁぅ」
ラークが赤くなる。
なんだろう褒められ慣れてないのだろうか。
「それじゃ試しにイリアもバンダナを……ってイリア?」
イリアは僕とラークの会話を聞きながらも手に持った自分の長い髪とラークの顔の間で視線が行き来していた。
そして何をしてるのかと僕が問いかけようとした瞬間、イリアは突然剣を抜き躊躇う事なく自分のその長い髪を肩ほどの位置で切ってしまう。
切られた髪がばさりと落ちた。
「あー……突然だねぇ」
僕の呆れた声。
イリアの髪はラークと同じくらいの長さになってしまっていた。
「いえずっと邪魔だと思ってましたので」
イリアがふいっと視線をそらしながら応えてくる。
ずっとというのは王城から脱出してから、ということだろうか。
うーむわからん。
「女性にとって髪は大事なものだと思ってたんだけど」
「確かに裕福な暮らしをする人なら伸ばし手入れをすることも大事だと思いますが私にはもう邪魔なだけですから」
少し寂しそうにそう口にする。
「そっか。でも確かに髪を切ったら印象が変わったね、似合ってるよ」
「うん別人みたい」
僕の意見にラークも同意する。
その言葉に少し照れたようにうつむくイリア。
今までは長い髪が上品なイメージを作っていたが短い髪はそれだけで活発そうな印象を与えた。
この世界に写真などないだろうからバンダナを巻かなくてもこれだけで正体はばれなさそうな気がする。
「それじゃとりあえずこれで街に入ってみようか。もし止められたらその時ってことで」
僕のアバウトな提案にも特に異議はでなかったので僕たちはゆっくりと丘を下り始めた。
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「無事に街に入れてよかったね」
あの後門で兵士達と二つ三つ会話をし、だが特に何事もなく僕たちは無事に街に入る事ができた。
内心拍子抜けするくらいにあっさりと通してもらったので逆に不安になる。
そして今は街に入ってすぐの所にあった広場の一角に立っていた。
「さてそれじゃ色々考えるのは明日にして、今日は宿をとってゆっくりすることにしよう」
二人の反対はなかったので日が高いうちからさっさと宿を探し始める事にする。
僕たちはきょろきょろ辺りを見回しながら歩き始めた。
さきほどこの街に入る際の兵士達との話の中でこの街はヒューザという名前だった事がわかっている。
帝都の近くにあるため地方の街や村に向かう旅人達が最期の支度をするなど交通の拠点として賑わう街だそうだ。
そのおかげかこの街の中央通りはそこそこな数の店が並んでいた。
武器屋や道具屋、食事処にその他諸々。
好奇心旺盛な僕はあちこち覗きたい衝動に駆られるが今はまず寝床の確保が最優先だ。
後は早いうちにイリアとラークの服は買っておきたいので服屋の位置も覚えておく。
そしてそんな並びに一件の宿を見つけたので僕たちは早速中に入っていった。
「一人一泊食事付きで70カルだよ」
受付に座っていたおばちゃんがニコニコとそう教えてくれた。
なかなかにふくよかな方だった。
人懐っこそうな笑顔から察するに昔は美人だったのかもしれないが、残念ながらもう30年早く出会いたかったものだ。
それはともかくとして、70カルとはいかほどなのか。
カウンターに上っていた僕は首をかしげつつ隣のイリアを見上げる。
イリアの顔はしまったという表情をしていたので嫌な予感がしつつ今度はラークに視線を投げた。
「ボクお金持ってないよ?」
無情な答えが返ってきた。
全員が固まる中おばちゃんの顔が徐々に無表情になっていく。
「もしかして冷やかしなのかい?」
さすがは旅の人を相手にする商売人、すさまじい威圧感だ。
冷や汗をかきつつ考える。
(お金って言えばあれが使えるかな)
出来れば魔術は人前では使いたくないのだが仕方がない。
僕はおばちゃんに見えないように背を向けると、どこぞの次元に放り込んでおいた金貨を取り出し口にくわえる。
盗賊のアジトで見つけてそのまま貰っておいた金貨だ。
おばちゃんに近づき見えるようにその金貨をカウンターに置いた。
「おや、かわいい猫ちゃんだね。なんだいお金を持ってるじゃないか。あと40カルあれば二人分になるんだけど持ってないのかい?」
残念ながら一枚じゃ足りなかったようだ。
(つまり金貨は一枚で100カルって事か?)
価値がどのくらいか聞き忘れていたけどこれで少しイメージができた。
僕はその場で跳ね空中で一回転すると、その回転中に再び金貨を取り出し口にくわえて着地する。
変な猫だと思われそうだが金貨を取り出す瞬間を見られる方が面倒事になりそうなので仕方がない。
再びその金貨をおばちゃんの目の前に置き、目が丸くなっているおばちゃんに向かってにゃぁと鳴く。
おばちゃんはすごいわねこの猫!と興奮しながらもその金貨を受け取るとすぐにイリアとラークに宿の説明をし始めた。
最初は一緒に説明を聞いていたが猫に追加料金がかからないというところまで聞くとその他の一般的な話はイリアに任せる事にした。
僕はカウンターの上からきょろきょろと辺りを見回す。
実は宿に入った時からずっとよい香りがしていたのだ。
久々の香辛料の香り!
「食事の時間はさっき伝えたとおりだよ。その猫ちゃんの分も用意してあげるから食堂に入ったら私にいいなね」
やった!おばちゃん最高!!
そんな僕の心の声は聞こえていないはずだがおばちゃんは小気味よく笑いながらこっちだよと部屋まで案内してくれるのだった。