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間話 イリアの問答

《イリア視点》


そろそろ日が暮れ始めてきた頃、平原で木の枝を集める人影一つとそれを眺める猫影一つ。

というか私と黒猫だ。


私は今日も火を起こす係として薪収集の真っ最中。

一度食料調達係もやったのだけど美味しそうなキノコと木の実をとってきて鍋に入れたらなぜかその後はずっと火を起こす係に回されている。

虹色で綺麗だったからたくさんとってきたのに何がいけなかったんだろう。


集めた木の枝を積み上げて魔術の炎を投げ込み火をつける。

未だに力加減が思う通りにいかず枝の半分ほどは飛び散ってしまったものの、最初の時から比べれば少しは上達したと思う。

周囲をあまり燃やすことなく火をつける事が出来た。


小さな達成感に内心少しだけ満足していると、遠くからラークさんの声が聞こえてくる。

そちらを見れば走ってくるラークさんのその掲げた手には大きな鳥。

あの鳥、隣の黒猫より明らかに大きいけれどどうやって捕まえたんだろうか。

当の黒猫はラークさんの掲げる鳥に目を奪われており今にもよだれが垂れそうだった。

かわいい。

この猫は食べ物が本当に好きなようで旅の途中も何度も木の実等を見つけては食べられるか聞いてきた。

もっとも私もラークさんもそういう知識が乏しく正しい答えは出せないのだけど。


黒猫はここ数日終始こんな感じだった。

助けて貰っておきながらこういうのもなんだがこの黒猫が何を考えているのか未だに全然わからない。

そっけないかと思えば甘えてきたり、無関心かと思えば妙に熱心だったり。

まるで性格まで猫の様だ。

いや見た目も猫なので間違いではないのだけど。


「ミツキ様ーこの鳥どんな焼き方にする?」

「どんなって、どんなのがあるの?」

「え?んーっと石を燃やしてその上で焼くか、木に刺して焼くか、普通に焼くか」

「普通って何さ」

「火に投げ込む」

「却下」

「えー」

「えーじゃない」


結局焼くしか選択肢がないのになんだか変な会話だ。

ラークさんと黒猫はこんな会話をする事が多くてそのたびに思わず笑ってしまう。

なんて他人行儀に見ていたらそんな私を黒猫が見つけたようで。


「イリアーこの鳥を使って料理できない?」

「う……すいません」


私は料理がどうという以前に黒猫と出会うまで食べ物を意識した事がなかった。

城ではいつもいろいろな料理が出され、でも特別美味しいもまずいも意識して食べた記憶がない。

そんな訳で正直料理をするという事自体よくわかっていなかった。


「そうだよねぇ。うーおいしいご飯が食べたい!」


黒猫が叫ぶ。

なんだか申し訳なくも感じるがさりとて料理を作る事も出来ない。


「まぁ焼くだけでも十分美味しいからそれでよしとしよう」


諦めたのかため息を一つついてから黒猫がしっぽを揺らした。

するとラークさんがもつ鳥がその手を離れ宙に浮かび、そして風を切るような音と共にスッと二つに分かれた。

さらにしっぽが揺れるたびに鳥は切り分けられ、あっという間に八つのブロックが出来上がる。


少なくとも物を浮かせる魔術と切断する魔術の二つを使っているのだとは思うが傍で見ていても黒猫が一体どのような魔術をどのように制御しているのか全く想像がつかない。

黒猫は鼻歌など歌いながら平然とやっているがその制御は非情に細かく、そもそも二つの魔術を同時に使う魔術師など私は聞いたことがなかった。

魔術師としても優秀であった私の父ですらこの黒猫の足下にも及ばないだろう。

なのに黒猫は平然と、そしてちょくちょくこうやって信じられないような事をした。


「とりあえず魚と同じように刺して焼いてみようか」


私の驚きなど気付きもせず、黒猫は相変わらずのんびりと料理を続けていく。

指示されたラークさんが小分けにされた肉に木の枝を刺し、それをさっき私が起こした火のそばに立てていく。

そうして火の周りを囲むように八本の肉の輪ができがった。


「あとは焼けるまで待つ~」


黒猫がにこにこしながらしっぽをくねらしている。

かわいい。

こうしていればただの猫にしか見えないのに。


「そうそうミツキ様ー、そこの林でこんなのも見つけた」


ふとラークさんがそう言いながら持っていたバックを漁り、取り出したるは猫じゃらし。


「ミツキ様が遊ぶかと思って」

「いや確かに僕は猫だけど」

「あ、間違った。ミツキ様で遊ぼうと思って」

「え!?そっちが本音なの!?っていうか普通言わないよねそれ!?」


ラークさんは相変わらず素直だ。

そんなラークさんを突如地面から生えた伸びたツタが襲う。

だが突然だったにも関わらずラークさんは跳ねて躱した。

驚くべき反射神経だ。


「あはは!ミツキ様が鬼ー!」

「む、生意気な!」


さらにツタが二本、三本と増えラークさんを絡め取ろうと動き回るがラークさんは笑いながらも器用にそれらを躱していく。

私は突然の出来事に驚き固まっていたがよくよく考えればあれは黒猫の魔術だ。

お仕置きされた私が言うんだから間違いない。


「……ぅ」


思い出して赤面してしまう。

くすぐられる事があれほど怖い事だとは思わなかった。

あの経験は何というか……いややめよう恥ずかしいし。


「あの、そろそろお肉が焼けるんじゃないですか?」


恥ずかし紛れ半分空腹半分でそう二人に声を掛ける。

するとはね回っていた二人がぴたっと動きを止めたかと思うと、何事もなかったかのようにすばやく火のそばに戻ってきた。


「「おっにっくー」」


黒猫とラークさんの声が重なった。

そして黒猫が早く肉をとってくれと目で訴えてくる。

今更というか当然だが猫は自分の手で物をつかめないので食事の時は私が皿の上にご飯を取り分けていた。

今日も焼けた肉を棒から外し取り出した皿の上にのせ黒猫の前に置く。


「いっただきまーす」


勢いよくかぶりつき、慌てて涙目で口を離し顔を振る黒猫。

猫舌は相変わらずのようだ、というか毎食このやりとりを見ている気がする。

かわいい。


「おー!んまい!」


ラークさんは熱さを物ともせずワイルドに肉にかじりついていた。

行儀は良くないと思うけれどそれがラークさんの常識なんだろう。

この数日で私も色々な考え方がある事を認めるように努力している。


「だけど中は生だね、まいっか」


そのまま赤い部分まで食べ進めるラークさん。

いややっぱりそれはだめだと思うんだけど。


「やっぱりこの方法だと中までは焼けないよねぇ。しょうがない、面倒くさいけどおなか空いたから焼こうか」


黒猫がよくわからない事を言い始めた。

焼いたけど生で、おなかが空いたから焼く??

ハテナをとばす私を尻目に黒猫がまたしっぽを一振りすると、八切れの肉それぞれの周りに薄い膜の様な物が生まれた。


「待つ事30秒~」


どうも肉を覆っているのは魔術障壁のように見えるが、その状態で30秒待つ意味がこれまたわからない。

わからないけれど黒猫が言うのだからとりあえず待ってみる。


「~28~29~チンっ」


黒猫がカウントの最後に謎のかけ声をあげた。

チンってなんだろう。

それはともかくとして、カウント終了と同時に魔術障壁が解かれると肉はじゅうじゅうと音を立てて焼けていた。

まるで本当に火の中に投げ込んだような音を立てているにも関わらず見た目は全く焦げていないように見える。

不思議だ。


「さて改めていっただきますー」


そしてかぶりつき再び涙目で口を離す黒猫。

既視感がつきまとうが気にしない事にして私も自分の分をとりラークさんに倣って口をつける。

少しぱさぱさしているが柔らかくておいしい。

昔はこんな風に食事をするなんて考えた事も無かったけれど、なんだか楽しく感じる自分に少し驚く。


(あれからまだ数日しか経っていないのになんでこんなに遠い昔のように感じるんだろう)


両親と兄とした食事。

食事中はしゃべらないことが礼儀だと教えられ個人的には嫌いだった食事の時間。

なのに今はこんなに懐かしく感じる。


(私は、これからどうすればいいんだろう)


そんな疑問が浮かぶ。

皇帝に対して復讐を誓った私は、でも本当にそれが正しいのかわからなくなっていた。

黒猫と過ごし、そしてラークさんと会ってからはその疑念は更に強くなるばかりだ。


『悪人だから殺していいっていう考え方はちょっと見方が一方的過ぎる気がするけどにゃ~』


盗賊のアジトで黒猫が言った言葉だ。

今までそんな事は考えた事もなかったが一度考え始めるといつも思考が堂々巡りになってしまう。

人を不幸にする者が正義のはずがないのだから盗賊達が悪である事は変わらない。

けれどラークさんの父親は盗賊で悪だとするならばラークさんが不幸になるのも仕方がない……のだろうか。

そしてその父親を殺しラークさんを不幸にしてしまった私はやっぱり悪なのか。


皇帝は私の父が先に皇帝を殺そうとしたと言った。

父に限ってそんな事はあり得ない。

あり得ないはずだがもし仮に本当ならば、私は裁かれて当然の人間なのか。

わからない……


「……ィリア!イリア!!」


ふと、黒猫の声で現実に引き戻された。


「イリア!たれてるたれてる!!」

「ふぇ?」


何が?と聞こうとしてぎょっとする。

私はどうやら肉に歯を立てたまま考え事をしていたようで口の端からたれた肉汁がズボンに垂れていた。


「あぁぁぁ!?」


慌てて立ち上がろうとすると、その拍子に持っていた肉が枝から離れてしまった。


「ちょッ!肉もったいない!!」


黒猫が慌ててしっぽを振り地面に落ちる直前の肉を宙に浮かせる。

一瞬時間が止まったようにシンとし、そして私と黒猫が同時に息を吐いた。


「イリアぁ鳥の命を貰ってるんだから食事の時はちゃんと食べなきゃだめだと思うよ」

「う……すみません」


またやってしまった。

なぜかこの黒猫と一緒に行動し始めてからミスばかりしている気がする。

ズボンについた鳥の肉汁が気持ち悪い。


「川に行って洗ってきます……」


落ち込みながらそう伝え私は一人火のそばから離れようとする。


「イリア、ランタンを持っていかないと暗いよ?」


言われてみればいつの間にか辺りは暗くなっていた。

礼を言いランタンをつかみ再び歩き出そうとすると、


「ボクも行く」


手元に残っていた肉を急いで口に入れたラークさんが勢いよく立ち上がり近づいてきた。

特に断る理由もなかったのでラークさんを待ち二人で歩き始める。


「気をつけてねー」


黒猫は残るようだ。

相変わらず鳥肉にかぶりついていた。


川がすぐ近くにあるのは昼間に確認済みだったので暗い中でもすぐにたどり着く事が出来た。

汚れを落とすにあたりズボンを脱ごうか迷ったが結局脱がないことにする。

近くに黒猫がいるとはいえ夜の平野では何が襲ってくるかわからないので極力動きづらくなる事はしない方がいいと思った。


「イリアはよく考え事してるよね」


ふとそんな私にラークさんから声がかかる。

振り返れば笑顔のラークさんがこちらを見ていた。


ラークさんは決闘の後から私の事をイリアと呼ぶようになっていた。

不快ではないものの今まで友人と呼べるような存在がいなかった私は同世代の女の子から呼び捨てで呼ばれた事などなかったので緊張してしまう。


「ラークさんはその、毎日楽しそうですよね」

「ボク?ボクは楽しいよ。ミツキ様も面白いし」


ニコニコと話すラークさんは本当に楽しそうに見える。

やっぱり私には理解できない。


「イリアも笑えばいいんだよ」


すっと私に歩み寄ると突然私は両のほっぺたをむにっとつままれた。


「にゃ、にゃにするんれすか!」


口がうまく回らずおかしな言葉が出た。


「にゃんだろうねぇ~」


ぱっと私のほっぺたを放したラークさんは笑いながら川に向かって走っていったかと思うとさっと服を脱いで川に飛び込んでいった。

引き締まった後ろ姿はなかなかに魅力的だけど胸はまだ私の方が……ってそうじゃなくて!?


「ラ、ラークさん!危なくないんですか!?」


見れば脱ぎ散らかした服と一緒に短剣も転がっているのが見える。

武器まで手放すのは危険ではないのだろうか。


「川には危ない獣はいなかったから大丈夫だよ。いざとなればミツキ様が助けてくれるしね」


あははと笑うラークさん。

確かにあの黒猫に勝てる獣なんてそうそういないとは思うけど、でもあの黒猫は気まぐれだから本当に助けてくれるか不安だ。


「それでもやっぱり……っわぷ!?」


突然水を掛けられた。


「頭は使いすぎると馬鹿になるんだよ」


笑いながらラークさんが言う。

そんな理不尽な!


「そ、そんなわけ……わっぷ!ちょ、ちょっとラークさん!」


二度三度と水を掛けられた私は既にびしょびしょだ。

だんだん腹が立ってきたので私もばしゃばしゃ川にはいるとラークさんに向かって水を掛ける。


「にゃははボクはもう濡れてるから効かないよーだ!」

「うーッ!」


腰に手を当てて仁王立ちするラークさんと悔しがる私。


なんなんだこの人は。

なんでこんな風に笑えるんだ。

わからない。


「さぁさぁ諦めて服を脱ぐといいと思うよ」

「なっ!?いえ濡れたから脱ぎますけど、なんでそんなに笑顔で近寄ってくるんですか!?」


ラークさんが一歩近づく。

私は一歩後ろに下がる。


「さぁ観念するのだーッ!!」

「キャー!ちょ、ちょっと待ってください!!」


そして夜の鬼ごっこが始まる。

とはいえ身体能力でラークさんに敵うはずもなくあっという間に捕まり服をはぎ取られてしまった。

何がいるかもわからない平野の真ん中で裸になる。

数日前までは想像すらしなかった状況だ。


ラークさんは私を裸にするとそれで満足したのか今は気持ちよさそうに水に浸かっていた。

私もそれに倣い水につかると、体を動かしたあとの熱さに水の冷たさが心地よい。

漂うように浮かぶと大きな月が目に入る。

昔見た月と今の月、同じようだけど果たして本当に同じものなのか。

ふと沸いたそんな疑問。


(……真実が知りたい)


先ほどまで悩んでいたのが嘘のように、唐突にそう思った。


(答えを出すのはそれからでも遅くない)


起き上がる。

ふと、ラークさんが私を見ていたことに気付いた。

ラークさんは相変わらず笑顔だ。


「ありがとうございます」


私はそんなラークさんにお礼を言うと、ラークさんは何が?と首をかしげる。

わざとやっているとしたらラークさんは凄いと思う。

ただ、わかってはいないんだろうなとうっすら思う私がいるのも確かだった。



その後しっかりと服を洗ってから薪のそばに戻ると食事を終えたらしい黒猫が何もせずにじっと火の側に座っていた。

いつも食べているか寝ている黒猫にしては珍しい。


「おかえり。楽しそうだったねぇ」


のんびり迎えてくれる。

私たちの声はここまで聞こえていたようで少し恥ずかしくなってしまった。

そんな赤くなる私とは対照的に、ラークさんが鼻をすんすんとならす。


「ミツキ様……この辺血のにおいがするよ?」


ふと目を細めてラークさんが黒猫に問う。

私は慌てて周りを見渡すが見えるのは暗闇ばかり。


「そう?さっきの鳥をさばいたからじゃないかにゃ~?」


そんなラークさんの緊張感とは無縁の様ににこにこと答えてくる黒猫。

ラークさんは特に追求する気はないようで、そうなのかーと納得し残っていた鶏肉を再び食べ出した。

なんだったんだろう私だけが置いてきぼりな気がする。


「イリアもおなかすいたでしょ。食べるといいよ」


考える私に黒猫が言う。

思い返すと確かにお腹が空いていた。

ほとんど食べないうちに川に行ってしまったからだろう。


遠慮せずに最後の一本を手に取り口に運ぶ。

さっきよりも冷めてるはずなのにさっきよりも美味しく感じた。

なぜだろう理解できない。

できないけどこれはこれでいいなとうっすらと思う自分の事も、まだ理解できない私だった。

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