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間話 けじめとついでに罰ゲーム

今僕の目の前ではイリアとラークが向かい合って立っている。

二人とも表情は真剣そのものだ。

それもそのはず、お互い手に持っている武器は人を殺すための道具なのだから否が応にも気を抜く事は出来ない。

イリアは長剣、ラークは短剣だ。


「それじゃ、始め!」


僕のその言葉と同時にラークが短剣を構え、イリアに向けて飛びかかっていった。


************************


事の発端は今朝の事だった。

盗賊のアジトを出発して3日目。

いつものように草の上で丸くなり朝食後のゆったりした時間を過ごしていた時だ。

イリアとラークがまどろむ僕の所にやってきた。


「ミツキ様すいません、この子と決闘させて頂きたいのです」


イリアがそう言ってきた。

僕は二人を見上げる。

二人とも緊張した面持ちで僕を見ており決して冗談を言っている風には見えなかった。


「決闘っていうと、何をかけて闘うの?」


僕は普段と変わらぬ口調で確認する。


「負けた方が勝った方の言うことを聞きます」


再びイリアが答えてきた。

それにラークも無言で頷く。


(近いうちに何かしらの行動があるとは思っていたけど……)


ラークの父親をイリアが殺してしまっている以上そのまますんなり仲良くなれるとは思っていない。

どうやらそれが今日になったらしい。


「いつやるの?」

「今すぐ」


今度はラークが答えてきた。

既に話はついているようで二人の目に戸惑う様子はない。

僕は少しだけ考えてみるが特にいい考えも思いつかず。


「わかってると思うけど二人とも今は僕のものだからね。経過は聞かないけどその代わり相手を傷つけるような事があれば相応の罰を与えるよ」


僕は一度ため息をつく。

僕が近くにいれば即死でもしない限りはなんとでもなる。

だがだからといって傷を付けていいというものではない。


「はい」

「わかった」


二人が了解した。


「あともう一つ」


僕は付け加える。


「この無茶な決闘を行う代償として、負けた方には僕からも罰を与えるからそのつもりで」

「……!」


二人の表情に一層の緊張が走った。


「わかったなら早速やろうか。当然見届けさせてもらうけどいいよね」

「わ、わかりました」


これも二人は了解した。



……というのが経緯だ。


今のところラークは短剣の長所である軽さを活かして斬と突を織り交ぜてイリアを攻めている。

だが短剣故に長さが足りず、イリアもそれは理解しているのかその大半を身体を左右に傾けることで避けていた。

またイリアもラークの隙を突くように長剣を振るっているがこれをラークは跳んだりしゃがんだりと器用に躱している。


今のところは速度で勝るラークの方が手数が多いが、イリアもそれを冷静に捌きつつ隙を見ては反撃しておりぱっと見ではいい勝負に見える。


(それにしても相変わらずラークの筋力は常人を超えてるね)


普通であれば行動を起こすたびにその直前の行動を止める力が必要になる。

例えば前に走っている人がいきなり後ろに跳ぼうとする時や、跳躍し着地した直後に再度跳ねようとする場合などは直前の動きを押さえ込むための力がかかっている事がわかる。


だが今見ている限りではラークはそれがないかのように上下左右自由に動いていた。

この世界に来てから今まで会った人間達はこのような動きはしていなかったのでたぶんラークが特別なんだろう。


(個人的にはラークのバンダナの下が気になるんだよねぇ)


ラークは出会ってから今までの間ずっとバンダナで頭を覆っており、この三日間僕はバンダナを取ったところをみていない。


(実際どうかはわからないけど、人間を超えた動きが出来てしかもバンダナで頭を隠してるとなるとたぶん……)


僕がそんな事を考えていたところで、イリアがラークの腕を叩き短剣を取り落とさせた。

僕は一時思考を中断して再度二人を注視する。


ラークの事ばかり見ていたが実戦経験ではまだまだイリアの方に分があるようだ。

簡単そうにやっているが短剣だけを手放させるには相応の技術が必要であり、まして盗賊のアジトでも同じ事をしているのだから警戒しているはずのラークに対して同じ事をするのは非常に難しいはずだ。


逆にラークにとっては同じ事を二度もされてしまったわけだが、予想に反して特に慌てるそぶりは見せなかった。

それどころか前回の動きをなぞるように体勢を整えわずかに身を縮める。

イリアはその動作からラークが飛びかかってくると思ったようで長剣を構えなおす。

だがイリアの予想に反してラークは伸び上がるようにして逆に大きく後ろに飛び退いた。

虚をつかれたイリアだったがすぐにこれを好機ととらえたようで逃げるラークを追うように走り跳ぶ。

ラークは続けて二度三度と後ろに跳ねていく。


(ラークにはまだ厳しいかな)


見ている限りでは武器を失ったラークが一端距離を取ろうとしているようにも思える。


(だけどあれは……笑み?)


追うイリアの姿をみて、後ろ向きに飛び逃げるラークの口元が本当にわずかだがゆるんだような気がしたのだ。


だがイリアの方はそれに気づかなかったようで、逆に決着を付けようとしたのかさらに一歩大きく踏み出した、その瞬間


ずぼッ!!


追っていたイリアの足が突然深く地面に埋まってしまった。


(これは、落とし穴?)


イリアの埋まった足下には折れた木の枝が数本突き出しているのが見える。

先ほどのラークの笑みも考えると恐らく間違っていないだろう。


罠にはまったイリアはとっさの事にバランスを失い驚きの表情と共に前のめりに倒れ込む。

そしてその際イリアは両手で受け身を取ってしまった為長剣を放り投げる形となってしまった。


倒れ込んだイリアが慌てて顔を上げたときには、既にイリアが持っていた長剣を構え振り上げているラークがいた。


青ざめるイリアを見下ろすラークの顔に映るのは興奮と殺意。


自分の父親の仇が今目の前にいる。

自分が手を振り下ろすだけで仇を討てる。


一瞬の間にきっとそんな思いが走り抜けた事だろう。


イリアにも、ラークにとっても永遠とも言える一瞬が過ぎていく。

そして、ラークは構えた剣を力任せに振り下ろした。

イリアはとっさに固く目をつむる。



「……」



しばしの時が流れるが衝撃は訪れない。

イリアがゆっくりと目を開ける。

ラークの剣は、イリアの額に触れる直前で止まっていた。


「ボクの、勝ちです」


ラークが静かにそう宣言し、躊躇いを残しつつもゆっくりと剣を下ろしていく。

勝ったというのにその表情は決して納得したものではない。

むしろ言い表せないほどに様々な感情が渦巻いているように感じた。


殺すべき、殺さぬべき。

ラークの中ではこの二つの感情が入り交じり、そしてどちらを取っても後悔する最悪の選択肢で悩んだことだろう。

そして結局ラークは殺さないことを選んだ。


「……勝者はラークとする」


僕はそう宣言する。


決断してなお苦悩を続けるラーク。

それに対し、イリアは悔しそうにしつつも諦め納得した表情をしうつむいていた。


この三日間イリアはラークに対してずっと負い目を感じていた様に見えた。

出会った頃と比べて内心にどの様な変化があったのか僕には分からない。

だけどこの数日で何かしら感じるものはあったようだ。


そしてそれ故に今ラークが勝った事で逆にほっとしているように僕は感じていた。


「さて、ラークはイリアに何を望む?」


剣を下げた格好のまま固まっているラークに僕は尋ねる。

イリアに対するラークの決断は、拒絶か嫌悪かはたまた……

イリアもゆっくり顔を動かしラークを見る。


「ボクは……」


ラークが呟く。

迷いのある目でイリアを見て、そして僕を見る。


「ぼ、ボクは……」


顔がゆがみ目を強くつむる。

だがすぐに迷いを振り払うように顔を一度大きくふった。

そして目を開くとラークが口を開いた。


「イリアさんは……」


一瞬の間、そして


「イリアさんは、今日より前のボクに関する過去を全て忘れてください」

「……え?」


ラークの予想外の望みに対し理解が及ばなかったイリアが困惑の声をあげた。

対してその意図を理解した僕は驚き聞き返す。


「……ラークはそれでいいの?」

「はい」


僕の問いにラークは静かに答える。

短く発するその言葉とは裏腹にラークの表情は変わらず苦悩のままだ。


(……本当にラークは強い子だね)


ラークに内心賞賛の意を表しつつ、僕はイリアに向き直る。


「イリアも聞いたよね。今この時点より前のラークに関する出来事は全て忘れること」

「ぇ?……ッ!そんな……!」


イリアが反論しかけ、だが声にはならず強く歯をかみしめた。

イリアにも分かったのだろう。

ラークの過去を忘れろと言うことはイリアが殺してしまった父親の事も思い出すなと言う事でありつまりラークはイリアに対して罪の意識を背負うなと言っているのだ。


「ミツキ様……」


未だ悩むラークがすがるように僕に声をかけてきた。


「少しだけ、抱っこさせて欲しい」

「……喜んで」


敗北した時と同じ格好のまま悔しさと行き場のない憤りに固まるイリアを残し、僕はラークに近寄っていく。

ラークは手を伸ばして僕を抱え上げると、今回はちゃんと胸の前で両手でかかえるように抱いてくれた。

そして僕のもふもふなお腹に顔をうずめると呟く。


「ミツキ様は暖かい……」

「そりゃなんといっても猫だからね」


僕のしょうもない返答にラークは弱々しく笑みを浮かべ、そして一度嗚咽を漏らすと再び僕のお腹に顔をうずめそのまま小さく泣き始めた。


「なんだかラークは僕の前で泣いてばっかりだね」

「……そうだね」


泣きながらも笑みを浮かべるラーク。




それからしばらくは無言でラークに抱かれていたが、やがて落ち着いたのかお礼を言われてから僕は地面に下ろされた。

そしてラークは地面に座りこんだまま葛藤を続けているイリアにゆっくりと近づいていく。


「イリアさん」

「……ラークさん」


ラークは決意をした目で、イリアは不安そうな目でお互いを見つめ合う。


「イリアさん、ボクは今初めてイリアさんに会った。だからイリアさんの事を教えて欲しい」

「ぁ……ッ!」


イリアが再び何か言葉を口にしようとし、だが今度も声にはならず歯を強くかみしめるだけ。

そして、


「……わかりました。代わりにラークさんの事も色々教えてください」


イリアも何かを決心した表情でそう答えた。

ラークが座ったままのイリアに手を伸ばす。

イリアは一瞬ためらい、だがゆっくりとその手を掴み立ち上がる。


「……それじゃ僕はいつもの様にごろごろしてるから、いい時間になったら起こしてね」


僕はそう言って二人の返事を待たずに近くに立っていた木に素早く登ると、少し太めの枝に身体を預けさっさと目をつぶる。


木の下ではしばらく二人の戸惑うような気配がしていたが、お互い少しずつ色々な事を話し始めたようだった。

僕はその二人の声を子守歌代わりに、いつものようにまどろむのだった。


************************


「……なぁんていい雰囲気のまま忘れてると思ったら大間違いだよ」

「ッ!!」


じりじりとにじり寄る僕にイリアが引きつった顔で後ずさる。

今はもう決闘の日の夕方になっていた。


二人はうち解けるにはまだ遠いだろうが、それでも昨日までのよそよそしさは幾分和らいだように感じる。


僕は内心よかったと思いながらも続ける。


「負けたイリアは決闘の代償として罰を受けてもらうからね」

「う……あのあの、お手柔らかに」


にゅふふと笑いながら近寄る僕。

イリアが力なく首を振りながらさらに後ずさり、だが後ろに生えていた木にぶつかりとうとう逃げ場がなくなった。


「なぁに大したことじゃないよ。違反行為をした時と同じ罰を与えるだけだからね」

「あの!いえそれは大した事なのでは……!」


もはやイリアは泣きそうな表情になっている。


一難去ってまた一難。

今日のイリアはついてない日という事で諦めて貰おう。


ちなみにラークは近くの草むらに座って事の成り行きを見守っているが、その表情は引きつっておりイリアを助けようという雰囲気は全くなかった。

手を出さないのは僕が無茶はしないと思っているからだろう。

……思っているよね、きっと。


「さて先にイリアに質問するよ。奴隷にされた人が違反行為をするとどうなる?」

「ど、奴隷が違反行為をすると、ですか?聞くところによると想像を絶する苦痛が与えられると……」


青い顔で言いながらイリアが身震いする。


「たぶんそんなところだよね。でも僕の使っている制約魔術はちょっと違う」

「ち、違うといいますと……?」


ふふんと僕は鼻をならすと答える。


「僕がかけた制約魔術では、違反行為をした場合にはくすぐられる!!」

「くすぐ……え?」


身構えていたイリアが一瞬きょとんとした表情をし、続けて困惑しながら聞き返してくる。


「あの、えーっとくすぐられる……ですか?」

「そう、くすぐられる」

「それは……つまりどういうことですか……?」


それがどんな罰になるというのか。

イリアの表情はそう訴えていた。

困惑が行きすぎてなんだか可哀想な人を見る目で見られている気までしてきた。

なので、


「まぁ体験してもらう方が早いよね」


そういうと僕は魔術を発動した。


「えっ!?」


突如イリアの周りの地面から何本もの蔓が伸びてきてイリアの身体に巻き付くと、その身体を背後にあった木に縛り止める。


「暴れると危ないから一応の安全装備」


安全装備と言いつつどう見ても魔物に襲われているようにしか見えない光景だ。

手首足首胴体などあちらこちらに何本もの蔓が巻き付き縛り付けられている状態は、もはや人の力では抜け出す事は出来ないだろう。


「すぐに始まるよ?」

「え?……ひっ!な、なに!?」


突然びくんっとイリアの身体が跳ねた。


「この世界だと理解されないだろうけど人の感覚ってのは結局のところ電気信号だからね。それをちょっといじると何もしていないようでもくすぐる事ができちゃったりするんだよね」

「や、ひゃう!!」


イリアがさらに身もだえる。


「もう少し簡単に説明すると、雷を弱くして特定のルートで流してやるとくすぐったいと感じさせる事ができると言うことだね」

「ひっ!ひゃうッ!!ちょ……ちょっと待ってくだ、んッ!いやッ!!」


説明している最中にも何度もイリアの身体が跳ね身をよじる。

ちゃんと痛みではなくくすぐったさを感じているようだ。


ちなみに木に縛り付けられている状態なので当然身体は少ししか動かすことが出来ない。

しかも電気信号を送っているだけなので身体を動かしたところでくすぐったさが解消される事もない。


「み、ミツキ様!謝ります!だからやっあうッ!!や、やめてくださぃッ!!」


この魔術は昔相棒を笑わせる為に作った僕自慢の特注品である。

今考えれば何をやっていたのやらと思うが、まぁ役に立っている(?)のでいいだろう。


「だーめだよ。苦痛じゃないと思って油断したでしょ。でもこれ結構効くと思うんだよねぇ」

「そ、そんなッ!んふゅッ!あはははっ!!」


イリアはくすぐられる事になれていないのか数分で既に息も絶え絶えだ。

頬がほんのり紅く染まりくすぐりを堪える様は妙になまめかしい。


「イリアがんばれーまだ始まったばかりだよ」

「そ……ッ!?た、たすけ……あふっ……ミツキ様ぁ……!」


ちなみに設定時間は10分にしてある。

僕だったら10分くすぐられるのは勘弁だね。


「それじゃラーク、楽しそうなイリアは放っておいて僕たちは夕食の準備をしようか」


ただ見ているだけなのもなんなので食事を用意しようと振り向きラークに声をかける。

だがラークは悶えるイリアを凝視していて反応しなかった。

なぜか頬は真っ赤でなんとなく目もとろんとしている。


「ラーク?」

「ッ!ひゃいッ!!」


再び僕が声をかけると惚けていたラークがびくんと驚き返事をした。


「ラーク、僕たちは夕食の準備ー」

「は、はい!すぐに!!」


ラークが慌てて立ち上がりいつも以上に素早く火を起こす準備を始めた。

その慌てる様は何かを隠しているようにも感じられた。


(なんだろう?ラークもくすぐられる怖さがわかったのかな)


なぜだかいつもと雰囲気の違うラークを見て首をかしげるものの、お腹がすいているのであまり気にせず夕食の準備をすることにする。


てきぱき仕事をするラークと今もまだ悶えているイリアを眺め今日も平和な一日になったなと満足げに僕は一度うなずくのだった。

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