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間話 ラークとお酒とその心理

今は夜。

ラークを奴隷、もとい使用人にした日の夜だ。

平原の真ん中でたき火を起こしその周りを二人と一匹が囲んでいる。


やはりこの世界でも夜は野生の獣や魔獣が徘徊するらしく、今日は疲れただろうからと僕が見張りを買って出た。

最初は僕に見張りをさせる訳には、と断っていたイリアだったが案の定横になるとすぐに寝息を立て始めた。

昨日からの一連の出来事は、僕にとっては盗賊と戯れた程度の感覚でもイリアにとっては生死をかけた戦いだった事だろう。


お姫様だったと考えればがんばった方なのかなとは思う。

まぁ色々ともうちょっと小器用にやらないとこの先も苦労しそうではあるけど。


視線を動かす。


そしてもう一人。

この中では間違いなく一番疲れているであろうラークだ。

家族を殺されたにもかかわらず最終的には僕にお礼まで言ってきた程素直な子。

ラークそれは絶対だまされてると言ってあげたい。

でも僕が言うのは筋違いだろう、だって僕がだました側なんだから……


そう考えると僕は自己嫌悪に陥る。


そんなラークはまだ寝ていない。

何かを見るでもなくぼんやりとたき火の炎を見つめていた。


盗賊達のアジトだった洞窟からここまで歩いてくる間、僕はラークと色々な話をした。

当然まだお互いに距離感がつかめておらずぎこちない。

それでもラークは必死に僕に歩み寄ろうとしている。

それがさらに僕を自己嫌悪させた。


だから、たき火がはぜる音が響く中僕は決意した。


「ラーク」


声をかける。

突然の声にラークがびくんッ!と身体を震わせ驚いた顔で僕を見てきた。


「ごめんなさい」


僕はそう言うとラークに対して頭を地面につくまで下げる。

その行動に更にラークは驚き大慌てした。


「え?え??み、ミツキ様!?」

「……父親を殺してしまってごめんなさい」


改めてはっきり言う。

僕がやった訳じゃない、とか人さらいなんかやってる方が悪いんだ、とか言い訳ならいくらでもできる。

でも言い訳はせずに謝った。


「あの!えーと……うー!」


頭を下げているので表情はわからないがラークが戸惑っているのが分かる。


「ホントはもっと早く謝るべきだったんだけど、機会を逃したって言うか」


……言ってるそばから言い訳をしてしまった。

僕カッコワルイ。


「とにかくそんなわけでえーっと」


ただ単純に謝ろうと思っただけでそこから先を考えていなかった。

何を言いたいのかわからなくなってきた。


「許して欲しいとは言えないけど、でも謝らせて欲しい。そしてこれからよろしくお願いします」


改めて頭を下げる。


「ここここちらこそッ!!」


ラークも大慌てで頭を下げる気配がした。

そして少し間があり、どちらともなく頭を上げる。


「……驚かせて悪かったね」

「い、いえいえこちらこそ」


こちらこそって、僕は驚かされてないんだけど。


「………」

「………」


何を言っていいのかわからない状態で二人が見つめ合う。

なんだこの間は。


「あー、なんだろう何話していいのかわかんないけど」

「そ、そうだね」


再び無言。

うーなんだこれどうすればいいんだ。


「そうだ!そう言えば父さん達は仲直りの時にはお酒を酌み交わすんだって言ってた!本音で語り合えるんだって」


混乱し始めた僕に対してラークがそんなことを言ってきた。

ただ口ぶりからするにラークも十分混乱してるようだ。


「お酒かぁ」


お酒……お酒?


「……そういえばラークって今いくつなの?」

「ボク?ボクは16歳だよ」


16歳って事はイリアの一つ下。

思ったよりも年齢は高かった。


(……ちょっとこれからに期待ってとこかな。)


ラークを見ながら漠然とそんなことを思う。


「……ミツキ様、なんか失礼な事考えてる?」


ラークが胸の当たりを手で隠しながら聞いてきた。

まぁ、確かにその辺に視線がいったのは確かだから反論はすまい。


「ごほん。ところでこの世界では何歳からお酒を飲んでいいの?」

「この世界?えっと飲んでいいかっていうのはよくわかんないけどボクは何度か飲んだ事があるよ」


どうやらラークの話を聞く限りではこの世界では特にお酒は20歳から、とか決まっているわけではないようだ。


「じゃあ仲直りって事で一杯だけ飲もうか」

「え?ミツキ様お酒持ち歩いてるの?」


ラークが驚く。

そりゃ僕がそんな荷物を持っているようには見えないだろう。


「ふふん、僕は猫魔術師だからね」


そう言い僕は少しだけラークに近寄り、そして猫座りの体勢から前足二本をあげる。

見た目カンガルーみたいな体勢だ。


「さぁさお立ち会い~」


前足二本をぽむっと合わせ再び開くとぽふんと小さな煙を立てながら折りたたまれた風呂敷が現れる。


「おぉー!」


ラークが驚き喜んだ。

それをみて僕も喜ぶ。


「それじゃラーク、この風呂敷広げて」


言われたとおりラークがその風呂敷を受け取り広げると、座っているラークがすっぽり入りそうなほど大きさまで広がった。


「その風呂敷の真ん中が僕の頭にくるように僕にかけて欲しいんだ」


ラークが期待に目をきらきらさせながら僕の指示に従って広げた風呂敷を僕の上まで持ってくる。


「僕にかけたらゆっくり3つ数えてからまたこの風呂敷をとってね」

「わかった!」


ラークが僕に風呂敷をかけた。


「1……2……3……」


ばっと風呂敷が取られる。


「お、おぉぉッ!!」


ラークが叫び喜ぶ。

風呂敷の下からは僕とお酒の入った壷が出てきたのだ。


……のだ、って言うか僕がこっそり転移魔術で呼び出しただけなんだけどね。

しかもお酒の方はもともと盗賊のアジトにあったものだし。


「ミツキ様すごいッ!!」

「んふふー」


真実を知らないラークが思った以上に喜んでくれたので僕はご満悦だ。


「それじゃ器は……夕食の椀かな」

「うん」


ラークが椀を二つ取り出し地面に置くと、壺を持ち上げその椀にお酒を注ぐ。


「それで仲直りはどうするの?何かかけ声とかあったりする?」

「かけ声?そういうのは言ってなかったと思う」


特に乾杯の音頭などはないらしい。


「じゃあ仲直りはどうするの?」

「んーわかんないけどひたすら飲み倒す!って言ってた」


おぉぅ盗賊らしい飲み方だねぇ。


「さすがに飲み倒すのはちょっと問題だからやらないけど、それじゃ僕の故郷の流儀でやろうか」

「うん!」


そう言って僕はやり方を説明する。

そして実践。


「それじゃ、乾杯」

「乾杯」


お酒が入ったお椀同士を軽くぶつける。

木で出来た器なのでいい音はしないけど、なんとなくラークとの距離が縮まった気がする。


「ぷはぁ!!」

「……って早ッ!?」


ラークはお椀に入ったお酒を一気飲みした。

さすがに驚く。


「おー、ミツキ様が出したお酒は僕が昔飲んだお酒の味がする!」

「あ、あぁそれはよかったね」


そうでしょうともよ、繰り返すがこれは元々盗賊のアジトにあったお酒なんだから。


「いやいやそれよりも、一気飲みってどうなのさ」


そう言い僕も一舐めしてみる。

……うん、度数が弱いなんて事は断じてなかった。


「あーえっとラーク大丈夫?」


心配になり声をかける。


「大丈夫?ボクは大丈夫だよ~」


なんだかラークの身体が揺れている。

……全然大丈夫じゃなさそうだった。


「ねぇねぇミツキ様~」

「……なに?」

「呼んでみただけー」


あはははと笑うラーク。

誰だこの子にお酒を飲ませた奴は……いや僕だけど。

あんまりお酒を飲み交わすという事をしたことがないのでこういう時どう対応していいかわかんない。


「えーっとラーク、僕が悪かったからそろそろ寝ようか」

「え?寝るの?一緒に寝る?」

「いやいや寝るは寝るんだけど、っていうか意味分かって言ってる?」

「えー?なーにが~?」


再びあはははと笑うラーク。

なんかラークの身体がぐるんぐるんしてきた。


(これはなんちゅーか、色々とあかんやつや……)


思わず関西弁になってしまう。

お酒は20歳になってからって理由がなんか分かった気がする。


「はいはいそれじゃ明日も早いからおとなしく寝ようね」

「えー。じゃあ寝る前にミツキ様に一つ聞いていい?」

「む、それじゃあ一つだけね」

「わかった」


なにやら少し神妙な顔つきで僕を見つめてくるラーク。

僕は思わず息をのみラークの言葉を待つ。

そしてラークから出た言葉は、


「ご飯にする?お風呂にする?それともわ・た・し?」

「新婚夫婦かッ!?」


思わずつっこんだ。

っていうかなぜそれをラークが知ってるし!?


「ふ、ふうふ!?」


僕の言葉にラークが今まで以上に真っ赤になる。


「ふうふってあの奥さんと旦那さんがうふふふっていうあのふうふ……?」

「それどんな想像してるのさ。なんだうふふふって……」


ラークが真っ赤になっている頬に両手をあてて身体をくねらす。

誰だこの子!僕が盗賊のアジトで見た子と違う子なんだけど!


「落ち着いて!まず落ち着いて!!」


声をかけなんとかラークを現実に引きずり戻そうとする。


「あーそういえばあれだ!えーっと……」


僕がなんとか違う話題に変えようと思案する中、


「だって……」

「ん?」


ラークが再び僕をじっと見つめながら言ってきた。


「ボクを……幸せにしてくれるんでしょ?」

「ぶっ!!」


思わず吹き出してしまった。


「だってミツキ様が自分で義務だって刻みつけてくれたんだよね?」


ラークが今度は真剣な顔つきで聞いてくる。


「そ、それは確かに」


成果を必ず達成する義務、略して成果義務。

僕がラークとの契約の中に入れた条項の一つだ。

その成果義務の中身は、


『ラークが幸せと思うこと』


ラークが奴隷になるその対価として僕はラークを幸せにしなければならない。

僕がラークの決意に対して設定した条件だ。

……条件なのだが。


「あーいやそうなんだけど、そりゃそうなんだけど」


僕はその言葉の恥ずかしさと……そして自己嫌悪で言葉が続かない。


「ボクは嬉しかった」

「え?」


ラークが静かに言った言葉に僕は思わず声を上げてしまった。


「ボクは、ミツキ様がそんな条件を付けてくれた事がとても嬉しかった」

「……」


ラークがやさしく微笑えむ。

僕はそれを見て声が出なかった。


「ボクは奴隷にされるって言われた時にこれからの事を諦めてた。だって人の未来を奪って自分達の未来を作ってきたんだもん。今度は自分の番がきたんだって諦めてた」


僕は黙って言葉を聞く。


「父さんが殺された時や、ボクがミツキ様に魔術をかけられて奴隷にされた時に本当はわかってた。あぁここでボクらは全てが終わるんだって。だけど……」


一度言葉を切り、だが再び続ける。


「だけどミツキ様はボクに未来をくれた。ボクは奴隷にされた人たちがどんな風になるか見てきたからわかる。あの人たちに未来はない。だけど、ボクには未来をくれた。こんなボクに……未来をくれたんだ」


儚くつぶやくラークはいつもの可愛いという印象ではなくなんというか、とても綺麗に見えた。


「どう言い繕ってもボクは犯罪者なんだ。多くの人たちの未来を奪ってきた犯罪者。捕まったら殺されると分かってた。だけど殺されないと分かった途端生きたいって思った。父さん達との約束ももちろんあるけど、それ以上にボク自身が死にたくないって思った」


自分が犯した罪と、自分の身勝手さにラークは顔をしかめる。


「だけど……だからこそボクはミツキ様に全てを尽くして恩を返します。ボクは幸せになんかならなくてもいい。ボクは命に代えてもミツキ様に恩を返します。だから……」


再び言葉を切る。

そして、


「だから、ボクを……捨てないでください……」


ラークの目から涙が落ちる。

不安で一杯なその目はそれでもしっかりと僕を見つめてきた。


唐突に僕は気づいた。

ラークは僕が助けたから仲良くなろうとしてるんじゃない。

僕が魔術師だから、猫だから、そんな理由でももちろんない。


(ラークは純粋に、一人になる事に怯えているんだ)


もちろんその過程では僕がラークを殺さなかった事、成果義務を付与した事、他にも色々な要素があって僕を選んだのかもしれない。

だけど根本は一人になってしまう事への恐怖がゆえだ。


僕は考える。


「ラークはさ」


一度言葉を切る。

そして、いつもの気楽な声で続きを口にした。


「ラークはたぶん背負い過ぎてるんだと思うんだよね」

「え?」


ラークは僕が突然雰囲気を変えて話し始めた事に驚いている。


「別にラークが今までどんな事をしたとか、どういう生活をしてきたかなんて僕はわからないんだしもっと小器用に生きればいいと思うんだ」

「ど、どういうこと?」


ラークが混乱している。

僕はそんなラークに気楽な声色は変えずに、でも目だけは真剣に見つめながら答える。


「ラークの決意は盗賊のアジトで聞いたし、そこで僕はラークを欲しいと思った。それでいいじゃない」

「だ、だけどそれじゃ!」

「ストップ!」


反論しようとしたラークを僕が遮る。


「繰り返すけど、僕はラークを欲しいなぁって思ったから契約しただけで別にラークの意志だとかそんな事気にして契約したわけじゃないし」

「……」


嘘つきな僕は続ける。


「ラークの過去がどうだろうと未来がどうだろうと僕はラークを逃がすつもりはないよ。それに契約しちゃったから捨てようと思っても捨てられないしねぇ」


冗談を言うようにやれやれと肩をすくめる。

そんな僕の言葉にぽろぽろと涙を流すラーク。


「そもそも過去の話なんかし始めたら僕の方が余程悪いことしてるんだよ?人だって何十人殺したか」


これも嘘だ。

本当の僕はもっと遙かに多くの人々を……いやそれはいい。


「僕は強いからね。誰がどう思ったって関係ないし。だから……」


ラークを見る。

ラークが見返してくる。


「だから、僕と一緒に好き勝手に生きればいいよ」

「……うん」


ラークが安心したようににこっと笑顔を見せ、そしてそのまま横に倒れた。

慌て近寄るとラークは転がったまま寝息を立てていた。

やっぱりお酒が効いてたんだろう。


「やれやれ」


僕は転移魔術で毛布を取り出すと、そっとラークにかけてあげる。

そして元の位置まで戻るとお酒を一舐めしてから考える。


(僕が欲しいと思った……我ながらよくもまぁそんな嘘をつくねぇ)


自分に対する嫌味だ。

なぜ僕がラークに制約魔術をかけたかなんて昼間のうちに自答し終わっている。

それに制約魔術なんて自分で書き換えが出来るのだから捨てられないというのも嘘だ。


「本当に、嘘だらけだ」


空を見上げる。

たき火の光が少し強いがそれでも星が見えた。

あの世界とは違う空だけど同じような星が瞬き、同じように僕は生きている。


(……ま、今更考えたってしょうがないしいい方向に進むのならいっか)


結局僕は深く気にしないことにして再びお酒をぺろりとなめた。

そのお酒が思ったよりも美味しくて僕は少しだけ驚いていた。


************************


翌日の朝食どき。

早朝は少し冷えるとはいえ日が昇ってしまえばまだまだ暑いくらいの日差しが照らしてくる。

そんな陽気の中僕は木の陰でゆっくり昼寝ならぬ朝寝をしていた。


「ミツキ様ー!魚取ってきた!!」

「ん、お疲れーさすがラーク」


昨日のシリアスモードはどこへ行ってしまったのやら、ラークが誇らしげに魚を入れた網を持って走ってきた。

僕は新鮮な魚が食べられる事に素直に喜ぶ。


「ミツキ様は猫だから魚は生で食べる?」


魚を網から出し鼻先に押しつけてくる。

いや待って生臭いって……


「焼き魚を所望する!っていうか川魚は生で食べちゃだめだよ」

「えー前に飼ってた猫は食べてたけどなぁ」

「猫と猫魔術師を一緒にするんじゃない」


僕のそんなよく分からない説明にラークはそういうもんなのかぁと納得する。

ラークは今日も素直なようでなによりだ。


「じゃあミツキ様も焼き魚だね」

「ん、そうして」


僕が言うと、


「すぐに火をおこすね!」


ラークが元気よく返事をし、そして枯れ枝を探しに再び走っていった。


「元気な事はいい事だね」


うんうんとうなずき僕は再び惰眠をむさぼることにする。


丸くなって目をつぶれば後は自分の世界だ。

そこで思う。


成り行きはともかく何かの縁があって僕はラークと知り合ったんだ。

なら抗うことはせずその縁に従って楽しくのんびりやっていこうじゃないか。


焼き魚が出来るのを楽しみに待ちながら僕はそう思うのだった。

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