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1-1 とぼけた黒猫と四面楚歌なお姫様

ふと気づけば僕はひんやりとした石床の上に寝転がっていた。

眠りを邪魔されたようで不快に感じる。


(おかしいな、確か昨日の夜はふかふかの布団に寝ていたはずなんだけど)


しかたなく寝ぼけたままむくりと起き上がり、目を開いて辺りを見回す。


床には複数の魔法陣が重なるように描かれておりそれが光を発していて眩しい。

思わず薄目になってしまう。

たくさんの人間の視線を感じるが魔法陣が発する光の逆光で目視はできなかった。


未だぼーっとしたまま様子を伺っていると、床の魔法陣を踏み越えて一人の少女が近づいてきた。


15歳くらいだろうか、ふわっと軽くカールがかかった髪と様々な刺繍が施された賑やかなドレスを着こなす人物。

それだけでこの少女が何となく偉い人であろう事がわかった。


「ね、猫?」


おそるおそるその少女が呟いた。


そう、僕は今猫の姿をしていた。

別に姿なんてどうとでも変えられるのだが色々なしがらみが面倒くさいのでここしばらくは黒猫の姿をしている事が多かった。


なんとなく返事を求めていそうだったのでにゃぁと鳴いてやると、それを聞いてかわからないがその少女が落胆したようにぺたんと座り込んでしまう。


「一度しか使えない召喚術だったのに……勇者様でなかったばかりか人間ですらないなんて」


呆然とそう呟くと、少女はそのまま顔に手を当てて泣き出してしまった。

その姿をみて周りを囲んでいた人々もざわざわと騒ぎ始める。


ちなみに魔法陣の光はすぐに消えてしまったので今では周りの人々の様子も見えるようになっていた。


「姫、駄目だったものは仕方がありません。今後の事を考えるべきです」


周りを囲む人々の輪から一人の老紳士が進み出てそう言った。

髪には少し白髪が交じってはいるが、すらりとした体格で背筋もまっすぐだ。

普段はきっと穏和だろうと想像させる顔つきだが今その表情はとても険しい。


(この少女が姫だっていうならこの老紳士は大臣か宰相あたりかな)


その老紳士は声をかけた後も少女が泣き続けていたため、すぐに周りの人間を呼び寄せ指示を出し始めた。

とても優秀そうに見える。

対する姫はまだ泣き続けており顔を上げる様子はない。


(これは……僕はどうしようか)


前足で頬をかきながら考える。


自分でこういうのもなんだが、実はこう見えても昔は世界征服まで成し遂げた魔王であった。

最近はのんべんだらりと生きていたので色々と鈍っているのは間違いないが、それでもいざとなれば世界をまるごと変えられる力があると自負している。

話を聞くに今おそらくこの世界だか国だかが危機的状況のようなので、場合によっては力を貸してやるのも面白いかもしれない。


僕は立ち上がりとてとてと姫に近づいていくと、座り込んだまま泣いていた少女のひざにぽむと右前足を置く。

泣き声が止み姫がゆっくりと顔を上げた。

目があったのでにゃぁと鳴いてやる。

少女は泣きはらした顔でしばし呆然と僕の顔を見つめる。


「慰めてくれるの?」


僕は無言で少女の顔を見つめ返す。

少し間が開いた後少女がゆっくりと僕の方に手を差し伸べて、そしてそっと僕を抱き上げた。


「ありがとう」


少女が静かにそう言うと、自分の額を僕の額にこつんと当てる。

そしてすぐにきりっとした表情になると顔を上げ、忙しく周りに指示を出していた老紳士を呼び寄せてこう言った。


「情報が集まり次第会議を行います!皆さん伝達をお願いします!!」


よく通る声でそう宣言すると今までざわついていた周囲の人々が一気に静まりかえった。

だがそれも一瞬の事で、すぐに老紳士がかしこまりましたと返答し再び周りの人々に指示を出し始めた。

周囲の人々もそれを受けて先ほどまでよりも慌ただしく動き出す。

その様は、今まで悲壮感すら漂っていた空気とは違い力強さすら感じられるようだった。

周囲の人々のこの少女に対する期待がかいま見えるようだ。


少女の胸に抱かれたままの僕はその光景をみてしばらく手を出さずに見ていようと思った。


*******************


その後姫に抱かれて部屋を移動した。


魔法陣の敷かれた部屋は地下にあったらしく、いくつもの階段を上っていく。

そして中世風な通路を通ってたどり着いたのは執務室と書かれた立派な部屋。

少女はそこの一番偉い人の席、校長や理事長が座っているような席というのが近いだろうか……に座ると、件の老紳士や豪華な鎧を纏った兵士達と今後の事を話し始めた。

出入りする兵士達も皆走るように移動しておりそれがより緊迫した状況であることを感じさせる。


ちなみに僕はというと、この執務室に来た後壁際に置いてあった椅子の一つにそっと乗せられた後はほったらかし状態になっている。

皆が一分一秒を争うようにばたばたとしており僕に目をくれる人はいない。

仕方がないので邪魔にならないように今もおとなしくその椅子に座っていた。


もっとも情報不足の僕にはここは悪くない位置だった。

この部屋は今この状況下での意志決定機関であり、機密情報も含め散発的ではあるが全ての情報が出入りしていたからだ。


この部屋で聞けた情報をまとめるとこんな感じになる。


まずこの国がいま戦争を仕掛けられていて、しかも負けそうだという事。

そしてそれを覆す為に異世界人の召喚を行ったという事。

この召喚には貴重な材料が必要で二度は行えない事。


残念ながら世界規模の危機ではなく国単位での危機だった。

国同士の戦争に異世界人を呼んで解決させるってのはちょっと自分勝手な気がする。


次に僕を抱いていた姫と呼ばれていた少女だが、名前はイリア=ミル=イダノケア。

通称イリア王女だそうだ。

魔術が使える為に一時期は魔術師としての鍛錬も積んでいたというなかなかの優等生らしい。

まぁこの世界での魔術師がどういった立ち位置なのかまではわからなかったが。


またどうやら両親である王と王妃は敵国と会談を行った際に暗殺されたらしく、王位継承の関係で今の姫が王様を兼任しているんだそうだ。


ちなみに当初は兄が王位を継ぐはずだったがこちらも過去に何かの理由で死亡した為イリアは魔術師としての鍛錬をやめて戻ってきたらしい。


イリア王女は見た感じ身長は160cmくらいと決して大柄ではなくまた線も細い。

お世辞にも政治的駆け引きが得意そうにも見えないしそもそも国をまとめるには若すぎる。

しいて言うなら兵士達からの期待感が高そうなところはプラスだがそれも今後の成果一つでどうなるかわからない。

結局今の危機が乗り切れたとしても問題は山積みのようだ。


ちらりと当のイリア王女を見る。


若いながらもそこは王族だからか緊迫感のある会話が続く中でも堂々と座り話を聞いていた。

だが僕の位置からは机の下で握りしめている拳が見えていた。

この執務室に来てから数時間ずっと握りしめているその拳は、おそらく一時も気持ちが安らぐ瞬間が無かったであろう事を表していた。


(あれは大変だよね。助けてあげたい気持ちはあるけどはてさて)


正直なところ事態をひっくり返す事など雑作もない。

極端な話をすれば敵軍を全滅させれば事は済むのだから。

だけどそれでは全く根本的な解決にはならない。


(それにそれじゃ面白くもないしね)


そんなわけでこの部屋の中で僕だけが慌てもせずにいまだのんびりと事態を眺めているのだった。


************************


さらに一時間程経った頃だろうか、変わらず慌ただしい執務室に一人の兵士が飛び込んできた。


「監視より伝達!敵兵の進軍を確認!およそ二時間ほどで城壁に到達します!!」


室内にいた人たちの顔に緊張が走る。


「城壁に兵を集中させよ!町中に入られたら防ぐ術はない!城壁は必ず死守せよ!!」


既に手順は決まっていたようで、兵士や軍師と思われる人たちが次々と退室していく。

その兵士達一人一人にイリア王女はよろしくお願いしますと声をかけていた。

声をかけられた方は緊張しながらも皆が笑みを作り会釈していたのが印象的だった。


最終的に残ったのは装備のいい親衛隊と思われる兵士数名とこの数時間イリア王女を支えていた件の老紳士、あとはイリア王女の世話係と思われるメイド2名だけとなった。

室内は今までの騒がしさが嘘のように静まりかえる。


「……勝てるでしょうか」

「信じるしかありませんな」


イリア王女と老紳士がそんな会話をしていた。

だがこの数時間で聞いた情報を整理する限り僕には非常に厳しそうに思える。

元々国の規模自体が圧倒的に敵国の方が大きくしかも周りの国々まで全て敵国に協力しているのだという。


(一体どいういう経緯でこうなったのやら。イリア王女の人柄を見る限り敵を作る性格ではないので、親が無能だったのかはたまた敵が有能なのか)


僕はあくびをしながらそんな事を考える。


(そもそも国同士の戦争なんて起こしたらどちらの国も損をするだけだと思うんだけどな。それがわからないのか、それともそれを押してなお攻め込む理由があったのか)


イリア王女を見る。


(それに気になるのは、なんで攻め込まれる直前に召喚術なんて使ったのか。人を一人異世界から呼んだとして軍隊相手にどうするつもりだったんだろうか)


まだまだ知りたいことだらけだった。

まぁ知らないなら知らないで問題ないのは分かってるんだけど、生まれ持った『深掘りしたがり魔』とでも言うべき性格上気になって仕方がない。

僕はたぶん学者か探偵に向いていると思うんだ、うん。


そんな風にだんだん考えが違う方向に向かいだした頃、視界の端でふっとイリア王女が椅子から立ち上がった。

そしてゆっくりと僕の近くに歩いてくる。


「ごめんなさいね、こんな所に連れてきて」


そう言いながら手を差し出しまた僕を抱き上げた。

イリア王女の両手は震えていた。


「私にもう少し力があればあなたや、兵士達や民を守ってあげられるのに……」


イリア王女は僕をぎゅっと抱きしめるとそのまま堪えられずに泣き出してしまった。

兵士達や老紳士はそこに声をかけることも出来ずただ俯き立ちつくしている。


(優しいね。だけど、力があっても駄目な時は駄目なんだよ)


僕はイリア王女の泣き顔を見上げながら心の中でそう伝える。


今までもどうにもならない事態は数多く存在した。

実際に力を持っていた僕言うんだから間違いない。


(うー、なんだかイヤな事を思い出しちゃった)


あんなつまらない話は思い出したくもない。

僕はそこで思考を放棄する。


そしてしばしの間部屋には王女の泣き声だけが小さく響いていた。


************************


その後定期的に入ってくるいずれの連絡係からも厳しい戦況報告ばかりが続いていた。

そしてその中には敵軍が城壁に到着し攻撃を開始したというものも含まれていた。

応戦はしているが当初の話通り数が違いすぎるようで刻一刻と状況は悪化していく。


そして数時間が経過した頃、とうとう城壁を越えられたという一報が入った。


執務室に残っている兵士の一人からは早すぎるという声が漏れた。

当初数日は城壁前で堪える計画だったようだ。

なんでも城壁の一部に穴を開けられたらしくそこから一気に敵軍がなだれ込んできたという。


(工作員か裏切り者がいるのかな)


この世界の城壁がどんなものかはわからないが、数日粘れるような計画を組む以上そう簡単には破壊されないはずであり加えて事前の調査では城壁の破損箇所なども報告されていなかったということだ。


だが軍隊がなだれ込むほどの穴を作るための下準備など普通に考えて見つからないはずがない。

と言う事は現場の兵士が黙っていたか情報が上に上がる過程で握りつぶされたのか。

まぁここまできたら今更な話だけど。


さらに小一時間ほど経ちとうとう城の目前まで攻め入られたとの報告が入る。


どうやら城の周りには堀があり現在そこに架かっている橋の前で交戦中のようだ。

と言う事は当然その橋を渡らないと入城は困難な作りになっているのだろう。

ただ聞いていても橋の上げ下ろしの話は出てこないので固定されたもののようだ。

籠城を考えれば橋は上げ下ろし出来た方が便利だと思うんだけどどうなんだろう。


「姫は部屋の奥に、親衛隊はドアの周囲をかためよ!」


老紳士が指示を出すと皆がそれぞれの位置に動いた。

イリア王女は僕を抱いたまま再び部屋の奥にある理事長席に座る。


メイドの一人がすっとイリア王女の後ろに立ち、王女の髪を束ねて紐で結んだ。

ポニーテールにしたイリア王女は、今までの優しそうな雰囲気から一転してボーイッシュな顔つきになる。

確か王女は魔術師だということなので動きやすい髪型になったということだろう。


城内ではすでに戦いが始まっているようで喧騒が広がっていた。

もはや落城は時間の問題だろう。

落城すなわち最高責任者であるイリア王女の捕縛又は殺害と言う事だ。


見上げればイリア王女の凛々しくも青ざめた顔が見える。


どたどたという複数の足音が近づく音がし、そしてとうとう執務室の扉が蹴破られた。

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