十四話 二人を一人にすることは―――
「おい!無事……ってわけじゃなさそうだな」
「あ。一紀」
このありさま、一体一紀はどうしたんだと言いたそうな顔で訊ねようとしたが、やめておいた。きっとやつだ。訳の分からないアイツら。と、一紀は今の光景に疑問が浮かび始める。
「…あ!そう言えば早苗は!?本物の方!」
「あぁ。早苗は……寝てるよ」
「え?」
寝てる?どうしてだ?まるで今の状況が分かってないかのようだ。と一紀は思っていた。悟ったかのように諏訪子が言う。
「変だったんだよね…。早苗から影がニュゥーって伸びたかと思ったらいきなり攻撃してきて。で、見たら早苗だったんだけど」
「…本物には一切手は出してない…か」
魔理沙の時は魔理沙が襲われた。が、今回の早苗の場合だと早苗は襲わずに神奈子と諏訪子が標的となっていた。しかもにとりと雛の偽物さえも本物に手を出していないし、本物が見たといった行動すらもない。
一体これは?疑問に思う一紀を余所に、神社から誰かが来た。早苗だ
「けほけほっ…神奈子様、諏訪子様。大丈夫でしたか?」
「平気平気。一紀もいたからね」
神奈子は軽く一紀を紹介した。一紀も自分自身のこと、記憶喪失や変なあの力、今は霊夢の元で暮らすことになったことなどを出来るだけ簡単に言った。
「そうですか…。記憶喪失で……」
「まぁな。…ま。目的果たしたし、俺は帰るとするよ」
そう言って一紀は飛び上がって守矢神社を後にしようとした。が、早苗が一紀の名前を呼んで呼び止めた。
「どうした?」
「あの、……ありがとうございました」
「…いや、気にしてないさ」
そう言って早苗の元に一旦着地して手を差し出す。早苗もそれにこたえるように手を握った。
ちゃんと、力の感覚はあった。
だけど、今は使うべき場所じゃないと一紀は心の中でそう思って、そのまま守矢神社を後にした。
「ただいま……って、霊夢早いな。夕飯までいないっつってなかったっけ?」
「言っていたけどね。…ちょっと用事を思い出したのよ」
博麗神社に無事に着地して、真っ先に霊夢の姿を見つけて驚いた一紀。行く前に霊夢に「夕飯まで帰って来れない」と告げられたのにもかかわらずにここにいる。
「用事って?」
「…アンタのことよ」
「え?」
どういうことだ?と一紀が質問するより先に霊夢は懐から札の束を取り出し、一紀に渡す。枚数はざっと60枚程度の厚みだ。
「何だこれ?」
「御札よ。見てわからないの?」
「いや、見てわかるけど、これだけか?」
「そうね。ある意味、それだけ」
霊夢は一紀を見た。一紀は疑問詞が浮かびそうな顔で霊夢の言葉を待った。霊夢が言う。
「どうやらアンタの力は、『相手を取り込んで力にできる』能力と言っても差し控えないわ」
「そうらしいな…。って、見てたのか?」
「まぁね。好都合だったのよね」
どうやら先ほどまでの戦いを霊夢は遠くで見ていたらしい。紫に断って一紀の戦いを傍観していたとのこと。
さらに言うと、魔理沙の時も遠くで見ていたらしい。先に出てきたのは一紀だけだが箒を使っていたのを考えると魔理沙を取り込んでいたとのことを『直感で』思ったらしい。
「だけど、その状態でアンタが気を失ったりしたら?」
「…それは……分からない」
「でしょ。となると、取り込まれたそいつは一生一紀の中に閉じ込められてしまう可能性もある。となると…」
「……道連れか」
「えぇ。だからこそ、その力に頼らなくても、戦えるようにしておく」
「それが……これか?」
一紀は自分の持っている御札の束を指差す。霊夢は無言でうなずく。そして一紀の持っている御札を一枚取る。するとすぐに青色のオーラらしいものが御札に現れ出る、否、霊夢が力をこめている。
「これはアンタでもできるでしょ?弾幕は正直、あきらめたわ。だからこそ、これを出来てもらわなきゃいけない」
「あぁ…分かった」
一紀も一枚御札を取る。霊夢のアドバイスを元に、自身の霊力を御札に込めようとするが、うまく行かない。
途中、「そんなに力入れてたら逆にできないわよ」「だめだめ。札に霊力をこめようとしてない」等と言われ、そのたびにいろいろな力の入れ方を試すが、すべて失敗に終わり、一紀はへたり込んでしまう。
「つ、疲れた……」
「その程度で『疲れた』はないわよ。これぐらいできなきゃ、この先、アンタは他の奴に頼ることになるわよ」
「あ、あぁ……そうだな…」
これが『遊び』だとか考えられなかった一紀。これほどまでに大変だとは全く思いもしなかった故に、自分の無力さを痛感する。
頼らなければ、自分は存在できない。現に今のも、魔理沙の時も、椛の時も、それ以前に記憶喪失直後のことだって、全て誰かがいたからこそ今の一紀がいる。
「俺……誰かいなきゃなにもできないんだな……」
「はぁ?」
霊夢が呆れたかのように一紀に言う。少し怖かったが、一紀はゆっくり顔を上げる。意外にも、霊夢は怒っていたり、ましてや心配な表情すらも思い浮かべず、逆に疑問がすぐに出そうな顔だった。
「アホなのアンタ?今の魔理沙やあの哨戒天狗、いや、守矢のやつらとかも、一紀がいたからこそじゃないの?」
意外な言葉を掛けられ、一紀は驚く。照れくさそうに霊夢は後ろを振り向くが、言葉は続ける。
「確かにアンタのその力は危険な力よ。でもね、逆に言えば『チャンスに変える』力でもあるの。分かる?」
そう言って霊夢は神社の段にあった小箱を一紀の近くに置いて裏へと歩き始める。すぐに止まる。
「……せいぜい、札に霊力を留められるぐらいにしておきなさい。私が夕飯の支度をしてる間にね」
「……分かった」
一紀は立ち上がり、霊夢に向かってうなずく。霊夢は振り返りもせずに歩いていく。たった一人になった一紀。小箱を開けると、大量の御札が入っていた。神社を見て一紀は目をつぶった。
「……そうだな。…俺があきらめちゃ、意味ないよな」
一紀はそうつぶやくとまだ手に持っている札を一枚掴んで霊力をこめ始める。
そして霊夢はと言うと、一紀に言った通り、台所で料理を作り始める。その傍らには紫。
「意外なこと言うのね?霊夢」
微笑みながら紫はそう言う。霊夢は振り返らずに答えた。
「簡単にくたばってもらうのだけは勘弁なだけよ」
「一紀。できたわ…よ…?」
すっかり暗くなった博麗神社の上空。一紀を呼んできた霊夢だが、今の光景に驚く。
なんと、後姿が見える一紀の周りには、十数枚もの御札が青い光を伴って浮かんでいた。だがすぐに消えて、バサバサと落ちる。
でも霊夢はこの光景に驚いていた。まさか一紀がここまでするとは思えなかったからだ。
「…別にそこまでしろと言ってないわよ」
その言葉に一紀は霊夢の方へ振り返って笑った。
「そこまでしないと、意味ないだろ?」