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第二話

『戻る方法が、無い……?』

ベルベットにそう聞かされ、呆然としてしまうニッカ。いつの間にやらアドニスが去ったテントの中で、その声はやたら大きく聞こえた。

「はい。私の知る限り、異世界から来たという話はあっても、異世界へ赴いたという話は聞いたことがありませんから。それに、貴方の話を聞いたところ、この世界へは偶発的に飛ばされてきたのでしょう? 来た方法すら定かではないのですから、戻る方法はちょっと……」

『そう、ですか……。なら、仕方がないですね……』

ベルベットの説明を聞いて、落胆した声で言う。それを聞いて、ベルベットは意外そうな顔をした。

「おや、諦めが早いですね? もっとこう、元の世界に帰る方法を探そうと言うと思っていたのですが」

そんなベルベットに対し、ニッカは自嘲するような声音で答える。

『すぐさま戻れるならともかく、戻る方法を探す必要があるようでは色々と遅いんですよ。方法が見つかるまでに時間がかかればかかるほど、僕が元の世界に戻る意味は無くなっていくんです』

ニッカの言葉を聞いて、ベルベットはわずかに首を傾げる。

「意味が無くなる、とは?」

『僕の体は作り物です。壊れてもその部分を交換したり、新しい体を用意すればいい。そして、体と同じく、人格データであるAI……そうですね、心、とでも言いましょうか。これも作り物で、バックアップ……予備があるんです。心が壊れたり失われたりしても、その予備を起動すれば……目覚めさせればいい。最後に予備を複製した時から、予備を目覚めさせるまでの間の記憶は失われてしまいますが、何があったのかは仲間が教えてくれる。僕は元いた世界ではきっと、兄さんとの戦闘で相打ちになって、跡形もなく消し飛んだことになってる。そうなれば、新しい体に予備の心を入れて目覚めさせるのは時間の問題。多分、数日中……いや、明日か、早ければ今日にでも行われるでしょうね。僕が再起動したのがこの世界にやってきた直後だと仮定して、ですが』

そう言って、溜息のような音を出すニッカ。

ニッカのような「戦闘で失われるかもしれない」という可能性を持つロボットは、ほぼ毎日のようにバックアップを取っている。そうすることで、例え戦闘で喪失したとしても、バックアップを取るまでの間の経験を持ったAIを即座に起動し、戦線に投入できるようにしているのだ。

特に、ニッカのような試作機はデータの取得が最優先とされる一面がある。そのため、戦闘からの帰還直後と、出撃直前には必ずバックアップを取っている。

もし、この世界に来てから元の世界に戻るまでの間に、同じだけの時間が流れているとすれば、問題なく、混乱なく元の世界に戻るためのタイムリミットは長く見積もっても二日も無い。そもそも、再起動した時点でどれだけの時間が経過しているかわからないのだ。すでに手遅れという可能性も無くはない。

加えて、ベルベットは元の世界に戻る方法を知らないと言った。協力を仰いだとしても大した成果は得られない可能性が高いこともあり、ニッカは早々と諦めたのである。

『例えば今の僕が元の世界に戻る方法を模索して、それを発見したとしても……その頃には、とっくに「次の僕」が僕の仲間達と過ごして、馴染んでいる。向こうではそもそも僕が「居なくなっていない」んです、戻る意味もないでしょう』

「そうなのですか……。集落の仲間を助けてくれたという話でしたし、戻るというなら出来る範囲でお手伝いしようかと思っていたのですが……色々と複雑なのですね、ろぼっとというものは」

ニッカの話を聞いて、ベルベットは憐れむような視線を向けてくる。それを感じて、ニッカは溜息のような音を出した。

テントの中に数秒間の沈黙が降りる。それを破ったのはベルベットだった。

「それで、元の世界に戻る意味が無いという貴方は……これからどうするつもりなのですか?」

『……どうしたもんでしょうかね?』

問われたニッカは、逆に彼女に問い返す。

「私に聞かれても困りますよ。これは貴方自身の問題なのですから」

問い返されたベルベットは苦笑を浮かべるも、すぐにその表情を穏やかな笑みへと切り替えた。

「ただ……元の世界に戻らないのであれば、少なくともこの世界で暮らしていくことになるわけですよね?」

『そうなりますね』

ニッカはそう指摘され、ふと思い出す。自分の世界がどんなだったかは話したが、この世界がどういう世界なのかを何も聞いていない。シャルトやカルーアと遭遇した時、色々と気になるワードも出てきている。そのことを思い出した。

『あの、すみませんが……』

「この世界のことについて教えて下さい、ですか?」

言いたいことを先回りされ、僅かに驚くニッカ。だが、少し考えてみればそう不思議でもないことに気がついた。自分はこの世界に来たばかりの、何も知らない来訪者なのだ。それがこの世界で生活していく上でまず知っておかなければならないものがあるとしたら、それはやはりこの世界の情報やこの世界での常識といったものだろう。

それに、先ほどのベルベットの問いかけは、ニッカにそのことを気付かせるような意図があったようにも感じられる。もしそうなのだとしたら、中々のやり手なのではないだろうか。伊達に長老などと呼ばれているわけではない、ということか。

言葉ではなく、頷くことで肯定の意を示すニッカ。それを見て、ベルベットは「それでは」と前置きして説明を始めた。

「まず、この世界に存在する「亜人」と総称される種族のことを話しておきましょうか。「亜人」というのは、人間によく似ているものの人間とは異なった特徴を持つ異種族のことです」

『というと、シャルトやカルーアのような?』

ニッカはこの世界で最初に出会った二人を思い出す。シャルトは獣耳と尻尾、カルーアは角が生えていた。どちらも人間ではまずありえない特徴だ。

「ええ。彼女らの他にも、耳が尖っていたり、背中に翼が生えていたり、単眼であったり、その特徴は多岐にわたります。その分、各種族の絶対数は人間に比べて少ないのですが」

『なるほど……貴方も亜人に含まれるのですか?』

ニッカの質問に、ベルベットは目を閉じて首を横に振る。

「いえ、私は違います。……この世界には、「亜人」とよばれる種族の他に、通常の生物とはことなる「魔物」と呼ばれる存在が居ます。貴方が森で遭遇したのもその一種ですね」

突然、森で出会ったあの奇妙な獣のことに話題が移ったことに首を傾げるニッカ。だが、ベルベットの次の一言でその理由を知ることになる。

「私は、どちらかと言えばその「魔物」に近い存在です。そういった存在を、この世界では「魔人」と言います。アドニスやブリーズも、分類としては「魔人」になります」

加えて、狼男のブリーズはともかく、隻眼隻腕ではあるものの一見すると人間に見えたアドニスまでも人間ではなかったという事実を知って驚愕した。

だとすると、あのアドニスも獣人化したりするのだろうか? それとも、もっと別な何かがあるのだろうか。

ニッカはそんな思考に没頭しそうになるが、それはベルベットの一言で遮られた。

「亜人や私達についてはそんなところです。他に聞きたいことはありますか?」

『あ……と……そう、ですね』

我に返って、考えるニッカ。とりあえず、シャルト達に遭遇した時、カルーアに言われた言葉を思い出す。

『では、質問です。アジンガリ、って何ですか?』

その言葉を聞いて、ベルベットは僅かに沈んだ表情になった。聞いたらマズいことだったのだろうか、と思ったが、そういうわけではないらしく、ベルベットは話し始める。

「そうですね……知っておいてもらった方がいいでしょう。いえ、知っておくべきです。まず、亜人狩りについて話す前に、この世界でも一番の大国、クロンダイクについて話しておく必要がありますね」

クロンダイク、という単語を聞いて、そういえばカルーアも最初出会った時にそんなことを言っていたような、と思い出すニッカ。何のことなのかと思ったがどうやら国名だったらしい。

「クロンダイクはこの世界の三分の二を手中に収めるほどの大国で、その他の中小国にも多大な影響力を持っています。問題なのは、あの国の思想です」

『思想、ですか』

ベルベットは頷く。

「クロンダイクが掲げているのは人間至上主義。この世で最も数が多い……すなわち繁栄している人間こそが、神の成功作であり、亜人は神の失敗作であると断じています」

『随分身勝手な話ですね』

ニッカの相槌に、ベルベットは「ええ」と頷く。

「私もそう思います。そして、その身勝手な言い分を振りかざして、失敗作である亜人は淘汰されるべきであるとしてクロンダイクは兵を派遣し、亜人の村や里を襲撃。逆らう者は殺され、降伏しても問答無用で殺されるか、あるいは捕らえられ、奴隷や慰み者として使い捨てられて結局命を落とす……それが、亜人狩りです」

ニッカは言葉を失っていた。自分達が完成されているから、他は不要? そんなもの、身勝手を通り越して横暴や暴挙の類だ。これならばまだ、アルゴンキンの掲げた機械による人類管理の方がマシに思える。あちらは、「たとえ従っても問答無用で殺す」などということはなかったからだ。

「この集落にいるのは、そのほとんどが亜人狩りから逃れてきた者達です」

それを聞いて、ニッカは最初に出会った時にカルーアが亜人狩りのことで敵意を向けてきたことに納得した。

だが、その時のやりとりを思い出して、別の疑問が浮かび上がってくる。

『あの、長老さん』

「ベルベットで構いませんよ。何ですか?」

『分かりました、ベルベット。で、質問なんですが……この世界でゴーレムというと、どのようなものを指すんですか? 最初にカルーアが、僕を見て「ゴーレムにしては小さい」とかなんとか言っていたんです。僕の世界ではゴーレムと言えばゴーレム型の作業用ロボットの事を指すんですが……』

それを聞いて、ベルベットは少し驚いたような表情になる。

「貴方の世界にもゴーレムは存在しているのですね…もっとも、私達の知るそれとはだいぶ違うようですが。では、説明しておきましょう。私達の世界でゴーレムといえば、土や岩石、場合によっては金属などを原料として魔力によって作られる操り人形のことです。体が大きく動きは鈍重ですが、その代わりに打たれ強く力も強い。亜人狩りの主戦力の一角を担う存在でもあります」

それを聞いて、ニッカは自分が「まさか」と思っていたことが的中していたことを知る。つくづく、この世界はニッカにとって「御伽噺のような世界である」ということを認識させてくれた。この世界で過ごすことを決めたのなら、元いた世界の常識は捨ててしまったほうが良さそうだ。

『なるほど。ありがとうございます』

「他に質問はありますか?」

そう問われて、ニッカは数秒間考えこむような仕草をする。気になっていたワードのことは大体聞いたはずだ。

『……そう、ですね。他にはないと思います』

ベルベットに聞いて、答えが帰ってくる質問はこれくらいなものだろう。ニッカが元いた世界との技術力の差やら、分からないことはあるが、ニッカが元いた世界を知らないベルベットに聞いた所で正確な答えは帰ってこないと考えていい。

ニッカは、テントを出るために歩き始める。その背中に、ベルベットが声をかけた。

「貴方はこれからどうするつもりなんですか?」

声をかけられたニッカはピタリ、と立ち止まる。

そして、数秒の沈黙の後、『少し、考えさせて下さい』と言い残してテントを出て行った。


「あ、来た来た。おーい、ニッカー!」

テントを出ると、外で待っていたらしいシャルトが名前を呼びながら駆け寄ってきた。その手には、お盆に乗った簡素な食事が乗っている。

「ニッカの分のお昼ごはん、とっといたよ!」

満面の笑みを浮かべ、犬が喜んでいる時そうするようにパタパタと尻尾を振りながら、手にしたお盆を差し出してくるシャルト。

「ちょっと冷めちゃってるけど、味は保証するから!」

そんな風に言われて、ニッカはとても申し訳ない気持ちになった。

『ごめん、シャルト……。僕の身体は、食事ができるようにはなっていないんだ』

「え……!?」

驚きの声を上げるシャルトに、ニッカは簡単に説明することにする。

『うーんと……僕の身体は、食事をする必要がないようになっているんだ。なんて言ったらいいのかな……食事をしなくても、うんと力を出すことができるっていうか……』

それを聞いていて、シャルトがムッとしたような表情になった。

「ニッカ、あたしのこと馬鹿にしてるでしょ」

『え? いや、そんなことは……』

否定しようとするニッカだが、シャルトの怒りは収まらないようだ。

「してるよ! だって、今のはまるで小さい子に言うような言い回しだよ? あたし、そんなに小さくないもん!」

そう言われて、やれやれ、とニッカは額を抑える。そして、ちょっとだけ意地悪をしてやることにした。

『分かった。ちゃんと説明しよう。僕の場合、外部からのエネルギー供給を必要とせずとも稼働し続けていられるように、永久機関の一種が動力として採用されているんだ。で、その永久機関は一度動かすことさえできてしまえば後は永久に、無尽蔵にエネルギーを生み出すことができるようになっている。まぁ、それでも一定時間の間に生成できるエネルギーの総量は決まってるから、基本的にはエネルギー切れが無いってだけで出力を無限にあげられるわけじゃないんだけどね。ちなみにこれでもまだ試作段階で、発展型ではさらにそのエネルギーを』

「えーっと、ニッカ、ちょっと待って! 待ってってば!」

『一時的に増幅できるように……ん? どうしたの、シャルト?』

そう言いながら、言葉を遮ったシャルトを見つめるニッカ。明らかに生物ではないものの、光り輝くその双眸に見つめられ、数秒の後にシャルトは溜息を吐いた。

「……降参、降参だよニッカ。今の話、何言ってるんだか何一つさっぱり分かんない。ちゃんとわかり易い言葉に置き換えようとしてくれてたんだね……」

『うん、まぁ。なにせ、君達から見れば異世界の技術の話なんだし。そのまま言ってもまず伝わらないだろうと思ったからね、分かりやすく伝えようと思って。その結果がアレなんだよ?』

そう言われて、シャルトはうんうんと訳知り顔で頷いた。

「なるほど……ニッカも苦労したんだね……」

本当に分かっているとは思えないけどなぁ、という言葉は胸の奥に閉まっておくことにするニッカ。なんとなく、それを言ったらケンカになってしまいそうな気がしたからだ。

なんとか早い内に話題をそらそうと、センサーカメラでの情報収集を行うニッカは、シャルトが持っていた食事に目をつけた。

『そうだ、シャルト。その食事、どうするの? せっかく僕のためにとっておいてくれたところを悪いんだけど、僕は食べられないし』

そう言われた瞬間、シャルトの目が一瞬だがお盆の上の食べ物を見て輝く。だが、すぐに頭を振って、笑顔を浮かべた。

「じゃぁ、これは集落の小さい子達で分けるように言ってくるよ。みんな食いしん坊だから、きっと大喜びで集まってくると思うよ!」

そう言って、集落の広場へ向かって駆けてゆく。その様子を見て、ニッカはなんとなく、現状では彼女が無理をしているのだろうな、と思った。

いや、彼女だけではないのかもしれない。ベルベットの話から考えると、この集落は言わば難民キャンプに近いものだ。そう考えれば、食糧事情などの問題は常に抱えていてしかるべきである。

『難民キャンプ、か……』

ニッカは、以前に自分が本来居た世界で見た難民キャンプのことを思い出していた。その難民キャンプでも、大人たちだけでなく、子供の中では年長者に当たる者達が、より小さな子供達のために自分の分を減らし、食べたいのを我慢してまで少しでも生きながらえさせようとしているのを見たことがある。しかも、彼らは食事をする時でさえ、何かに怯えたような表情をしていた。

あの光景を見た時、ニッカは思ったものだ。早く戦争を終わらせなければ、と。早い所戦争を終わらせて、こんな子供達が安心してちゃんとした食事を取れるような世界にしなければ、と。

自らの世界の行く末がどうなったのかは今となっては分からないが、その光景を、その難民キャンプの状況を、ニッカはこの集落に重ねて見てしまった。

『……そう、するべきかな』

誰にともなく、ポツリと呟く。

丁度その直後、そう遠くない場所で歓声が上がったのを、ニッカのセンサーは捉えることになった。

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