第二章 ニール城へ
およそ一時間後、目的地である立派な城に到着した。
本来ならもっと早く着いていたのだが、俺が勇者とバレて以降人溜まりが出来てしまい、普段の倍は時間がかかってしまうことに。これだから人の多い町は好きじゃねえんだよ……。
大きな建物が多い事で有名な大都市フェリナンデスの中でも、ずば抜けて巨大な建造物で有名な城がある。
ニール城──ここより堅城な城は世界的に見ても数少ない。
ニール城の色は白を基盤とした鮮やかな色彩。とんがった屋根や金のかかった城壁など、西洋文化を大いに取り入れた造りとなっている。
敷地が地平線の向こう側までありそうなほど広大で、離れた位置から見渡しても、全てを見ることは不可能だ。……なるほど、都市全体を守っていると言われているのもうなずける。周囲には高くそびえる鉄壁が張り詰めてあり、近くから見上げても壁の頂上は確認できない。
そしてこの町にあるほぼ全ての武力が城へ備わっている。ここが成都フェルナンデス唯一の防衛組織であり、また世界が羨むほどの力を蓄えている。
そんな普通の軍隊以上の武力を持ったバカでかい城の前で、俺たちは立ち往生をしている。
城の城門に──手を伸ばしても届く気配のない五メートル程の鉄格子がかかっているのだ。頑丈そうな鉄が何枚もグルグル巻きで繋がれていて、戦車が体当たりしても微動だにしないだろう。
つーか、ここへ来る前に「俺という勇者が来るまでに城門は開けとけよ」と使者を使って連絡済みだったのだが、空いていないのは何故だろうか。伝達ミスは考えづらい。
俺たちが城門前でたむろっていると、城の方から警備兵と思われる3人が接近してきた。どこかで俺たちを監視でもしていたのだろう。
猿がすかさず前に出た。
「良かった人がいて、ここを早く開けて欲しいでやんす」
「あの……申し訳ありませんが、すぐにここを開ける事は出来ません」
……は?
勇者である俺の前で何を言ってるんだコイツは? こんな無礼な扱いは産まれて初めての経験だ。
続けて警備兵は、
「この門は王がいるときだけ開ける事が許されているのです。なので、いかなる用件があってもここをお開けすることは出来ません」と申し訳なさそうに言う。
「俺たちは王から来てくれと頼まれたでやんすよ! それでもダメでやんすか?」
「はい、申し訳ありませんが、開ける事は出来ません……」
はあ……。どうして中途半端に発展した町の連中は、バカの一つ覚えのように考えが硬いのか。町に入ってまだ半日もたっていないが、嫌気がさしてきたぞ。
「勇者でやんすよ! こっちには勇者がいるでやんすよ!」
「はい、どれだけ偉い人が来としても開ける事は出来ません……。なんせ1000年以上その仕来りは守られて来たのですから」
「そんなこと関係ないでやんす!」
子供のような、いやガキの喧嘩の方がマシなレベルの会話が続いている。おそらく話を続けてもずっと平行線だろう。
ここも俺の出番だな。仲間が何人いようとも、結局は俺だ。
「どけ猿。俺が交渉する」
俺が前に出るのを見て、猿の顔は一瞬で青くなった。本能的にこれから起こる大災害が見えているのかもしれない。
「勇者……交渉をするのですか……。何か交渉の材料は持っているのでやんすか?」
「はっ、何を言ってやがる」
これから大事な交渉だってのに。余りにも猿が馬鹿げた事を言うので、俺はついほくそ笑んでしまった。
拳に力を入れ、腕を直角に畳んで力こぶしを出す。世界でもっとも分かりやすい力の強さの伝え方だろう。
「俺には世界最強の力という万国共通の交渉材料があるじゃねえか。俺は頭こそ良くないが、この力によって人だけでなく動物まで従える事が可能だ」
「勇者……一つだけ、約束して欲しいでやんす。この城を──いや、この町を壊さないで下さい」
「分かってら。さっさとどけ」
猿のいた位置に俺が入る。
警備兵どもは驚いていた。まあ子供のように小さな男から突然、俺という大男に変わったのだから無理はない。
「なあ警備兵どもよ、扉を「あけて」他人を中へ入れる事はダメと言ったが、扉が「ひらいて」しまった場合は中へ入っても良いんだよな」
「……失礼ながら、何のことだか良く分からないのですが」
「こういうことだよ」
鉄格子の数十センチ程の隙間に指をねじ込ませる。
隣どおしにある格子を掴み──ニヤリと不敵な笑がこぼれてしまった。
「な! おいこの大男、扉を開ける気だぞ!」
「やばくないか! 城にいる警備兵を全員集めた方が良くないか!」
「落ち着け! ここの扉は数千年にも及ぶ歴史の中で一度だけ開けられた
が、それは数万にも及ぶ大軍が進軍してきた時だ。一人に開けられるはずがない!」
「しかし万が一という事が!」
などなど、巣をつつかれたアリのように騒ぎ出し始める警備兵ども。
うるせえなあ……。
これじゃあ集中出来ねえじゃねえか。
「おい警備兵ども、ちょっと黙っとけ。でないと──力の加減が難しいだろうが」
ゆっくりと包み込むように格子を指と密着させていく。
無になるぐらい力を抑える。暖簾に腕押しではなく、暖簾に指をなぞるような──。
力をゆっくりと横へ……。
「あんな馬鹿そうな男にこの扉が破られるわけないだろ!」
カチーン。
せっかく冷めた俺の頭と筋肉は、その一言で一気に沸騰した。
手の熱さだけで、掴んでいた鉄が歪んでいく。
「うるせえわバカどもがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
思い切って横に腕を振り切る。
バチバチばちーーーと、鉄とは思えない程の甲高い悲鳴を上げながら、鉄格子は無残に破れていった。
もはや空道となった鉄の間から……目を見開いて驚く警備兵どもが見えた。
穴の大きさは、人が通れるぐらいにしようと思っていたのだが、結局馬車が余裕で通れる大きさになってしまった。そして雑草のように捻くれ曲がった鉄が、地面に横たわっている。
「あー、やりすぎちまったな」
うーむ。
弁償とかシャレにならねえし、一応念を押しておくか。
「ったく、お前らが悪いんだぜ。俺の集中力を切らすからよぉ……って」
言い訳の途中で、また鼻で笑ってしまいそうになる。
なぜなら信じられないといった様子の警備兵が、心ここにあらずといった様子で呆然と扉を眺めているからだ。せっかく俺が喋りかけてやってるのに。
この感じだと何を言っても耳に入らないだろう。
「おいお前ら、行け」
今度は警備兵ではなく、仲間に向けて前進を促す。
もはや俺の荒行事に慣れた仲間が、当たり前のようにぞろぞろと敷地へ入っていく。全員見送ってから、俺も中へと足を入れる。
さて、そういえばここの敷地はバカでかい事で有名だ。外なら地図があるから分かるが、中は分からない。
王座を探していたら陽が暮れちまう。
俺は一般人より役に立たなくなってしまった警備兵たちの一人に近づいた。
「おい、王座まで連れてけ。場所を知らねえ」
「はっ! 王座ですか!」
王座、と聞いた瞬間に目をはっと覚ます。どうやら教育だけは相当受けているようだ。
王座とは王とそれに近い立場の者だけが入ることを許される部屋。赤の他人が入れば間違いなく死刑、さらに家族も道連れとなる。
「そんな……王座に通すわけにはいきません! 敷地とは訳が違いますよ!」
「じゃあ仕方ねえな」
俺が再び握りこぶしを作る。
そして──
タンっと、太鼓のように扉を軽く叩く。
扉は振動こそすれど、特に異常は無い。
「…………な、なにをしたのですか?」
警備兵は一歩、また一歩と後ろへ下がっていく。腰が砕けているせいか、赤ん坊の成長を見ているようだ。
動物には第六感があり、今では予知などと呼ばれている。例えば、どうも嫌な予感がする……というはっきりとした言葉で表せないものの、何らかの危機を察知することだ。
人間は第六感が弱くなったと言われている。例えば災害に関しても、事前にさっそうと逃げる動物に比べ、人間は災厄が見える所まで迫っていても反応しないケースさえある。
しかし人間の第六感もバカに出来ねえなと、今は感じている。こんな平和ボケした奴らでも、俺という恐怖を認識するのだから。
ピキッ、ピキッと小さな音が鳴り響く。
そして──
ガタガターーーーーーーーーーーーーーーーガタリーー。。。。。。。。。。
扉は一気に崩れ落ちながら崩壊した。
煙や砂といった細かい粒子が舞う。
数秒たって視界が綺麗になると、扉は初めから無かったかのような『無』に変わっていた。
もはや立てなくなってしまった警備兵。後ろに下がるどころの話では無いらしい。目を閉じて必死に現実逃避をする者までいるぐらいだ。
さてお待ちかね、ここからが俺の交渉の時間だ。
「お前が案内してくれなくても良いが、それなら──全部壊して確認していくしかねえな」
もちろんブラフだ。
一つ一つを壊して行けば時間も手間もかかりすぎる。王を待っていたほうが楽だろう。
ちょっと利口な幼稚園児でも騙されないような嘘。しかし先ほどまでの光景が焼き付いている警備兵には効果テキメンなようで。
「は、はい! それではただちに案内しましょう」
どうやら、堅城な城を守るエリートな仕事をしている警備兵は、幼稚園児以下の知能へ成り下がっちまったらしい。
「さっさと案内しろ」
これが俺の交渉だ。厳密にいえば、力による交渉。
結局いつの時代でも身分や金といった不確定な物より、物理的な力が一番の影響力を持つのだ。人間がどれだけ成長しても変わらない、変わることのない事実だ。
例えば農民が税を低くするよう役所に頼む時。普通の格好で行くのと、サブマシンガンや対空砲を装備しているのとでは、武器を使わないにしても迫力が違う。
というわけで。
「おい、お前らもついてこい」
目の前で震えながら歩いている警備兵を見ながら、俺たちは後に続いた。ったく、道案内の途中で倒れるんじゃねえぞ。