第一章 勇者とは
美しい町の大通りの真ん中を、物騒な武器を装備している俺たちが歩いている。一歩進む事に、ガチャンガチャンという大きな鉄の擦れる音が鳴り響く。
成都フェルナンデス。
およそ200万ほど人が住んでいる大都市。美しく流れる噴水や伝統的な木造の家、歴史的な建造物など、貴重な建物が所狭しとある。
人々は上品な衣服に身を包み──町全体が神秘的なように感じられる。
この素晴らしい光景を一目見たさに、世界各国から大勢の観光客が訪れる。観光料は世界一を誇り、この町の莫大な軍事力へと変貌をとげる。
美しさと伝統と強さが備わった理想的な町──なのだが、そんなことは俺にとってはどうでもいい。むしろ歩くのに邪魔なぐらいだ。
人が混雑している道の中央を、余所者である俺たち旅人がズガズガと歩いていく。危険から身を守るように周囲の人間は捌けていき、自然と空道が出来る。……俺は指名手配犯かっつーの。もちろん違うのだが。
俺の仲間は12人いて、どいつもこの町とは似合わないトゲトゲしい格好をしている。鉄が歪にくねった防具をしている者や、振り下ろすだけで家ごと壊せそうなほど大きい斧を抱えている者。顔が全て隠れる大きさの鉄兜。
そして装備が凄いだけでなく、実際に戦闘で強い奴らが揃っている。人食いドラゴンを殺した、強力な魔法を自在に操る魔王を殺ったなど、時代に名を残こすであろう豪華なメンバー構成となる。おそらくは世界最強だ。
そんな物騒な連中がおりなす行列の中央後方、いつでも仲間を見渡せる位置に陣どっているのが──俺こと勇者であり、このパーティの頭だ。
俺の身長は198センチで、人混みに紛れていても常に頭一つ抜けている。更にガタイも大きく、普通の成人男性と比べると肩幅が3倍以上あり、腕の太さは一般男性の太もも以上に太い。
そして俺の顔なのだが、幼少期から顔がトゲトゲしいと言われ続けている。幼少の頃から可愛いと比喩されたことが無く、むしろ幼稚園の頃から何度先生と間違われたことか……。
目は大きく、斜めに釣り上がっている。本能的に危険を感じ取ってなのか、ほとんどの人がすぐに目を逸らす。人間や動物や魔物といった生きている物なら分け隔てなく、俺を見て怯んでしまうぐらいだ。
鼻や口も大きく、荒々しく削った分厚いヒゲなど、とにかくスケールのデカい顔となっている。
俺のオッサン顔はさておき。
今は仲間たちと移動の最中であり、ある城へと向かっている。初めは馬車で向かおうと考えていたのだが、俺たち12人全員の装備を含めた重量がおよそ2トンなため、仕方なく徒歩で向かうことに。
「おい、ちょっと待て! 何者だお前ら!」
俺たちが怪しく見えたのか、槍を抱えた二人の警備兵に止められてしまった。
こうやって職質されるのも慣れたもんだ。なんせ俺たちが特殊な存在というか、派手な装備を抱えている奴らが浮かない町なんて無いに等しい。ペットショップに飢えた野獣がいるようなもんだ。
「うっ……、なんだこいつらは……。全員がただものじゃないぞ……」
「せ、先輩、お、落ち着いて話しを聞きましょう」
警備兵たちは俺たちの強さを感じ取ってか、なかなか話を進める事が出来そうにない。
場が硬直してしまったのを敏感に感じ取り、俺の仲間の一人が前に出る。
「いやいや、警備兵さん、お疲れさんでやんす」
まるで猿のような風貌をしていて──というか猿の一言で充分な男だ。なんせ名前も猿だ。名付け親は俺。名前を登録するのがめんどくさいから一言、猿と書いた。
猿は盗賊という身分の低い階級ではあるが、宝箱を開けさせるためだけに俺が便利屋として直に雇った。普段はこうして雑用のような事もさせている。
ただちょっと特殊な言動「やんす」は……どうにもならないらしい。こればっかりは勇者の俺でも治せない。無くて七癖と納得している。
「な……なんだお前は! 町の通行書は持っているのか!」
「まあまあ落ち着いて。ちゃんと通行書は携帯してるでやんす。ほら、これでやんす」
「むっ……確かにこれは通行書か……」
猿が出した通行書を何度も確認する警備兵たち。
もちろん偽装をしているわけでもなく、俺たちが町にいることに問題は無い。
だが──こいつらは簡単に通してくれる気が無いと、俺の本能が告げている。残念なことに、女でも無いのに俺の感はよく当たる。
「確かにこれは通行書だ。だがしかし! 町の景観を乱す者は誰であっても許さんぞ!」
「そりゃ横暴でやんすよ……」
「うるさい! とっとと町から出て行け!」
臭い物に蓋というか……、俺たちを厄介な存在だと思い、早く追い出したいだけだろう。さすがにここまで言われると俺も良い気はしない。
町の警備兵ごときが何人束になっても、容易く突破は出来る。
しかし相手に騒がれると面倒だ。この町で余計に浮いた存在になっちまう。下手するとおたずね者だ。
めんどくせーが、ここはオレが何とかしてやるか。
指でちょいちょいと、こっちに来いと猿へ合図を送る。
「はい、なんでしょうか」
「俺の身分を言ってこい」
「え!!!! でも、それでは余計に目立ってしまうかと……」
「早くしろ。これ以上ゴタゴタ言われ続けると……あいつらを殺してしまいそうだ」
先ほどからイライラに耐えた拳は、青い血管がボッコリと浮き上がっている。俺が少しでも怒りを解放させればいつでも相手を殺せる状態だ。
俺の内なる怒りを、敏感に猿が感じ取って姿勢を正す。
「は! はいでやんす! 少々お待ちを! おい警備兵! とりあえず俺の言う事を聞くでやんす!」
「なんだ? もう聞く耳は持たんぞ。苦情だって既にたくさん来てるんだ」
「このお方を、どういう存在か知って言ってるのでやんすか!」
「あ? 中央の一番デカいのか?」
「口を慎め! でやんす!」
まじまじと言った様子で観察するように俺を見つめる警備兵たち。なんつーか、本気で殺したくなってきた……。
「も……もしかして……」
今まで黙っていた片方の警備兵が口を開いた。さっきから無礼な態度を取っている奴とは違い、なかなか腕も良さそうだ。
「もしかして、戦士様であられますか?」
「え! そんな、そんな偉い人かこいつ? それだとすぐに通さないといけないじゃん……」
「いや、だって迫力といい、強さも相当に見えるし……。もしかすると一級って事も」
「一級! 無い無い。そんな凄い人がこんな平和な町に来るはずないだろ」
なにやら警備兵二人で話し込んでしまった。
戦士とは──主に力を使った攻撃を得意とし、時には体をはって主人を守る盾にもなる。
戦士は簡単になれる職業ではなく、相当の鍛錬と技術が必要になってくる。最低でも60キロ程度の武器を片手で振り回せる必要がある。
そして戦士の中にも格付けがあり、10級から始まり、九級八級と続き、一番上を鬼神と言う。
一級は一個兵隊ぐらいなら壊滅状態に出来るぐらいの力を持ち、鬼神にもなると一つの町を滅ぼせるぐらいの力を持っている。一級でさえ旅をしている者じゃないと、なかなかお目にかかれないだろう。鬼神にもなると出会っただけで一生自慢が出来る。
「いいや、違うでやんす」
「やっぱり違うじゃねえか! こんな人の迷惑も考えない奴が戦士な訳がねえ!」
「でもこの人からビシビシと強さは感じるんだよなぁ……」
「最後まで聞くでやんす。俺が言ってるのは『そんなに低い身分じゃない』って事でやんす」
二人して、小粒のように目を点にしながら、互いを見合わせる。
まあ驚くのも無理はない。警備兵として真面目に長く務めていたとしても、戦士の一級以上となると出会う確率は0に等しい。
今まで無礼な態度を取っていた方も、さすがに頭を下げて礼儀的に猿と向き合った。
「い、今までの言葉使い、非常に申し訳ありませんでした! どうぞお通り下さい」
「分かってくれれば良いでやんす」
「ですが一つ……、よろしければその方の身分の方を、お聞きしてもよろしいですか?」
猿が俺の方を向いて確認を取ってくる。
俺が軽く頷くと、猿は申し訳なさそうに頭を下げ、再び警備兵と向き合う。
「あのお方は……勇者である、でやんす」
「「えっ……」」
まるで時が止まったかのように、二人して止まってしまった。
周りで見ていた野次馬達も同じような反応を見せる。おいおい、だれかここで強力な凍り魔法でも使ったのかと疑いたくなるぞ。
勇者とは──格付けで上や下という概念が無い。唯一無二の存在として君臨する職業だ。
千年以上も前から存在していると言われる勇者。
しかも千年前というのはあくまで一つの論であり、もっと古くからあるのではないかという説もある。
やれ神に刃向かう悪魔を倒しただの、やれ大きな災害から地球の危機を救っただの、やれ宇宙に行って太陽系を救っただの。まあ信憑性こそ無いものの、昔からある有名な逸話にも数多く勇者は存在している。
そして──勇者にだけは普通の人がどれだけ努力を重ねてもなることは出来ない。他の職業は一定の能力を超えれば誰でもなれるのだが、勇者だけは無理なのだ。
勇者になるにはまず血筋が必要であり、親が小さな村を救った──ぐらいでは話にならず、国の行方を変えたぐらいの大きな実績が必要になる。この時点で数が相当絞られる。
更に素質の問題があり、どれだけ有望なのかを幼少期に判断されてしまうのだ。よって努力をする以前に決着がついてしまうため、勇者になれる資格を持つ者は百万人に一人も満たない。
その後も辛い試練が続く。
心──。
目の前に燃え盛っている5メートルの炎に向かい、15時間の正座をする。それも飲まず食わずでだ。初めは暑さだけが厳しいが、炎による火傷、水分不足による脱水症状、座禅による足への圧迫症状、など上げればキリが無いぐらい身体へのダメージがある。
技──。
舗装など一切されていない3000メートル級の山道を、片足の親指だけで登っていく。バランスを崩せば最初からやり直し。常に身体の傾きと地形に気を取られながら進まなくてはいけない。
体──。
重さ200キロの防具、更に200キロの剣を装備する。力が自慢の戦士でも防具の重さは平均で70キロ、剣は60キロと記憶している。鍛え抜かれた戦士でも持てないようなバカでかい武器の標的は、数センチほどの素早いネズミ。大剣で斬る小さな相手は難易度が高く、体にも負担がかかる。
これらは数ある修行のうちの一つであり、体を動かす以外にも魔法や人事掌握術、経済学もひと通り学ぶ必要がある。
よってどれだけヘボい勇者であっても周りからは期待され、また人々から尊敬の眼差しで見られるというわけだ。
勇者についてはさておき。
先ほどまで俺たちを足止めしていた警備員の勢いはどこへやら、顔を伏せて声も出せずに固まっている。
怪訝にそのやり取りを見ていた一般庶民たちも同様の反応をしている。中には手を擦り合わせながら拝んでいる者もいる者もいて……正直、相手にするのはめんどくさい。
宗教を立ち上げる趣味はない。
「それじゃあ、出発でやんす!」
一番前に陣取った猿が、気合の入った声を上げる。
驚きや狂騒、色々な反応を示している一般市民、全員を無視しながら俺は前へと進んだ。