賢人=変人=美人
「やぁ、アエイオール君!よく来てくれたね!おや、そちらの娘は見ない顔だがどなたかね?どうやらうちの学院の生徒ではないようだがアエイオール君の友達かな?初めまして!私はファフナ魔術学院学院長のメロンドール=クロワッサという者だ!学院長を務める傍ら当学院の古代魔術科の担当教員でもある!アエイオール君とは古代魔術の授業における教師と生徒の関係であるとともに宮廷魔術師としての同僚でもあるのだ!よってそのお友達である君も私のことは気軽にメロンさんと呼んでくれて構わない!私の親しい人はみんなそのように呼んでくれているからね!」
中央塔の最上階に辿り着いた私達が、学院長室と書かれているプレートの取り付けられた扉を開くと、中にいた長身の男性――でしょうか?女性のような顔立ちと腰まで伸びた真っ白な髪で初めはとても綺麗な女性だとも思いましたが声がだいぶ低いことから恐らくは男性だと思うのですがあまり自信がありません――は私達に一切話す暇を与えないほどのマシンガントークで自己紹介をしてきました。
それにしてもメロンさんでクロワッサん……いえクロワッサさんですか。なんとも美味しそうな名前ですね。
まぁ何はともあれ名を名乗られた以上は私も自己紹介をすべきでしょう。
「初めまして。私の名前は小鳥葉羽といいます。小鳥が姓、葉羽が名前です。歳は今年で…」
ふと気づきましたが一年の長さは一緒なのでしょうか?
聞いてみましょう。
「うさちゃん、一年の長さはどれくらいですか?」
「え?はい、えっと星の巡りが一巡するのに370日かかるので、それが一巡りするごとに一年と数えますが…」
「では私の世界と大体一緒ですね。今年で18歳です」
「「え?」」
何故か二人揃って私の顔を凝視してきました。そういえばまだうさちゃんに年齢を言ったことは無かった気がしますがそんなに驚かなくても。
「年上……」
「成人してるのかい?……ん?『私の世界』とは一体?」
何やら落ち込んでいる様子のうさちゃんと若干疑いの眼差しを向けているメロンさん。
そんなに子供に見えていたのでしょうか…地味にショックです。
「はい。実は私はうさちゃんが研究していた召喚術でこことは異なる世界から召喚されてきまし――わきゃあ?!」
ちっちゃく傷つきながらもメロンさんの質問に答えようとすると、視点が突然グンと上がりました。思わず変な声が飛び出てしまいます。
何事かと視界を下に向けるとメロンさんが私の脇に手を入れて持ち上げていました。え、何事?
「あの……なにをしてるんでしょうか?」
「ちょ、ちょっとメロンさん手荒な真似は?!」
混乱が一周回って落ち着いてきた私とは反対にうさちゃんは大わらわです。
私は大変なことが起きた時に周りの人が慌てていると逆に落ち着けるタイプだったようです。まぁ危機意識やら生存本能が薄いだけな気もしますが。
「ふむ、身長体格から類推される質量はおよそ同程度年齢に対して小柄なのは異世界人であるがゆえのものではなく人種的なもの、あるいは個体差的なものか筋肉・骨格・毛髪・皮膚・内蔵いずれもヒト種のものと大差無しただし魔力密度は極めて低く生後間もなくの赤子と同程度かそれ以下空間魔力素の極めて少ない環境で生まれ育ったと推察されるもしもそれが一般的な異世界の環境だと仮定するならば魔法及び精霊の存在が極めて困難であり、異世界とは魔法に依らない文明的発展を遂げたものだと思われるまたもしも仮に異世界に空間魔力素が存在するならばそこで生存する魔法及び精霊とはこの世界に存在するものとは別種の存在であると規定すべきでありさらに――」
「…………うさちゃんや」
「…………なんでしょうか小鳥ちゃん」
「…………私しばらくこのまま?」
「…………ごめんなさい」
身長180cm超の女性みたいな男性が美少女(私)を高い高いしながら猛烈な勢いで喋り倒すのを見ながら申し訳なさそうにしている美少女という恐ろしく訳の分からない図がその後1時間弱に渡って続きました。
間近でひたすら無表情(でありながら熱に浮かされたように紅潮した顔)の美形を見続ける私です。
……夢に出てきそうで凄く辛かったとだけ述べておきます。
◇◆◇
「なるほど、つまりこれが本来召喚されるはずだった“小さい”“硬い”“青い”“もの”なのだね?」
「……はい」
「……そうです」
あれから1時間弱の間私を抱えながら喋り倒した学院長、メロンさんはようやく私達の話を聞いてくれました。
「賢人」とも呼ばれるくらい優秀な人。
でも果てしない研究馬鹿。
周囲からそのように認識されている理由が大変良く理解できました……。
私が解放された後、うさちゃんが私を召喚した際の状況やその後の経緯などについて説明をし、一通りの事情を話し終えた辺りで本来召喚されるはずだったマイドンブリをメロンさんに見せました。
メロンさんは私の丼を受け取ると矯めつ眇めつしながら丹念に検分しているようです。
私とうさちゃんは1時間に及ぶメロンさんのメロメロトークによってすっかりとグロッキーです。
「ふむふむ、これも興味深い。陶製の器のようだがそれにこれほど精緻な紋様を施す術はこの世界には存在しないだろうね。ところで何やら良い匂いがするが、この匂いは小鳥君とアエイオール君が食べていたという“ぶたどん”という食べ物のものかな?」
「はい!小鳥ちゃんが食べさせてくれたんですが本当に本当に美味しかったんですよ!あんなに柔らかくて美味しいお肉とご飯は初めて食べました!」
「ほぅ、それは是非とも食べてみたいね」
メロンさんは何やら感心しているようですが、ごめんなさいただの幾何学模様がプリントされた大量生産品です。
そして、軽く洗っただけだった器に僅かに残っていた匂いを嗅ぎ取ったメロンさんにうさちゃんが興奮したように語り出します。思わずぴょんぴょんと私達が腰掛けているソファの上で飛び跳ねていますね。本当にうさぎさんみたいで大変よろしい。
可愛いうさちゃんを見てほのぼのしていましたが、メロンさんの要望に少し悩んでしまいます。
「材料さえあれば作ることは簡単なんですが……んー、うさちゃんや」
「はい、なんでしょう小鳥ちゃん?」
「私のいた場所からまた何かを召喚することはできませんか?」
私を送り返すことはできなくても、私のいた部屋にあったものを召喚することができれば色々と助かるのですが。冷蔵庫やその横の段ボールにはスーパーの特売日に大量に買い込んだ食料が山とありますし、箪笥があれば着替えも手に入れられます。
「そう……ですね。小鳥ちゃんを召喚した時の座標情報などはそのまま残っているので、地脈の利用申請さえ出せれば小鳥ちゃんの周囲にあったものくらいなら誤差なく召喚することができる……と思います。問題は地脈の利用申請をこれから出すとなると数ヶ月ほどかかってしまうんですが……」
思案気に俯いたうさちゃんはそう言うとちらっちらっとメロンさん――魔術学院の学院長さんを見ます。
私もじーっとメロンさんを見つめてみます。
美少女二人に見つめられて嬉しくない男性はいないはずです。……問題は美人度で見た場合メロンさんの方が上だという点ですが。胸以外全部負けてる気がします。くそぅくそぅ。
「ふふ、分かったよ。数日中に再度地脈を利用できるように手を回しておこう。星辰の巡りも数日中なら問題ない範囲だろうからね。その代わり……今度召喚する際には私も立ち会わせてもらえないかな?今日は仕事が立てこんでいたため残念ながら行けなかったが、召喚術の復活は私も大変興味深い分野だからね」
おぉ、持つものは金と権力とはよく言うものですね。
これで何とかある程度の生活必需品などは手に入れられそうです。
「ではまずアエイオール君の復元した魔法陣について詳しく検証してみよう。もしかしたら小鳥君の送還方法のヒントとなるなるものが見つかるかもしれない。それと小鳥君は仕事を探しているということだったがそれについても心当たりを探してみよう」
「はい、よろしくお願いします」
メロンさんの御好意にぺこりと、立ち上がってからしっかりと頭を下げます。
持つものは金と権力。それと心からの誠意だとお婆様も言っていましたからね。
「さて、私とアエイオール君はこれからだいぶ専門的な話をしなければならないし、中々早く済ますとはいかないだろう。君とももっと話をしてみたいのは山々なのだが、退屈させてしまうだろうからね。良かったら学院の中を見て回ってはどうだろう?案内の者も付けるよ」
うさちゃんを見ると家から持ってきた分厚い資料の束を机の上に広げだしています。どうやらかなり長い話し合いになりそうですね。
ここにいても邪魔にしかならなさそうですし、メロンさんのお言葉に甘えさせてもらいましょう。
その提案に頷いた私を見て、メロンさんは軽く手を振ります。
私にはよく分かりませんでしたが何か人を呼ぶ魔法でも使ったのか、しばらくすると学院長室の扉がノックされました。
「失礼します。学生長シャロナ=メナリスです。何か御用でしょうか?」
「あぁ、突然呼んで済まなかったね。実は彼女に学院内を案内して欲しいんだ」
「学院の案内ですか?はい、それくらいでしたら……って先程の変――い、いえアエイオールさんと……その、ど、同棲してる小鳥さん?でしたかしら?」
「あのそれは誤か――」
「はい、今日からうさちゃんと一緒に住むことになりました。私のことは小鳥ちゃんと呼んで下さって構いませんよシャロちゃん。案内の方はお願いできますか?」
「シャ、シャロちゃん……はい!よろしくお願いいたしますわ!こ、小鳥ちゃん!」
「わ、私の話を聞いて下さいぃ……」
涙目になっているうさちゃんに心の未開発領域をくすぐられながら、改めてシャロナ=メナリスちゃん、シャロちゃんと挨拶を交わします。シャロちゃんは何やらモジモジしながら「あ、あだ名をつけて頂いたのは初めてですわ」「こ、小鳥ちゃんって呼んでしまいました」「アエイオールさんとはどんな関係なのでしょうか……同棲してるといいますしまさかもう……!」などと小声ながらも周囲に丸聞こえの声量で呟きながら顔を赤らめています。キリっとした見かけとは裏腹にとても可愛らしい方のようです。
「では、シャロちゃんと一緒に時間を潰してきますね。どれくらいで戻れば良いですか?」
「そうだね……日没の頃には一段落しているだろう。その頃にまた顔を出してもらえるかな?」
「分かりました。では行きましょうかシャロちゃん」
「へ?あ、は、はい!」
「あ、シャロナさん!小鳥ちゃんをよろしくお願いします!……ほ、本当にお願いしますね?!」
メロンさんにおおよその時間を聞いた私はシャロちゃんに手を差し出します。
シャロちゃんは顔を赤らめながらも私の手を握ってくれました。
そのまま意気揚々と部屋を出ようとする私達に、うさちゃんが若干慌てたように声をかけてきます。……そんなに信用無いですか私?
シャロちゃんは友達が少ない