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町巡りは手を繋いで

扉を開けるとそこはゴミ溜めでした。


「……」

「……」


横に立つウサちゃんを見ると、顔を背けて目を合わせようとしません。

……ふむ。


「ウサちゃんは意外と駄目な子なんですか?」

「そ、そんなことは……あります、けど」


ウサちゃんががくりとうなだれます。

私がウサちゃんと雇用契約というの名の居候宣言をした後、まだお腹を空かせていたウサちゃん(丸一日食べていなかったらしいですし、豚丼半分では足りないでしょう。私も少し物足りません)に何か作ってあげようということで、私が召喚された部屋、ウサちゃんの家に併設された研究室から居住空間として使用している自室へと移動したところです。

おおよそ目に入る場所全てに脱ぎ捨てられたと思しき服や下着(かぼちゃぱんつというやつでしょうか。もこもこしたあれです)が無造作に散乱しています。部屋の真ん中に置かれている机の上には汚れたままの食器類と食べ残しがおそらく数週間単位で放置されたのか、カビまみれになって置かれています。床は部屋から部屋へと移動するための最低限の動線を除いて埃が堆積している有り様。

……どうやら私のお仕事は盛り沢山のようですね。気合いが入ります。


「……で、食べ物はどこでしょうか?というかこの部屋に置いてありますか?」

「あ、はい!学生寮からこの部屋に引っ越してきた時に、お父様が宮廷魔術師就任の御祝いにと冷却魔法が込められた魔法器(マジックツール)を送って下さったんです!確かそこに前買い込んだ食料が――」


私達は部屋の隅に置かれた箱(1m四方の立方体で、材質は光沢のある金属のような白い物体です)に歩み寄り、箱を覆っていた衣服を退かし、蓋を開けま――

ばたん!と蓋を締めます。


「……」

「……」

「ウサちゃん」

「はい」

「今日は外に食べに行きましょう」

「そうですねそうしましょう」

「あと、お父様には申し訳ありませんがこの箱は後で捨ててしまいましょう」

「そうですねそうしましょう。……お父様ごめんなさい」


私達は何も見ていません。黒く蠢く光沢のあるものなんて見ていません。ナカニハナニモイマセンヨ?


さて、それではいよいよ異世界町巡りです。


◇◆◇


「お待たせしました!それでは行きましょう」


出会った時にウサちゃんが着ていた黒いローブは埃で薄汚れていたため、部屋に放り投げられていた服の中から比較的綺麗なものを選び出し着替えさせ、最低限の身嗜みを整えたウサちゃんと一緒に町に繰り出す私です。

ウサちゃんから一通りの事情を聞いた時には大陸や国の名前、魔法が存在するといったことを聞いただけだったので、そこに暮らす人達についてやどんなものがあるのかなどはほとんど知りません。魔法が存在する世界にはどんなものがあるのかとても楽しみです。


ウサちゃんに続き、外へと繋がるドアを抜けた私の目に入ってきたのは――


「わお」


中世風のヨーロッパ建築が連なる街並み。そこを行く人々は人間だけではなく、爬虫類のような鱗を持つトカゲのような女性、全身けむくじゃらの狼男、背中に天使のような羽を生やしておきながら羽ばたくこともなく宙を浮く男の子など、明らかに人外だと分かる人々が行き交っています。ちょうどウサちゃんの家から出てきた私達の前を横切って行ったのは獣人というやつでしょうか、犬ミミです。犬しっぽです。タレ耳な犬っ娘お姉さんです。

なんという異世界。一目見て異世界。ここは異世界です!


「ウサちゃんウサちゃん!見て下さい!異世界ですよ異世界!」

「わわわ!?わ、私にとっては現実世界です!」


私は思わず上がったテンションのままにウサちゃんを揺さぶります。

ちょっと前まで少しはあった異世界で生きねばならないという絶望感など消え失せました。悲壮感?何それ?です。


「では小鳥ちゃん、まずはご飯を食べに行きましょう。そろそろ空腹が限界です」


ウサちゃんは私を落ち着かせるとそう言いました。

そして、行きつけの美味しいお店があるんですよ、と言って歩き出そうとするウサちゃんを私は呼び止めます。


「ウサちゃん」

「はい?」


振り返ったウサちゃんに手を差し出します。

差し出された私の手をジッと見つめ、キョトンと首を傾げるウサちゃん。

私は言います。


「手を繋ぎましょう」

「え?あ、はい。そうですね。今日は人ごみも多いのではぐれるといけませんから」

ウサちゃんはそう言って私の手を握ります。

私はまたおばあ様の言葉を思い出します。


「ばねちゃん。友達ができたら手を繋ぎなさい。そうすれば何も言わなくても、大切なことだけは伝わるものです。もちろん、いつかはきちんと言葉にして伝えなきゃいけない時が来るわ。その時には自分の心の一番大事な部分をしっかりと伝えられる人になるのですよ」


友達ができたら手を繋ぐ。折に触れてきちんと自分の気持ちを伝える。

おばあ様に教わったことをしっかりと実践していった結果……一番多感だった中学生時代から高校時代には、潤んだ瞳で「お姉様……」と呼ばれるようになりました。女の子は不思議ですね、おばあ様。

過去に思いを馳せる私の手を引きながら歩くウサちゃんを見て、私は考えます。

私はウサちゃんと友達になりたいと思っています。

可愛いから。元の世界に帰るために良い関係を築かなければならないから。それだけではありません。

この一生懸命に私のことを守ろう(・・・・・・・・)と頑張る少女のことを、私はすでに好きになってしまっているのでしょう。

でも、今のまだまだ彼女から与えられるだけの身では頑張り屋な彼女の友達には相応しくない気がするのです。

もちろん、この子はそんなこと気にしないでしょう。私も友達になるのに資格がいるなんて全く思いません。

それでも、私が彼女の隣にいることを彼女が誇らしく思えるようになるまではその思いは隠しておきましょう。

だから今は、私はあなたと一緒にいたいと、一番大切なそれだけを伝えます。

いつまでかは分かりません。いつまでもかもしれません。

それでも、私はあなたと一緒にいたいのだと伝わるようにその小さな手をぎゅっと握って、異世界の町を歩いていきます。


さぁ、どんなご飯が食べられるのか楽しみです。




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