私と彼女の不思議な関係
ウサミア=アエイオール視点です。
異世界から来たのはとても綺麗な女の子でした。
はじめまして。私の名前はウサミア=アエイオール。今年で15歳になりました。魔術師を育成するファフナ学院に学生として通うかたわら、トールカ国の宮廷魔術師としての役職も持っています。
一人で生きていく力を得なければ大人として認められない!という貴族には珍しい独立独歩の気風溢れる我が家のアエイオール子爵家を飛び出し、学院に通いながら一人暮らしを始めたのが3年前。
幼い時からおじいちゃ…祖父に連れられて大陸中の遺跡を巡った経験から、学院では古代の遺跡や文献から様々な魔法技術を復刻するための知識を学ぶ古代魔術学科を選択しました。始めはただの興味関心からだったのが気づけばその深みにどっぷりとハマってしまい、1年前に古代魔術復刻技師としての宮廷魔術師資格を取得して以後、今では1年の3分の1を遺跡巡りか王宮図書館で、残りを学院か宮廷魔術師のお給料で借りている自宅(それまでは学生寮で暮らしていました)に併設した研究室で過ごしています。
「よっ……ふん!……たあっ!」
身の丈ほどもある大きな杖を使い研究室の床に魔法陣を描いていきます。
増幅器である杖の先端から放出される凝縮された魔力を慎重にコントロールし、望む魔法を発動するために必要な図式を世界に刻み込む作業です。
「ふっ……んぅ……これ、で………できたぁ!」
これまでに作ったことのないくらい複雑な魔法陣だったために、陣の作成だけで数ヶ月もかかってしまいました。
はぁはぁと荒い息を吐き出しながら床に広がる精緻な魔法陣を見渡します。
この魔法陣は半年前、古代魔術復刻技師の資格を取得したことで利用できるようになった、貴重な書物を多数貯蔵する王宮図書館の地下も地下、最下層の廃棄資料(失敗した実験の資料や後世になって否定されてしまった魔術理論のレポートなどが名目上は“保管”、実際には放棄されています)の山に紛れ込んでいた一冊の魔術書から発見したものです。
その魔術書には世界そのものをねじ曲げ、遠く離れた地から物質を呼び寄せる古代魔術、召喚術について書かれていました。
しかし、ただでさえ古い本であるのに保管状態が悪かったこともあり、本の中身の大半が虫食いや経年劣化によって失われてしまっていました。それを解読分析補完していきようやく体裁を整えられたのが3ヶ月前。それから星辰の巡りや、地脈の利用申請の順番待ちなどの関係から3ヶ月以内に召喚実験の準備をしなければならなくなり、寝る間を惜しんで(というかここ3日ほどは本当に寝ていません)準備に励みました。
私がたった今描き終わった魔法陣は召喚術の中でも上級に当たる(らしいです。なにしろ復元できた魔法陣がこれだけでした)、異世界から望む物を召喚するための魔法陣です。もっとも魔法陣の半分以上が私の想像で作られた部分なのでまず成功はしないでしょう。
どこか離れた場所から何でも良いので取り寄せられれば合格。何か異世界の物質らしきものを召喚できれば満点。設定した通りの召喚物が異世界から召喚されれば想定以上の大成果といったところです。
召喚物の設定は、部屋に入りきらないくらい巨大なものだと困るので“あまり大きくはないもの”を。宝石などが召喚できれば成果の報告が楽(例えこの世界の物でも、まぁ受け取り拒否はされないでしょう)なので“石もしくは金属に類する物質で作られたもの”を。どうせなら私の好きな色である青色のものが手に入ればいいなということで“青いもの”をそれぞれ設定しました。何か綺麗なものが現れるといいなぁ。
「よし!……それではこれから古代魔術、召喚術の実験を開始します!」
杖を部屋の片隅に立てかけ(魔法陣を構築するのに必要なだけなのでもう使いません)、眠気と疲労を振り払うように勢い良く宣言します。
「世界を閉ざす黄金の扉。七の星刻みし白銀の鍵。開け放たれし扉の最果て。澱み凝ごりし暗闇に有りしは未だ知らぬ未知なる世界。闇に沈む彼の地を引き寄せ彼の未知を引き寄せよ。其は何処か。其は何物か。世界の内側で全てを望む我に姿を示せ。小さき物。硬き物。蒼き物。そのカタチを我が前に――!」
杖によって十分な魔力が刻み込まれた床の魔法陣が私の呪文で発光します。
世界と世界の境界を曖昧にし、望む物をこの手に引き寄せるための魔術。召喚術。
半年の努力が結実するかもしれない瞬間に私の胸が高鳴ります。
もちろん失敗する確率の方がはるかに高い上に望む物が現れる保証もありません。
それでもやはり、失われてしまった古代の魔術をこの手で扱えるかもしれない。その期待に胸が膨らみます!……膨らんでくれないかな、胸。
一瞬落ち込みかける私ですが、一層輝きを強くする魔法陣に意識を強く持ち直します。
(どんなものが現れるのかな。綺麗なものだといいな)
高鳴る胸を押さえつけて、煌めく魔法陣を見る私。
そして眩しいくらいに強烈な閃光が魔法陣から放たれた瞬間――――
「……」
「もぐもぐ」
目の前にいたのはとても綺麗な女の子でした。
真っ黒な髪に瞳。ユラル大陸にはほとんど存在しない色。海を渡った他の大陸から来る人に稀に見られるというその色が、魔法陣から立ち上る光を受けて薄暗い室内に浮かび上がります。艶やかな長い黒髪は腰くらいまであるでしょうか。隣国で近年になり作成され始め、我が国にも輸入されるようになった白磁器のように白い肌と相まってまるでお姫様のようです。年の頃は学院の高等部にようやくさしかかるくらいでしょうか。最近15歳になった私よりも年下だとは思うのですが、不思議と老成した雰囲気を感じさせます。
「ほ…本当に成功した……しかも人だなんてっ……」
床にぺたりと両足を畳んで座る彼女は片手に青い器を。もう片方の手に二本の棒を持っています。
驚きに思わず呟いてしまった私を見ながら彼女は口をもぐもぐと動かし続けています。
器に入っているのは食べ物なのでしょうか?彼女が持っている器から湯気と一緒に初めて嗅ぐ刺激的な匂いが漂ってきます。
きゅるるるる
……不思議な音が鳴り響きました。私のお腹から。
たった今思い出しましたがもう丸一日何も食べていませんでした。研究が大詰めになるとごはんを忘れてしまう悪い癖がまた出てしまったようです。
「じゅるり……」
あぁっ空腹のせいで涎がっ涎が!
はしたなく口からだらだらだらだらと涎を垂れ流す私を憐れんだのか。彼女は二本の棒で器用に器の中身を持ち上げると、私の方に差し出してきます。
照りのある茶色いもので、どうやら先ほどから漂っていた良い匂いはそこからのようです。
思わずその食べ物をじっと見つめてしまうと、彼女は器を膝に置き、片手で手招きしてきました。
「はい」
「…………あむ。んぐんぐ……ふわぁ」
膝立ちになって近づいていき、彼女が差し出してきた見知らぬ食べ物をくわえます。その瞬間、口の中に未知の衝撃が走ります。歯で柔らかく、けれども確かな弾力を持って噛み千切ったものはお肉のようでした。しかし、私がこれまで食べてきたトールカ国で一般に食べられているアムルやコインの肉とは全然違います。それらのお肉は固くて筋張っているために長い時間をかけて煮込まなければなりません。ですがこのお肉はただ焼いただけであるようなのに、ぷりっとした歯ごたえで簡単に噛み千切ることができます。それだけではありません。んぐんぐと咀嚼する度にお肉の旨味と甘くてしょっぱいソースが口の中で混じり合い、えもいわれぬ幸福感が沸き上がります。ソースに含まれているピリッとするものは香辛料でしょうか?近年になって交易を始めた南方の国から輸出されてくるそれはまだまだ貴重品です。
食べたことのないくらい美味しいお肉に香辛料をふんだんに用いているであろうソース。そんなものを食べている彼女は一体何者なのでしょう…。少なくともこの大陸の人間では無いと思いますが、ひょっとしたら他の大陸の貴族…いえ王族?それとももしかしてもしかして異世界の――
「あーん」
「んぐっ」
お肉の味に陶然としながらも、自分がしでかした大変な事態に気づきかけた時。
彼女は再び棒を使い、今度は白い粒々の塊を差し出してきます。
それをついパクッとくわえてしまう私。…あぁ空腹に負ける自分の胃袋が憎い。次に口の中に入ってきたものはお米のようでした。しかし、これまた私が食べてきたものとは違うものです。トールカ国の東方で栽培されているお米はこの国でも主食としてそれなりに食べられているものですが、もっと茶色くて少しパサパサしているものです。ですがこのお米は真っ白で艶やか。しっかりとした食感を持ち、淡白ながらも仄かな甘味が感じられます。しかも、その淡白な味わいが口の中に残っていたお肉の脂を綺麗に取り除いていきました。なるほど、これらを一緒に食べることで脂っこいお肉でも飽きることなく食べ進めることができるのですね。
「もぐもぐ」
「んぐんぐ」
しばし、二人揃って無言でこのお肉とお米の料理を食べ続けます。
色々と考えなければならないことがあったはずですが、彼女がひたすら無言で食べていることと、空腹に叩き込まれる美味によって正常な思考がどこかに放り投げられてしまいました。
「ごくん。……ふぅ、ごちそうさまでした」
「あ……えと、ご、ごちそう…さま、でした?」
お米の一粒まで残さず食べ終えた彼女は何かに祈るように両手を合わせ不思議な挨拶をしました。
私もなんとなくそれを真似して繰り返してしまいます。
「さて」
「っ!」
どことなくぽわぽわとしてしまっていた私でしたが、空気を切り替えるような彼女の一言で正気に帰ります。緩んでいた表情をどうにか引き締め、真面目な雰囲気を作り上げます。…作れてますよね?
「初めまして。私の名前は小鳥葉羽です。小鳥が姓、葉羽が名前です。あなたのお名前は何ですか?」
「あ…は、はい!私はウサミア=アエイオールです!ウサミアが名前で、アエイオールが家名になります。このトールカ国で宮廷魔術師を勤めています!」
先程までもぐもぐもぐもぐと外見に見合わない勢いの良さで食べ進めていた小さな口元から、涼やかな声音で丁寧な挨拶が聞こえてきました。
名前を尋ねられ慌てて私も自己紹介をします。
彼女――小鳥様は私が聞いたことのない不思議な響きのお名前でした。そして、他の大陸ではどうか分かりませんが、この大陸の国々では姓、家名を持つのは貴族以上の位を持つ者だけです。
床に座りながらも背筋を凛と伸ばす小鳥様の清楚な佇まいから見ても、高貴な位にある者であるのは間違いないかもしれません。
お肉を食べた時に一瞬浮かんだ大変な事態が現実味を帯びてきたことで、緊張感が一層増してきます。
「ではウサちゃん、ここはどこでしょうか?あなたが私を呼んだのですか?」
おそらく私の名前をもじったであろうひどく可愛らしい呼び名に、緊張感が一瞬で別の何かに置き換わりました……。
「う…うさちゃん…」
確かに幼い時には世話をしてくれた祖父母や乳母からそのように呼ばれていましたが、流石にこの年になってその呼び名はちょっと……って!今はそんな場合ではありませんでした!
ぶるぶると顔を振って意を決して小鳥様に話しかけます。
「こ、小鳥様!」
「小鳥ちゃんです」
「え…?」
「小鳥ちゃんです」
「……」
「小鳥ちゃんです」
「……………………小鳥ちゃん」
「はい、なんでしょう」
小鳥様……小鳥ちゃんに呼び名の訂正を求められました……。
「小鳥ちゃん……実はその」
「はい」
「……………………………………………………………………ごめんなさい!」
「……はい?」
小鳥さ……小鳥ちゃんには告げなければならないことがあります。
そして、彼女に告げなければならないあることが私を精神的な断崖絶壁に追い詰めていきます。
「どういうことでしょうか?とりあえず怒らないので事情を話してもらえますか?」
「うぅ……は、はいぃ……最初から説明させていただきます」
……そんな猛烈な後悔と不安からビクビクとしながら状況の説明を始めます。
その結果分かったことは彼女が異世界人であるということ。
彼女の世界は魔法というものが存在しない世界であること(簡単な魔法を使ってみせたところすごくはしゃいでいました。なんだか可愛いです)。また、私が召喚したのは彼女自身ではなく、彼女の持っていた青い器――ドンブリというらしいです――だったこと。私が復元した魔法陣のどこかが誤っていたために、本来なら設定した対象をピンポイントで召喚するはずが、召喚物の周囲に存在していたもの、それも本来は召喚できないはずの人間を一緒に呼び寄せてしまったようです。
「なるほど、大体現在の状況が分かりました。ところでウサちゃん」
「はい、何でしょうか小鳥ちゃん」
「私は元の世界に帰ることができるのでしょうか」
「…………」
一通りの状況の説明を終えた私に、小鳥ちゃんが至極当然の疑問を投げかけます。
その質問に全身から汗が滝のように流れ落ちます。小鳥ちゃんの目を正視することができません。
「帰れないのですか?」
「……」
「帰れないのですか」
「……………………………………たぶん」
「たぶん?」
「はい……その、なにぶん文献の大半が失われてしまっている上に、本来はモノを呼び寄せる技術なので送る(・・)という技術は全くの別物というか……全く見当がつかないといいますか…………その………………少なくとも今は無理、そう、です」
「そうですか」
罪悪感に胸をキリキリと締め付けられながら小鳥ちゃんの質問に答えます。
それを聞いて小鳥ちゃんは俯いてしまいました。彼女は怒るでしょう。いきなり遥か遠く離れた異国……どころか異世界の地に呼び寄せられ、しかも帰ることもできないと言われたのです。……私なら怒る前に泣くかもしれません。というか今泣きかけてます。
罪悪感に押し潰されそうになってきた私に小鳥ちゃんは、
「ウサちゃん」
「は、はぃ…」
「私を雇ってもらえませんか?」
「は、はい!………………はい?」
「私を雇って欲しいのです。ウサちゃんは一人暮らしだそうですので掃除や料理なども自分でやっているのですよね?なら、それら一通りの家事を受け持たせて下さい。その代わりに住居を提供して欲しいのです。この世界でどのような技能や知識が必要とされるのかまだ分かりませんが、何か仕事を見つけられるまで私を家事手伝いとしてこの家に置いて欲しいのです。お願いします」
私を怒ることも罵ることもなく、座ったままの状態で頭を下げてきます。
私は彼女の言葉がうまく理解できません。それでも彼女をそのままにしておくことはできませんでした。いいえ、純然たる被害者である彼女にそんなことをさせるなんて許されません!
私は慌てて彼女に呼びかけます。
「わわわ!?頭を上げて下さい!私の勝手な都合で呼び寄せてしまったんです!小鳥さ…小鳥ちゃんの世話を見るなんて当たり前です!というか働いてもらう必要も――」「駄目ですよウサちゃん。私の世界には働かざる者食うべからずという格言があるのです。これは働かない者はご飯を食べる必要が無いので首吊って死ねという意味です。私は首を吊りたくないのでお仕事が欲しいのです」
「ず、随分と直接的な暴げ…格言ですね…」
小鳥ちゃんは慌てて働く必要なんてないと言い募ろうとする私に平然とした顔で働く理由を述べます。
私は彼女の考えが全く分かりません。怒っていないはずがない。元の世界に帰れないことを悲しんでいないはずがない。……そのはずなのに彼女の――小鳥ちゃんの表情からはそんな感情は欠片も窺うことができません。
「わかりました…。ではそのようにお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
そういって再び座ったまま頭を下げる彼女を見て私は決めました。
いきなりこんな仕打ちを受けながら、一切その原因である私を責めることもせず、この世界で生きていく術を得ようと、前向きな方向へ進み出そうとしている彼女。
そんな彼女に私ができることは何か。私がしなければならないことは何なのか。
決まってます。彼女を元の世界に返す方法を見つけ出すこと。そして、それまで彼女を守り抜くこと。それが彼女をこの世界に召喚してしまった私の義務です。
こうして、私と彼女の不思議な関係が始まりました。
アムル→大型の鳥。外見は巨大なワシ
コイン→水牛に似た四足獣
どちらも気性が荒いため家畜化及び品種改良があまり進んでいません。
次回からは再び小鳥ちゃん視点で進んでいく予定です。…予定です。




