小鳥とうさぎと豚丼と
初投稿です
感想などお待ちしております
豚丼を食べていたら異世界でした。
みなさん初めまして。小鳥葉羽といいいます。齢は18。この春から大学に通い始めました。両親は早くに他界したためそれまで一緒に暮らしていた祖父母の下を離れ、大学近所のアパートにて一人暮らしをしていました。趣味はお菓子作り。祖母に仕込まれていたため料理もそこそこにこなせます、えっへん。
今日は学期末試験も終わり明日から夏休みだひゃっほいという日。スーパーで買った夕飯の食材を使って好物の豚丼を作りました。
焼き肉のタレで甘辛く炒めた玉葱と豚バラ肉を熱々の魚沼産コシヒカリ(親戚が毎年送ってくれるのです)をよそった丼の上に大盛にしてさぁいただきます!と右手に箸、左手に大盛の豚丼という黄金装備で一口目を頬張った瞬間――――
チカッと目の前が瞬き、それまでいた卓袱台の置かれた自室のリビングから薄暗い一室へと一瞬で移動していました。
「ほ…本当に成功した……しかも人だなんてっ……」
豚肉とご飯という至高の組合せを堪能している私の前には一人の女の子がいます。
髪の色は目の覚めるような空色。瞳は海のような深い蒼色。身にまとっているのは魔法使いが着ているような黒いローブ。年の頃は15、6歳くらいかな。可愛い。なんか全体的にちまっとしている。可愛い。
「もぐもぐ」
「……」
発光する魔法陣のようなものが書かれている床に正座して、なんだか驚いている様子の可愛い少女を見ながらとりあえず豚丼を食べ進めます。美味しい。
どうでもいいですが私は牛よりも鶏。鶏よりも豚の方が好きという人間なので牛丼よりも豚丼の方が好きです。
牛丼の味付けってちょっと甘すぎてご飯と微妙に合わないんですよね個人的な好みですが。
きゅるるるる
色々なことから目を背けつつ豚丼をパクついていると少女の方から可愛いらしい音がしました。
「じゅるり……」
涎を垂らしていますね。それも口の端からたらぁとか可愛いレベルじゃなくてだらだらと溢れ出しているレベルで。
「もぐもぐ」
「……」
引き続き豚丼を咀嚼しながら箸で摘んだ豚肉を少女の方に差し出してみます。
少女の熱い視線は私に釘付けです。ドキッとしますね。
一旦丼を膝の上に起き、箸の先の肉を揺らしながらちょいちょいと手招きします。
焼き肉のタレの匂いに惹かれたのか涎を垂らしながら近づいてくる少女。
「はい」
「…………あむ。んぐんぐ……ふわぁ」
豚肉をあーんで食べさせてあげると可愛いらしく咀嚼し、目をキラキラと輝かせました。
なんだか面白くなってきたので白米も食べさせてみます。
再びあーんで口元に近づけるとパクッと食いつく少女。…餌付けってこういうことなんでしょうか?
少女に食べさせながら、しばし二人揃って無言でもぐもぐんぐんぐぱくぱくと豚丼を食べ進めていきます。
「もぐもぐ」
「んぐんぐ」
しかし、ここはどこなのでしょう。
豚肉の甘辛さと旨味が私の味覚を強烈に刺激しており、ここが夢ではなく現実だということを私に認識させます。
ということは私のとるべき行動はまずなんなのか。
「ごくん。……ふぅ、ごちそうさまでした」
「あ……えと、ご、ごちそう…さま、でした?」
豚丼を食べ終わった私は丼と箸を正座した状態の足の横に置き、手を合わせます。お米一粒残してはいませんよ。少女は手を合わせた私を見て、見よう見まねで手を合わせて私の言葉を繰り返しました。疑問系になりながら小首を傾げているのが可愛いですね。
では、お腹も膨れたところでそろそろ本題に入りましょうか。
「さて」
「っ!」
目を輝かせながら陶然と豚丼を食べていた少女は私の言葉で正気に戻ったようです。口元を焼き肉のタレと豚肉の油で汚しているので今更キリッとした表情をしたところで無駄ですが。
まぁ、状況や始めに呟いていたことから判断してこの少女が私をここに呼び寄せたのでしょう。私がただ豚丼を食べているだけの変なやつと思わないで下さい。ちゃんと考えてはいるんですよ。考えた結果、変なことばかりする変な子とは私のおじい様のお言葉ですが。
なにはともあれ今は目の前の少女ですね。
「初めまして。私の名前は小鳥葉羽です。小鳥が姓、葉羽が名前です。あなたのお名前は何ですか?」
「あ…は、はい!私はウサミア=アエイオールです!ウサミアが名前で、アエイオールが家名になります。このトールカ国で宮廷魔術師を勤めています!」
初対面の礼儀としてまず名乗った私にウサミア=アエイオール(フルネームだと言いにくいですね)ちゃんこと、ウサちゃん(私がつけたウサミアちゃんのあだ名です。可愛いでしょ?)は勢い良く答えてくれました。
引き続き質問タイムです。
「ではウサちゃん、ここはどこでしょうか?あなたが私を呼んだ(?)のですか?」
多分、現状で一番大切なことを聞いてみます。現在明らかに大変なことが起こっていますが、まぁウサちゃんに害意は感じられないので即座にどうこうされることはないと考え、後回しにしていました。…ごめんなさい。嘘つきました。お腹が空いていた上に大好物の豚肉たっぷり白米がっつりな豚丼を目の前にして色々とどうでもよくなってました。豚丼は偉大ですね。
「う…うさちゃん…」
ウサちゃんは何やら呆然としていますね。そのあだ名をつけられるのは初めてなのでしょうか。でも訂正する気はありません。だって可愛いじゃないですか。見た目も小動物系です。
ウサちゃんはぶるぶると首を振ると私を見据えて口を開きます。
「こ、小鳥様!」
「小鳥ちゃんです」
「え…?」
「小鳥ちゃんです」
「……」
「小鳥ちゃんです」
「……………………小鳥ちゃん」
「はい、なんでしょう」
小鳥様なんて他人行儀な呼び方をしてくるウサちゃんに訂正を求めます。
本当は葉羽ちゃんと呼んで欲しいところですが初対面で名前呼びは中々しづらいですよね。苗字にちゃん付けで許してあげましょう。私?私は気にしませんよ、えぇ。
「小鳥ちゃん……実はその」
「はい」
「……………………………………………………………………ごめんなさい!」
「……はい?」
勢い良く頭を下げるウサちゃん。あ、旋毛が2つありますね可愛い。
それよりどういうことでしょうか。なんだか嫌な予感。
「どういうことでしょうか?とりあえず怒らないので事情を話してもらえますか?」
「うぅ……は、はいぃ……最初から説明させていただきます」
オドオドビクビクするウサちゃん(超可愛い)の話をまとめるとこういうことらしい。
まず、私の質問の回答としては、ここはユラル大陸にあるトールカ国という国に宮廷魔術師(あ、魔法あるらしいですよ。見せてもらいました)として勤めるウサミアちゃんことウサちゃんの自室だそうです。
薄々そうだろうとは思っていましたが私のいた世界とは違う世界、俗に言う異世界というやつだそうです。すごいですね不思議体験アンビリーバボー。
そして私を元の世界から、この世界からすればそっちの世界が異世界ですが、この異世界へと召喚術によって呼びよせたのがこのウサちゃんです。
始めの自己紹介で宮廷魔術師と名乗っていた時からこんな年齢から宮勤めするのがこの世界では普通なのかと疑問に思っていましたが、やはり特別なようで、高い魔力と魔術の腕で学院(中学校と高校を合わせたようなもので12歳から18歳まで通う6年制の学校。ちなみに18歳が成人となるらしい)在学中に史上最年少で宮廷魔術師の資格を取得した天才だそうです。ウサちゃんすごい!
そんな天才少女(ウサちゃんはそんな凄いものじゃないですと顔を赤くして小さくなっていました。可愛い)のウサちゃんは、この世界で遥か昔に失われてしまった様々な魔法や技術を文献や遺跡などに残されている僅かな情報から復元、復活させることをライフワーク、というか趣味にしています。宮廷魔術師としての仕事も兼ねているので、それらの復元作業によってお給料を貰っているそうです(もちろんそれ以外にもお仕事がありますが)。
そんな天才少女(私がウサちゃんの言葉を要約しようとしてそう呼称する度に真っ赤な顔でうぁうぁあぅうと呻いています。あぁもう可愛いなぁ)のウサちゃんが王宮図書館の地下で見つけたものが、遠く離れた場所や異なる世界からモノ(・・)を引き寄せる技術、召喚術だったのです。
そう。これは本来モノ、非生物を呼び寄せる技術でした。
しかし、文献に載っていた召喚用の魔法陣(私の足の下にある光ってるやつですね)はところどころが欠損しており、その半分ほどはウサちゃんが想像と類推から組み立てたものでした。
その結果、どこがどう狂ってそうなったのか、本来生物を呼び寄せることはできなかった召喚術で生物を、私を呼び寄せてしまったのです。ウサちゃんは自分の構成し直した召喚術が正常に機能するのか確認する目的で起動してみたそうです。
その際に設定した召喚物の条件は、
1、あまり大きくはないもの
2、石もしくは金属に類する物質で作られたもの
3、青いもの
の三つでした。
そして、先程から私の横に置いてある豚丼の丼は、
片手に乗るくらいの
金属を含有する土から作られた
青い色合いをした器です。
……ぴったりと条件に一致しています。
どうやら具体的には召喚されたのは私ではなくこの丼。私はオマケです。
ちなみに三つ目の条件はどうせ失敗するだろうと考えたウサちゃんが、それなら自分の好きな色合いのものが来ればいいなぁ程度に考えて設定したそうです。
といったところで私のおおよその疑問点への回答と状況確認が終了しました。
あ、いえ、まだ本当に一番大切なことを確認していませんでしたね。
「なるほど、大体現在の状況が分かりました。ところでウサちゃん」
「はい、何でしょうか小鳥ちゃん」
「私は元の世界に帰ることができるのでしょうか」
「…………」
ウサちゃんは無言です。脂汗がだらだら流れ出ています。目線も泳ぎまくっています。カナヅチな私には羨ましいくらいの泳ぎっぷりですね。私浮かないんですよ水の中だと。クラスではいつも浮いているのにね。うふふ。
「帰れないのですか?」
「……」
「帰れないのですか」
「……………………………………たぶん」
「たぶん?」
「はい……その、なにぶん文献の大半が失われてしまっている上に、本来はモノを呼び寄せる技術なので送る(・・)という技術は全くの別物というか……全く見当がつかないといいますか…………その………………少なくとも今は無理、そう、です」
「そうですか」
おそらく罪悪感からだろう、涙目になりながら送還の可能性を否定するウサちゃんを見て私は考える。
今、私が何をするべきか。
「ウサちゃん」
「は、はぃ…」「私を雇ってもらえませんか?」
「は、はい!………………はい?」
「私を雇って欲しいのです。ウサちゃんは一人暮らしだそうですので掃除や料理なども自分でやっているのですよね?なら、それら一通りの家事を受け持たせて下さい。その代わりに住居を提供して欲しいのです。この世界でどのような技能や知識が必要とされるのかまだ分かりませんが、何か仕事を見つけられるまで私を家事手伝いとしてこの家に置いて欲しいのです。お願いします」
私は頭を下げます。いまだに正座したままなのでなんだか土下座してるみたいです。自分よりも年下の少女に土下座。興奮しますね。
「わわわ!?頭を上げて下さい!私の勝手な都合で呼び寄せてしまったんです!小鳥さ…小鳥ちゃんの世話を見るなんて当たり前です!というか働いてもらう必要も――」
「駄目ですよウサちゃん。私の世界には働かざる者食うべからずという格言があるのです。これは働かない者はご飯を食べる必要が無いので首吊って死ねという意味です。私は首を吊りたくないのでお仕事が欲しいのです」
「ず、随分と直接的な暴げ…格言ですね…」
ウサちゃん引いてます。おばあ様が教えてくれた言葉なので間違ってはいないはずです。少々過激なだけで。
「わかりました…。ではそのようにお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
了承してくれたウサちゃんに再び頭を下げる私です。
昔おばあ様が仰っていた言葉を思い出します。
「いいかいバネちゃん、人間どうしても諦めなければならないことができた時にはすぐに諦めてしまいなさい。諦めて、自分が今しなければならないこと、そのために必要なことを選択できる人間になるのですよ」
大好物の苺大福を予約していた和菓子屋さんに訪れたおばあ様が、予約分を取り置くことをうっかり忘れてしまっていた店主のおっちゃんに鬼の形相をしながら吐いた言葉を忘れてはおりませんよ。あ、バネちゃんは私のあだ名の一つで、おばあ様が名付けて下さいました。
結局おっちゃんをおどし…コホン、お願いしまくってわらび餅をただでせしめた祖母からは強く生きていくために必要なたくさんのことを教わりました。
異世界に召喚されたこと。
これはただの偶然。事故。私の不運。ウサちゃんを責めても仕方ない。
元の世界に帰れないらしいこと。
これはウサちゃんが頑張ってくれればいいこと。ならば是非とも頑張ってもらうためにも口汚く罵って現在の良好な関係(同じ釜の飯を食べた仲です)を損なうことは損でしかありません。
いつか落ち着いた時にこそ色々と言いたいことが出てくるのかもしれないですが、今はいいです。というかこんなぷるぷるしている幼気な少女を言葉責めできる奴はただのクズでしょう。…辛辣な言葉に涙目になりながら震えるウサちゃん。ぐっと来ますね、たまんねぇ。
ごほん。何はともあれ。何はともあれ今必要なのは私がこの異世界で生きていく術。
それを手に入れるために目の前のこの少女に頼ること。取り入ること。利用すること。
そのためにはなんだってやってやりますよおばあ様。