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第七話 どこが策略的劣化だ! 何も変わっとらん!

作者は、ここに謝罪する。


理由は第六話の前書きと、第七話のサブタイトルを見てもらえば分かるはずである。




 私はそれから半日かけて将棋の真髄を教わった。駒の進め方、王の逃がし方、棋譜の読み方、相手の思考の読み方など、もはやカウンセリングの技術を軽々凌駕している気がする。ならびに、菫さんも今日は機嫌が良い。罵倒は常時であるが、妙にスキンシップを強要したり、どことなく私の私生活に探りを入れてきていた。


 朝早くから訪問したのもあって、まだ午後五時である。私は帰宅しても特にすることもないので、もう少しだけここに居座ることにした。


「そういえば、お昼は食べてないけど、お腹すかない?」


 私は敗北者として潔く将棋盤を片付けてから、ベッドに横たわる菫さんに訊ねた。 

ふと、窓の外に街のほうへ向かう女将さんが見えた。そういえば、午後五時は買出しに行くと言っていた事を思い出す。女将さんの後姿はどこか孤影悄然としていた。


「別に、いつもは夜ご飯だけ食べてるからな」


「え、一日一食?」


 思わず女将さんから視線を外して菫さんを見た。菫さんはさも当然のような顔をしていて、起き上がると本棚の少女漫画に手を伸ばした。


「あんまりエネルギーを消費しないからだろ」


 枕を腹に抱えて漫画のページをめくっている。どうやら幾度となく読み返した漫画のようで、ページをめくる速度がいやに速い。おそらく、引きこもっていた一年間で何度も読んでいるのであろう。


「漫画、何か買ってきてあげようか?」


「ほほう、私に貢ぐか。面白い」


 それから、毎日のように漫画を買っていき、しだいに漫画では満足できなくなった菫さんがぬいぐるみが欲しいだの、パソコンが欲しいだの、一軒家が欲しいだの、地球が欲しいだのと底知れぬ強欲さを発揮して、私に手がつけられなくなり、挙句の果てに着物まで剥ぎ取られ、路上に捨てられるというおぞましい未来が私の頭上を過ぎり、慌てて前言撤回をした。「意気地なしめ」と罵倒を頂戴したが、私はむしろ安堵した。


「そういえば、蛙の名前は?」


 昨日にもあった、古めかしい静けさが再び訪れたような気がした。古代建築物の湿った内部であるような、森林の最奥に潜む天然温泉に浸かったような、静かな旋律が鳴り響く真夜中の音楽室であるような、そんな不思議な雰囲気であった。


 窓辺に立った私の影が、部屋に伸びる。


 私が名乗ろうと口を開いたところで、それを菫さんが制止した。


「いや、蛙は蛙か。うん……そうだな」


 そうおどけて言った菫さんはなぜか悲しい顔をした。目が据わっていて、開いた少女漫画は急にページが動かなくなった。


「酷いな、もう」


 私はどこか哀愁が漂った雰囲気を呑み込めずに、後頭部を掻いて微笑んだ。


「蛙は、閉鎖花って知ってるか?」


 打って変わったような態度の菫さんは、私を見るなり申し訳無さそうな顔をした。そんな菫さんの表情を見るのは初めてで戸惑ったが、目は背かずにいた。


「いや、知らない」


「そう。ならいいんだ」


 私は明確な理由を知らないが、彼女はただ引きこもりというだけではないような気がした。それと同時に三階にあるうり二つの部屋のことを思い出した。


「まあ、蛙のおかげで今日は暇つぶしになったよ。また、いつでも会いに来い」


「本当かい! それは友好的な関係を結んだと思っていいのかな」


 私は素直に嬉しかった。あまりカウンセラーらしいことはしていないが、逆にカウンセラーらしくないところが菫さんの興味を引いたのかもしれない。


「馬鹿か、友好という言葉は人間同士で使うものだ。お前は蛙なんだからな。忘れるな」


「そうだねえ。蛙だからねえ。分を弁えなきゃねえ」


 私はそれとなく後退すると、死角を利用して『初心者 心理学』を紐解いた。


 そこには『女性がスキンシップを強要したり、私生活を探ってきたり、普段は見せない一面を見せてきたら、あなたに好意があると考えてよい』と書かれてあった。


 私は喜びのあまり数分に亘り歓声を堪えたり、にやにやが止まらない顔を指でほぐしたりしいていた。気持ちが納まって振り返ると、菫さんは眠っていた。そう言えば喜んでいる間に「眠い、寝る」と聴こえたような気がする。


 とにかく、女性が寝息を立てる部屋にいつまでも居座るのは紳士として容認されない。私は『初心者 心理学』を床に置いて立ち上がると、菫さんに毛布をかけてあげた。そして、そのままひっそりと部屋をあとにした。


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