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第五話 こんな無謀な賭け勝負はありえないかと

これを見た読者は「むちゃくちゃな! なんちゅうこっちゃ!」と叫ぶこと間違いない。私もそう叫びながら執筆した。

 一階に下りると、洗濯物を抱えた女将が脇から躍り出た。


 彼女は多忙だということを悟らせるように額に汗をにじませながら「どうでした?」と声をひそめて訊ねてきた。


「順調ですよ。罵倒も少なくなりましたし」


 私は本心でそう言ったが、女将には見栄を張ったように聞こえたのか、「本当ですか?」と訝しげに睨んできた。


「本当ですよ。任せてください」


 私は大胆に言い切った。これで不成功であれば私は粗忽者として空蘭荘の歴史に名を残すこととなるが、そのときは潔くうわべ飾りの男として余生を過ごせば言いだけの事であり、今の私には将来の汚名より現在の面目の方が大切であった。直結に言えば、やはり見栄を張ったのである。


「そこまでの自信があるのでしたら、私と賭け勝負をしませんか?」


 女将は赤子をあやすように抱えた洗濯物を揺らすと、どこか取って食いそうな目付きで私を見た。


 何だか先ほどとは態度が違うな、と違和感を覚えながらも私は「掛け勝負とは?」とびくびくしながら訊いた。すると、彼女は下唇を舐めてから誘惑するように言った。


「もしも、あなたが菫を連れ出すことができたなら、私は当旅館の所有権を差し上げます。そのかわり、もしも連れ出すことができなかったらあなたの積金をください」


 私は口をあんぐりと開いて驚いた。


「旅館を差し上げますって、手放すのですか?」


「はい、正直なところ、そろそろ穏やかな暮らしをしたいと思ってるんです。どこか景観の良いマンションを借りて菫と二人で静かに過ごそうかと」


 私は戸惑って言葉がでなかった。もしも上手くいけば一年間仮住まいにするどころか、新築一戸建ても夢ではないではない。私は空蘭荘の今まで積み上げられてきた名声と名誉のうえにただ乗っかるだけでいいのである。そうすれば暖衣飽食を目当てにやってきた客を適当にあしらい、きっかり宿泊金を頂けばいいだけのこと。


 本来ならば不成功となったときを考えて積金を惜しむのだろうが、そもそも私には失って惜しむほどの金額を貯金していない。


 しかし、あまり即答をすると貪欲な奴だと思われそうなので「少し考えさせてください」と言った。


「分かりました。お返事待ってます」


 そう言って彼女はにこりと笑った。「もう、お帰りになられますか?」


 私はうなずいた。 


「ええ、そのつもりです。明日も訪問しますので」


「はい。私もこれから街で食材を買ってきます」


「大忙しですね、女将さん」


「そうですね。お買い物は毎日しなくてはいけませんし、ここは街から離れていますからね。私は面倒くさがりなので、ぐだぐだとお買い物を先延ばしにしないように毎日午後五時には街へ出掛けると決めているのです」


 私は適当に相槌をしながら壁に掛けられてあった時計を見た。時刻は午後五時であり、ちょうど女将さんが買い物に出掛ける時間帯である。


 私は邪魔にならないように一礼すると、そそくさと旅館からでた。


 私は自宅へ向かいながら、頭の中を整理した。


 私は似非カウンセラーとして菫さんのカウンセリングを受け持った。しかし、菫さんは由緒正しきカウンセラーですら固唾を呑んだ悪罵少女の極致であり、私も現在は彼女の罵倒射程範囲に身を置いている。成功すれば数々の獲得物が用意されており、私はその褒美を手にしたあとの煌びやかな人生の幻想から機動力を得ている。


 菫さんは自身へ賭けられた莫大な富のことなど知らないだろうし、私が彼女へ向ける愛想は全て「褒美のため」へと繋がるのであり、その点では少し菫さんに申し訳が立たないが、それも大人の事情というものである。


 私は悪徳商人のような笑みを浮かべると、軽やかな足取りで帰路を進んだ。


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