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第十六話 さ、最終回でない! 何たることか!

サブタイトルを御覧になったであろうか、読者様。

このうえなく屈辱的なことだが、尺の問題でにわかに最終回が一歩身を引いたという。何たることか! 作者よどうなっている!


私はいつになったら休めるのだ!


 空は漆黒を混ぜたような紺色を帯び、窓からは綿のように散りばめられた薄い雲が見えた。かすかに星が煌いている。食堂は抗うこともなく夕闇に覆われていった。

女将さんは私の赤裸々な発言に一驚を喫し、紺色のファイルをゆっくりと閉じた。


「借金を肩代わり?」


 私は強くうなずいた。


「ええ! 金額の多寡は知りませんけど、必ず返済してみせます!」


 貧困であるからといって、自分はカウンセラーだと恥じもせず嘯き、挙句のはてに数々の所得物に目をくらませ非道な所業に手を染めることも厭わなかった己の屈折した精神が醜くてたまらない。


 よくよく考えれば、私が貧困になった理由など、「そりゃあ、自業自得だ」と万人が首肯する内容である。中学生の頃にろくに勉強もしていないくせに高校に通いたいと人生の時間稼ぎを図り、そのくせ高校でもやっぱり勉学に励むことはなく、親ばかりに迷惑をかけ、自分は何も苦労を担わずに「世は狂ってる」だの「みんな馬鹿だ」だの世間の批評ばかりしていた。そうするうちに友人は波がひくように私の前から去り、いつの間にか孤独になっていた。すると、学校がただの苦になって次は親に高校をやめたいと頼んだ。すると、今まで熱心に私を養っていた両親はほろほろと涙を流し「もううんざり」と肩を落とした。その影響で何とか卒業はしたものの、両親との間にできた溝がこの先ずっと越えられないものになった気がして、私は逃げるように一人暮らしを始めた。


 しかし、そんな私がアルバイトなど長続きするわけもなく、そうして、貧困へと成り下がっていったのである。もはや、己の胸中には誠実とか純粋などの綺麗な言葉の数々は在りえないと感じられた。ゆえに似非カウンセラーだの意味の分からない所業にはしり、不当だろうと難癖だろうと金を掌中に収めようとしていた。

それが愚行であったと気付かせてくれたのは言うまでもなく菫さんであった。


 彼女は不憫な境遇でありながらも必死であった。学校に行きたくでも行けず、他人との交流を遮断され、嫌悪を募らせながらも女将さんの意のままに操られていた。しかし、逆巻く波に飲まれながらも懸命に抗っていた。私なんかより、私のような常人にも値しない屈折した人間より、遥かに立派な女性であったのだ。


 そんな彼女の人生が、今ここに掛かっているのだ。もはや、私の損害など喫し得ない。というか喫して改心して然るべきかもしれない。


「根性はあるみたいねえ」


 女将さんは片眉だけ吊り上げて、少しだけ笑うのをやめた。


 野高組の二人はすっかり蚊帳の外となり、浅木町の裏世界を取り仕切る暴力団組織にはとうてい見えないような肩身狭い表情をしていた。


 女将さんは借金返済の手段により菫さんを強制的に篭城させていることになる。ならば、その返済を私が担えばその必要は微塵もなくなるはずである。もはや、親子の間にできた壁は、この先ずっと乗り越えることができないかもしれないが、このまま恨み恨まれの関係でいるよりはずっと良好だと思える。


 これが、最善の策であるはずだった。


 しかし、女将さんは突然天井を仰ぎ高らかに笑い出すと、次のように言い放った。


「でも、本当に馬鹿な男ねえ! 私の借金なんてとっくに払いきってるわ。私がこの計画を練った理由がまだ解らないのかしら?」


 私は顔をしかめる他なかった。すると、彼女は紺色のファイルを開いて例の写真を私にかざした。相も変わらず噴水前の女将さんこと水戸桜さんが写っている。


「この計画はね。カウンセラーを騙すことに意義があるのよ」


     ▼


 写真は、某心理学専門学校のキャンパス内であるという。高校を卒業した水戸桜さん(女将さん)が大金を叩いてまで専攻したのは心理学であった。水戸桜さんは毎日のように勉学に励み、心理学の真髄を極めつくしたという。


 しかし、いくら正道を精進しようが、就きたかったカウンセラーの仕事は向いていなかった。知識ばかりが増えても、実践授業では全く役にたたなかった。挙句に教授には「この道は君には向いていないよ」と言われ、それが水戸桜さんにとっての心的痛手になった。


 そうして芳しい結果もでないまま卒業を迎え、水戸桜さんは旅館を営業することに決めた。けれども、立地の悪さもあり客足は毎々途絶え気味で、若くして婚姻した夫ともすぐに別れた。のちに懐妊が認められ、翌年に菫さんを出産した。


 一児の母として、ますます稼ぐ必要があったのだが、なかなかカウンセラーへの執念を取り払えなかった。借金もあり、夜な夜な煩悩するうちに、カウンセラーへの執念はカウンセラーへの嫉妬に移ろい、やがてカウンセラーへの恨みに変わっていった。


 そもそも胸中では納得していなかったという。心理学の知識は誰よりも取得しているつもりであったし、そんな自分を差し置いて暗躍している数多のカウンセラーへ思いを馳せると、はなはだ怒りがこみ上げたという。


 そして、いつの間にかカウンセラーを騙す計画を練ったのであった。


 そうして、カウンセラーに一杯喰わせれば自分のほうが勝っている、レベルが上だと証明できるし、借金の返済にも繋がった。そうすると、菫さんを中学校にも通学させずに表ざたには不登校を装い、計画に加担させた。


 賭けに敗北したカウンセラーたちが「不平だ! 品性を疑うぞ! 断固として契約は破綻だ!」と抗議するが、野高組を背後に位置させて、それも黙らせた。

 

     ▼


 つまり、私には手の施しようがないほどに、女将さんの精神も屈折していた。 

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