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「初めまして、私の花嫁。待ちわびたよ」
「…はぁ。すごい、イケメンだぁ」
少女はこの日、異世界に魂を呼び寄せられた。
人造人間という体に宿った彼女は、“怪物伯爵”の花嫁として、目の前の男性の手によって作られたのだった。
***
闇の魔術に長けたヴィクター・ブランケンシュタインは、その才覚で伯爵位を得た男だった。
ブランケンシュタイン伯爵家の屋敷は、王都から離れた地方の街外れにあった。人里離れた、背の高い木々が鬱蒼と生い茂る林の中に建てられていた。
近くで遊んでいた子どもたちが、帰路に着きながら口々にいう。
「そろそろ日が暮れる!帰ろうぜ!」
「大変だ!“怪物屋敷”の伯爵に魂抜かれるぞ!」
よく晴れた日中でもどこか薄暗い林は、日が落ちると真っ暗で山から野生動物がうろつく危ない林道になる。
街の住民は子どもが近寄らないようにと、“怪物屋敷”と呼んでいた。
というのも屋敷の主人のヴィクターに理由があった。
彼の左の額から目にかけて、生まれつき赤黒い大きな痣があった。それがなければ艶のある漆黒の髪に紅い瞳を持つ容姿のいい男だったが、顔の痣は彼の美貌を著しく格下げていた。
ヴィクターは他人の目線が気になり、幼い頃から外に出るたび指をさされる痣は、いつしか長く伸ばした前髪で隠すようになった。
貴族の称号を手にする程の彼の秀でた闇の魔術も、人から後ろ指をさされる原因の一つになっていた。
何故なら、膨大な魔力を操り、人形に生き物の魂を定着させ、使い魔として使役する魔法を得意としていたからだ。
弱った動物を集めたり、人形と魂の研究にのめり込んだりして引きこもりがちのヴィクターは人前に出ることを酷く拒んだ。
屋敷に他人を入れるのも嫌がる人間不信の彼は、自然の中で淘汰されつつあった野生動物の魂を使役した。
作った人形に定着させ、使用人として採用している程人嫌いの徹底ぶりだった。
それゆえ、貴族社会でも彼は『怪物伯爵』と呼ばれていた。
ーコンコンッー
「失礼します、ヴィクター様。
ヘンリー様から結婚式の知らせが届きましたよ」
研究室のドアをノックしたのは、執事のアイゴール。
死んだ魚のような目をした彼はスラッとした男性の人形に、狼の魂を宿していた。気難しいヴィクターの世話ができる有能な男だった。
ヴィクターの唯一の友人、騎士のヘンリー・クラーヴァル。
根暗なヴィクターとは正反対の社交的な彼は、ヴィクターの使役魔法について興味を抱き、執拗に追いかけ回して友人の座を手にした変わり者だった。
そのヘンリーが若くして騎士団の隊長として出世したのは数年前で、その祝いの時に報告された婚約相手との結婚式の知らせだった。
「……結婚式なんて、華やかな場に私は出ないと言ったはずだ」
久しぶりに言葉を発したヴィクターの声は、低くしゃがれていた。
咳払いをする主にため息をついてお茶を入れるアイゴール。
「ヘンリー様もそのおつもりかと。招待状ではなく…ただの日程のお知らせだそうです」
「ふん!私ももうすぐ“花嫁”を手にいれてみせる…!」
ヴィクターの研究室の中心には、大きな水槽があった。
床には大きな魔法陣が刻みこまれ、物々しい雰囲気だった。
ーー水槽の中には、シルバーの長い髪をした人間の女性が眠っていた。
アイゴールは、じとりとした瞳で水槽の中を見つめ、恐る恐る口を開く。
「その、ヴィクター様。
本当に人造人間に魂を吹き込むおつもりで…?」
「当たり前だ。何年かけたと思っている」
「ほんの二年程しかかかっておりませんが」
鼻息荒く、興奮したように水槽の中をのぞき込むヴィクターは、ここ最近何日も寝ていなかった。
徹夜ハイになって、自分の『理想の花嫁』を作り上げた天才研究者は、まさに狂っていた。
唯一の友人であるヘンリーが結婚したい女性ができたと聞いた時、ヴィクターはこのままでは自分は一生独り身であることを悟った。
…女性に対して強いトラウマがあるヴィクターは、生身の人間と信頼関係を構築することが、今更できるとは到底思えなかった。
『そうだ、ならば“理想の花嫁”を作ってしまおう』
自分だけの嫁を作りあげれば、一生の孤独から開放される。
諸々拗らせたヴィクターは、そう信じて疑わなかった。
ーー天才の彼は、数年で依代を用意するところまで、成し遂げてしまった。
「あと必要なのは、核となる魂だけだ。
お前たちのように動物からこの体に合うものをと思ったが。…どうやら普通の人形と違う人体は相性が悪い」
「…黄泉の世界で彷徨う魂を呼び出すと仰っていましたね。
ところで、本当にあなたそっくりの女性の魂を探すのですか?」
「この屋敷でずっと私と一緒に住めるような、引きこもりでも構わない穏やかな性格がいい。
……ヘンリーのように騒々しいようでは私が困る」
ただでさえ、血液の培養に彼の血を使ったんだ、と苦い顔をするヴィクター。
『理想の花嫁』を自分そっくりの根暗な引きこもり女性を選ぶと豪語する主人に、アイゴールはボソリとつぶやく。
「引きこもりで根暗で、人間不信の女性の魂が、同じようなヴィクター様を愛するようになるとは到底思えませんが」
「うっ……それを言われると。
…だが、私はとにかく女性の二面性が怖い。
なんだあの地雷がどこにあるか分からない生き物は!もっと無垢な、人を物のように扱わない魂はいないのか!」
「元婚約者様のことは分かりかねますが…」
ヴィクターが研究の功績で、伯爵という地位を手に入れた際、婚約の打診が来た。
人間不信のヴィクターだったが、孤独は嫌だったし、地位を得てしまった以上伴侶を得る選択肢もあるだろうと対面した。
その婚約者候補の令嬢は、屋敷の中を物珍しそうに、値踏みするかのように観察したかと思えば、片目を隠したヴィクターの顔を見て笑顔を作った。
ぜひ、婚約したいと。
後から何か言われても困ると、使用人たちが人形であることを伝え、ブランケンシュタイン家の血筋のもの達が体に痣があることを見せると、態度が一変した。
『野生動物の魂と一緒に暮らすのなんて気持ち悪い!』
『いくら金を積まれても、そんな醜い痣のある子なんて産みたくない!』
突然怒り狂ったかと思えば、しなを作ってボロボロと涙を零し、別室に待機していた自身の父親にこんな婚約は嫌だと泣きついたのだ。
ヒステリーにも近い、上がり下がりの激しい感情を持つ女性の叫びは恐怖すら感じた。
……ヴィクターはそれ以来、何度か来た婚約の打診を全て断り続けている。
「無垢で、感情の起伏が穏やかな方ならば、まだ可能性はありますかねぇ」
「そうだな。あとは…、誓約を結ぼう。〈決して嘘はつけない〉と。
花嫁が何を考えて何を求めているのか、嘘偽りなく正直に言ってもらえれば応えられる。
そして、いつかは私を夫と認めるだろう」
「はぁ、やれやれ、どうなることやら。
…そろそろ四徹めで花嫁に会う前に死にますよ。一度休みましょう」
そこまでするならば、『理想の花嫁』を作り出す努力の前に、生身の人間にその根性を使えばいいのにと思いながら、アイゴールは拗らせた主人に寄り添った。
外の人間を強く拒絶するヴィクターは、一度内に入れた存在には、強い執着を見せる男でもあった。
アイゴールは、あらゆる対人関係で拗らせた主人を、新しく招く魂が拒絶しやしないかとヒヤヒヤしていた。
***
現実世界で、不慮の事故で命を落とした少女の魂は、ふわふわと生暖かい空間で彷徨っていた。
ぼんやり思い出す前世は、浮気ばかり繰り返し金遣いの荒い父親と父の愛が欲しい母親に、暴力こそないがネグレクトに近い事をされていた。
結局離婚し、母親に引き取られたが、酒に溺れだした母の世話でろくに自分の時間が取れない子ども時代を送った。
見かねた親戚に保護されたが、心が荒んで試し行動ばかりする少女に、数年で養護施設に移された。
高校卒業後、働き出した矢先に歩道に突っ込んで来た車に轢かれて、若くして命を落としていた。
波乱万丈な人生。もっと考えて生きればよかった。
恋愛もしたかったけど、父親のような男だったらと臆病になった。
…欲を言うならイケメンで、少しのわがままくらい許してくれて、自分のことを一途に愛してくれる、そんな人と結婚したかった。
そんな未練を抱えた少女の魂は、少しずつ浄化されながらも輪廻転生の輪の中へと進んでいた。
少しずつ消えゆく自我に、不思議と恐怖はなくただ順番を待つ。
ーーところが急に、ある方向へと強く引っ張られた。
あと少しだった順番の列から外れて、どんどん離れて明るかった場所から暗い場所に移動する。
謎の力を振り払おうにも身動きの取れない魂は、されるがままに移動し、気づいた時には水の中にいた。
……息ができない。
「…っ!?」
もがく身体をグイッと力強く引っ張られ、水中から引き上げられる。
目を開けるとそこにはーー漆黒の髪のイケメンと目が合った。
そしてその男は、迷いなくこう言った。
「初めまして、私の花嫁。待ちわびたよ」
「…い、イケメンだぁ」
よろしくお願いします!




