第8話 【夢香】の力でまずはお悩み解決できるかしら?
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話は遡ること数十分前。
香炉を作れる頑固老人、ダンガルさんのお宅について、事情を話している時だったわ。
私は、調香師という仕事に誇りを持っている。
けれど、香炉師のダンガルさんは、私の若さに目が行ったようで「お前のようなガキに何が出来るってんだ」と悪態をついたのだ。
「これでも調香師としてこのエルメンテスで仕事もしているし、患者に寄り添った仕事をしているわ。それを何も知らない貴方に馬鹿にされる筋合いはないのだけれど?」
「何だと? その若さで患者に寄り添った仕事だと? ハッ! ご大層な事を並べ立てるじゃねーか!」
「ええそうよ! その患者の病気の大本を直すのに、大元となる香炉が必要なの。街の香炉を見て回ったけれど壊された後だったわ! 貴方何かご存知かしら?」
「そいつはな、前任の調香師が壊していったんだよ! 俺がせっかく作った香炉をな!」
これには驚きを隠せなかったわ。
調香師がそんなマネをするなんて……あってはならないことだもの!
「それは……同じ調香師て謝罪致しますわ。でも、どうしても香炉を作っていただきたいの」
「嫌だね。また壊されたんじゃ、たまったもんじゃねぇ。さっさと帰んな」
そう言って手をしっしと振ったその瞬間、私の中で何かがプツンと切れた。
「街の浄化の為には香炉は必須。貴方、そんな香炉を作る腕もないのかしら?」
「ガキが大層な口をきくじゃねーか。テメーこそ調香師として浄化の香り作れんだろうな!」
「やってみせるわよ! 前任がどうだったかなんて私には殆ど知る由もないけれど、私は逃げも隠れもしないわ! 必ずこの街に巣食う毒霧を晴らしてみせましすわ!」
「ほう……逃げも隠れもしないねぇ? その若さで尻尾巻いて逃げるのがオチだろうがよ!」
「なんですって⁉ だったらその言葉、そっくりそのまま返してあげるわ! 香炉を壊されたことがショックで、いじけてるだけの爺さんってね!」
「なんだと⁉」
「あら? 図星だったかしら?」
「この……言わせておけば~~‼」
腕をまくって詰め寄ってくるダンガルさん。
私が一歩も引かずに睨みつけて立っていると、間に入ったのはエドワード様だった。
「……どちらも譲れないものがあるようだな」
「エドワード様! どいてくだせぇ! この分からず屋の娘には、多少の教育が必要で!」
「いや、彼女の調香の腕は確かだよ。何より、店を開く前から患者の治療に当たっている。この街の毒霧に本気で挑もうとしている調香師は……俺が知る限り、彼女が初めてだ」
「ぐぐ……」
「アメリア嬢。焦ることはありません。あなたの香りは、もう届いているはずですから」
私はその一言に一瞬驚いた。
静かなその言葉に肩の力を抜くことが出来たの。
彼は怒らず、諭すこともせず、ただ信じるような目をしていた。
「……でも、ダンガルさんには届いていないわ」
「……ダンガル。君がアメリア嬢の言葉を信じられるとしたら、それはどんな時だ?」
「……治療ができるっていうんなら……女房を見てやってくれ」
「奥様を?」
「不眠で眠れねぇらしいんだ……」
「それでしたら、一度お店に来ていただけるかしら? 個室があります。そこで調香で眠れるお香を焚いて、休んでもらいますわ」
「馬車は幸いある。ダンガルも一緒に来るといい」
「……へい。女房を連れてきます」
こうして暫くするとダンガルさんは奥様を連れてやってきた。
確かに目の下のクマが酷いわ。
眠れてないのね……。
思えばダンガルさんも目の下のクマが見受けられる。
この毒霧に蝕まれて眠れない人が多いと聞くけれど、それが原因もひとつの大きな原因だわ。
馬車に乗りその足で一旦店に戻り、ベッドがふたつ並んで置いてある部屋に案内すると、私は店に戻り【夢香】をから「ベルガモット」のインセンスコーンの形をしたお香を焚くことにした。
「ベルガモット」の香りには、気持ちを落ち着かせ、不安や緊張を和らげる効果がある。その中で眠ると深い眠りに入ることが出来るはずだわ。
ダンガルさんと奥さん、そしてエドワード様の待つ部屋に入ると、ふたつのベッドお二人を寝かせ、柔らかなガーゼの掛け布団を掛ける。
私は香炉にベルガモットのお香をセットし、火をつけて、そっと炎を消した。
甘く優しい、そして緊張を解く香りが、部屋いっぱいに広がっていく。
「この香りを嗅いでゆっくり目を閉じて深呼吸してください。起きるまでは部屋を開けませんので、気にせずぐっすり眠っていただいて結構ですわ」
「ハッ! 香りを焚いて寝るだけなんてのは、家でもできらぁ」
「まぁ、家でもして頂けるなら是非帰りに買ってくださいね?」
「むぐ……」
「では、私とエドワード様は外に出ますわ。お二人ぐっすりと、良い夢を……」
部屋の戸を締めて外に出ると、私とエドワード様はお店に向かう。
すると――。
「夢香……と言いましたか?」
「ええ、安眠や悪夢封じの効果があるんです。香りは幾つか候補があって、今回はよりリラックスしてから眠りに入ってもらうべく、ベルガモットを選びましたわ」
「良ければ、俺も幾つか買っていいだろうか?」
「無論ですわ!」
「しかし」
そう言って私の長い髪を一房手に取り、僅かに香りを嗅ぐ姿に思わず驚いてしまったけれど――。
「あなたと初めてあった時、雨香の香りがした。今日も微かに……優しい香りですね。雨が上がる直前の、静かな空気のようだ」
「香りが……残ってましたかしら?」
「この香りは、貴女を守るための〝盾の香り〟ですか?」
その問いに、私は一瞬呆然としたけれど……。
「私が、前を向けるための、大事な香りですわ」
そう告げると、エドワード様は何も言わず、ただ優しく微笑み……ダンガルさんと奥様が起きるまでの間、店にいてくださることいなった。
帰りに馬車で送り届けてくださるらしいの。
「俺に出来ることは、この程度しかないですがね」
「あら、とても助かってますわ。ダンガルさんのお宅からここまでって少し歩きますものね」
「香炉、作ってもらえるといいですね」
「そのためには、使える武器はなんでも使いますわ。……とはいえ、私は調香師。香りで勝負しますけれど」
「ははは。心強い」
そんな柔らかな会話が続きつつも、私とエドワード様の会話は続いた――。




