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香りひとつで世界は変わる ―追放された令嬢は辺境で『調香の奇跡』を起こす―  作者: 寿明結未(ことぶき・あゆみ)


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第20話 【香葬】を巡る、実家との負けられない戦い

ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。

 恐らく父が寄越したのであろう、「当主」を名乗る者からの手紙。

 けれどそこには、肝心の封蝋が押されていなかった。

 手紙には、【香葬(こうそう)】に関する内容が記されていた。

 しかも――「儀式を取り仕切るのであれば、せめて家名を名乗ってほしい」と、称賛を装いながらも、名声を奪おうとする意図が透けて見える。

 エルメンテス全体で行う弔いを、まるで自分たちの手柄かのように装おうとするその内容に、私は唇をぎゅっと噛み締めてから、お二人に手紙を差し出した。


 お二人も眉をひそめて目を通し、とくにマーヤ様は使者をまるでゲテモノでも見るかのように見つめ、エドワード様は今にも斬りかかりそうなほど怒りをあらわにしていた。


「こんなことを書いたのは、ダグリスト家の?」

「当主様にございます」

「おかしいわねぇ……。あの男、当主じゃないのよ?」

「え?」



 使者は驚いた様子でこちらを見てきたが、マーヤ様はそれ以上何も言わず、微笑を浮かべて手紙を私に返した。


「この件、しかと伝えてちょうだい。マーヤ公爵夫人とエドワード・エルメンテスが同席のもと、内容を確認したと。そして……」

「二人とも、大変に憤っていたと伝えなさい。……今にも使者を殺しそうな勢いだったと」

「ひ、ひぃぃっ!」



 お二人が怒りを押し殺して伝えると、使者は踵を返して逃げるように去っていった。

 全く、本当にこのようなこと……あってはならないことよ!



「信じられませんわ……。この様な手紙……許せない!」

「落ち着いてアメリア。確かに許せないことだけれど……その手紙は証拠になるわ」

「証拠……?」

「ええ、事の問題が終わる時、兄に……国王に証拠として突き出すには最適でしょう?」

「――確かに。『当主』を名乗って送りつけてきた手紙を、俺もマーヤ公爵夫人も見た。それなのに封蝋もない、ただの紙切れだ」

「そういうこと。つまり〝嘘の当主〟として、社交界でも堂々と嘘をついているという証よ」

「ああ……ここまで愚かだったとは」

「愚か、哀れ、そして取り返しがつかない。それだけのことよ」



 マーヤ様は軽く鼻で笑い、エドワード様は苦い顔で彼女を見ていた。



「実績も功績も、すべてアメリアのもの。あの人たちは今や〝アメリアに群がる寄生虫〟とまで言われているのよ」

「寄生虫……」

「でも的確でしょう? アメリアを除いたダグリスト家の人間は、貴族社会で爪弾きにされて名声は地に落ちた。そこから這い上がるには、アメリアの力が必要。そのために、ああして使者を寄越したのよ。お金もないのに、先のことも考えずに……本当に愚かだわ」



 父……と呼ぶのも煩わしい。

 〝元父親〟と読んだほうがしっくりくるわ。

 あの人たちなら、そういったことをしてもまったく不思議ではない。

 しかも、大切な【香葬】を巡って、名声を奪おうとしているのだから……。

 エルメンテスの領主であるエドワード様が、それを許すはずがない。



「取り敢えず、【香葬(こうそう)】に関しては……アメリア、俺が主体となって良いのか?」

「はい。寧ろそうするのが領主として適任でしょう。私がするのは調香師として【香葬(こうそう)】様のお香を作ることですから。大量のお香が必要になりますが、何度か王都で必要な時に、大量に作ったことがありますので、なんとかなります」

「それは頼もしい……」

「アメリアの腕は確かなの。わたくしが保証しますわよ?」

「いえ、マーヤ公爵夫人に言われなくとも、本当に……彼女のおかげで我がエルメンテスは救われている……。その事を強く感じております」

「そうね……以前来たときとは見違えるように空気が綺麗になったわ」



 エルメンテスのいたるところで焚いている浄香のおかげだろう。

 街にはいい香りが程よく広がっていて、空気も以前と比べたら、比較にならない程に良くなったもの。

 でも、それは一時的なものだと、牧師様は仰っていたわ。

 それでは駄目、だから【香葬(こうそう)】を提案したの。


 そもそも、あの家の人達は【香葬】を知っているのは元父くらいでしょう。

 義母や義妹には、名前すらピンとこないはず。


「それにしても、エルメンテスにとっても大事な【香葬(こうそう)】を、自分たちの手柄にしようだなんて……。本当に愚かなことを考えますのね」

「本当に血の繋がった父なのかと、思う時が多々あります」

「あらあら、ふふふ。全く似てませんものね」

「ええ……」

「そんなに、アメリアは父君とは似てもいないのですか?」



 不思議に思ったのか、エドワード様が訪ね、マーヤ様は強く頷いた。



「アメリアはお母様にそっくりなの。瞳の色も、髪の色も、声まで……まるで写し鏡のようよ」

「親子で瓜二つという話は、時折聞きますが……」

「それほどまでにアメリアとお母様はそっくりなのよ。あの男がアメリアを愛せないのも、きっとそういう理由でしょうね。あの男は、男をたぶらかすのがとてもお上手だった、義母のマーシャルに学生時代からぞっこんだったものね」

「……汚らしい」

「それに、マーシャルの娘も本当にあの男の子なのか、正直怪しいのだけれど」

「「え⁉」」

「ふふふ、今のは〝ここだけの話し〟よ?」



 お茶目に笑うマーヤ様に、私とエドワード様は顔を見合わせて思わず口を抑えて見つめ合う。

 だとしたら、本当の娘は……私だけ?

 母に懇意にしていた男性がいたとは聞いていないから恐らく……。



「マリーシャは、王太子である甥っ子を振り向かせようとしていたみたいだけれど、普通の男爵家の娘がそんなこと、許されるわけがないわ。けれど、彼女は平然と声をかけていた。甥っ子はすぐに見抜いたけれどね。あの女は〝碌でもない〟と」

「その〝碌でもない女〟に夢中だったのが……父、なんですね」

「貴女のお母様は、本当はあの男との結婚を望んでいなかったのよ。お祖父様も反対していた。けれど、多額の金と引き換えに婿養子にされた。……まあ、売られたようなものよね」


 思わぬ情報に驚いていると、貴族ならば、珍しい事でもないのだとエドワード様から教えられた。

 家督を告げない三男や四男がそうなることも、よくある話なのだと。

 母は懇意にしていた男性が居なかったこともあり、目をつけられたのだろうと言うことだった。



「貴女のお母様は、決してマリーシャのように軽薄な女性ではなかった。気高く、誇り高い方だった。ゆえに、あの男との関係は冷えきっていたの。実質、家庭内別居のようなものだったのよね」

「そうだったんですね……」



 思えば食卓に父が来たことがなかった。

 何時も祖父と母の三人で食事をしていた。

 父はどこに居たのかは知らない。

 家に居たのかも知れないし、居なかったのかも知れない。

 父の記憶は、とても曖昧だわ。



「ともかく、こちらも動きましょう。国王代理がいる場で、功績を寄越せなどと……王家に喧嘩を売るも同然。それに気づくころには、もう遅いでしょうけど」

「ええ。いよいよ動きがいがありますね」

「「ふふふ」」



 意気投合したマーヤ様とエドワード様。

 兎に角私ができることは、【香葬】をする為のお香を沢山作ることね。

 私にしか出来ないことを、まずは目の前の目標にしたほうが良さそうね。



「頑張ります!」

「ふふ、アメリアが頑張るなら」

「我々も頑張らねばなりませんね」

「ええ。それと、エドワード。少し、二人で話したいわ」

「わかりました。屋敷にお部屋を用意します」



 こうして、ふたりが出ていった後、私は手紙を【証拠品】として残すために箱に入れ、大きく息を吐いた。

 ――まだまだこれから色々な事が起きるに違いない。

 気合を入れ直すわよ!



「負けはしないわ!」 


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